106.2つ目の石版
「とりあえず核の破片は拾っとくよ」
アイリは地面に散らばったシャドウの核の破片を拾って、端末から取り出した袋の中に入れていく。
「頼むよ。じゃあみんな、適当に散らばって。一応、他にシャドウが隠れてないかの確認らしいから、物陰とかは注意して見ておいて」
「おう」
アッシュは他の3人にそう言うと、広場を挟んだ向かい側へと歩き始めた。だがその途中、ちょうどシャドウの身体の中心が横たわっていた場所に落ちている物に気付いて立ち止まる。
(ん……? これって……)
アッシュが拾い上げた”それ”は、手に収まる程の横幅を持つ縦長の板状の石。自然に出来たと言うには、あまりにも不自然な程に綺麗な直方体。
そしてその表面には『ת』と掘られていた。
リレイクの救援作戦の際に、記念としてアッシュが拾った石版と非常によく似た物であった。
「……」
リレイクで拾った石版を端末から取り出して、今拾った石版と見比べる。
端末にしまったきりすっかり忘れて以来一度も取り出していなかったが、それをまさかこんな形で思い出すとはアッシュ自身考えてもいなかった。
見れば見る程によく似た形状であり、記号が掘られている位置もほぼ同じ。これらを別物と判断することは、アッシュには出来なかった。
「アッシュ! 任せておいて自分だけサボるつもり?」
とそこで、少し離れた遊具を見ていたキアラが不満気な表情でアッシュに文句を付ける。
「ごめん、そういうつもりじゃなかったんだけど……」
「ならさっさと終わらせなさいな」
アッシュは急いで石版を端末にしまうと、広場の向かい側と走って行った。
辺りは広い砂場になっており、その奥は小さな雑木林となっている。さすがに砂場にはいないだろうと考えて通り過ぎ、アッシュは雑木林へと入った。
雑木林も入ってすぐに道路まで見える程度の大きさであり、シャドウが隠れていそうな場所も無いが、戦闘後の研ぎ澄まされた感覚には少し不安を覚えさせる暗さと静けさが広がっている。
念の為にグルリと見て回ってからアイリがいた場所へと向かうと、既に他の3人は終わらせて戻っていた。
「特には無かった?」
「おう。けどよく考えてみると、シャドウが別の所からここまで来たなら、あんまり意味が無かった気がするぞ」
「……そうだね」
何時になく真剣な表情でダンに言われ、アッシュは頷いた。
なんとなく言われた通りに公園内を捜索してみたが、確かに元々他の場所にいたのならば意味は薄い。
「壊れた跡を追って行けば、辿れるかもしれないけど……」
「そこまではやりたくないよねー。ティアナさん達に手伝ってもらえばよかった」
「そうだね……まあでも後悔しても仕方がないし、ニーナさんに相談してみよう」
そう言ってアッシュは端末を開き、ニーナにメッセージを送る。
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シャドウが元いた場所から移動していて、経
路が追いづらい場合、安全確認はどこまでや
ればいいのでしょうか?
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ニーナからの返信はすぐにきた。
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その場合は別の依頼として発注しますので、
アッシュさん達は帰還して構いません
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「別の依頼で出すから、帰ってもいいって」
「おっけー。じゃあ戻ってティアナさん達が来る準備しておこう」
「確かに。僕達の方も色々必要やっとかないとなんだよね」
アッシュは以前ダビド達を迎えた際のことを思い出して公園の出口へと向かう。
「今回のは変わった敵だったけど、おかげで良い報告が出来そうだね」
「だよね。写真も撮っておいたし、ニーナさん驚くかもね」
「いつの間に……。あ、綺麗に撮れてるね。これなら報告しやすい」
アッシュはアイリが広げた写真を覗き込む。そこには人型のシャドウの姿。ただし下から見上げるように撮っていることもあり、実物以上に巨大に見える。
「アッシュ、アイリ。帰る」
「ごめんごめん。行くよ」
つい立ち止まっていたアッシュとアイリは、レイに言われて再び歩き出した。
***
「人型のシャドウ……ですか……」
ニーナはアイリが撮ってきたシャドウの写真に釘付けになりながら呟く。
「ニーナさんも、こんな形のは見たこと無いの?」
「ええ。そもそもシャドウが何かしらを模した形状を取るということ自体、他のギルドも含めて聞いたことがありませんね」
やはりかなり特殊なことのようである。
「偶然そうなったってわけじゃないよな」
「こんな複雑な形状じゃ、それはないわよ」
「だよなー」
ダンも首を捻りながら写真を見ている。
「とすると……シャドウも進化するってことなのかな」
「うわ。なにそれ怖い。つまり知能があって、いつかは文明作ったりするようになるかもしれないってこと?」
アイリは嫌そうな顔をして聞き返す。
「或いはもう、とかね。ルーズで建物みたいなのが見つかった、なんて噂もあるくらいだし」
「……」
「進化とは違うと思う」
とそこで、ずっと黙っていたレイが口を開いた。
「たしかに攻撃性が高い形状。けど身体が細くなっているせいで斬りやすくなっていたし、脚元への警戒も無かった。知能がある生物の順当な進化とは思えない」
レイの言った通り、人型シャドウは攻撃に威力こそダンですら受け切れない強烈なものであったが脚元は脆弱であり、アッシュはそれを利用して作戦を組み立てた。
核を攻撃が届きづらい高さに持って行くためと考えても、もっと単純な形状で効率良くやる方法は幾らでもある。
戦闘という面から捉えたレイの言葉には説得力がある。
「とすると、どういう可能性になるんだろう」
「模倣とか、何かを読み込んだとか」
つまりは何かの指向性を持って形状を変化させたわけではなく、ヒト族か何かの形状を情報としてインプットした結果、形状を変化させたと考える方が妥当ということだ。
「その辺りの可能性も含めて、専門家に調査を依頼してみるべきでしょうね。では討伐依頼はこれで終了となりますが、他に何かありますでしょうか?」
「特には……あ、先程お会いしたチームの方々がサブメンバーとして加入したいとのことだったので、受け入れお願いします」
「承知しました。それでは必要な物は用意して後ほどお送りしますね」
そう言ってニーナは端末に何かを入力していく。
「準備を考えると、本日はこれで終了でしょうか?」
「はい。また明日お願いします」
「ではお気をつけて」
アッシュは初の討伐依頼で非常に興味深い体験を出来たことに喜びを感じつつ、拠点へと戻っていくのであった。
端末に放り込んだ2つの石版のことなど、アッシュは既に忘れ去っていた。




