109.【A-採取】ヤエン山③
次の日、アッシュ達は山頂を目指して早朝に山小屋を出た。
だが山頂までの道のりの半ばまで登ったところで運良く凍花の群生場所を見つけることが出来、山頂まで登る必要が無くなったのであった。
採取を慎重に進めても昼過ぎには作業が全て終わり、アッシュ達はまだ明るいうちに山小屋に戻ってゆったりと一晩過ごした後、中腹のホテルへと帰還した。
***
「今回は楽だったねー」
「そうだね。大変さはB難易度くらいだったんじゃないかな」
ホテルの更衣室で着替えを終えたアッシュ達は、帰りのバスを待ちながら初めてのA難易度依頼について話を弾ませていた。
実際のところ山小屋で二泊しているので、依頼に掛かった時間としては今までで一番長い。このため本来なら雪山でのキャンプで少なからず疲労が溜まっていたであろうが、山小屋を使えたお陰でほぼ無いと言ってもいい程だ。
更に言えば山小屋は楽だったことも勿論だったが、暖炉という初めての体験も出来たこともあって、アッシュにとっては本当にこれで報酬までもらってしまっていいのだろうかとさえ思える程の内容であった。
しばらくすると来た時に乗ってきたのと同じバスが坂を登ってきて、アッシュ達の前に停車する。そして中から出てきたのも、来た時と同じイエティ種の運転手だった。
「おお、あんたらか。随分と早かったな」
「はい。お借りした山小屋から山頂に向かう途中に凍花がたくさん生えてる場所があって、あっさり終わっちゃったんです。鍵はフロントに預けてしまったんですが......」
「ああ、構わん構わん。この後取りに行くさ。それにしても、山頂まで行かずに凍花が......それにこの天気か。ということはもしかしたら......」
運転手はブツブツと独り言を言いながら、ヤエン山頂の方を眺める。つられてアッシュも山頂へと目を向けた時だった。
突如辺りを轟音が包み、地面も僅かに揺れ始める。
「わっ! わっっ! なにこれ!?」
「ふ、噴火か!?」
突然のことにアイリとダンが声を上げる。アッシュも何が起きたのかわからず、助けを求めるように運転手を見る。だが運転手はアッシュ達の方を見ながら大笑いし始める。
「うわっはっはっ!! 良い反応だ! これは雪崩の音だ。ここ数日連続で晴れが続いていたが、その前まで凍花が途中に群生する程に寒かったならば、そろそろ起きるかと思っていたんだ。なに、ここは巻き込まれたりせんから安心せい」
運転手の言う通り、確かに音は響いているが雪が落ちてくる気配は全く無い。
「凄い音......巻き込まれなくてよかった......」
アイリはホッとしたように呟く。もし途中で群生を見つけられなかったらヤエン山の中にまだいた可能性は十分あったし、この規模の雪崩に巻き込まれたりしたら全滅は間違いなかったであろう。
もっとも、だからこそのA難易度なのだろうとアッシュは考える。
「本当に最後まで運が良かったね」
「運って意味じゃどうだろうな。雪崩が起きるなんて、この時期に偶々条件が重なった数年に一度程度だ。それにヤエン山の雪崩は絶景として通の間では有名だからな。向こうの山のホテルじゃ今頃大盛り上がりだろうよ」
「そうなんですか。たしかにここからだと何も見えないですしね......」
数年に一度の絶景の近くにいたのに見られなかったという意味では、その通りかもしれない。
「さてと。俺はフロントに記録を付けに行くついでに一服してくるから、あんたらはバスの中で待っててくれ。暖房は付けておいてあるからな」
「はい。ありがとうございます。......あれ?」
ふと横を見るとレイの後ろでキアラがそっぽを向いたまま腕組みをしている。
「キアラ? どうしたの?」
何か不満でもあったのかと思って声を掛けるが、キアラは振り向く素振りも無い。キアラが見ている方に目を向けるが、特段注目するようなものも無さそうだ。
「おーい、キア......ラ?」
そしてキアラの正面に回ったアッシュは気付く。キアラが立ったまま気絶していることに。どうやら先程の轟音に相当驚いたようである。
「ぶわっはっはっはっ! 嬢ちゃん驚きすぎて気を失ったのか! 仕方がない、あんたらで中に運んでやってくれ。後ろの方に長い席があるから、そこに寝かせておくといい」
アッシュも半笑いになりながら先に乗り込んでいた3人を呼んでキアラを運び、言われた通り一番後ろの席に寝かせる。
数分後に目を覚ましたキアラに事情を説明すると、恥ずかしさと行き場の無い怒りにすっかりへそを曲げてしまったようで、顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
その後、ギルド支部で凍花を収めたアッシュ達は本部へと戻り報酬を受け取った。
こうして初のA難易度依頼は、誰も脱落することなく無事に終わったのであった。