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20.エレーネク市街②

 一通り食料品を買い揃えてスーパーを出る。アイリは当然のように来た道を戻ろうとするが、一応は金網まで設置されていた場所を再び通ることに、アッシュはどうにも気が引けてしまった。


「アイリ、せっかくだから街の方を見て回りながら帰らない? 拠点に帰ることは決まってるし、万が一逸れても拠点行きのポータルの前に集まるってことにしてさ」


「いいよ。じゃあそっちだね」


 アイリはクルリと反転して右方向に歩き始める。


 この周囲は中心部と比べると、やや背の低いビルが幾つも立ち並んでいる。そして1階こそカフェや飲食店などがチラホラ見えるが、それより上は看板や窓に聞いたことも無い会社の名前が幾つも並んでおり、ここがオフィス街であることが伺える。


 時間帯も考慮すれば、外に人影が少ないのも頷けた。


 そのビル群の通りの先にある、背の高い白壁にアッシュは目を向ける。拠点からも見えたエレーネク市街を囲う壁を、今は内側から見ている形だ。


「あの壁、この辺りを囲ってるみたいだけど、なんなんだろうね」


「防衛のためとか」


 レイが至極真っ当そうな意見を出す。


「まあ壁だしね。でも防衛って言っても、こんな高い壁作る程の相手っているのかな」


「ここはパンデム。竜種もいる」


「あーたしかに。竜種かぁ」


 アッシュは失念していたが、パンデムはアース —— 正確にはD0 —— とは野生動物の種類も強さも違う。その代表格とも言えるのが竜種と呼ばれる存在である。


 数こそ少ないが、一度動き出せば甚大な被害を撒き散らす、生きる災害である。どれほどのものかはアッシュも見たことはないため知らないが、その対策のための壁であれば頷けた。


 とその時、アイリが何かに気付いたように1つ先の店前まで走り、中をじっくりと見つめる。


「アッシュ、レイー。ここ武器ショップだって。こんな街中にあるんだ」


「こういうところはパンデムって感じだね」


 アースでは国によっては一般人でも扱える銃火器を扱う店もあるが、剣などを取り扱う店はレンジャーしか立ち入れないギルド内の建物などにしか存在しない。


「ちょっと入ってみようよ」


「ん」


 アイリに続いてレイも店の中へと入って行き、アッシュは慌ててその後を追う。


 中には思っていた以上に薄暗く、所狭しと剣や槍といった武器が並べられていた。ふと奥を覗くと、カウンターの奥の椅子にだらしなくもたれ掛かりながら端末の画面を眺めていた青い毛の狼顔の魔族 —— ウェアウルフ種 —— が、アッシュ達をギロリと睨め付けてくる。


 アッシュは何かやってしまったのだろうかと内心ドキリとしたが、相手は表情を変えずに視線を画面に戻したため、どうやら”そういう顔”のようだと安心する。


 アッシュはそのままアイリとレイの後ろに付いていきながら、展示されている武器を眺める。


「銃とかは無いんだね。それに見たこと無いものばかりだ」


 そう呟いたアッシュに奥から男の声が飛んでくる。


「うちは狼王……と、今はちげえか。ここら一帯を任されてる方やその側近が使ってるもんを、何百年もの間ずっと卸してるんでな。最近外から来た連中の武器は扱っちゃいねえが、代わりに長年付き合いのあるやつらが造り上げた一品物を揃えてある」


「な、なるほど……」


 そう言われて見れば、たしかにどれもこれも形状が違っている。見ればレイが扱っているような刀身が全て金属製の太刀もある。


 だがそのどれもが、非常に値段が高い。とてもではないが今のアッシュ達には手が出せる代物ではなかった。


「ん? お前達もしかしてレンジャーか」


「あ、はい。そうです。先程ギルド加入の手続きしてきたばかりですが……」


 そう言ったアッシュに対して、ウェアウルフの男は大きく口を開けて笑い出す。


「はっはっはっ! じゃあこの店はまだ早えな。とてもじゃねえが高くて買えねえだろう。もっと金を貯めて、量産品じゃ満足できなくなったら来るといい。そんときゃ俺が良い物を見繕ってやる」


「……行こ」


 アイリが明らかに不満だという顔をして店の出口に向かっていく。


「また来いよ」


 男は片手を挙げてそれだけ言うと、再びの画面に視線を戻した。アッシュは反応に少しばかり困りながら、ウェアウルフの男に軽く頭を下げてからアイリの後に続いた。


***


「……」


「まあまあ。買えない値段だったのは事実だし、今必要なものでも無かったし」


 アッシュとしては店の雰囲気も無愛想な店員の感じも"いかにも"という感じで好きだったのだが、どうやらアイリは気に食わなかったらしい。


 拗ねているアイリを宥めながら本部へと向かう通りの角を曲がると、右手側に何やら高級感の溢れる大きな建物が現れる。どう見てもオフィスという雰囲気では無いが、かと言ってホテルのようにも見えなかった。


「ここなんだろうね」


 アイリの機嫌直しも兼ねて、アッシュは立ち止まって建物を眺めながら話を振る。アイリはその新しい場所に興味を示したようで、様子を伺い始める。


「わかんない。けど私達が入っていい所では無さそう……だよね」


 アイリの言葉にレイも頷く。アッシュも興味本位で入ってみようという勇気は湧かなかった。そう考えながら見ていると、建物から夫婦と思わしき魔族が出てくる。


 片方は見た目からしてわかる猫の獣人系魔族で、高そうな白いスーツに白いシルクハットという服装。もう片方は頭の上に狼らしき耳が生えているヒト族に近い見た目の女性で、服装こそ控えめであるが首元に輝く装飾は随分な値打ち物のように見える。


 格好から男性なのだと推測できるシルクハットの魔族は、ヒゲを手で撫でながら隣の女性に話しかける。


「今回もまずまずの品だったな」


「でしたね。そういえばあなた、次回はまたオリハルコンが出品されるらしいですよ」


「何! では次回も来ないとだな。ああ、だが見るだけだぞ。どうせまたあの魔神が買っていくのはわかっているからな」


 オリハルコン —— それは近年、次元開発の中で発見された金属の名称である。


 硬度が非常に高い上にエーテルとの親和性が極めて高く、武器に限らずあらゆるエーテル機器においてその性能を飛躍的に向上させることができる代物だ。その性質から、アースの神話に語り継がれる金属の名が付けられたのだ。


 一説には特定の金属に高濃度のエーテルが集積した結果生み出されるとも言われているが、現在の技術でもその解明には至っておらず、人工的に作るなど夢のまた夢という状態である。


 このため極稀に自然で取れるものが出回る程度でしか取引がされておらず、当然その値段は凄まじく高い。


 それこそレンジャーの任務の中で欠片でも手に入れることが出来れば、先程の店で飾られていた武器を値段も見ずに買えるようになるだろう。


 そしてオリハルコンの取引という言葉からして、どうやらここはその手の物の売り買いをするような場所のようだ。であれば、やはりアッシュ達には関係がない場所である。


「行こうか」


 そう言ってアッシュは歩き出したが、レイが気掛かりがあるように立ち止まっていることに気付く。


「レイ?」


「ん。なんでも無い」


 声を掛けられてようやく気付いたといった様子のレイ。そこまで気になることがあったのだろうかとアッシュは疑問に感じるが、直後に信号が変わって動き出した周囲の流れを邪魔しないように歩き出した頃には忘れたのであった。

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