30.【A-特殊】リレイク救援作戦⑥
石碑に激突したシャドウがモゾモゾと動いている。アッシュは立ち止まってランチャーを構えると上空に向かって2発打ち上げる。
ランチャーの弾は放物線を描いてシャドウへと降り注ぎ、爆撃でシャドウの身体の一部が大きく抉れて消滅する。核からは外れてしまったが、ダメージとしては十分である。
「上手いものだ。では、私もやらないとな。援護を頼む」
ジョアンは武器をハンマーから両剣に切り替えて走り出すと、一気に加速してシャドウとの距離を詰める。
両剣は柄の両端に剣が付いており、中央を持って回しながら扱う武器だ。両手で扱う武器の中では、威力と手数の多さが非常に高いことで知られている。
だが一方で扱いも非常に難しい上に、一歩間違えると自分や周囲に怪我を追わせてしまう危険性があることから、レンジャー試験とは別の試験に合格しないと使うことができない”特殊仕様武器”に区分されている。
そもそも使うまでのハードルが高いため実戦でお目にかかれること自体が珍しいが、ジョアンのレンジャーとしての活躍を知っていれば、使えることには何の疑問も無い。
シャドウが鞭を唸りを上げながらジョアンへと振られる。
アッシュはライフルを接地させ、それらを丁寧に撃ち落としていく。アッシュが捌ききれない分も、ジョアンの両剣に為す術無く斬り落とされていく。
「はあっ!」
ジョアンが掛け声と共に核に向かって跳躍する。ただの跳躍であるというのに、そのスピードはアイリが渡航船で見せた突進よりも速い。
このレベルの身体強化があれば、近接武器の方が効率よくダメージも与えられると自信を持って言えただろう。
硬い物とぶつかる高音を響かせながら振られた両剣が、シャドウの核を身体ごと真っ二つに切断する。斬られたシャドウの上半分が滑るように落ちていき、地面に着く直前で消滅した。
シャドウがいた場所の後ろへと着地したジョアンは半分に割れてしまった石碑に近付く。アッシュもジョアンの方へと駆け寄る。
「あーあ、こりゃダメだな」
「この石碑、なんだったんですか?」
「いや、大したものじゃない。ここにあった大きな岩を削って作ってただけのものさ。こうやって長期遠征になる時には、ベースの近くに趣味で作ってたんだ」
特に意味を込めてたものでは無いというのを聞いてアッシュは安心する。アッシュが壊したわけでも無いが、大事な物だったらどうしようかと思っていたのだ。
「折れたからには、この高さで別の物を考えねばならないな……」
ジョアンが残った部分を叩きながら呟く。
その時アッシュはふと、折れて砕けてしまった破片の中に妙な物を見つけ、近付いて拾い上げる。
厚さは2センチメートル程。ちょうど手に収まる程の横幅に、縦はその3倍程の長さがある板状の石。
落ちて割れたにしては、かなり綺麗な直方体である。そしてその表面には『א』という見たことも無い記号が掘られていた。
(なんだろう……ジョアンさんが掘ったのかな……)
アッシュはそれを拾い上げて裏返すが、それ以外に特に変わったところは無い。
「ジョアンさん、もし良ければこの破片、1個貰ってってもいいですか?」
「え? ああ、別に構わないが……何に使うんだ?」
「リレイクに来た記念ってことですかね」
本音はジョアンの作りかけの石碑の破片という意味が大きいのだが、それはさすがに変態じみているとアッシュ自身感じたので、ジョアンには隠しておくことにした。
ジョアンは一瞬驚いたような表情をした後、すぐに笑い始める。
「ははは、そういうことか。ここは何も無いからね。そんな物で良いなら持っていくといい」
「ありがとうございます」
「礼を言われるようなことでは無い。……さてと、一度戻ろうか」
「はい」
アッシュは端末にその破片をしまい、ジョアンに続いて基地へと戻った。
***
その後、アッシュとジョアンは陽動班を連れて戻ってきたバッカス達と合流し、基地まで戻ってくる。その少し後には先程飛び立った渡航船も戻って来た。
「俺達はまだやることがあっからな。救援組は先に戻っておけ」
「バッカスも救援組じゃん」
「かーっ! アイリこの野郎。一本取られたぜ!」
「野郎じゃないしー」
アイリはバッカスとすっかり打ち解けたようで、去り際まで仲良さそうに笑い合ってる。
「お前ら良い筋してたぜ。すぐに上位に食い込める。頑張れよ」
「……!! はい! ありがとうございます!」
アッシュがバッカスに頭を下げて渡航船へと入ると同時に、そのドアが閉まっていく。
バッカスを含め残った上位レンジャー達に見送られて、渡航船はD23へと戻っていった。
「行ったな」
「うむ。……では、我々は為すべきことを為そう」
ジョアンが渡航船が消えた空を見たまま言う。
「為すべきことだぁ?」
「お前も気付いているだろう。今回のこれは事故では無い」
バッカスはジョアンを見ながら舌打ちする。
「……ちっ。気付いてるのは俺だけだと思ってたのによ」
「魔王軍にばかり功績を取らせるなと上から言われてるものでな」
「……おめえ、それ言っていいのかよ」
ジョアンは肩を竦めて笑う。
「なに、口止めはされてない。それに管理しているだけで上に立ったつもりになっている連中の思惑なんて、私の知るところではない」
「けっ。食えねえやつだ。俺はギルド長には頭が上がらねえけどよ」
「その実力故に、だろう? その点に限っては魔王軍が羨ましいとさえ思うよ。さて……早速調べてみようではないか」
そう言いつつジョアンとバッカスは基地の中へと消えた。