112.ジャフス村
外殻を集めたアッシュ達はギルド支部へと戻った。
「お疲れ様です。早かったですね。では一旦全てをこちらにお願いします」
「数がいたので、探す手間が掛からなかったです」
受付係の黒エルフの男にアッシュが応える横で、アイリが端末からコランの外殻を出していく。
「おお、随分と綺麗ですね。傷一つ無い。こっちも......え、これも......」
男は外殻を手に取りながら段々と驚くような表情になる。期待以上の反応にアッシュは嬉しくなりながら、キアラを前に連れ出す。
「キアラに動きを止めてもらって、その間に捕まえたんです。武器も使ってないので、傷は無いと思います」
男は外殻から目を離してキアラを見る。
床に付くほど長い先端が蛇になった髪は疑う余地も無くメデューサ種であり、その力を知っていれば何をしたのかはすぐにわかるものだ。
「これはこれは......フォルネウス様の御息女がレンジャーになったと噂では聞いておりましたが......」
「その"フォルネウス様の御息女"はやめてもらえるかしら。私はレンジャーのキアラ、貴方はギルドの受付。そうでしょ?」
キアラが若干不満そうに応えると、受付係の男は笑いながら頷く。
「ははっ、ごもっともだ。では改めて。キアラさんが動きを止めて、その間に他の方々で捕まえて外殻だけを取ったということですね。これだけ質が良いならば、また是非ともお願いしたいですね」
「ふん......わかればいいのよ」
レンジャーの仕事において、"またお願いしたい"は最上級の褒め言葉と言える。
キアラも口調こそ変わらないが少しばかり顔を赤らめて目を逸らしており、嬉しいという感情が溢れているようだった。
「本来ヴァプラ様には、こちらで一度全て確認を行ってから納品という形を取っていますが、この状態ならば問題無さそうですね。ヴァプラ様に届けるところまでやっていただけるとのことでしたので、あちらのポータルを繋いであります」
「ありがとうございます」
「えーっと、これでちょうど20個かな。じゃあ残りは持っていくね」
アイリがギルドの在庫分を出し終わったのを確認して、アッシュ達はジャフス村行きのポータルへと向かった。
ポータルを出た先は村の入り口と思われる場所だった。そしてアッシュ達が来たのを見計らったように、小柄なドワーフ種の男が歩み寄ってくる。
「……コランの外殻の納品だな」
「はい。あの、鍛冶を見学させてもらうことって出来ますか?」
「構わん」
男は一言発すると、付いて来いとでも言うようにアッシュ達に背を向けて村へと入っていく。アッシュ達はその後ろに付いていく。
ジャフス村の家は石造りの平屋ばかりで、現在の基準からすると随分と古臭い印象がある。だがそれ以上に特徴的なのが、どの家にも広い面積を取って炉と鍛冶場が設けられているという点だ。
更にそのどれもが現在進行系で稼働しており、至る所からカーンカーンと金属を叩く音が響いている。
「聞いてはいたけど本当に鍛冶が盛んなんだね」
「むしろ鍛冶しか無い。ここのドワーフ種達は誰もが店を持てる腕前。でもより高みを目指してここで修行している」
レイは何時になく饒舌に説明しながら、時折立ち止まっては真剣な表情で叩く様子を見ている。
「ん。今のは失敗」
「ほう。わかるか」
「力が強すぎた。少し力んでるように見える」
「あいつは最近ここに来たばかりで気を張っててな。腕は良いが、肩に力が入り過ぎている。後で指導しておこう」
前を歩いていた男も、気が付けばレイと歩調を合わせながらアッシュにはまるでわからない会話をしている。
「凄いな……武器ってこうやって作ってるんだな!」
赤々と燃える鉄を叩いたり水に入れて冷ましたりしている様子に、ダンも興味津々な様子である。
「こういうのを見るのは初めて?」
「そうだな。モンク族も昔は自分達で造ってたって爺ちゃんが言ってた。でも僕が狩りを始めた頃には、武器はもう買う物だったな」
ダンのランスは三大武器メーカーの一つで、大型の武器に凝ったギミック ーー マカクエン戦の時に見せた先端部の爆発など ーー に定評のあるメルカドル製だ。
まだ若いダンですらメーカー製の武器を持っている辺り、ターレントでも十分に浸透していることが伺える。
そんなこと考えていたところで、前を歩いていたレイ達が立ち止まる。見れば周囲よりも一回り大きな家屋に、倍以上の広さの鍛冶場が設けられた家がある。
そして鍛冶場では数名のドワーフ種が鉄材を運んだり道具の整備をしており、その中央で一際身体が大きく筋骨隆々の男が汗を垂らしながら鉄を打っていた。
ワヌホートの収穫祭に行く際に同行したガープに似た、圧倒的な存在感と気配。紹介されるまでも無くヴァプラであるとわかった。
「見ての通り、今ヴァプラ様は忙しい。見学は構わんが、邪魔は ーー」
「ヴァプラおじさまー。キアラが来ましたよー」
男が邪魔をするなと言いかけたところで、突然キアラがヴァプラに向かって話しかける。アッシュを含めて全員が驚いてキアラの方を振り向くが、キアラが至って平然とした表情である。
一方のヴァプラは突然話しかけられて集中が乱れたのか、打っていた剣が明らかに歪に変形している。同時にこちらに向けた凄みのある表情に、アッシュは思わずチビりそうになってしまう。
だが、
「お、おお! キアラちゃんじゃないか! よく来た!」
キアラの姿を見たヴァプラは作業道具を手放すと、ニコニコと笑みを浮かべながら近付いてくる。
「あら。邪魔しちゃいましたか」
「いやいや。剣の一本くらい、キアラちゃんが来てくれたことに比べれば大したことじゃない。寧ろ話しかけられたくらいで失敗するようじゃ、儂もまだまだということだ」
一瞬見せた怒りなど無かったかのようなヴァプラの様子は、まるで久しぶりに来た孫を歓迎する祖父のようであり、変わり様に周囲の配下達も呆気に取られたように固まっている。
「それで、今日はどうしたんだ? まさかナックルがもう壊れたわけでもあるまい」
「もう知ってるかもしれないですが、私レンジャーになったんです。それでヴァプラおじさまのコランの外殻を依頼を受けて、採ってきたついでに皆で届けに来ました」
「そうかそうか。レンジャーになったというのは聞いているぞ。それで、君達がキアラちゃんのチームメイトか」
ヴァプラはアッシュ達を見回す。
「はい。僕はチームリーダーのアッシュです。こちらがダン、アイリ、レイです」
「儂はヴァプラ。この村の村長だ。さて、立ち話もなんだし寄っていきなさい。おい、この前アースから仕入れた茶があっただろう。あれを淹れてきてくれ」
「承知しました」
ヴァプラは配下に茶を淹れるよう指示を出すと鍛冶場の奥へと向かっていったので、アッシュ達もその後に続いた。




