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113.レイの太刀

 ヴァプラの家は、玄関から入ってすぐ大きな木の板の広間があるだけの簡素な造りだった。部屋にある物も何種類かの武器が壁に掛けられている以外には試し斬り用と思われる藁の塊くらいである。


 外見の大きさから考えてもここが主な部屋であり、後は調理場など生活に必要な場所がある程度であろう。


 "魔将の家"と言うとセーレのような森に住んでる特殊な例を除けば皆フォルネウスのように城のようなものを構えているイメージであったため、想像との乖離にアッシュは驚かされる。


「適当に座ってくれ」


 ヴァプラが胡座をかきながら、アッシュ達にも座るように促す。


「先に納品物をお渡しします。アイリ、頼むね」


「ほーい」


 アイリはアイテム端末を開いてコランの外殻を出していく。


「ほお。こりゃいい。傷一つ無い」


 外殻を手に取ったヴァプラは、ギルドの職員と同じような反応を見せる。


「私が動きを止めて、その間に皆に捕まえてもらったんです。コラン本体は逃しているので、傷は無いと思います」


 ヴァプラの前では、猫を被ったかのようにお淑やかで丁寧かつ饒舌なキアラ。この辺りの対応は、さすが魔族の上流階級だとアッシュは感じる。


「なるほどな。確かにキアラちゃんだから出来る術だ。これから毎回頼みたいくらいだ」


「残念ですけど他の依頼もあるので。でも今回みたいな時は、是非とも呼んでくださいな」


「そうだな。えーと、たしか指名依頼と言ったか。急ぎで欲しい時には使わせてもらおう」


 自然な流れで指名依頼を手に入れるキアラに、アッシュは心の中で拍手を送る。


 とそこへ先程の男が茶を運んで来る。


「ついでにコイツを加工班の所へ持ってってくれ。久々に見る上物だ。あいつらも喜ぶぞ」


「承知しました」


 男はアイリが並べた外殻を手早く端末に収納して持って行った。


「このお茶、渋みが強いけれども芳醇。色も独特。ヴァプラおじさま、これどこの銘柄なんですか?」


 茶を口に運んだキアラが、少し驚いたような表情を見せながらヴァプラに訊ねる。


「それはアースから仕入れた、緑茶と言うものだ」


「これ、私の地元のお茶」


 とそこで茶を啜ったレイが呟く。


「ほほう。やはりな。お主を見た時から、もしかしたらとは思っていた」


 レイの出身地であるD1は次元開発の最初に発見された新次元であり、次元開発機構に出資をしていた国で土地を分けたという。


 D0はその後ディーバの中心として多くの種族が混ざりあった結果、国境も文化の違いも薄くなり今に至るが、D0の文化圏が移動したD1は今でも地域ごとの文化の違いが色濃く残っていると聞いたことがある。


 実際アッシュも知らない茶がある辺り、やはりレイは同じアース出身ではあるが違う文化で育ってきたのだろう。


「そう。でも何故これを」


「何故、と言われると長くなるがな。端的に言うと、儂はお主の出身地で成立したとされる太刀という武器に惚れてしまったのだ。それで鋳造された当時の暮らしに近い村を興し生活感も真似て、彼等の技術と魂を理解しようとしている」


 匠王とまで呼ばれ、武器の鋳造ではパンデムどころかディーバの中でも右に出る者はいないであろうヴァプラ。


 そのヴァプラをもってしても未だに辿り着けない境地がアースにあったということに、アッシュは驚きを隠せなかった。


 ただしヴァプラが言っている”太刀”にはおそらくメーカー製の樹脂の刀身に金属の刃を付けたものは含まれておらず、レイが持っているような全てが金属で出来たものを指すのだろう。


 同じことを思ったのか、レイは太刀を取り出して鞘から少し抜いて見せる。


「そうだ。それだ。最近のレンジャーは皆軽いものを使っているかと思っていたな。見せてもらってもいいか?」


 レイはコクリの頷くと、太刀をヴァプラに手渡した。ヴァプラは太刀を抜くと、その刀身をじっくりと観察していく。


「......素晴らしい。相当な業物であると見受けられる。......が、銘が無いな」


「三代目ムラサメが鋳造したとされる11本の大太刀の九作目、岩流(いわながれ)。元々はヒトの身長よりも遥かに長かった。けれども戦いの中で折れて打ち直して、銘を失った」


 太刀は厳密には、長さによって太刀と大太刀に分けられる。もっともパルチザンとハルバードのように武器種が異なる訳では無いので、カスタマイズや購入の際の認識合わせのために用いられる程度の区分であるが。


 平均的な太刀は70センチメートル前後であるのに対して、大太刀は1メートルを超える物が多く、長い物では数メートルになる物もあるという。


 この点で言えばレイの太刀は1.6メートル程はあるため大太刀の中でも相当長い部類であるが、これですらも折れて打ち直した後だと言うのだから、元がどれだけ長大であったかアッシュには想像も付かなかった。


「......なるほど、ムラサメの作品か。戦いの中で折れたのであれば本望だろう。太刀は絵画とは違う。使ってこそ真価を発揮する物だ。良い物を見させてもらった」


 ヴァプラは太刀を鞘に収めてレイに手渡す。レイは太刀を受け取るとヴァプラを見据えて徐ろに切り出す。


「私はこの太刀に、いずれオリハルコンのコーティングを依頼したいと思っている」


 それを聞いたヴァプラは驚いたような表情を浮かべた後、真剣な表情になって返す。


「そのムラサメの太刀に、か?」


「違う。これはもう無銘。そして......私の祖父の形見」


 ヴァプラの鋭い視線に対して、レイは全く動じずに応える。


 レイの祖父の形見。実戦で使うが決して壊したくは無い。オリハルコンのコーティングを望むというレイの言葉から、そういった思いがあることをアッシュは感じ取った。


(アッシュ、オリハルコンってなんだ?)


 隣に座っていたダンが小声で尋ねてくる。


(エーテル伝導率と硬度が一番高い金属。コーティングした武器は絶対に壊れないって言われてるんだ)


 アッシュもダンに小声で最低限の内容を教える。


「ふむ……たしかにそうだな。訂正しよう。無銘の太刀だ。……わかった、その時が来たら依頼を受けよう」


 ヴァプラもまたレイの思いを汲み取ったように頷く。


「ありがとう」


「いやいや、礼を言いたいのはこちらの方だ。それだけの業物に触れる機会なぞ、そうそう無いことだ。それまでに儂も腕を磨いておかないとな」


 そう言うヴァプラの表情は、何処となく満足気である。

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