103.【B-討伐】マレント市街①
次の日、窓口へと向かうエスカレーターに乗りながらアッシュは端末で調べ物をしていた。
「どう?」
「ダメそうだね。今日は天気が良いけど、明後日に掛けて崩れるみたい」
アッシュが調べていたのはケラン大陸西部のヤエン山周辺の天候。
A難易度の採取依頼に向けて山のコンディションを調べていたのだが、どうにもしばらくは不安定な天候が続くため登山には適さないとのことであった。
「でも早くしないと取られるんじゃないか?」
「そうそう。今はA難易度採取の最低ラインだけど、長く放置されてるとガラド火山みたいに報酬引き上げられたりしそうだし」
「それなら安心していいと思う。依頼主がギルドだったから、単純に在庫が不足してるみたい。だから暫くは出たままになるんじゃないかな」
そしてA難易度の依頼を受けられるレンジャーというのも『今に限っては』少ない。
であれば、多少待ってでも安全に行けるタイミングを狙うべきというのがアッシュの考えであった。
話しているうちに一行は2階に着く。窓口へと入り、依頼リストの端末へと向かう。
とその時だった。
「ギルド長! 第三魔界ハイラントのマレント市からの救援要請です! 市街にシャドウが出現したとのことです!」
カウンターの奥で通話を受けていた職員が、ニーナへと駆け寄って報せる声がアッシュの耳に届く。
「先遣隊は出ていますか?」
ニーナは椅子をクルリと回して職員の方を向きながら尋ねる。
「出ていますがC級チームでは勝ち目が無いとのことで、囮役として動いているとのことです」
「……わかりました。アッシュさん。緊急の依頼があるのでこちらに来ていただけますか?」
やはりかと思いつつアッシュ達はカウンターへと向かった。
昨日もそうだったが、何故かアッシュ達が来る度にトラブルが舞い込んで来ているように感じるのだ。
「第三魔界にある市街でシャドウが出現したとのことで、その対応に当たってください。本依頼はB難易度の討伐として扱わせていただきますが、対象がシャドウですので強さは不明です。勝ち目が無いと判断された場合には、撤退の上で端末からご連絡ください」
「討伐……みんなもそれでいい?」
「アッシュさん。申し訳ありませんが事態は急を要しますので、本件はギルド長命令とします。皆さんもそのようにご理解願います」
今までニーナが使ったことが無い『ギルド長命令』という指示に、アッシュは思わずドキリとする。それと同時に、自分の暢気さを恥じた。
「す、すいません……」
「いえ。私こそ強い口調で言ってしまい申し訳ありません。ですが場所が場所なので、出来うる限り早く向かってください」
「はい!」
アッシュはそう返しつつカウンターの横を通って、奥の部屋へと向かおうとする。
「アッシュさん! クラス選択がまだですよ!」
「っ! そうでした……」
「急ぐことと焦ることは別ですよ。皆さんがクラスを選んでいるうちに、アッシュさんはどれにするか考えておいてください」
ニーナに諭され、アッシュは気を静めながら考える。
シャドウ戦は今回が3回目だ。
1回目は渡航船内で、武器を選べる状況では無かったため剣で戦った。2回目のリレイク救援作戦では、ガンナーで行って後悔した。
リレイクでは結局は機転で上手くいったとは言え、選べる状況ならば選ぶべきでは無いとアッシュは考えいていた。
そしてアイリやレイの動きから、シャドウ相手には下手に理論を捏ねるよりは得意な武器で攻めた方が良いのも理解していた。
「……よし。じゃあスレイヤーでいきます」
一切の遊びは無し。今のところ一番戦いやすいと感じているクラスに決めて、アッシュは向けられた画面に入力する。
「……と、そうでした。アッシュさん達は討伐は初めてでしたよね?」
「そう……ですね。リレイクは特殊でしたし」
「討伐は今回のように市街戦が多いです。先に向かったレンジャーが避難誘導に当たってはいますが、場合によっては一般の方がまだ残っていることもあるので、細心の注意をしてください。また周辺に被害が出るような戦闘は、可能な限り控えるようお願いします」
ニーナの言葉に、アッシュは養成所の授業を思い出す。
これこそがレンジャー活動において、狩猟と討伐が分けられている理由である。
討伐は市街やその周辺が戦闘場所になりやすく、救援に来た挙げ句にレンジャーの攻撃に巻き込ませたり家屋を倒壊させたりしては意味がないのだ。
つまり今回の場合、アッシュの鋼線は使える場所が大きく制限されることになる。割りかし使えているとは言え、他の武器よりも間違いなく周囲を巻き込んでしまうリスクが大きいためだ。
「気を付けます。では」
「お願い致します。……くれぐれも無理はしないようにしてくださいね」
「……わかりました」
カウンターを抜けるところで掛けられた声に返事をしつつ、アッシュは初の討伐依頼に気を引き締め直した。
***
目を開けると、そこは小綺麗な部屋であった。
窓から住宅の屋根が遥か向こうの方まで見えることから、発展した都市というよりは住民が多い市街であることが伺える。
「ここがマレント市……たしか第三魔界のハイラントって言ってたよね」
「ん。言ってた」
第三魔界 —— すなわちD11。
アッシュがこの次元に訪れたのは初めてではあるが、念の為に以前調べておいたことを頭の中で整理する。
支配者は元天使族である堕天使種の”傲慢の魔神”ルシファー以下、18名の魔将によって行われている。
ルシファーは魔族としては、先日の収穫祭出遭った”怠惰の魔神”ベルフェゴールに次ぐ第2位。
そのルシファーが直接治めているのがハイラントであり、旧来からの種ごとの棲み分けに左右されない堕天使種を中心に、ヒト族なども含めた様々な種族が混ざって暮らす地域でもある。
(パンデムの中では魔族以外が比較的多くて、魔族は平均的な戦闘能力が高めな堕天使種が多い……この辺りは少しは役に立つかもしれないな)
そこまで考えたところで、アッシュの背後の扉が大きな音を立てて開け放たれる。
「来ましたね! さ、モタモタしてないでこっちに来てください!」
突然の大声に驚いてアッシュが振り返ると、そこには肩の辺りで揃えた銀髪に眼鏡を掛けた女性がいた。その背中には灰色の翼が生えており、堕天使種であることがわかる。
女性に促されるままアッシュ達が部屋から出ると、そこは見慣れたような作りのギルドのカウンター。
そしてカウンターの前は大勢の者達が身を寄せ合っている。
「周辺の方にはここに避難してもらったんです。ギルド支部は丈夫ですし、いざとなればポータルもありますからね。……と、そんな話してる場合じゃなかった!」
せかせかとしながら女性は端末のマップを開く。
「ギルドの支部がここ。今シャドウはこっちの公園にティアナさん達が誘い込んで足止めをしています。ポータルはここにありますので、向かったら右に真っ直ぐ行って3つ目の角を右、2つ目の角を左、後は真っ直ぐですよ! はい、そしたら行く!」
「うわっとと!」
女性はそこまで言ってマップを閉じると、アッシュの腕を引っ張ってポータルの方へと向かって歩き出す。思ってた以上の力にアッシュはつんのめりながら連行される。
「ちょ! ちょっと待ってください! 状況が掴めないんですけど!」
「状況? 必要無い必要無い。シャドウがいるから、ちゃっちゃと倒してくる! それだけだよ!」
そのままポータルの前まで連れてこられたアッシュは、女性に背中を押されて入れられた。
出た先は閑静な住宅街の一角。
整備された道路に面して庭付きの家が建ち並んでいる。空は雲一つない快晴だが、周囲に住民の姿は見えず物音の一つも聞こえてこない。
「はぁ……ほんとに場所しか教えてくれなかった……」
アッシュが溜息を付きつつポータルの方を見ると、他の4人も続いて出てくる。
「何か聞けた?」
「なーんも。行け行け言われて私達も来ちゃった」
アイリも手を広げて首を横に振る。
「でも広い場所にシャドウを誘導したなら、どうせ逃げたりしないのだから後は行って倒すだけ。それは事実じゃないかしら?」
「たしかにそうなんだけどね……」
キアラの言った通り、シャドウは生物の殆どが持つ”逃亡”という行動を取らないことで知られている。ただそこにあって、他のあらゆる生物に対して攻撃性を示す”物”という方が近い程だ。
つまり広い場所に誘導し終えてる時点で、後は核を破壊するだけなのである。
とそこで、少し離れたところから何かを叩きつけるようなドンッという鈍い音が響いてくる。
「そうだ、先行してるレンジャーがいるんだよね。急がないといけないのは間違いないし行こう」
そう言ってアッシュは言われた通りの方へと駆け出した。




