100.【C-掃討】旧・狼王の森⑤
その後は小さな群れとの戦闘を2回挟み、スタートから1時間半程で東側の廃村に着いた。
こちらは西側以上に荒れており、中には天井が落ちて崩れかかっている家屋もある。
「これは……さっきよりも酷い状態だね」
「うん。それにこの臭いは、さすがにみんなもわかるでしょ」
「ほとんど動物の巣だ」
ダンも顔を顰めている。この一帯は獣臭が非常に強いのだ。
「ということは、ここにウォーウルフ達が住んでるのかな」
「それだけじゃないと思う。あそこの壁とか、なんかの強い力で壊されたって感じでしょ。たぶんだけど戦闘跡。でもレンジャーの武器であんな風にはならないと思うから……」
「前にここで、レンジャーとグレートウォーウルフの戦闘があったってことか」
家屋の壁が一面全て飛ばされたように穴が空いており、その塊が本来室内であった側に横たわっている。まるでそれだけの大きさの物がぶつかったか突っ込んだかのようだ。
「ねえ、もうチェックは終わったのよね? だったら離れましょ。臭くて適わないわ」
キアラは鼻を摘んで不満を隠さない。
「でもね、こういう所だからこそ採れる物もあるんだから……と、早速みっけ!」
アイリは近くの家屋の壁際に駆け寄ると、草むらをかき分けて行く。するとそこには紫色の花が群生していた。
「それは?」
「腐乱花っていう薬草。成長するとこんな風に小さな実を付けて、これが動物の食べ物になる。中の種は体内に蓄えられて、食べた動物が死んだ後に死体を栄養にしてまた育つんだよ」
そう言いつつアイリは立ち上がって、摘み取ったうちの1本をアッシュ達に見せてくる。既に花は役目を終えたかのように萎れ、その付け根に小さな実が沢山付いている。
「ま、こんな風に萎れちゃうともう使えないからね。実は特に使い道ないから、この辺りに適当に撒いて食べてもらうとして、まだ咲いてるやつだけ採っちゃお」
アイリは再びしゃがみ込むと、腐乱花を採取していった。
「こんなものかなー。じゃあ他には……ん?」
端末を開いて採取したものをしまったところで、アイリが森の方を見て鼻をひくつかせる。
「なんか臭うのか」
「当たり前よ。こんな所じゃ……」
「……あ、ヤバいかも。グレートウォーウルフが来てるかもしれない」
突然アイリが不穏なことを口にしたため、他全員がアイリの方を振り向く。
「野生動物からの直の臭いがする。こっちが風下だから向こうは気付いて無いだろうけど。かなり濃くて大きな群れだから、グレートウォーウルフもいる可能性があると思う」
「これだけ充満しててよくわかるわね……」
「仕方がない。色々探したいのは山々だけど、ここは少し急いで逃げるよ」
アッシュはそう言って小走りに元来た道へと走り出し、その後にアイリ達も続く。
「さっきも言ったけど、臭いで気付かれる可能性は高いからね」
「わかってる。ウォーウルフの群れがあそこに戻ってきたら、僕達の臭いに気付いて追ってくる前提で考えた方がいいってことだよね。みんな、戦闘は避けられないと思っておいてね」
「ん。……グレートウォーウルフと戦えたら、いい」
相変わらずのレイの戦闘意欲っぷりに、アッシュは思わず苦笑する。
「撤退戦みたいになるから、あんまり前のめりになりすぎないようにね」
「……気を付ける」
レイは少し不満そうな雰囲気を見せつつも、頷きで返した。
***
「そろそろね。熱探知でも見えてきたわ」
残り3分の1 —— ちょうど最初の戦闘があった地点へと差し掛かる頃合いでキアラが群れが近付いてきたことを告げる。
「どう? いそう?」
「……はぁ、いるわね。何この大きさ。ほんとに同じ種類なのかしら」
キアラは溜息を付いて、ナックルの金具を確認する。
「仕方がないね。じゃあみんな、少し速度を上げながら戦闘の準備ね。滅多に無いことだし今回は匂玉もあるから本格的にやる必要は無いけど、撤退戦みたいな感じでやるよ」
「撤退戦ってなんだ?」
「相手を倒す必要が無い、一定の場所まで逃げ切ることが目的の戦闘だよ。要は相手の攻撃を受けながら下がっていく感じ」
或いは少し離れた位置に守るべき物を抱えている時に、相手の注意を逸しながら戦闘を行う場合も該当するのだが、そちらはレンジャーというよりは軍の戦略などの話になるのでアッシュは詳しくは知らない。
「わかった! やったことある!」
「攻撃を防ぐダンの役割が一番大変だから、やったことあるのはかなり助かるよ」
「でも1回だけだぞ」
ダンはランスのシールドを手に持ちながら応える。ランスを持ってこの速度で移動出来る辺りは、さすがのモンク族というところである。
「お話し中のところ悪いけど、そろそろ目でも見えてくる頃よ」
「了解。じゃあダンを中心にして両サイドを僕とレイで抑える。キアラとアイリはダンの近くで周りのウォーウルフの駆除をお願い」
アッシュは指示を出しながら、ダンの左側へと移る。それに合わせてレイは右側へと、アイリとキアラはアッシュ達の前に移動した。
「りょ! でも私だって戦ってみたいんだから、後で交代してよね」
「……わかった。スティック使うよね。そしたら交代する時にロッドを貸してもらえる?」
「おっけー!」
撤退戦はいかに前衛を維持させるかが重要になるため、体力の消耗を考えて適宜交代をした方が作戦としては良い。
本来はダンが交代するのが良いのが、ガーディアンは他にいないため今回は出来ない。
仮に予めわかっていればアッシュもガーディアンで来ることで可能となるため、編成のパターンとしてこういう場合もあると覚えておこうと考える。
「っと、ほんとだ。見えた……ってデカ!?」
ダンの方をチラリと見たアッシュの目の端に映った影に振り向くと、周囲のウォーウルフよりも一際目立つ白い毛の狼が背後から迫っていた。
全長はガラルドよりは少し小さいが、長い尻尾が無いため身体のサイズだけで見れば二回りは大きい。ウルフベアですら小さく思える程だ。
その巨体が周囲のウルフベアの鳴き声が聞こえない程の足音を立てて、突っ込んでくるのだ。
「止まって! ここで迎え撃つよ!」
合図と共に全員立ち止まって、後ろを振り返る。アッシュはフレイルを取り出して鎖を手に持ち鉄球に回し始め、レイも太刀を抜いて構える。
「ダンの位置を基準にして、2メートルくらいまでね」
「ん……」
「ォオーーーン!!」
レイの返事の直後、数メートル離れた所からグレートウォーウルフが地面を蹴って飛び掛かってくる。
「ぬんっ!」
ガンッと大きな音を立て、ダンがシールドで振り下ろされた右脚の爪を防ぎつつ、その勢いを殺すように後ろに跳ぶ。
アッシュも鎖を離して鉄球を投げつけながら、ダンに合わせて後退する。だがグレートウォーウルフは口を開けて鉄球に噛み付くと、グイッと引っ張ってくる。
「えっ!」
全く予期していなかった動きにアッシュは前につんのめるが、なんとか踏み留まってグレートウォーウルフと綱引き状態になる。
そこへ周りのウォーウルフが走り寄って来る。
「くそ!」
1匹を盾で殴りつけて別の1匹の噛み付きを避けたアッシュだったが、その度に力が緩んでグレートウォーウルフの方へと引っ張られ、思わず悪態をつく。
そこへキアラが駆けつけてアッシュが避けた方に強烈な踵落としを決め、盾で殴った方を蛇を巻き付けて引き寄せて腹にナックルを叩き込む。
その間にレイがグレートウォーウルフに斬り掛かる。
「!」
突き出された前脚の爪が、太刀とぶつかり合って鋭い金属音を響かせる。
力が拮抗しているためかレイの動きが止まる。そして当然のようにレイに向かってウォーウルフが群がる。
そのうち1匹は再び前に出たダンがランスで突き刺して止めるが、更にグレートウォーウルフの下を通って現れた2匹に手が回らない。
その時、グレートウォーウルフのすぐ眼の前に土の壁が勢いよく迫り上がり、レイの方へと走り寄っていたウォーウルフを森へと弾き飛ばした。
グレートウォーウルフも驚いたようで、アッシュのフレイルを離してバックステップで下がっていった。




