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108.【A-採取】ヤエン山②

 収納スキー板が付いたブーツ、分厚いスキーウェアと手袋、耳まで隠せる帽子とフェイスガード、雪の反射光を避けるためのゴーグル、雪道で身体を支えるためのスノースティック。


 ホテルの更衣室を借りて防寒装備に着替えた5人は、再びロビーに集合した。


 雪山ということもあるので、互いに顔は見えない程に覆っている。もっともその辺りは考慮して全員で装備の色は変えている。


「みんな準備はいい? いつでもケースが出せるように、端末はウェアの外に付けておいてね」


 アッシュは腰にベルトで取り付けたケースをポンッと叩きながら見回した。


 凍花はヤエン山のような寒さの厳しい雪山でしか生育しないのは勿論のことだが、持ち帰るのもそう簡単では無い。


 そのまま端末に入れてしまうと下山している間に凍花が持つ法術上の効能は失われてしまうため、専用のカプセルに保管した上で冷却ケースに入れて収納しなければならないのだ。


 更に採取の際もピンセットで扱うことが推奨されているなど繊細な取扱いを要求されており、アッシュ達もギルドの支部でケースとピンセットを受け取って端末に入れてきている。


「ほーい。問題ないよ」


 帽子とフェイスガードの間から金髪がはみ出したピンク色のウェアから、アイリの声が響く。


 他の3人もそれぞれにケースを確認していく。


 アッシュはそれに頷くと、ホテルの出口へと向かった。


 外に出たところで雪に反射した光で一瞬目が眩みかけるが、ゴーグルのおかげで視界はすぐに戻ってくる。


 ホテルの出入り口の正面には、先程バスで登ってきた時にも見えていた雪を被った森。辺りを見回せば、自然の偉大さを感じずにはいられない絶壁がホテルの周囲にそびえ立つ。


 そして絶壁の左方にはぽっかりと空洞が出来ており、その先には青空が覗いている。空洞の手前には木組みのゲートが設置されているため、そこが登山道の入り口であることがわかる。


「じゃあ行こうか」


「あんたら……その格好ってことは登山の方かいな」


 アッシュがそちらに向かって歩き始めたところで、突然後ろから声を掛けられる。


 振り向くとそこには、先程のイエティ種の運転手が立っていた。


「はい。凍花の採取依頼で、数日は籠もることになると思います」


「レンジャーの仕事か。それにしても、この時期に採取依頼とはなぁ……まあだからこそなのかもしれんが」


「何かあるんですか?」


 意味深な言葉を呟いた運転手にアッシュは尋ねる。


「いやな。この時期は年間通しても天候が崩れやすい。暫くは晴れと予報は出とるが、正直そこまで信用は出来ん。登山者が殆どおらんから俺達も登る意味が無いもんで、自然と凍花の供給量も減るんだ」


「そうなんですね……参ったな」


 天候が暫くは良いという前提で依頼を受注したアッシュは、思ってもいなかった情報に困惑する。


 もっとも運転手の話通りならば天候が良い時期は供給量が増えるため、そもそも依頼が発生しない。つまりこの依頼を受けることが出来るのは、天候が崩れやすい時期となってしまうのだ。


「ふーむ。ならば山小屋の鍵を貸してやろう」


 運転手は徐にポケットを探ると、鍵が幾つか付いたホルダーを差し出す。


「え。そんな、悪いですよ」


「なに、この時期は誰もおらんから構わんよ。薪も好きなだけ使うといい」


「ですが……」


 アッシュが戸惑っていると、運転手はアッシュの腕を掴んで手に鍵束を握らせてきた。


「レンジャーならば信用も出来るからいいんだ。それに……」


 運転手はそう言いつつ、キアラに目を向けた。


「お前さんも寒いのは苦手な質だろう?」


「……まあ……そうね」


 唐突に話を振られたキアラは若干面食らいつつ、気まずそうに応える。おそらく先程のことをまだ引き摺っているのだろう。


 そんなことを考えつつ、アッシュはふと気付いて聞き返す。


「“も”てことは、もしかして……」


「ああ、そうだ。フォルネウス様も寒いのが大の苦手でな。当時エストラの魔神の下にいたフォルネウス様が今の魔神サタンの配下とやり合ってた頃、サタン側に就こうとしていた過激な連中にイエティ種が乗っ取られて気温の低い南部から攻められたら堪らんってことで俺がいた穏健派と手を組んだんだ」


 エストラはセードル大陸の南に広がるコアケルク大陸の東部で、現在はガープの領有となっている地域だ。その南部は極地に近く、今アッシュ達がいるケラン大陸と同様に常に雪で覆われているらしい。


 キアラを寒い所に連れて行ってみろなどと言いつつ自身も苦手だというフォルネウスの話に、アッシュは思わず表情が緩む。


 それと同時に、もし天候が崩れた時に寒い中で耐えることになるのが自分だけでは無いことに気付く。そしてこの中で寒さに一番弱いキアラは、プライドから絶対に手を伸ばさないであろうことも。


「ではお言葉に甘えて、借りさせていただきます」


 そう言ってアッシュが手を差し出すと、運転手は満足げに頷きながら鍵を握らせた。


「今から登っていけば夕方には山小屋に着けるだろう。そこから山頂に掛けて凍花の採取ポイントが点在しているから、拠点にするといい。まあ山頂にも建物はあるが……」


「何かあるんですか?」


 少し言い淀む運転手だったが、アッシュは構わず訊ねる。


「さっき嬢ちゃんにああ言った手前で悪いが、あそこは立て付けがあまり良くなくてな。風の音が響くもんで、寝泊まりするには適さん。まあ休憩に使える程度と思っておいてくれ」


 先程バスの中でキアラに言われたことを気に掛けていたようだ。キアラは更に気まずそうに顔を背ける。


「わかりました。山頂までの往復の休憩に使えるくらいの距離ですか?」


「ちょいとばかし朝早く出る必要があるが、ここに来れるレンジャーならば昼過ぎに山頂で休憩を取って夕方に帰って来れるだろうよ」


 運転手の話からアッシュは、行きが5時間、帰りが4時間程度と見積もった。


「さて、さっき言った通りだがそろそろ出ないと暗くなる前に山小屋に着けなくなるぞ」


「そうでした。本当にありがとうございます」


「気にするな。俺も後少ししたら帰りのバスの出発時間だ。俺もここの従業員だから、鍵は帰りにフロントにでも返しておいてくれ。それじゃあな」


 運転手はそこまで言うと、背を向けてバスが並んでいる方へと歩いて行った。


「良かったじゃん。キャンプの準備はあるけど準備に時間が掛かるから、ペース配分とかどうしようかと思ってたんだよね。キアラも機嫌直して、帰りにお礼言っときなよ」


「なっ! ……まあ、お礼くらいは……言うわよ」


 アイリのストレートな物言いに声を上げたキアラだったが、反論の余地が無かったのか段々と小声になりながら返す。


 ゴーグルなどで覆っているせいで顔は見えないが、その表情は容易に想像が出来る。


「……と、そうだ。時間が押してるんだった。じゃあみんな、行くよ」


 アッシュは端末で時間を確認し、出発の号令を掛ける。


 距離だけを考えれば余裕はあるが、初めての雪山である以上は何が起こるかはわからない。


 危険な野生動物が出る訳ではないが気を引き締めて行こうと考えながら、アッシュは登山道の入り口へと歩き始めた。


***


アッシュ達は列を作って、ひたすら山を登っていった。


 途中で毛深い鹿のような野生動物にも遭遇したが、警戒心が強くアッシュ達に気付くとどこかへ逃げてしまった。


 最初こそ追い駆けようとしていたアイリも重装備の雪道ではさすがに無理だと悟ったようで、先程からは大人しく付いてきている。


 少し急いだこともあって、アッシュ達は空が少し赤くなりかけた頃には山小屋に到着した。


 山小屋は想像以上に大きく、入ってすぐの大きな部屋の他に寝室もそこそこの数がある。


 登山客がいる期間は使っているおかげか埃が積もっているようなことは無く、テント代わりにそれぞれに部屋を割り当てて寝袋を敷けば十分に休息は取れそうだ。


 中の状態を確認してアッシュが大部屋に戻ってくると、アイリが石造りの穴のような所に薪を組み立てていた。


 それは明らかに火を付ける時の組み方であったためアッシュは慌てる。周りが石とは言え、まさか室内で薪を燃やすとは思ってもいなかったのだ。


「ちょ、ちょっとアイリ! 何してるの!?」


「何って、暖炉に火を付けるだけだけど」


「暖炉……?」


 さも当然のことのように返すアイリに、アッシュは呆けてしまう。その反応にアイリは何かを察したのかニヤリと笑う。


「まさかアッシュ、暖炉知らない?」


「……知らない。みんなは知ってるの?」


 アッシュは助けを求めるように振り返る。


「うちにはあったわよ。まあお母様の趣味で形だけ作っただけだったから、使ってるのは見たこと無いわね」


「? 知ってるぞ」


「ん……少し違うけど、似たようなものがあった」


 いずれもどういうものなのかは知っている、つまりこの中で全く何も知らないのはアッシュだけのようである。


「そ……そっか……」


「ま、知らなくても無理は無いんじゃないかしら。暖を取るシステムとしては古くて効率の悪いものだし。火を見ながら寛ぐことの方が目的よね」


 ショックを受けた様子を見せたアッシュに、キアラがフォローを入れる。


「だねー。でもレンジャーでも無ければ火を見ながらゆっくりすることなんて少ないし、外で焚き火をするのも結構大変だったでしょ。普通の人にはちょっとしたイベントみたいなものだよ」


 アッシュはガラルド討伐の夜を思い出す。確かにレンジャーだからこそ出来るところは多分にあった。あれを法術等も無くやるのは骨が折れることは、容易に想像出来る。


 アイリがロッドを取り出して暖炉に向けると、薪が燃え上がり始める。煙が中に籠もったり、部屋に溢れたりしてくることは無い。


「なるほどね。それで中で焚き火が出来るようになってるんだ」


「そういうこと。で、こういうのに付き物なのがー……ほらあった!」


 暖炉の中を覗き込んでいたアイリは、作ってきたらしい干し肉を取り出して中にあった金具にぶら下げていった。


「少しすれば良い感じになると思うから、ちょっと早いけど先に軽めのご飯にしよ」


「おーいいな! 僕の家でもよくやってたぞ」


 ダンは期待に目を輝かせている。


「お腹も減ったし、そうしようか」


 休憩と補給は途中で挟んだが昼食と言えるようなものは食べておらず、歩き詰めだったのもあってアッシュも腹は減っている。


 キャンプのつもりだったため手の込んだ料理を作れるような物は持って来ていないが、キッチンを使えれば出来ることは確実に増える。


 改めてバスの運転手に感謝しつつ、アッシュはキッチンへと向かっていった。

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