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2.アッシュ・ノーマン

—— 4日前 D0/イザーク養成所 ——


 アッシュは同級生も後輩も教官すらもいない長い廊下を、養成所の所長室へと向かって1人歩いていた。


 ふと腕に付けた収納端末に触れて、宙に投影された画面を見る。3月20日の午前10時15分。指定された時間まで後5分あるが、少しくらい早い方がいいだろうとアッシュは考えた。


***


 —— ディーバには”レンジャー”と呼ばれる者達がいる。特別な訓練を受けたレンジャーは、主に6つの領域それぞれに付随するギルドに所属し、新次元の調査や既存の次元の維持活動などを行っている。


 剣や銃などの武器を持って華麗に立ち回り、時としてそれまでの常識を覆すような発見をすることがあるレンジャーという職業は、ディーバでは”一度も憧れたことが無い者の方が少ない”とまで言われるほどに人気も高い。


 アッシュもまた幼い頃からレンジャーに憧れを持っていた、次元渡航技術が発明された次元・D0に住む学生である。


 だが学生という肩書も後少しで使えなくなる。先日、レンジャーになるための学校である養成所の卒業試験をパスしたのだ。


 アッシュのこれまでを一言で表すなら、”幸運極振りのハードモード”であろう。


 まだ生まれてもいない間に両親と共に事故に巻き込まれてアッシュだけが救い出されたものの、事故の影響でまともに運動をすることが出来ない上に20歳まで生きられるかすら危ういという虚弱体質で始まった人生。


 しかしアッシュはそれでも、将来を諦めることは無かった。動けないなら動けないなりに”見て動きを想像する”という方法で、レンジャーになるという夢にしがみ付き続けたのだ。


 幸運が訪れたのは10歳の時。ディーバと繋がった高度な機械文明 —— メルカドルの技術によって、アッシュは虚弱体質を克服することに成功する。


 そしてそれまで傍から見ることしか出来なかった故に身に付いた”見て模倣する力”でもって、3年前に養成所でも最難関の”イザーク養成所”へと進学したのである。


 養成所でもアッシュはその力でもって常に成績上位陣に食い込み、卒業試験でも実力を遺憾なく発揮した。


 その結果、今日ついに所長に呼ばれて各領域でレンジャーの管轄を行うギルドでの特別待遇を受ける権利”紹介状”を貰うため、スカウトとの面談となったのである。


 学生としては十分に満喫した生活を送れたアッシュだったが、1つだけ心残りなことがあった。それは結局この養成所での3年間、異性との交流が”友達”以上に発展はしなかったことである。


 身長は171センチメートル。ほぼ平均値ではあるが、周りの幾人もの男子生徒達が届くこと叶わず涙した大台には乗っている。


 訓練にも真面目に取り組んで来たため、養成所という括りの中では細身ながら一般的に言えばややガッシリしているくらいの程よい体型。


 顔もイケているというわけでは無いが、おそらく中の中から中の上はあるだろうとアッシュ自身は思っている。


 おそらくこれらの要素だけで考えれば、恋愛の1回や2回くらいはあっても良いはずだった。


 それでも最後まで何の音沙汰も無かったのは、一重に髪の色と性格のギャップのせいであることをアッシュは理解していた。


 事故の後遺症は虚弱体質だけでは無かった。アッシュの髪は色素が抜け落ちて、くすんだ銀色 —— 要するに灰色という、傍から見ると少しチャラついた色になってしまったのである。


 それに対して性格は真面目で頭が堅い方だったために、結果どちら側の女子生徒からも”惜しい”という評価を受けていたのである。


 だがアッシュは、決して自身の髪色を変えようとはしなかった。


 アッシュは施設に引き取られた時、名前が無かった。殆どの者が生みの親から最初に貰う物である”名前”を貰えなかったのである。


 しかし両親が身を挺して守ってくれたために生き残った事は聞かされており、アッシュにとってこの灰色の髪は両親から最初の貰い物と言えた。


 そのためアッシュは養護施設で貰った自身の名前 —— (アッシュ) —— の由来でもある髪色を、とても大切に思っているのだ。


***


 所長室の前に着いたアッシュは、1回深呼吸をして高まる気持ちを抑えてからノックをする。


「失礼します」


「おお、来たね。スカウトの方はもう来ているよ」


 一昔前は現役バリバリのイケメンレンジャーだったらしいが、今となっては見る影もなく肥えた腹に禿げ上がった頭の所長に通され、アッシュは高級そうなソファに腰掛ける。


 隣に座った所長との2人のテーブルを挟んだ前には、スカウトという割には至って普通そうな男が座っていた。スカウトに来たレンジャーというよりは、どこにでもいる会社員のようである。


 最初に口を開いたのはスカウトだった。


「これを君に」


 スカウトは笑顔のまま一通の封筒をテーブルに置いて、アッシュに差し出した。封筒には小さく”紹介状”と書かれている。


「ありがとうございます」


 アッシュは封筒を受け取り、スカウトの次の言葉を待つ。


「……」


「……」


 向かい合ったまま沈黙が続く。スカウトは笑顔のまま何も言わない。しびれを切らしたアッシュが口を開く。


「あの……それで僕はこれを持って、どこに行けば良いのでしょうか?」


「好きなところでいいさ」


「……えっ?」


 驚くアッシュに、スカウトは言葉を続ける。


「君の気持ちの赴くまま、好きなギルドを選ぶといい」


 全くもって予想外の返答だった。


 スカウトはレンジャーの役割の1つであり、つまるところ6つあるギルドのいずれかに所属しているのが一般的だ。


 このためスカウトからの紹介状というのは、実質的にはいずれかのギルドへの切符のようなものというのが、養成所の学生達の共通認識なのである。


 それが”好きなギルドへ”とは一体どういうことなのか、アッシュには見当も付かなかった。


 アッシュの戸惑いを他所に、スカウトは更に言葉を続ける。


「もう聞いているとは思うけど、紹介状の封は切らずにそのままギルド本部の受付に渡すこと。期限は半年あるが、なるべく早い方がいいだろう。……では、私はこれで」


 スカウトはそれだけ言うと、さっさと出ていってしまった。


 事情が全く掴めないまま残されたアッシュと所長は、互いに顔を見合わせる。


「すまない。私もこういうパターンは初めてだ……」


「やっぱりそうなんですね」


「しかしこれはチャンスとも言える。紹介状付きで好きなギルドを選べるなんて、アッシュ君は幸運だぞ」


 そう言って所長は立ち上がりながら、アッシュの肩に手を置く。


「……そうですね。考えてきます。」


 脂ぎった頭を擦るせいでジットリと湿っている手を置かれたことに若干の不快感を覚えつつ、立ち上がると軽く頭を下げて所長室を出た。


 部屋の前の階段を上って建物の屋上へと出たアッシュは、寝転がると必修課題で配信された各領域の特徴とギルドの名前が書かれた教科書を開く。


 —— アース。高度な科学技術で次元開発という道を切り開いたヒト族の支配領域。ギルドは『次元開発機構』。


 —— パンデム。多種多様な肉体と強さに対する強い執着を持つ魔族の支配領域。ギルドは『魔王軍』。


 —— エデン。白い翼を持ち"神"と呼ばれる存在に仕える天使族の支配領域。ギルドは『クルセイダー』。


 —— イルゲイト。法術の研究に一生涯を捧げるメイガス族の支配領域。ギルドは『法術会』。


 —— ターレント。強靭な肉体を持ち狩猟を中心とする生活を営むモンク族の支配領域。ギルドは『原野の民』。


 —— メルカドル。アース以上の機械技術により機械の身体を持つドロイド族の支配領域。ギルドは『MUWA(ミューワ)』。


 6つの領域と6つの種族、そして6つのギルド。どれにもそれぞれの魅力がある。


 自身の成績と技の個性を鑑みて紹介状を貰える自信はあったため、アッシュは”行きたいギルド”というのを得には考えずに、スカウトを受けたギルドに迷わず行くつもりでいたのだ。


 まさか紹介状を貰った上で好きなギルドを選べと言われるとは、考えてもいなかったのである。


 勿論、教科書を見たからと言って決められるわけではないのだが、かと言ってこれ以外に見るべきものも無い。


「気持ちの赴くまま好きなギルド、か……」


 誰に語りかけるわけでもない言葉が口から漏れ出て、宙に消えていった。

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