104.【B-討伐】マレント市街②
「これが公園……えっ!?」
住宅街の中にある周囲を木々に囲われた場所。指定された通りに進み、その入口へと着いたアッシュは驚愕に目を見開く。
粉砕された遊具達の中心には、黒いシャドウがいる。だがその形状は渡航船やリレイクで見たようなヘドロの塊ではなかった。
「うっそ何これ!? こんなの初めて見たんだけど!」
アイリもシャドウの見た目に驚愕している。
それは確実に人型と言える形であった。高さ数メートルはある真っ黒な巨人が、公園の中で暴れまわっているように見えるのである。
そしてその周囲を動き回っているのは、ライフルを持った金髪の女性達が5名。白い肌に尖った耳は、彼女達が白エルフであることを示していた。
そのうちの1名がアッシュ達に気付いて走り寄ってくる。
「救援感謝する。リーダーはどなたですか?」
「僕です。アッシュと言います」
「私はティアナだ。固まると集中的に狙われてしまうので、他の方々はすまないが作戦を練る間は散っていただけるだろうか?」
「りょーかい!」
アイリの返事を合図にアッシュ以外が公園中に散らばる。
シャドウはゆったりとした動きで周囲を伺うような動作を見せていたが、突然凄まじい勢いでキアラを狙って腕に当たる部分を地面に向かって叩きつける。
キアラは軽いバックステップで避けると、再び周囲を警戒しながら走り出す。
「本件においては、アッシュ殿の指示に従うことは他の者達も了承済みだ。なので作戦立案を依頼したいのだが……差し当たって、このような人型形状のシャドウを見たことは?」
「無いです。他のメンバーもそんな感じでした」
「そうか……。我々もこんなのは初めて見たし、聞いたことも無い。それでこいつの核だが……やはりあそこのようだ」
そう言ってティアナは人型シャドウの頭の方を指差す。そこには確かに周囲の黒に紛れて、小さな赤い点が見え隠れしていた。
高さは凡そ5メートルから6メートル。一般的なシャドウの約2倍程度。さすがに装術があっても、アッシュ達では単純な跳躍で届く高さでは無い。
「我々は街エルフのレンジャー部隊で、クラスはガンナーしかいない。……あの高さではライフルで撃ったところで殆ど当たらず、お手上げというわけだ。くっ……」
ティアナは悔しげに顔を歪める。
「仕方がないですよ。それに広い所に誘導してもらえたのは、非常に助かりました」
とその時、シャドウがアッシュのティアナの方へと迫ってくる。
「来た! 離れてくれ!」
アッシュはティアナと分かれて走り出す。シャドウはそのままアッシュを狙って迫ってきて、再び腕に相当するであろう部分を振り下ろしてきた。
数秒前までアッシュがいた箇所はクレーター状に浅く陥没しており、直撃を受けてしまえば装術があっても致命傷になることが伺えた。
(けど地面を叩く時に、身体が飛び散るような素振りも無い。つまり単純に”硬い”。その上……)
アッシュが注目していたのは、シャドウの形状とその運動であった。即ち腕に該当する部分を地面に叩き付ける際、”核の高さを下げてまで”身体の形状を維持していたことである。
(おそらくこのシャドウは身体の形を柔軟に変化させることは出来ない、或いは時間が掛かる)
単純な性質を並べれば、最早シャドウというよりは一般的な野生生物と同じと言ってもいい。
理由はわからないが、ひとまずはそれを利用するのが良さそうだとアッシュは考える。
「ダン! 一度シャドウをランスで突いてみて! 見た限りでは危険な要素は無さそうだけど、パワーが強いからガードの時は受け流しも考えて!」
「おう!」
アッシュは少し離れた位置にいたダンに向かって声を張り上げる。ダンは承諾を返すと、シャドウに向かって走り出した。
シャドウは真っ直ぐ向かってきたダンの姿を捉え、腕を勢いよく叩き付ける。
「ふんっがぁ!」
ダンはそれをシールドで防ぐ。だが真上からに近い攻撃にはさすがに受けきるのは難しかったようで、シールドを傾けてシャドウの叩き付けを地面に逸した。
そしてすかさず腕に向かってランスで突いた。
「んおっ!」
ダンがランスで突いた位置は一瞬穴が開いたように見えたが、すぐにまるで傷が治るかのように塞がっていって跡形も無く消えてしまった。
シャドウと戦ったことが無いダンは、それに驚いたように声を上げる。
「こいつ、ランス効かないぞ!」
「見てたよ。塞がっちゃったか……」
様々な特徴が通常なシャドウと違うため或いはと考えていたアッシュだが、根本的な身体の構成まで違うというわけでは無いようだ。
シャドウを討伐するためには、核を破壊しなければならない。核を破壊するためには、核を攻撃しなければならない。核を攻撃するためには、攻撃が出来る高さに落とさないといけない。
ここから作戦の大枠を考えると、”核の高さを落とす班”と”落ちてきた核に攻撃する班”に分かれるのが理想的である。
しかし今回のシャドウの特徴上、この班分けに大きな問題があるのだ。
鞭のようなものを出現させて攻撃してくる場合、ダンの突きやキアラの打撃でも”切断”まで至れば、シャドウを弱らせるという点で少なからず有効性がある。
だが今回の場合はシャドウが大きな人型形状であるため、突きや打撃で切断にまで到らせることは極めて困難である。
つまりダンやキアラは、囮役のようなことは出来ても有効な攻撃によって核の高さを落とすことが出来ないことを意味しているのだ。
(アイリは法術だから核への攻撃に付いてもらうつもりだったし……そうなると核の高さを落とすのはレイと僕しか出来ない……?)
ティアナ達のライフルも連射性能があるとは言え、攻撃の方向性としてはランスと同じく”突き破る”というものであるため、頑張っても穴が開けられるまでである。
勿論アッシュとレイで十分だと言うのであれば寧ろ核に集中攻撃出来るできる分良いのだが、少なくとも両脚に加えて着地した両腕の対処が必要というのがアッシュの考えであった。
そしてこの場合、アッシュが鋼線で1箇所、素早く移動が可能はレイが脚と腕の2箇所に対処するとしても、後もう1箇所対処する必要があるのだ。
(何か……無いか……)
アッシュは辺りを見回しながら思考を巡らせる。
(ティアナさん達のチームはガンナーということは、ランチャーとマシンガンは複数用意は出来るけど……。後は周りの遊具は……)
鋼線は —— 今のアッシュのレベルでは —— 次に移る時間こそが掛かるが、”予め仕掛けておく”という使い方も出来る武器である。
しかしそうするには何か引っ掛ける場所が必要であり、この点において遊具は公園を囲うように設置されているため中央の広場からは微妙に距離があり、利用するのは難しい。
考えても良い案が出てこず、アッシュはもどかしさを覚える。
と、その時。
「ふんっ!」
ダンが再びシャドウの攻撃をシールドで受けに行く。今度は真上からは受けずに少し角度を付けている。
だがやはりシャドウの高いパワーに押され、ダンは地面を脚で削りながら下がり、途中でシールドを斜めに傾けて横に流した。
「このっ!」
2回目も受け切れなかったことへの苛立ちからか、ダンはシールドでシャドウの腕を殴り付けた。その瞬間、シャドウが少しバランスを崩したように揺れる。
(!! そっか! 何も”斬る”必要は無いのか!)
それを見てアッシュは、無意識のうちに”どのように斬るか”ということに自分の視野が狭まっていたことに気付いた。
アッシュはすぐに前提を改めて、再び思考する。
(……これなら、いけるかもしれない)
アッシュは1人その場で頷くと、ティアナのチームを含めた他のメンバーに作戦を伝えるために走り出した。




