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107.【A-採取】ヤエン山①

 人型シャドウとの戦闘から数日。


 アッシュ達はティアナら街エルフ5名を新たなサブメンバーとして迎えつつ、採取依頼を中心に大きく変わったことも無い依頼をこなしていた。


 サブメンバーであり実力も異なるティアナ達とは依頼に一緒に行くことは無い。


 だが朝や夕方のちょっとした時間の運動などでこまめに誘ってくれるため、アッシュ達やダビド達がそれに参加する形で一緒に身体を動かしながら交流を深めていた。


 そしてその日も、同じように無難な日々の続きかと思われたある朝のことであった。


「お。ヤエン山が数日は良い天気が続くみたい」


「ようやく! じゃあ行こう! レイとダンも呼んでくる!」


 ソファから立ち上がったアイリは満面の笑みをアッシュに向けると、朝食後の軽い運動でもどうかとティアナに誘われて出て行った2人を呼びにダイニングから走って出ていく。


 その横で心底嫌そうな表情を浮かべたキアラが溜息を付く。


「……寒いところよね」


「そうだね。イースライ雪原より寒さは厳しいはずだから、防寒はしっかりね。それともキアラだけ行くの止め……」


「それだけは絶対に嫌」


 アッシュの言葉を遮るように、キアラはきっぱりと言う。その声色に不機嫌が混ざったのを感じて、アッシュは悪いことをしてしまったと気付く。


「……ごめん。そしたらこの前買ったのを端末に入れて、9時に玄関に集合ね」


「仕方がないわね」


 キアラは了承を返しつつ読んでいた本を閉じて立ち上がると、ドアの方へと歩き出す。


 アッシュもコップに注いだジュースを飲み干してから、キアラの後を追うようにダイニングを後にした。


***

 

 ヤエン山があるケラン大陸も第一魔界各所の例に漏れず観光地帯であるが、雪原が広がる東部に対して山岳地帯である西部は、アースから持ち込まれたスキーや登山が盛んである。


 ケラン大陸はグラキエス種などの寒冷地を好む魔族が多く住んでおり、特に西部は支配魔将が長を務めるイエティ種を中心に回っている。


 ギルドの受付然り、ヤエン山の麓にあるスキー場のリフト管理然り、そして今アッシュ達が乗っている中腹のホテル行きの雪道用バスの運転然りだ。


 ガタガタと振動しながら進むバスに揺られつつふと横を見ると、レイが窓の外を見ていたため、アッシュも窓の外へと目を向けた。


 リフトを2つ乗り継いで来たスキー場の一番高いところから、更にバスで崖に作られた坂道を登ってきているだけあって、周辺の雪が降り積もって白くなった森を一望することが出来る。


「はえー良い眺めー!」


 その横で同じく窓の外へと振り返ったアイリが、感嘆の声を上げる。


「真っ白だ!」


 釣られて振り返ったダンは、椅子に膝乗りになって窓の外の景色に目を輝かせる。


「そういえばイースライ雪原の時にも思ったんだけど、ダンがいた所って雪は無かったってことなんだよね?」


 アッシュはダンの様子を見て、ふと疑問に感じて尋ねる。


「おう。でも僕だけじゃないと思う。わざわざ寒くて食物が少ない場所に暮らしてるやつは、モンク族にはいないぞ」


「ま、そうだよね。狩猟と採取に依存した生活をするなら、土地が足りないとかで無ければ寒い所に暮らす理由は無いもんね」


 たしかに雪原一帯は植物が無いわけでは無いが、食物になる果実が生る木は殆ど見当たらなかった。それに伴って暮らす動物の種類や数も限られていた。


 であればアイリの言うように、特別な理由が無ければ寒い地域にわざわざ住み付く必要は無いのである。


 そこまで考えてからアッシュは別の疑問が湧いてくる。


「……あれ、アイリはターレントに行ったことあるの?」


 まるでターレントのことをよく知ってるかのように語るアイリにアッシュは尋ねる。


「私? は無いよ。けどモンク族のレンジャーは傭兵団にもいたから、話は聞いてたんだ」


「アイリのところにもモンク族がいたのか! どこの出身か言ってたか?」


 ダンは同族の話に嬉しそうな表情になる。


「ロレさんは、えーとたしか……ワマ集落って言ってた」


「ワマか! ワマの辺りはみんな勇猛だから、傭兵団ってのも納得だな。どんなやつだった?」


「ダンと同じランス使いで……」


 アイリとダンは景色のことは忘れたように、すっかりその話に夢中になっている。


 と、そこでアッシュは先程から反応が無いキアラに気付く。見れば眉間に皺を寄せて、かなり不機嫌そうな様子である。


「……キアラ?」


「……」


 恐る恐る話しかけたアッシュだったが、キアラは表情を変えずに反応もしない。


「やっぱり寒い所は……」


 そこまで言ったところで、キアラはアッシュに向かって掌を向けてストップの意思表示する。そして、


「……酔ったの」


 と一言だけ呟いた。


 空中でアクロバットな動きをしているため、三半規管は強そうなキアラが車酔いをしたということにアッシュは驚きを覚えつつ、不機嫌だった訳では無いことに少し安堵する。


「そういう時は遠くを見るといいよ。こっち来て」


「う……ん」


 キアラは小さく頷いて立ち上がると、アッシュが伸ばした手を取ってアイリの後ろの手すりまで歩いてきて、窓の外の雪景色に目を向ける。


 その時、前方から大きな笑い声が響く。


「うわっはっはっ! メデューサ種の嬢ちゃんは、こんな揺れる乗り物は初めてか?」


 振り向けば運転席のイエティ種の男が、アッシュ達の方を見ていた。毛で覆われていて見えないが、その表情が笑っていることはよくわかった。


 同時にキアラの不機嫌ゲージが一気に増大したのを感じて、アッシュは頭を抱えた。


「……そうよ。こんな酷い乗り物は初めて。最新の制御システムを導入してないのかしら?」


「残念ながら雪道を均しながら進む以上は、どうしたって揺れるわな。まあもう後数分で着くから、それまで耐えてくれや」


 嫌味をあっさり流されたキアラは、更に不機嫌になる。


「……あまり舐めた口を利くと痛い目見るわよ。私は」


「知ってら。フォルネウス様んところの娘だろう? 俺は嬢ちゃんが産まれる前から付き合いがあったからな。小さい頃のお前さんを何度か見たことあるし、目がフォルネウス様にそっくりなもんだから、すぐわかったわい」


「っっ……」


 まさかのフォルネウスとの顔見知りに、キアラは何も言い返せなくなって押し黙る。


「はははっ! 気にしちゃおらんから、そう落ち込むな。それにあの小さかった娘っ子が、こう成長して客として来るとはな。なかなか、感慨深いものがある……」


 そう言って運転手は、言葉を切って正面を向く。


「さて、もう着くぞ。ここが俺達イエティ種が経営するホテルだ」


 ちょうど坂を登りきり、雪景色の広がる方向とは反対側の先程まで崖の壁面しか見えなかった窓にも、風景が見えてくる。


 山の中腹に出来た窪地を利用して建てられた広い敷地の建物は、いかにも高そうな雰囲気を醸し出している。


 そしてその奥に聳えるヤエン山の高さに、アッシュは改めて身を引き締めた。

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