表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/130

115.ランクアップ試験【2】①

 月末の日曜日。3ヶ月置きに開催されるランクアップ試験の日である。


 アッシュのチームからは、ダンとキアラがEランクから飛び級チャレンジでBランク試験を受ける。


 どちらもレンジャーとなってからの日は浅いが、アッシュ達と一緒に本来受けられる基準以上の依頼を受け続けたため早々にE4まで上がったのだ。


 Bランクを受けると聞いた時、アッシュはCランクからでも良いのではないかと伝えた。


 無論、ダンとキアラの実力を軽視しているわけではない。


 キアラは魔族の中でも強力な種族であるメデューサ種としての能力もあり、アッシュやアイリと比べても遜色ない戦闘が可能だ。


 ダンもモンク族の身体能力を活かしてランスのシールドを片手剣の盾のように扱う様は、養成所の上位層に余裕で食い込めるレベルである。


 しかし今回は、A難易度依頼を受けられるようにするためにアイリがCランクからBランクの試験に切り替えた時のような急ぐ理由は無い。


 飛び級チャレンジは一度だけなので、リスクを取る必要は無いというのがアッシュの考えだった。


 もっともキアラには消極的過ぎると鼻で笑われ、ダンはランクに対する拘りは無いが皆と一緒が良いとのことなので、強くは言わないことにしたのであった。


 そしてもう1人アッシュのチームでランクアップ試験を受ける権利を持つレイだが、シャリィに言われた”足りないもの”がまだわからないとのことで、今回は受けないとのことだった。


***


 ポータルを使って試験会場に向かったアッシュとアイリとレイの3人は、案内に従って見学席に向かった。


 前回はアッシュ達3人が試験会場であるグラウンドに、ダンとキアラが見学席にいたので、ちょうど入れ替わった形である。


 少し身を乗り出すとダンがこちらに気付いて手を振ってきたので、アッシュも手を上げて応える。キアラはアッシュ達の方をちらりと見て、すぐにストレッチに戻った。


 そしてダンの少し後方にはフルアーマーの騎士の姿が見える。リレイク救援作戦でベレと共に陽動班を率いていたデュラハン種のゼノである。


「お、ゼノさんがいる! ということはどこかにバッカスも……」


 アイリも気付いたようで、ゼノのチームリーダーであるバッカスを探して会場を見渡す。


「アイリ。俺はこっちだぜ」


 不意に後ろから掛けられた声に振り返ると、バッカスがニヤニヤとした表情でこちらを見ていた。バッカスの後ろにはベレもいる。


「あれ、今日はこっちにいるんだ」


「今日も何もあっちはエーテル体専用エリアだ。俺は万が一があっても問題ねえから黙認されちゃいるが、本来はエーテル体じゃなきゃ立入禁止だぜ」


 言われてみれば抜き身の武器や法術が飛び交う場所に生身で入るのは非常に危険であり、そのために見学席との間には障壁も設けられている。


 前回バッカスもニーナ達試験官が来るのを察して見学席に退散していたことも含め、本来は立入禁止というのはその通りなのだろうとアッシュは考える。


「まあこういう時ゼノは黙って集中力を高めるタイプだ。俺があっちに行って騒がしくするわけにはいかねえ。見てみろ、俺等がこっちにいるのに微動だにしてねえ」


 確かにゼノは長剣を地面に僅かに刺して柄を両手で持ったまま全く動かない。場所が場所なら鎧の置物だと思っていたかもしれない。


 もっともSランクの試験を受けるだけの実力者故の”圧”が出ているのか、他の受験者は皆ゼノの周囲を避けるように歩いている。


「それに今回のゼノはかなり良い仕上がりだ。3割くらいはパス出来るんじゃねえかと踏んでる」


「良い仕上がりなのに3割……ですか?」


 勝率ならまだしも、武器で防御させるだけでもその程度なのかとアッシュは驚きを隠せなかった。


「そりゃそうだ。相手はあのギルド長だぞ。まともにやり合ったら、俺とジョアンで挟み打ちにしたところで何秒立ってられるかってレベルの正真正銘の化け物だ」


「そんな……」


 アイリとレイは実際にニーナの戦闘を見ているためか、肯定するように頷く。


 アッシュも前回のベレとニーナの立会いを見て認識を改めてはいたが、それでも普段の受付での様子などに引っ張られており、どうにも実感が湧かなかった。


「おいバッカス。今の言葉は聞き捨てならないぞ」


「あん?」


 そこへ見学席の階段を登ってきたシャリィが現れる。バッカスのニーナ評に大いに不満有りといった様子だ。対するバッカスも喧嘩腰なのが分かる表情である。


「あれ? シャリィさん、なんでこっちにいるの?」


 すかさずアイリがシャリィに問い掛ける。


「今回はAランクの受験者がいなかったからな。だが本部所属の者達の力量を見る良い機会だ。外す訳にはいかん」


 胸を張り凛とした顔立ちにどこか得意げな表情が浮かぶシャリィ。教官という役割を誇らしく思っているのが窺える。


「おーおーギルド長の後ろを付いて回ってた猫ちゃんが元気なことで。いつの間にそんな生意気になっちまったんだか」


 だが上手く話題が逸れたと思った矢先、バッカスが煽り口調でまくし立てる。シャリィへの”猫ちゃん”呼びにアッシュは思わず吹き出しそうになるが、なんとか耐える。


「今では私の方が順位は上だがな。貴様こそギルド創立時から一向に伸びてないではないか。だから私にも抜かれるんだ。全く……教官として嘆かわしいな」


「ほんの少しだけな。お前こそ何十年か止まってて、そろそろ頭打ちなんじゃねえのか?」


 意外なことにシャリィも煽るような言葉を返す。


 どうやらギルドとしての魔王軍が創立された頃から —— 数百年単位での知り合いのようであるが、関係は良くないようである。


 障壁があるので声まで届いてるわけでは無いはずだが、Sランクの中でもそこそこの実力があるバッカスとシャリィの睨み合いに会場の方からも視線が集まっているのがわかる。


 アッシュとしても両者が模擬戦をやるとなったら深夜でも見に行くであろう程に興味はあるが、このままではランクアップ試験に影響がでかねない。


 その時だった。


「止めなさいシャリィ」


 瞬間、シャリィは声の方には目を向けずにビシッと背筋を伸ばして表情を強張らせる。


 声の主はニーナだった。Sランク試験受験者のゼノがいるためエーテル体で向こう側にいるはずなので、喧嘩を見て通用口からこちらに来たのであろう。


 ニーナの登場に、呼ばれたわけでは無いバッカスですらやってしまったという表情を浮かべている。


「貴女は教官でしょう。喧嘩をしてどうするの」


「……はい」


 シャリィは俯いて返事をする。頭頂の耳も垂れ下がり、見ているこちらが可哀想に思える程の落ち込みぶりである。


「わかったら今日は装術を解いて正座して見ていること」


 ニーナは溜息を付いてそう言うと背中を向ける。お咎め無しだったバッカスは心底安堵したように息を吐く。


 だがそれがいけなかった。


「そうだ。バッカスさんが何秒立っていられるか、私も興味があります。試験後にエーテル体でこちらに来てください」


 しっかり聞かれていたようである。振り向きながらいつもの笑顔を向けるニーナだが、本心は間違いなく笑っていないとわかる。


 アッシュは気温が数度下がったように感じた。


「お、俺は……」


「大丈夫です。核は残しますよ。……来てくださいね」


「……っす」


 有無を言わせない指示に、バッカスは小声で返事をする。それを聞いてニーナは会場へと戻っていった。


 扉が閉まる音と同時に、バッカスは形を保てなくなったように崩れ落ちた。


「……ゼロ秒。違うか。まだ始まってないからマイナスじゃん」


「……うるせえ」


 騒がしくないバッカスと正座で悄気げているシャリィという二度と見れないであろう状況に挟まれながら、見学者としてのランクアップ試験が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ