117.ランクアップ試験【2】③
「では続いてAランク試験……は受験者無しで今回は行いませんので、Bランク試験ですね。ウェルドさん、お願いします」
ニーナは試験官達の並びに戻り、代わりにウェルドが出てくる。
「承知。んじゃ、始めるぞ。今回は全員Bランク初受験だな。まずは……キアラ」
ウェルドが端末を見ながら呼ぶと、キアラが前に出てくる。すると受験者達がざわつく。
「騒ぐな騒ぐな。気持ちはわからんでも無いがな」
「……どういう意味かしら?」
ムスッとした表情でキアラが返すと、ウェルドはバツが悪そうに頭を掻く。
「あーすまん。悪い意味じゃないんだ。あんたらメデューサ種は群れるのを嫌う上に表に出てくることが少ない。それに加えてあんたの立場上、魔族のレンジャーの間で話題にならん訳がないってのは理解してくれ」
「ふん。まあ否定はしないでおくわ。ならさっさと終わらせましょ」
キアラは不満げなままに武器端末を操作してナックルを装着する。
「は? おいおい法術じゃないのかよ」
「あら。てっきり試験官様はご存じなのかと」
ウェルドの反応にキアラは少し機嫌を直したように、口角を上げて慇懃な口調で皮肉る。
「俺はギルドの工務部門なんでね。それに試験官の立場を使って前もって探っちゃつまらんだろ」
そう返しつつウェルドはメイスと盾を装着すると、腰を落として構える。
「いいわね。私が試験官でもそうするわっ!」
キアラは僅かに屈むとウェルドに向かって飛び出し、真正面から顔面に右の拳を放つ。ウェルドはすかさず盾でガードするが、キアラは間を空けずに左で腹を狙う。しかしそちらはメイスで弾かれる。
更に右のアッパー、左のブローと続けるがウェルドは的確に防いでいく。
変則的な動きを混ぜた連打を浴びせるキアラだが、有効打にならない。ナックルが盾やメイスとぶつかる金属音が途切れることなく会場に響く。
連打の合間を縫うようにキアラがローキックを繰り出す。
「っと」
ウェルドは足裏でキアラの脛当てを受け止めながら後ろに跳ぶ。
「大したもんだ。攻撃に回れねえ」
「当然よ。いつも私の相手をしてくれてたのはアルファスだもの」
「ははっ。そりゃ敵わんな」
近距離での戦闘を行う魔族として通じるものがあるのだろうか、互いにニヤリと笑みを見せたかと思うと距離を詰め合う。
ウェルドのメイスが頭上から振るわれるが、キアラは左半身を下げて回避しながら右の拳で腹に入れようとする。
だが顎を狙って下から即座に戻ってきたメイスに反応して、腕を引きつつ膝を落として空いたウェルドの脇腹に左フックを叩き込んだ。
「っ……」
一瞬ウェルドの顔が痛みに歪むが、すぐに再度メイスを振り下ろしてキアラと距離を取る。
ナックルとメイスは同じ近距離で戦う武器ではあるが、キアラの連打力を加味するとナックルのリーチ内ではウェルドは防御に回らざる得なくなる。
キアラもその辺りはわかっているので、詰めてゼロ距離で殴りに行こうとしているのが見て取れる。
であればメイスのリーチ内かつナックルでは微妙に遠いくらいの距離を保ちつつ、詰められたら引き剥がす動きが最適かとアッシュは考える。
(……もしくはウェルドさんならカウンター狙いとかかな)
ウェルドはかなり背が高い。それを考慮すれば、狙われる箇所を絞りつつ上からメイスで叩くことも作戦になる。
アッシュがそう考えたところで、ウェルドは上半身を少し前に傾けながらメイスを持つ右手を肩の上辺りに、盾を持つ左手を胸の前に構える。右脇腹の辺りは空くが、狙いに来たらいつでも振り下ろせる姿勢 ーー つまり後者のようだ。
キアラもカウンター狙いのウェルドをどう攻めるべきか考えているようで、軽いステップを踏みながらウェルドの出方を伺う。
数秒の駆け引きを挟んでキアラが仕掛ける。誘いに乗って空いている右脇を狙いに行く。ウェルドはメイスを振り下ろして迎える。
と、そこでキアラが予想外の行動に出る。
キアラはスライディングでウェルドが振り下ろした腕の更に下を潜るように滑り込みながら、蛇髪をウェルドの首に巻きつける。
そしてメイスを空振りして若干前のめりになったウェルドの首を下に引っ張りつつ、バランスを崩したウェルドの脚を右腕で掬うように跳ね上げたのだ。
ウェルドは綺麗に宙でひっくり返り頭から地面に落ちていくが、直前で盾とメイスを手放して両腕で身体を支える。
そのまま腕力で跳躍してキアラから距離を取る ーー はずだった。
距離もやや離れており、おそらくキアラ以外が相手だったならば可能だっただろう。だが相手は蛇髪を持つキアラであり、更に既に首に巻きつかれている状態だ。
キアラは再びウェルドを首を蛇髪で強く引っ張る。
「かっはっ……」
ウェルドはまともな受け身を取れずに地面に叩きつけられた。そして衝撃で大きく息を吐いたウェルドの顔面に向かって、キアラの拳が振り下ろされる。
拳はウェルドの鼻先で止められた。
「……参った」
一呼吸置いてウェルドが降参すると、キアラは笑みを浮かべて立ち上がった。
「カウンターのカウンター。上手くいったわね」
ウェルドも上体を起こして立ち上がる。負けてはいるが、その表情からは満足感が伺える。
「反撃を許さない攻撃の速さ、相手からの反撃に対する反応と切り返し、更に相手の重心を把握した上での崩し、どれを取っても十分な実力がある。合格だ」
「どうも。良い試合だったわ。アルファス相手の時は絶対に勝てないのがわかってるから手の上で転がされてる感じがあったけど、同じくらいの相手に勝つのってこんなに気持ちが良いのね」
キアラは笑みを浮かべつつナックルを外してウェルドに手を伸ばす。ウェルドも手を取り握手に応じる。
「……俺はBランクだが、正直Aランクでもいけたんじゃないかとは思う。が、俺の範疇じゃあねえしやり直しが出来るわけでもねえから、これ以上野暮なことは言わんでおこう」
「ふふっ褒め言葉として受け取っておくわ。それじゃ」
別れの挨拶を交わしウェルドに背を向けたキアラは、他の受験者達の中に戻っていった。




