22.【D-掃討】シェーンの森②
最初に敵と遭遇したのは、2つ目のチェックポイントを過ぎた辺りであった。アッシュ達はウォーウルフの群れに包囲されていた。
ウォーウルフはディーバ全域に生息する狼の一種で、シェーンのような森に群れで縄張りを形成している。
個体としては強くはないため危険指定はされていないが、群れると非常に厄介な存在であり、パンデムでも駆除はギルド案件となる。
実際、アッシュ達も前後から挟み撃ちを食らったために、仕方がなく道から外れて森の奥に入ったところ、奥から更に仲間が現れて囲まれてしまったのである。
道ではない未整備の木々の間。少し入っただけだと言うのに、足場も視界も悪い。場はどう考えてもウォーウルフに有利と言える。アッシュは「これならまだ道で迎撃した方が良かった」と後悔した。
模擬戦を除けばレンジャーとなって初めてのまともな戦闘だと言うのに、野生動物相手に簡単に嵌められてしまった形だ。
だが一方で、アッシュは自分でも驚く程に冷静な思考を保てていた。
(距離を取るのは不可能と言っていい。であればここは……デュアルボウだろう)
デュアルボウはクロスボウと構造自体は同じである。
だが一発の威力と有効レンジを極限まで高めたクロスボウに対して、デュアルボウはその2つを大幅に落とした代わりに無反動化と軽量化と小型化を実現したことで二丁持ちを可能としたものだ。
またクロスボウは主に実弾を用いるのに対して、クロスボウはエーテル矢に限定することでフルオート化もされており、その結果二丁で分間最大1000発という驚異的な連射性能を誇っている。
「僕のは射程距離があるから、ちょっと離れるよ。巻き込んでダメージを追うのが最悪のパターンだし。射程内に2人がいる時には撃たないようにするけど、近い時は言うね」
「私も範囲が少し広い。気をつけるけど、正面には来ないようにして」
「おっけー。私が一番動き回ることになるから、2人の動きはよく見ておくよ」
3人は背中を合わせて、視線をウォーウルフに向けたまま各々の動き方を確認する。
「ただ、お互いに見えなくなる程は離れないようにしよう」
「わかった」
そう返したレイは、太刀の鞘を持って腰に当てると、姿勢を低く構える。抜刀である。戦闘前の緊張した場にレイの鋭い殺気が広がる。アッシュは思わず生唾を飲み込む。
太刀使いは抜刀をモノにして一流と言われているが、レイの殺気はその技を見なくとも一流であることが断言できるほどに強烈であった。
ウォーウルフもそれが伝わったのか、ジリジリと狭めてきていた包囲がピタリと止まる。
そして低い唸り声を上げ、それまで食べ物としか考えていなかったのであろうアッシュ達に対して、明確に警戒している様子を見せ始める。
「……」
「ゥゥゥ……ガァァウ!!」
レイの正面にいたウォーウルフの1匹が、その緊張に耐えきれなくなったように飛び出す。それを合図に他のウォーウルフも次々と飛び出す。
「—— っ!」
薄暗い森をエーテルを放ちながら振られた太刀は、まるで世界そのものを分断するかのような輝きを残す。
その一閃で周囲の木諸共、3匹のウォーウルフが真っ二つに分かれて地に落ちる。死を免れた他の数匹は再び距離を取るが、明らかに先程までの威勢を失っていた。
レイは太刀を構え直すと、今度は逆にウォーウルフとの距離を詰めていく。
レイの右隣で、アッシュはデュアルボウの本体で飛びかかってきたウォーウルフを殴っていく。
ハンターの武器は相手との距離が近すぎると、矢を射れなくなってしまうという特徴がある。厳密には射れないわけではないのだが、仕組み上まともなダメージが期待できないため射ることは推奨されないのだ。
このため弓本体は、接近された時に殴って距離を取ることを想定した設計となっているのだ。
特に最近のメーカー製は本体に風起こしの法術を付与してあり、本体での殴打と同時に強風を吹き付けて、軽量な相手なら大きく距離を稼ぐことができるようになっているのだ。
アッシュは軽快なステップを踏みながら、両手に付けたデュアルボウの本体で飛びかかってきた5匹を次々と宙に舞い上げつつエーテルの矢を叩き込む。
うち2匹には数十発の矢が突き刺さり即死させることが出来たが、3匹には宙で避けられてしまう。
矢を逃れたウォーウルフ達はアッシュから距離を取るが、逃げる気配はまだ感じられない。
アッシュは横目でアイリの位置を確認する。アイリはデュアルボウの射程からは少し離れた位置で、ウォーウルフに囲まれていた。
おそらく相手にしている数は10匹以上、3人の中で一番多い。
「せーい! やっ!」
一度にかなりの数をまとめて相手にしているが、その全ての攻撃を捌いているのである。
シャドウ戦で見せたタイミングをズラしたガードは封印し、盾も含めて着実にダメージを重ねて数を減らしている。
と、アッシュの前にいたうち少しばかり矢を受けていた1匹が、急にアイリの方へと駆け出す。狙いを変えたようだ。
「アイリ! そっちに1匹行った! 撃つよ!」
「りょーかいだ……よ!」
アイリはアッシュをチラリと見ると、盾で攻撃を防いだばかりだったウォーウルフを、走り寄ってきた手負いに向かって蹴り飛ばす。突然のことに手負いは避け切れずに衝突する。
その団子に向かってアッシュは放ったエーテル矢を浴びる。そのまま地面に転がった2匹のウォーウルフが起き上がることは無かった。
「ナイス!」
「そっちこそ!」
アッシュの注意が逸れたと思ったのか、残りの2匹のウォーウルフが再び襲いかかってくる。だがアッシュはアイリに返事をしつつ、デュアルボウを広範囲型に切り替えてエーテル矢をばら撒く。
「ギャゥゥン……」
正面からまともにエーテル矢を食らったウォーウルフ達は、アッシュに辿り着くことなく息絶えた。
一先ず目の前の敵がいなくなり、アッシュは息をつきながら後ろを見る。ちょうどレイも終わったようで、太刀を鞘に収めながら両断した木の間から歩いてくる。
「私もこれで終わりっと」
最後の1匹の喉元に剣を叩き込んだアイリも振り返る。3人とも息は上がっておらず、軽い準備運動程度といった雰囲気である。
「みんな怪我は無いね。じゃあ戻ろうか」
アッシュは辺りを見回して、入ってきた方へと歩き始める。
「レイの抜刀は凄かったね。構えの時からビリビリ来ちゃった」
「だよね。それに狭いけど振れるのかなと思ったら、木も一緒に斬っちゃったから驚いたよ」
改めて見ると大木とは言えない程度の太さではあるが、それでも伐採にはそこそこ苦労しそうな木が完全に真っ二つになって、その年輪を晒していた。
「ん……。でも木のせいで、何匹か逃した」
「木が無ければ5メートルくらいは届く?」
「そのくらい」
レイの太刀はかなり長い方ではあるが、それでもせいぜい1.6メートルほどだ。
アッシュが同じ長さの太刀を使っても、踏み込みと装術によるエーテル刃を含めて倍の3メートル程度が限界だろう。
それを更に太刀一本分というのは、改めて実力の高さを窺い知ることとなった。
「覚えておくよ」
「アイリは盾の使い方が上手かった」
「傭兵団はエーテル体が使えないから、まずは身を護る手段から教えられたんだ。最初の実戦なんて、両手に盾を持たさせられたし」
両手に盾というのは絵面だけで考えれば笑えるものだが、傭兵団においてはそれだけ身を護ることが大事ということを表していると言える。
「修復薬で瞬時の回復ってわけにいかないしね」
「後、ウォーウルフと似たようなのは、相手にしたことがあったんだ。1人のところを群れで襲われた時を想定してって、群れに1人で突っ込まされたんだよね」
「な、なるほど……」
もちろん腕を見込んだ上での訓練なのだろうが、エーテル体で無い状態でそれに挑むのはどんなに上手くても遠慮したいとアッシュは感じる。
「アッシュの最初の動きは独特な感じがしたけど、あれはなんだったの?」
「ナックルの動きだった」
「あ! 言われてみればたしかに」
アイリが納得するように頷きながら、両手を握ってナックルの真似をする。
「デュアルボウは形状がナックルと共通してる部分が多いんだ。だから本体で殴る時には、動きを模倣できる。ちなみにクロスボウだとハンマー、ロングボウだと長剣とか両剣が近いかな」
デュアルボウをメイン武器としながらナックルの練習もするような物好きは、この広いディーバでも多くはいない。更に他の武器もとなれば、なおのこと少なくなる。
アッシュだから気付いて実践できることである。
「全部使えるからこその応用ってことだね。面白いなー」
「でもその分、どれか1つに絞ってる人と比べると劣っちゃうけどね」
アッシュはそう言いながらレイをチラリと見る。レイは逆に、1つに絞って極めるタイプと言えるだろう。
「いいと思う。アッシュみたいなタイプは見たこと無い。……それにその器用さは、私も見習いたい」
「ありがとう。……ん? あれエーテル草じゃない?」
大きな切株を中心に周辺だけ日当たりが良くなっており、辺りの薄暗さもあってどこか幻想的な感じさえする場所が、木々の隙間を抜けてアッシュの目に映る。
そしてその切株の周りにエーテル草が生えているのだ。
「ほんとだ! 採りに行こう!」
アイリが目を輝かせて走っていく。アッシュとレイは、その後ろを小走りで追いかける。
「やった! 木属性があるー」
一見しただけではアッシュには見分けが付かなかったが、どうやらその中に木属性のエーテル草があったようだ。
アイリはその中から大きい物を何個か摘み取ると、立ち上がって小物端末に入れる。昨日採っていた量からすると、随分と控えめである。
「あれ、もういいの?」
「他のは無属性だった。こういう場所の無属性のエーテル草はこれから木属性になるかもしれないから、残しておくといいんだ」
「そういうことね」
アイリが持つこの手の知識は、養成所では教えられない。傭兵団として実地体験が豊富だからこそ身についているのだ。
素材の管理はアイリに任せておけば大丈夫だとアッシュは確信するのであった。