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116.ランクアップ試験【2】②

 試験会場へと戻ったニーナに続いてウェルドやおそらくCランクとDランクの試験官であろう職員が出てくると、散らばって話をしていた受験者達も集まっていく。


「今回は初めての方もいらっしゃいますので試験方法を説明させていただきます。魔王軍では各ランク毎の試験官と普段使用している武器で1対1の試合を行い、力量を測定します。試合後に試験官から合否をお伝えします」


 これに加えて"有効打を与えれば合格"という裏ルールがあることをアッシュ達は知っている。


 もっとも知っていたからと言って有利になるわけではない。試験官に有効打を与えられる程の実力があれば、合格することは容易なためだ。ニーナに至っては攻撃を当てれば合格というレベルである。


「それではまずはSランク試験のゼノさんからになります」


 ゼノが前に出て他の受験者が下がって行く間に、ニーナは鉤爪を両腕に装着していく。


「……」


「……」


 ゼノの長剣は剣身まで金属製のため、メーカー製では無いことがわかる。また柄頭が大きく板のように平らになっており、滑り止めなのかもしれないがかなり変わったデザインと言える。


 鋭い殺気に放ちながらゼノがゆっくりと長剣を構える。対するニーナはいつもの笑みでゼノの殺気を受け流している。両者の間に漂う緊張感が見学席にまで伝わってきて、アッシュは息を飲む。


 瞬間、ゼノの姿が消える。


 直後にニーナがいた位置の少し前に高い所から飛び降りてきたかのような激しい音を立てながら前のめりな姿勢のゼノが現れ、右手で握った長剣を振り下ろす。


 あまりにも速い移動にアッシュはゼノの姿を捉えられなかったが、ニーナはベレの試験の時にも見せた"避けたという認識すらさせない体捌き"で回避する。


 ゼノは長剣を宙に手放しながら即座にニーナの方に身体を捻ると、左手で長剣を握り直して横一線に斬り付ける。ゼノの踏み込みと同時に、初撃の時と同じ音が響く。


 ニーナは上半身を最低限後ろに傾けて避けて長剣を回避したところで鉤爪を構える。


「!」


 だが捻った身体の勢いを殺さずに突き出されたゼノの蹴りに気付き、後ろに軽く跳んでそれも回避する。


 ゼノもニーナから距離を取ると、再び長剣を構える。


 大振りで隙が多いように見えて、その隙を長剣の持ち替えや体術で補っている。ベレも大概であったが、ゼノもまた曲芸じみた動きであるとアッシュは感じる。


 とそこまで考えたところで、アッシュはゼノの動きのベースに長剣では無い別の武器があることに気付く。


「ナックルの動き……?」


「よくわかったな。ああ見えてゼノはBランクまではナックルを使ってたんだぜ」


 いつの間にか元の形状に戻っていたバッカスがアッシュに返す。


 ナックルを使用する上で基礎となる格闘技は必要不可欠であり、養成所でも何種類か用意されていた。アッシュは一通りの基礎コースを修めたが、その多くで共通していたのが踏み込みであった。


 踏み込みの鋭さは速度となり、強さはダメージに直結するのだ。


 ゼノはその踏込みで得られる速度と力を長剣の振りに乗せており、一撃は下手をすれば大剣やハンマーと同じくらいの威力がありそうに見える。


 しかしながら拳の突きと長剣の振りは異なるものであり、アッシュですらそのような使い方は考えもしなかったものであった。


「でもあれだけ激しいと体力が保たないんじゃない?」


 アイリの疑問にバッカスはニヤリと笑う。


「あいつの体力は半端じゃねえ。持久走でベレとも並走出来るんだぜ」


「ああ。あの時は私達ケンタウロス種に匹敵する者がいたことに驚かされたな」


 ベレも頷きながら返す。ケンタウロス種のベレのお墨付きとなれば、体力に心配は無いだろう。


「だから問題はねえ……んだが、あいつ調子が良すぎて力んでんな」


 仕掛けては離れてを何度か繰り返したゼノを見ながら、バッカスが呟く。


「力んでるんですか?」


「普段より若干振りがでけえし、そのせいで軸がブレてやがる。ギルド長ならそろそろ気付いてるだろうな」


 アッシュには見当も付かないが、一緒に活動しているバッカスだからこそわかる違いがあるのだろう。


 そしてバッカスの言った通り、その差はニーナには見抜かれていた。


 再びゼノが飛び掛かるように長剣を振り、更にニーナに追撃を掛けようとした時だった。突然ニーナの身体が沈んだかと思うと、長い脚がゼノの軸脚へと伸びる。


 踏み込みのために片方の脚が僅かに地面から離れた瞬間を狙った予想外の動きに、ゼノは後ろに大きく跳躍する。


 長剣は大きく振られて空を切り、反射的に跳んだために身体は宙に浮いた状態。


 Bランク程度であれば問題は無かったかもしれないが、これはSランク試験。ニーナを相手にその動きは、あまりにも大きい隙であった。


 案の定ニーナは片脚で跳んで迫りながら、鉤爪をゼノの胸部へと突き出す。


「!?」


 だがアッシュですら終わったと思ったニーナの攻撃に対して、ゼノは兜を使って防御したのだ。


 金属同士がぶつかり合う音が響いて鉤爪が逸れる。兜が外れ落ちるが、その間にゼノは着地してニーナの左後方へと逃げる。


 片膝をついて長剣を構え直すゼノ。上下に揺れる肩の上には何も無く、その姿を見てアッシュはゼノがデュラハン種であったことを思い出す。


 首から上が無いゼノにとって、兜は急所である頭部を保護する防具では無いのだ。


 ニーナも少しばかり驚いたような様子だったが、すぐに普段の表情に戻ってゼノに向き直る。


「あっぶねえ。けどよく捌いた。後は力んでることに気付いていれば……ちっダメか」


 バッカスが感心するように頷くが、再び飛び掛かったゼノを見て舌打ちをする。


 だが先程の反省か脚元を警戒しているようにアッシュには見て取れる。


「でも脚元に気をつけているなら……」


「同じくらいの実力ならな。けど目的は遥かに実力が離れているギルド長に防御させることだ。受けに回るほどに勝ちは薄れる」


 バッカスがそう言った直後だった。ゼノの横斬りを避けるように再びニーナの身体が沈み、釣られるようにゼノの身体が前に傾く。


 しかしニーナは脚を伸ばしておらず、姿勢が崩れたゼノに両脚で勢いを付けた鉤爪の突きを伸ばす。


「っ!?」


 だが回避に回ったのはニーナであった。


 突然、地面に落ちていたゼノの兜がニーナに向かって勢いよく飛んで来たのだ。


 完全に虚を突かれたニーナは後ろに大きく跳ぶ。そしてゼノはニーナが後ろに跳ぶことまで読んでいた。


 ゼノは長剣を宙に水平に手放しつつ右半身を引くと、平らになっている柄頭に向かって突きを放ったのである。


 長剣は剣先をニーナに向けて真っ直ぐに飛んでいき、まだ身体が浮いていたニーナは回避出来ないと判断したのか鉤爪を身体の正面に重ねて長剣を弾いた。


「っっやっりやがった!!! ハハハッ! 最っ高だ!!」


「素晴らしい。まさかあれを決めるとはな」


 バッカスが立ち上がり歓声を上げ、後ろでベレが拍手を送る。アッシュは全く予想出来ていなかった展開に呆然となっていた。まさかあの柄の不自然な形がこんな使い方のためだとは思いもしなかったためだ。


「あの平らな所、殴って飛ばすためだったんだ……」


「滑り止めだと思ってた」


 アイリとレイも同じことを考えていたようで、ゼノの絶技にただただ驚かされている。


「デュラハン種の方は兜のみを動かせることを失念していました。どこから考えていましたか?」


 兜を手に持ち頭がある場所に載せようとしていたゼノにニーナが尋ねると、ゼノは少し慌てたように小物収納端末を開き宙に画面を映して入力していく。


「『兜を意識の外に追いやり、不意打ちを仕掛けるのは最初から。攻撃を受けて弾き飛ばしてもらうつもりでした』」


「なるほど。体軸がブレていたのも、それを狙ってでしたか?」


「『体軸がブレていたのは一撃を受けるまで気付いていませんでしたが、その後は敢えて気付いていないように動いて攻撃を誘いました。その上で同じ攻撃が来る可能性は10パーセント程と想定していました』」


 ゼノの打ち込んだ文字を読み上げながら、ニーナは何度か頷く。


「ええ。ブレは僅かでしたので本当に気付いていないと思いました。私の思考まで想定した素晴らしい立ち回りでしたね。それではゼノさんはSランク試験合格となります。お疲れ様でした」


 ニーナの言葉にゼノは深く腰を折る。


 新たなSランクレンジャーの誕生に、試験官や他の受験者達からも拍手が送られた。

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