111.【D-狩猟】ガルヘイト②
D8の最北部、ガルヘイト。
アイネスを中心とした地図上では北西のキレブルと北東のカラレンに跨るように広がる、広大な荒地である。
カラレン側は高低差が激しい上に、山にはドラゴン種、渓谷にはグリフォン種と魔族の中でも血の気が多い種族が暮らしており、特に"戦闘が可能であるレンジャー"は生半可な覚悟では近付いてはいけないと言われている。
一方キレブル側は平地こそ多いが、南の大黒森に全て持っていかれてしまったのかと思うほどに草木が殆ど無く、生物に取ってはとても厳しい環境である。
このためキレブル側に生息するのは、土壌そのものを食料とする竜種・コラガン及びコラガンの幼体であるコランくらいとのことだった。
アッシュ達は以前キアラの捜索のためにキレブル大黒森に入った際に通ったヤーヌスレーンのギルド支部に行き、そこからポータルでガルヘイトの南側にあるコラン狩猟の拠点へと向かった。
***
「ダン! そっちに行った!」
「わかっ......そっちじゃないぞ! アイリ!」
「おーけー! 逃さないよ!」
声を掛け合いながらコランを追い詰めていく。
「キアラ」
「見えてる!」
最も俊敏なレイが全体を見ながら足りないところを補い、キアラが自身に向かってきたところを魔眼による法術で動きを止める。
動けなくなったコランの外殻を、手からすっぽ抜け無いようにアイリが慎重に持ち上げる。
そしてキアラの法術効果が切れる頃合を見計らって上下に振ると、コランは外殻だけを残して地面に落ちる。
「ピギィ……」
外殻を奪われたコランは小さく鳴きながら土の中へと潜っていった。
ーー コランの外殻の取り方は2種類ある。
コランは土の中で孵り土の中で生活するが、生まれたばかりのコランはまだ外殻を持っていない。外殻はコランの体表から分泌される粘液によって、土壌の成分が結合することで形成されるのだ。
そして外殻がある程度大きくなってきて、土の中での移動が困難になると地表へと出てくる。外殻は成長と共により大きく硬くなっていき、一定以上になったものが成体である"コラガン"と呼ばれるのである。。
このため幼体であれば外殻のみを取って本体は逃がすことも可能なのだが、いかんせん見た目に反して動きが俊敏な上に幼体の外殻は突起が無く非常に滑りやすいため、捕まえることは困難を極める。
なのでコランの外殻を取る際は、外殻から出ている頭を斬り落とすなどしてから外殻だけを剥がす方が一般的である ーー
というのが拠点に置いてあった端末に書いてあった内容であった。それを全員で読んだ後、キアラが提案した作戦がこれだった。
普段の戦闘では自身の身体を支えたり空中で方向転換したりするために蛇髪を使うくらいでしか見せていなかったキアラのメデューサ種としての力だが、今回は"相手を見るだけで呪術系の法術を使用する"方の力を使うということだ。
当然ながらこの方法ではコランの肉は取れないのだが、説明書の最後に「コランの肉は泥のような匂いがして非常に不味い」という以前ここに来たレンジャーが残していったであろう注意書きがあったため、アイリとダンも納得してくれた次第だ。
「よーし、良い感じだね!」
アイリは満足そうに外殻を端末に収納しながら歩き出す。キレブル側は見晴らしがいい上に目印になりやすい山が点在しているので、地図を見るまでもなく方向が掴みやすい。
「だね。この方法なら外殻を傷付ける心配も無いし。キアラのおかげで助かるよ」
「そ、そう。なら良かったわ。......ま、私はまだ大型の生物は縛れないから、そこまで期待はしないでちょうだい」
キアラはそう言いつつも少し恥ずかしそうに目を逸らしながら横髪を弄り、満更でもない様子である。
「今ので何個目だっけ?」
「えーっと......23個!」
「じゃあ後17個だね」
ヤーヌスレーンのギルド支部で提示された数は40個。ヴァプラに渡すのが20個、ギルドの在庫用が20個とのことだ。
もっとも、不良がある前提での数なのでアッシュ達の方法であれば数はもっと少なくても良いだろう。とは言え、それを判断するのはアッシュ達では無いし、在庫があるならそれに越したことはないはずだ。
「それにしても......結構な距離歩いたし走ってもいるけど、そこまで疲れてはいないね」
「おう。武器を持ってない分、身体が軽いしな」
「そっか。それを忘れてた」
アッシュは特に最近は双剣などの軽量の武器が多いので忘れていたが、それでも2本合わせれば体力を削ぐには十分な重さになる。武器端末に収納したままで活動出来ているのは確実に差があると言える。
ダンに至っては常にランスとシールドを持っているので、モンク族と言えども有るのと無いのとでは雲泥の差があるのだろう。
「レイは大丈夫?」
そこまで考えてからアッシュはレイの方を振り返って尋ねる。レイは太刀を端末にしまわないので、アッシュ達のようにいつもよりも身軽ということは無い。
「ん。問題ない」
「なら良かった。疲れたら遠慮なく言ってね」
レイは頷きで返す。とその時、
「あ! あれもしかしてコラガンかも」
アイリが前方を指差しながら声を上げる。相変わらずアッシュには岩なのかコラガンなのか区別が付かない程度には離れているようだ。
アイリに見えていてアッシュ達に見えないのはいつものことではあるので、アイリを先頭に大きな音を立てないように進む。少し歩くと明らかに岩とは異なる塊がいるのがアッシュにも見えてくる。
成体になると外殻はゴツゴツとした岩のようになり、突起も出来ているため掴むことは容易であろう。
とは言えコラガンはとても大人しい気質で、他の生物に襲いかかったりはしない。更に完全に硬化した外殻は材料としての価値も乏しい上に、幼体と同じく肉は土の匂いがきつく食べられたものではない ーー つまり狩猟する意味は無いということだ。
距離を置いて観察していると、コラガンは地面を掘り返しながら土を食べているようだった。
こう見ているとコラガンが以前自分を襲ったのと同じ竜種 ーー 正確にはガラルドと同じ獣竜だが ーー であると、事前に聞かされていなければ思わなかっただろうとアッシュは感じる。
「あのくらいなら、家でも飼えるかしら」
「えーキアラあれ飼いたいの?」
驚きに少し大きくなってしまったアイリの声が届いたのか、コラガンは一瞬動きを止めたかと思うと凄まじい勢いでどこかに走り去ってしまった。
「あー......うっかり」
「あの速度で走り回られたら、庭がどれだけ広くても足りないわね。飼うは無しね」
「冗談じゃなかったんだ......」
まさか本気で飼うつもりだったのかと改めて驚きつつ、アッシュはキアラの本宅なら出来なくも無いのかもしれないと考える。
「冗談のつもりは無かったわ。さ、コラガンのことは諦めて進みましょ。もう半分以上集めてるなら、そろそろ戻ることも考えていいんじゃない?」
「そうだね。ここから左右どちらかに少し進んだら拠点に戻ろうか」
「それならあっちがいいぞ。さっきコランが何匹か逃げていったからな」
ダンが東を指さしながら言う。どうやらアイリの声で逃げていったのはコラガンだけでは無かったようである。
「ならそっちにしよう」
こうしてアッシュ達はコランの外殻狩りを再開したのであった。