11.自己紹介
草原に一軒しか無い家 —— アッシュ達がこれから住むことになる家の前に着く。家は想像よりも遥かに大きかった。
「家……というより旅館みたいだね」
アース —— 特にD0は人口が多く家も小さめではあるが、それでもこれが普通の家の何倍ものサイズはあるとわかる。
玄関に入ると内側の見取り図が壁に掛かっているのを見つける。部屋は1階と2階の左右に5個ずつ、計20部屋ある。先程のニーナの言葉から、ある程度の人数が住むことを想定されているのだろうと考えられた。
異性と同じ屋根の下というのはどうなることかと思っていたアッシュにとっては、この造りは幸いと言えた。
1Fの中央に階段、奥にダイニング、エントランスの真上には共有スペース。そしてダイニングの上は”武器・防具格納庫”と書いてあり、さすがレンジャー用の拠点だとアッシュは感じる。
「では私はこの辺りで。明日は……10時に受付にお越しください」
ニーナはそう言って家の鍵を3人にそれぞれ渡すと、本部へと戻っていった。
「まずは部屋を決めちゃおうか。3人しかいないし、好きな所を言ってみて」
「私は7号室かな。ダイニングが近いところがいい」
「私は13号室」
アイリは1階右側の奥から2番目の7号室。たしかに入り口の前の廊下を真っ直ぐ進めばダイニングなので、2号室と並んで一番近い。レイは2Fの左側中央の13号室とのことだ。
「じゃあ僕は16号室にしようかな」
アッシュは2人と被らなかったことに内心安堵しつつ、部屋を選ぶ。見た時から2階を選ぼうと思っており、その中でも階段に近いが目の前ではない16号室を狙っていたのだ。
「じゃあそれぞれ部屋に荷物を置いて、10分後を目安にダイニングに集まろう」
「おっけー」
「ん」
アイリはそこで右の廊下へと入っていく。アッシュとレイは階段を登って2階に上がり、そこで左右に分かれてそれぞれの部屋に向かった。
部屋は入り口から前と左へとそれぞれ続く廊下があり、前の廊下は風呂場やトイレが、左の廊下の先がリビングという造りになっていた。ダイニングが共有のためキッチンは無いが、それを除けば1人暮らしをするには十分過ぎる程に整っている。
改めてギルドの力を認識させられたところで、アッシュは部屋を出て共有ダイニングに向かう。ちょうどダイニングに入ろうとしたところで、7号室の部屋のドアが空いてアイリが出て来たところであった。
ダイニングは奥にキッチンや冷蔵庫が用意されており、その手前には大きめのテーブルが何個か並んでいる。端の方には長いL字型のソファとテーブルも用意されていて、その角にレイが座って待っていた。
アッシュとアイリはレイを挟み込むような形で、その両サイドに座る。
「まず最初は、改めてになるけど自己紹介からかな」
一応チームのリーダーはアッシュということなので、それらしく振舞ってみる。
「僕はアッシュ・ノーマン。先週養成所を卒業して『魔王軍』に来ました。ルーズ探索に行くことと、Sランクレンジャーになることを目指してます。今のランクはC1。得意なことは見て覚えること。登録されてる36種類の武器を全部使えるオールラウンダーです」
「凄いじゃん。私が知ってる中で一番多い人でも5種類だったのに」
「見て覚えていってたら、いつの間にかね。行く場所とかメンバーに合わせて変えられるのは強みかな。でも逆にどれか特別に得意なのがあるわけじゃないから、それが弱みでもあるかもしれない」
レンジャーにとっての武器は、活躍すればそれが自身の代名詞となることにもなる重要な要素である。そしてそのほとんどはレンジャーになりたての頃から決まった”一番得意な種類”を持っており、それを実戦と共に高めていくのである。
しかしその点アッシュは全ての武器をある程度使える分”一番得意”と言える種類が無く、このまま続けていった時にいつか自分のあり方に悩む時が来るのではないかという不安を抱えているのだ。
ただその一方でどれか1つを決めたことで全体が歪んでしまい、自分の強みそのものが無くなってしまうのではないかともアッシュは考えてしまうのである。
「特に得意な武器とかがあるわけじゃないの?」
「今は無いね。実戦をしていくうちにいずれ決まるかもしれないけど」
あわよくばそうなることは期待はしているのだが、そのためにも出来るだけ均等に使って慎重に決めなければならないのだ。
「じゃあ長距離移動が必要な時は、チャリオットをよろしく! あれに乗せてもらうの楽しいんだよねー……とじゃあ次は私だね」
そんな重いことを考えているアッシュを余所に、アイリは笑顔でそう言うと一つ咳払いをして立ち上がる。
「私はアイリ・コーデッド。レンジャー試験で資格はずっと前に取ったけど、ギルドはさっき登録したばかりだからランクはE1。夢は……アッシュと同じくSランクレンジャーになることかな。得意武器は片手剣だけど、法術もそれなりにできるよ」
「へえ。レンジャー試験通ったんだ」
レンジャー試験は、養成所の卒業以外でレンジャーの資格を得る方法の1つである。
受験資格の制限が無いため誰でも受けることができるが、卒業さえすれば自動的にレンジャーの資格を貰える養成所と違い、合格率は低いと言われている。
年齢の都合等で養成所に入ることが出来ない者達がレンジャー資格を得るために受けるというのが一般的な認識であり、その制限に引っ掛かりそうにないアイリがわざわざ試験を受けて合格したということにアッシュは驚きと疑問を感じた。
「そ。まあずっと傭兵団いたから、あのくらいは大したこと無かったけどね」
「傭兵団……」
傭兵団であれば、あの突飛な動きにも胆力にも合点がいく。アッシュやレイが使ってきた教科書など見たことも無いだろう。
「取ったのはどのくらい前なの?」
「えーと12歳の時だから……6年前かな。お父さんが傭兵団の団長で、お母さんが副団長だったから、それからは傭兵団の仲間に混ざってレンジャーやってたんだ」
つまりは既に6年のレンジャー経験があるというわけだ。実戦慣れしていることも、ニーナが言った”経歴”ということも全て合点がいく。
「色々と納得出来たよ。じゃあ次は……」
そう言ってアッシュはレイに目を向ける。
「ん……レイ・クロノ。探してるものがある。ランクはB1。得意武器は太刀……よろしく」
「レイの太刀って、その壁に立ててあるやつ?」
「そう」
アイリが指差した壁に、レイが背負っていた棒が立て掛けてあった。長さはアッシュの身長と同じ程度はある。養成所で用意されていた標準の物よりだいぶ長い。
「Bランクスタートって凄いよね。養成所に入る前から何かやってたの?」
「ん。家が道場だったから、剣術はやっていた」
「なるほどね」
だがアッシュはレイがそれだけではない、あるいは余程特別な訓練を受けていたのではないかと推測していた。
養成所に来る者のほとんどは、それ以前から道場通いに限らず戦闘に関わる何かしらをしてきているのだ。実際アッシュも病気を治してからは、施設の訓練に参加したり地域の大会に出たりしていた。
勿論才能の有無もあるだろうが、実戦経験が無い前提でのBランクスタートというのはそれだけでは辿り着けない —— 才能のある者が特別な訓練をしてきて辿り着けるレベルなのだ。
レイが口数が少ないことはわかっているので、自己紹介はこの辺りで終わりでいいだろうと判断してアッシュは話題を移す。
「次は作戦会議……というのも変だけど、これからどうしていくかを決めようか」
「どうしていくかって、依頼をこなすだけでしょ」
「それはそうなんだけど、それぞれ引っ越しの作業とかもあるだろうし」
アッシュに言われたアイリは首を傾げる素振りを見せるが、すぐに何か気付いたように頷く。
「私は普段から端末に入る程度の荷物しか持って無かったけど、2人はそうもいかないんだ」
「他にも食事はどうするとか、建物の使い方とか、チームメンバーの募集とか色々あるよ」
「そっかー。考えなくちゃいけないこと多いね」
アイリが唸る。ギルド所属のレンジャーになるというのは、形式こそだいぶ違うが、立場的には企業に就職するのと同じ意味合いなのだ。共同でやるので分散はできるが、これからは自分の面倒は自分で見なくてはいけないのである。
「とりあえず食事については……一週間ずつ当番制にしようか。朝はその週の当番がパンとかの軽食を用意しておく。昼は本部にいる可能性も高いし食堂とかで。夜は当番が作る」
この方法は養成所の寮のやり方そのままなのだが、アッシュは良い方式だと思っている。負荷がそれ程大きくはなく、かつ快適なレンジャー活動を送る上で地味に大事な”料理の腕前”を確認し合えるのだ。
「最初の食事当番は僕がやる……けど今日はちょっと遅いし、昼食は食堂で済ませてもいいかな?」
「そうだね。私はいいよ」
「私も構わない」
「ありがと。そしたら……」
アッシュは立ち上がりながら端末を開いて時間を確認する。
「じゃあまずは食堂に行ってみて、帰りがけに3階のショップにも寄ろうか」
「おっけー」
「ん」
2人の了承も得て、アッシュはにこやかに頷く。
新地での生活に若干の不安を感じていたが、とりあえず出だしは順調にいきそうである。幾分の安心と心強い仲間を得たアッシュは、満足げな表情でダイニングを後にした。




