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ディーバ超次元戦記 〜The World of Twenty-eight Dimensions  作者: 八雲、
2章 〜レンジャーの仕事〜
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34.【D-採取】エレハス山③

 登り始めてから1時間半ほど経った。長く続いた木のトンネルの先に青空が見えてくる。


「後少しだね」


「……アッシュ、ストップ」


「今度はどうしたの?」


 また何かあったのか、とアッシュがアイリの方を見ると、先程と違って険しい顔をしていた。


「キツめの獣の匂い……後、血。山頂方向からの風に乗ってきてる。たぶんまだいる」


「……ありがとう。じゃあ慎重に行こう。応戦できるように武器は出しておいて」


 3人は音を立てないように慎重に登っていき、階段の最上段からギリギリ様子が見える位置で止まる。


 山頂も登山道と同じく整備が行き届いており、右半分には木製の椅子やテーブルが幾つか並んでいる他、記念撮影のための顔出しボードや簡易な展望デッキが設置されている。


 左の手前の方は柵で囲われており、その中に土属性エーテル草が植えられているのが見える。


 そしてその奥、登山道の地図が描いてあるボードの前を、ウルフベアがノソノソと歩いていた。


「マズイよ……割と大きいやつじゃん」


「そうなんだ。戦いたくないし、待ってる間にどっか行ってくれればいいけど」


「こっちに来るかもしれない」


「だよね……」


 ウルフベアがアッシュ達の方に来た場合、登山道が一本道になっているので、ひたすら下るしかなくなるのだ。どこまで逃げればいいのかもわからないので、それは避けたいところであった。


「じゃあ僕が囮役をするのがいいかな」


 アイリが何か言いたげな顔でアッシュの方を振り向くが、言葉にはできなかったのか少しの間沈黙が続く。


「……それが一番いいのかな。土属性のはちょっと採りづらいから、採取には10分くらいかかると思う」


「10分ね。そのくらいなら大丈夫」


 向かい側から伸びる南と東の登山道へと続く道の先に広場があることは確認済みだ。そこでぐるぐる回っていれば、10分程度なら余裕で稼げるだろう。


「でもたぶん撒くことは出来ないから、帰りは全力での山下りを覚悟してて。発信機は付けるから見ておいてね」


「下りなら大丈夫でしょ。アッシュこそ気を付けてね」


「ありがとう。じゃあ、行ってくる!」


 そう言ってアッシュは残りの階段を駆け上がり、後ろを向いていたウルフベアの尻に発信機付きのガムナイフを投擲した。


 ウルフベアはアッシュの方を振り返ると、牙を剥いて威嚇を始める。その間に反対側の登山道口へと走り抜ける。


 ウルフベアにはアッシュを追って来てもらわないといけないので、アッシュはウルフベアの顔面に更にナイフを投擲する。案の定ではあるが、ナイフは厚い皮に弾かれて傷を負わせるには至らない。


 しかし痛覚には届いたようで、ウルフベアは大きな咆哮を上げてアッシュに向かって走ってくる。


 アッシュはそのまま全力で坂道を駆け下りた。


***


 ウルフベアがアッシュを追って反対側の登山道へと下りていったのを確認して、アイリとレイは急いでエーテル草へと駆け寄る。


「土属性のエーテル草は太い根っこを切らないように採らなくちゃいけないの。だからちょっと時間は掛かるけど、前のエーテル草より丁寧に掘って」


「ん。私は時間とマップを見ながらやるから、量を採るのはアイリに任せる」


「おっけー。じゃあそっちはよろしく」


 そう言ってアイリは土に手を入れ、丁寧に掘っていく。


 作業を続けて大方をアイリが採ったところでレイが立ち上がる。


「広場を出たみたい」


「後数分ね……よーしこれで最後っと!」


 アイリは額の汗を拭うと、採取したエーテル草を端末に入れていく。


「……やっぱり着いてきてる」


「じゃあそこで待ってよっか」


 アイリはレイが採ったエーテル草を受け取り、柵から出て西側登山道の降り口の前に向かう。少し待っていると、ウルフベアの咆哮が聞こえてくる。


「そろそろ見えるかな……と、来た来た」


 アイリはアッシュに向かって手を振り、先程登って来た道を指差す。アッシュがそれに頷きで返すのを確認して、アイリとレイは先に駆け下りていった。


 そこでアイリはふと、大事なことに気付いた。


「……ねえレイ、このまま街まで下りたらマズくないかな?」


「……良くない」


***


 10分ほど下った辺りで、アッシュは前を走っていたアイリとレイに追いつく。


「アッシュ、どっかでウルフベアを引き剥がさないと」


「なんで?」


「街」


「……あーそういうことか」


 レイの一言でアッシュはすぐにその意味を理解し、思わず苦い表情になる。完全に失策であった。


「何か作戦は思いつく?」


「念のためにブラインドボムはまだ使ってないから、これを使うしかないだろうね。ただ匂いで追いかけられる可能性もあるから、あの激臭を利用するしかない」


「うわ……でも仕方がないか……」


「諦める」


 アッシュの提案にアイリとレイも頷く。


「ごめん、作戦ミスだね」


「アッシュが謝ることじゃないよ、私だって気付かなかったし。それにただ臭いだけだしね」


「わかった。でもこういうのは覚えておかないとね」


 アッシュは未だに後ろから追ってくるウルフベアをチラリと見る。中途半端に怒らせてしまったのが原因ではあるので、注意を引く方法は今後の課題ということにしようと考える。


「……もしそれでも追いかけられたら、その時は迎撃しよう。追い払うところまでね」


「了解!」


「了解」


 実戦経験はほとんど無いとは言え、アッシュもCランクを貰えただけの実力はある。それに加えてBランクのレイに、Eランクだが実力はアッシュ以上であろうアイリもいる。ウルフベアを追い払うまでなら、出来ないことは絶対に無いはずである。


 今は少し配慮が足りずに軽い失敗はしたが、取り返せない段階では無い。むしろ失敗したからこそ、これからが大事なのである。


 もっと自信を持てと自分に言い聞かせつつ、アッシュは手の汗をズボンで吹いた。


「とりあえずはあの場所まで行こう。臭いがしてきたら教えて」


「少ししてきてる」


「もうそんなところまで来たんだ」


 アッシュは再度後ろに視線を向け、ほぼ等間隔に並んだ木を目安にしながらウルフベアとの距離を測る。


 ブラインドボムは強い光を発して目を眩ませるため、爆発前に通過されてしまうのは勿論だが、遠すぎても効果が薄くなってしまう。


 良い具合に目眩ましできるタイミングを狙うため、頭の中で何度かシミュレートしていく。そのうちにアッシュの鼻にも臭いが届いてくる。


「よし……やるよ!」


 アッシュはブラインドボムのタイマーをセットして平らになっている場所に転がす。


 だがその直後、地面を削るような音が響き渡る。アッシュが思わず後ろを向くと、ウルフベアが地面に爪を立てて急停止していた。


「そんな!」


 しかし予想外のウルフベアの動きに戸惑っていたのも束の間、ブラインドボムが起爆してアッシュの周囲が白一色に染まる。


「わっ! ……あっ!」


 アッシュは思わず手で目を覆う。ある程度の距離はあったためブラインドボムの影響自体は一瞬視界を奪われた程度で済んだ。だがその一瞬が致命的だった。


 アッシュは階段を作る丸太に躓き、走っていたスピードも合わさって下り道を盛大に転がる。


「アッシュ!大丈夫?」


 アイリとレイが止まって駆け寄ってくる。


「うん……ただ転んだだけ」


 全身が痛むが、戦闘に影響が出るほど大きな怪我は無い。アイリが手を伸ばしてくる。


「……ありがとう」


 あまりにも予想外なことが起きたとは言え、自分で置いたブラインドボムを食らって躓いて転ぶ、という凡ミスにアッシュはアイリとレイに顔を向けられないでいた。


 だがそんなことよりもっと重要なことがあることを思い出す。


「そうだ! ウルフベアは!」


「んーなんか走って逃げてっちゃった」


 見ればウルフベアは、ガムナイフが付いた尻をアッシュ達に向けて走っていた。その姿も段々とと小さくなっていき、やがて見えなくなってしまった。


「ほんとだ……。ブラインドボムを置いたら急に止まっちゃったから、効果もあまりなかったと思うんだけど」


「ブラインドボムを何かと勘違いしたのかな」


「かもしれないね。気性の荒いウルフベアが逃げるなんて余程だけど。でもこれで安心して下りれるね」


「結果オーライ」


 理由は不明だったが目的は達成できたことに、3人は安堵の表情を浮かべる。だがすぐに、周囲の臭いに気付いて顔を歪める。


「うっ……落ち着くとやっぱりこの臭い耐えられない……」


「ウルフベアもいないしエアボム使おうか」


「お願い」


 アッシュは行きと同じく、エアボムを高く投げて風を起こす。


「はあ……やっぱ臭いのは勘弁だね……」


「また臭いが拡がってくる前に抜けようか」


 3人は再び、火薬臭の香る小路を駆け抜けていった。

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