10.報酬と拠点
視界が戻ると同時に、変換機の扉が開く。アッシュが変換機から出ると、アイリとレイとニーナも他の変換機から出てくる。
「お疲れ様でした。これで受注方法の説明は終了です」
3人はニーナの後に続いて、再び受付へと向かった。
「通常の依頼の場合は、このタイミングで報酬の受け渡しやレンジャーポイントの付与を行います。では本日は最後に、アッシュさん達のチーム拠点にお連れいたします」
拠点。チームを持つと与えられる住処であり、つまりはアッシュ達が今後レンジャーを続ける限り生活をする場所である。
アッシュはどのような所でも動揺しないと覚悟を決めて頷いた。
「レンジャーの拠点は、ランクに応じた住居をギルドからお貸しするシステムとなっています。ギルド本部とは離れた場所になることも多いですが、その場合はポータルのキーを付与しております」
Cランクとなればレンジャーの中でも上位4分の1程度になる。であれば少し期待できるかもしれないと期待を膨らませていたアッシュに、とんでもない言葉が飛んでくる。
「基本的に同じチームの方には近い場所に住んでいただくことになっております。ただ今回B1のレイさんを基準に選定を始めたのですが、拠点としての開発が始まったばかりで建物が1つしか無い場所しか該当しませんでした。そのためアッシュさん達には、そちらで共同生活していただきます」
まさかの共同生活。
養成所の頃は異性との交流に殆ど縁が無かったアッシュにとっては、あまりにも唐突な話であった。
アイリとは一緒にシャドウ討伐をして気さくに話しているが、それでも知り合ってまだ数時間しか経っていない。レイも模擬戦をやった仲ではあるが、会話自体はあまり出来ていない。
そんな2人といきなり共同生活をしろというのは随分な話である。
声にこそ出さなかったが、動揺しないというアッシュの覚悟は早くも崩れ去っていた。
アッシュは思わず2人の方に目を遣るが、レイは無表情のまま変わらず、アイリも特に気にするような素振りもない。
(もしかしてこれ、焦っているのは自分だけか……)
そう考えると余計に恥ずかしさが湧いてくるのであった。
「ではお連れしますね」
そう言ってニーナは窓口の出口へと向かう。3人もその後に続いた。
下りのエスカレーターに乗ったところでニーナが振り向く。
「せっかくなので簡単に紹介しますと、エレベーターを上がった2階から直進した先にある専用ゲートを通ると、上の階へと行くことが出来ます。レンジャー向けですと3階に備品や武器のショップ、4階にギルド職員と共用の食堂がありますので、ご活用ください」
「建物の中にショップがあるんだ。便利だね」
アイリが少し嬉しそうに言う。
アッシュとしてはギルド本部というのはそういうものだと思っていたのだが、アイリはその辺りの感覚が違うようである。
1階に下りると先程通ってきたポータルエリアへとやってくる。
「皆様アースからいらっしゃったとのことなのでご存知かと思いますが、こちら1階がエレーネクのポータルエリアとなっております。パンデムの他の次元行きの渡航船の乗り場へと繋がるポータルがあちらですね。ここを直進してあちらの角を曲がると、セードル大陸の首都であるヨヌへと繋がるポータルがあります」
『ヨヌ』はセードル大陸南部にある首都で、エレーネクから南にかなり離れた場所にある、パンデムでも歴史のある古い街である。
セードル大陸全体の政務関連の機関はヨヌに集約されているため、アッシュ達もいずれはパンデム移住の手続きをしにいかなければならない。
「なおポータルエリアは建物の外まで広く続いています。建物内にあるものはエレーネク市街とヨヌ、建物近辺がセードル大陸内、少し離れたものは大陸外となっておりますのでご注意ください。拠点行きはこちらです」
そう言ってニーナは建物の奥へと進む。
そして狭い通路を通っていき、やや奥まった場所に設置された一般的なものより少しばかり小さいポータルの前に出る。
電源ランプも点灯していないため、使用時に起動するタイプのようだ。
「こちらは本部所属のレンジャーの拠点行き専用です。レンジャーカードに付与されたキーを持っていないと起動しません。中に入るとキーを読み取って、登録した拠点行きへと自動で接続が切り替わります」
アッシュは改めてレンジャーカードの重要性を理解する。この1枚にここでの活動に必要な様々な機能が詰まっているということだ。
「もし登録していない方をお招きしたい場合は、受付でキーを発行いたします。なおギルド職員がチームの拠点にお伺いすることはありますので、その点はご了承ください」
ニーナはそう言って、アッシュ達に入るように促す。アッシュは少しばかり緊張を覚えながら入っていく。
ポータルの先は一面の草原だった。周囲は背の低い草に囲まれており、足元から伸びる一本道の先に一軒だけ建物が見える。
「開発が始まったばかりってこういう……」
ポータルがあるので移動には困らないが、予想の遙か先の光景にアッシュは驚きを隠せなかった。戸惑って辺りを見回しているアッシュ達に、後ろから来たニーナが声を掛ける。
「あちらの木杭は見えますか?」
見るとかなり離れた場所に、木杭らしきものが等間隔に並んでいる。どうやらそれが家を中心に囲んでいるようだ。
「見えます」
「あの木杭までのエリアが、ギルドから皆様への貸出しとなります」
「……はい?」
アッシュは思わず聞き返してしまう。
たしかにレイはB1ランク、つまりは上位10%という高い水準ではある。だがそれにしても大きすぎる。アッシュの驚きぶりを見つつ、ニーナが言葉を続ける。
「平均的なBランクをトップとするチームですと、同じBランクの方を10名弱含む80名程度のチームになります。そのメンバー全員分となると、拠点もそれなりの大きさになるんですよ。皆さんのチームも、いずれはそうなると思います」
(新規だからまだ3人しかメンバーがいないけど、普通はそのくらいの規模になるのか……)
アッシュはニーナの言葉に納得しかける。だがそうだったとしても、目測ではあるが広すぎるように感じた。アースなら小さめの住宅街が1つ出来そうな程である。
その戸惑いを察したのか、ニーナが少し表情を崩して笑顔を見せる。
「……ここだけの話ですが。シャドウ討伐作戦が始まって以降、難易度の高い依頼は全ギルド管理するようになりました。つまりギルドの能力を測る統一された定規が出来てしまったようなものですね」
なぜそのような話をし始めたのか意図が掴めず、アッシュはニーナの方を見ることしか出来なかった。
「その結果、どのギルドもレンジャーを集めるのに奔走するようになりました。特に紹介状持ちとなると、いずれはAランク以上も狙える方ばかりです。皆さんにはギルドも大いに期待しているんですよ」
その期待も込めてのこの広さという意味ということなのだろうとアッシュは納得した。期待されているというのは、緊張も伴うが嬉しいことである。
ニーナは再びアッシュ達の前に立って歩き出す。
「えー。じゃあ私は期待の対象外?」
その背中にアイリが少し不満そうに言う。
「アイリさんは特別です。経歴はしっかり見させていただいてますよ」
「ふふん。ならよし」
アイリは腰に手を当て自慢げに頷く。アッシュはその会話を聞きながら、出会った時のことを思い返す。
たしかにアイリは明らかに普通ではない。
突然現れたシャドウに対して戦うことを選び、かつエーテル体で無いのも関わらず危険を伴う剣技を苦もなく決める姿からは、実戦に随分と慣れていることが感じられた。
レンジャー資格を得るだけならともかく、実戦経験はそうそう積めるものでもない。後で聞いてみようと考えながら、アッシュはニーナの後ろに付いていく。




