21.【D-掃討】シェーンの森①
「今日はどうするの?」
陽が出て少し経ち、空がようやく青くなった頃。左右どちらを見ても緑が広がる拠点の一本道を歩いている途中で、アイリがアッシュに問い掛けて来る。
昨日は初めての依頼ということもあって、ニーナに勧められたE難易度の調査に行った。獲ってきたヘリストでアイリが作った"傭兵団風モツ鍋"は非常に美味しく、軽い戦闘もあったという点も含めて良い経験になった。
とは言え、さすがにこの3人の実力を考えると些か物足りなさを感じても仕方がないとアッシュは考えていた。
そしてアッシュ自身がそう思っているのもあってか、アイリの言葉にも”昨日のでは物足りない”という意味合いが込められているように感じられた。
「今日は難易度を上げて、戦闘がある依頼を選ぼうと思ってる」
「ん。それがいい」
レイが頷きながら返す。
「じゃあ今日はメイジにした方がいい?」
「いや。お互いの実力を知るって意味もあるし、エーテル修復薬で足りるくらいのを選ぶから、グラディエーターでいいよ」
「りょーかい」
話しているうちに本部行きのポータルの前に着き、アッシュから順に入っていく。
本部の1階は昨日は打って変わって非常に混雑していた。
アッシュは何事かと一瞬混乱しかけたが、すぐに端末の時計を見て単に通勤ラッシュの時間に当たってしまったことに気付いた。
この場所はギルド本部の1階であると同時に、多くの重要な場所へと繋がるポータルエリアでもある。ギルド本部に用事が無くても、ここを利用する者は大勢いるのだ。
昨日は活動を始めるには遅い時間をニーナに指定されたため遭わずに済んだが、今日は養成所で授業が始まる時間帯に合わせて出てきてしまったために直撃してしまったのである。
通勤ラッシュの壁を乗り越えて、アッシュ達はなんとか2階へと上がるエレベーターへと辿り着く。
「凄い混んでる……」
「やっぱりこの時間は混むんだね」
そう言ってからアッシュは、肝心なことに気付く。
養成所は始業時間が決まっていたが、レンジャーには就業時間は存在しない。なんだったら休日も自由に設定できる。
それならば、わざわざ混み合う時間に出てくる必要はどこにも無いのだ。
「明日からはもう1時間遅くしようか」
「賛成ー」
アイリはうんざりしたような顔で応える。
エレベーターを上がって窓口に到着した3人は、依頼リストの端末を起動した。
(戦闘中心となると掃討が無難かな。狩猟と討伐はもっと互いの力を把握してからにしよう)
そう考えながら条件を設定していくと、候補は数個に絞られていった。
「D難易度の掃討『シェーンの森』。これどうかな?」
「昨日より1段階上の掃討ね。いいんじゃない?」
「ん」
その中から目に止まった依頼に決めて、3人はニーナのいる受付へと向かう。
「おはようございます、皆さん。依頼の受注ですか?」
「はい。シェーンの森の掃討でお願いします」
行き先を告げると、ニーナが手元の機械を操作していく。
「受注完了しました。ではクラスの選択をお願いします」
「はい。僕はハンターでアイリがグラディエーター、レイがナイト……。終わりました」
少し慣れてきたこともあり、受注までもスムーズである。
「では変換機の方にご移動お願いします。何か疑問がありましたら、武器端末のメッセージをご利用ください」
ニーナに見送られて、アッシュ達は変換器の部屋へと入っていった。
***
窓の外には鬱蒼とした森が広がる。
今回のベースもどこかの建物のようだ。
マップを見ようとアッシュが端末を開くと、メッセージが入っていることに気づいた。開いてみるとニーナからであった。シェーンの森についてと書かれている。
「ニーナさんからのメッセージだ」
アッシュは端末を開いて、アイリとレイに見えるように向ける。
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シェーンの森は150年前までリザード種
が生活していましたが、次元開発に伴って
各地へと移り住んだため、現在はギルドの
管理地となっています。
リザード種が残していった物など、他の
地域より少し稀少な素材も採れるので、探
してみてくださいね。
ただ、その名残で闇属性エーテルの濃度
が少々濃くなっているため、凶暴性が高く
なった野生動物にはご注意ください。
P.S.
闇属性エーテルはエーテル体には影響が
ありません。
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「リザード族の置いていった物だって。どんなものがあるんだろう」
「竜鱗石は欲しい」
「竜鱗石? 何かに使うの?」
随分と変わった物を口にしたレイにアッシュは尋ねる。
竜鱗石は、竜種の剥がれた鱗が長い年月を掛けて硬化したものである。
パンデム領域では、野生の竜種以外にドラゴン種やリザード種などの竜種に近い魔族もいるため、他の領域よりもだいぶ手に入りやすいことで知られている。
「ん。太刀の打ち直しにあると便利」
「そっか。レイの太刀はメーカー製じゃないから、調整は鍛冶屋に行かないといけないんだ」
七色に輝いて綺麗という以外には鍛冶屋を使うレンジャー程度にしか需要がないため、値段自体はそこまで高くはない。
それでも店売りの品を探そうとすると若干手間取るため、拾えるに越したことはないだろう。
「そう。普通の武器ショップじゃ出来ない」
「了解。落ちてる可能性はあるだろうし、注意して見て回ろうか」
「ん。ありがとう」
改めて正面からお礼を言われたことに、アッシュは少々恥ずかしさを覚える。
「私はエーテル草が欲しいなー。属性付きエーテル草があったら嬉しい」
「ギルドの管理地って書いてあったしあるかもね。何かありそうな場所があったら言ってね」
そう言いつつアッシュは武器端末のマップを開く。掃討は調査と同様に決められたチェックポイントを回る必要があるので、事前のマップ確認が重要となる。
(今回は数が……11箇所か。多いな。けど森の周囲をグルリと回って、この建物に戻って来ればいいのかな)
マップを確認し終えて扉の方へと行きかけたアッシュは、昨日の調査を思い出して建物奥の棚へと向かう。中には昨日と同じく小型の短剣やロープといった物品の他、簡易な食料も置いてあった。
「へぇ、今回はこういうのもあるんだ。戦闘が想定されている依頼だからかな。……食べていいんだよね?」
「ダメってことはないでしょ」
「なら持っていこう。その辺りの管理はよろしくー」
アッシュは支給品を一通り端末に入れてから、改めて建物の外へと出た。
建物の周囲は3メートル程の高さで掘られており、ちょっとした高台の上に建っているような状態であった。
その高台の表面は綺麗に磨かれた石で覆われており、出口の正面には梯子が掛かっている。
掃討対象となるような野生動物がいるということを考えると、単純に堀という意味合いなのであることが推測出来た。
森の奥の方は様子を伺うことはできないが、見上げると木々の隙間からは日が差しているのがわかった。
暗い森というのはそれだけで気が張るような雰囲気があるので、アッシュとしてはとりあえず日が見えるだけでも安心出来るところであった。
「そういえば今回は掃討ってことは野生動物いっぱい狩るんだよね。死骸はどうするんだろう」
ふとアイリが口にする。昨日の草原調査では冷凍用の端末が用意されていたが、先程見た限りでは今回はそのような物は無かった。
「たしかに。ニーナさんに聞いてみようか」
アッシュはメッセージの画面を開き、ニーナにメッセージを送る。すると即座に返信が来る。
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放置で構いません。終わり次第、回収班が入ります
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「後から回収するから、放置でいいって」
「りょーかい。じゃ、行ってみよー」
そう言うとアイリは、堀の下へと飛び降りていった。