98.【C-掃討】旧・狼王の森③
「止まって。囲まれてるっぽい」
東へと向かう一本道を3分の1程度まで進んだところで、アイリが呼び掛ける。それを聞いてアッシュは端末からフレイルを取り出して構える。
「……ほんとね。ちょっと離れてるけど、熱源が周りにいっぱい……というかアイリあなた、よくこの距離で気付けたわね」
「んー音とか匂いとかそういうの? 残り香か本体かくらいなら、これだけ数がいればわかるし。キアラのはやっぱ熱で探知するんだ」
「まあ蛇だし、当然そうなるわよ」
見ればキアラの髪の先端の蛇達が、鎌首をもたげて周囲を探っているようであった。
「グレートウォーウルフはいそう?」
「大きいのがいそうな音はしないけど……狼って忍び足で近付いてくるから、私は断言できないかな。キアラはどう?」
「要はサイズが大きいのがいるかってことよね? それならいないと思うわ」
初っ端から大物との戦闘とはならずに済みそうなことに、アッシュは少し安堵する。
「でも音とか血の匂いに釣られて来ることもあるから、油断は出来ないぞ」
「だね。戦闘は避けられないみたいだから道で迎え撃つとして、片付けたら走ってここから離れよう」
「ん」
レイも太刀を腰の左側へと持っていき、いつでも抜けるよう柄に手を掛けた。
辺りを警戒しながら道なりに少し進むと、正面からウォーウルフの集団が現れる。それに合わせるように両サイド、そして後方の木の陰からもウォーウルフの姿が見え始める。
「正面が4匹。両側にそれぞれ5匹ずつくらい。後ろが……7匹、ちょっと多いね。そしたら僕が正面、アイリとレイで両サイドをお願い」
「おっけー」
「ん」
返事をしつつ、アイリはスティックを構え、レイは腰を落として抜刀の体勢に入る。
「ダンとキアラは後ろを頼むよ。ダンはちょっと戦いづらいかもしれないから、キアラをサポートする感じで」
だがアッシュに対してダンは笑みで返してくる。
「僕もレンジャーになってから色々やって来たからな。ランスだけじゃダメだと思って、アイリに教えてもらった"どーが"ってやつを観ながら、これの使い方を勉強してたんだ」
そう言ってダンは武器を棒へと切り替えた。
棒は一応は上級者向けという扱いではあるが、それは武器の良さを最大限に活かせるようになるまでが困難という点からであり、ある程度使えるようになるまでは然程苦労はしないという変わったタイプである。
ランスと多数の小物相手の相性の悪さ、そして決して敵を侮らないダンが自信あり気に持ち出した以上、密かに練習は積んでいたのであろう。
「あら? そういうことなら私も、こっちを試してみようかしら。実戦は初めてだけど、たしかにこのくらいの相手ならちょうどいいものね」
そのダンを見てキアラも武器をナックルからトンファーへと切り替える。
「……大丈夫?」
「型の練習の合間に4,5年くらい触ってみた程度だから、正直不安はあるわ。でもまずはやってみないとわからないもの」
「……大丈夫か」
魔族の時間感覚はヒト族の約10倍程。アッシュ達ヒト族で言えば半年にも満たない練習期間という感覚なのだろう。
だが魔族が決して学習速度が遅いということは無い —— 寧ろ戦闘面においてはヒト族より速い —— ため、合間であっても4年もやっていればレンジャーとして用いるには十分な力量も付いていると推測出来た。
「じゃあみんな準備は良さそうだね。……今回はこちらから仕掛けさせてもらうよ!」
アッシュはフレイルの鎖を持って先端の鉄球を回転させながら走り出す。そして鉄球を投げつつ鎖の中程を握り直し、正面のウォーウルフの頭上へと振り下ろす。
ジリジリと距離を詰めていたウォーウルフ達は、アッシュの方から突撃してきた事に驚いたように脚を止め、鉄球を斜め前に跳ぶように回避する。
当然その程度は折り込み済みだったアッシュは、鉄球が地面に落ちる前に鎖を引いて、そのうちの1匹の脇腹にぶち当てる。
「ギャッフ……」
「ォオーン!」
当たった1匹が呻き声を上げて森へと飛んで行く中、周囲のウォーウルフ達も吠えながら一気に駆け出す。
「——」
戻ってきた鉄球を身体ごと回転しながらアッシュが後ろを見ると、ちょうどレイ抜刀をしたところが目に入る。
レイは踏み込みを浅くして、飛び掛かってきたウォーウルフから若干離れたところから太刀を振るう。
太刀から放たれたエーテルの刃は先頭を切っていた1匹を上下に両断し、その後ろにいたもう1匹の前脚を斬り飛ばした。
そして前の2匹がやられたために止まりかけていたもう1匹へと迫り、その首を一振りで落とす。瞬く間に5匹のうち3匹を処理したレイは、そこで一呼吸付いて太刀を構え直した。
そのレイとは反対側の森と道の間で、アイリはスティックの感触を確かめながらウォーウルフをあしらっていた。数だけならシェーンの森で囲まれた時の半分程度なので、避けたり盾で往なしたりするのは余裕であった。
(剣よりも軽いから振り心地はちょっと変な感じがするけど……カスタマイズ出来ればどうにかなるかな)
そう考えつつアイリは身体を捻りながらウォーウルフの攻撃を避けつつ、喉を掻き斬る。
(斬った感触も何時も通りとはいかないけど悪くはない。そうしたら……)
更に盾で飛び掛かってきたウォーウルフを弾いた後、法術で火球を作り出して飛ばす。火球は空中で姿勢を戻そうとしていたウォーウルフに直撃し、その身体を燃やし尽くした。
残ったウォーウルフ達は、突然出てきた火に慌てたようにアイリから離れる。
だがアイリは今度は法術で地面から木を生やして内1匹の後脚を捕えると、大きく振り回しながら自分の方へと寄せて、スティックで胴を勢いよく斬り付けた。
「……法術と一緒に使えるの、凄くいいかも」
アイリは握ったスティックを眺めながら呟く。
一方、新しい武器に確かな感触を掴んでいたアイリに対して、ダンは若干戸惑っていた。
「このっ……うわ!」
先端の金属部をウォーウルフの胴に打ち込んだが、やはり一撃で仕留められる程には熟練しておらず、少し離れたところから即座に飛び掛かられたのに対してギリギリで棒で防ぐことしかできなかったのである。
ランスは武器が防御に寄っている都合、”避ける”という行動をあまりしない傾向がある。これに対してパルチザンは攻撃特化のため、基本的に相手の攻撃は避けるという扱い方をする。
そして棒は攻守両立型であるが、特にこのような小物相手に対しては上手く切り返すところまでイメージ出来ていない限りは避けることが望ましい。しかしランスに慣れているダンはこのような場面では、反射的に武器で防いでしまうのである。
と、ダンの背後から別のウォーウルフが襲い掛かる。
「ガッ!!」
だがその牙がダンへと突き刺さることは無かった。飛んできたトンファーの先端が頭に辺り、ウォーウルフが弾かれたのだ。
トンファーを投げつけたキアラは、背後へと大きく跳躍しながら蛇の髪を伸ばしてトンファーの柄を巻き取ると、弾いたウォーウルフの頭へと叩き付けた。
その着地を狙うように、更に別のウォーウルフがキアラに飛び掛かる。それに対してキアラは左手に持ったトンファーを構えて噛み付かせると、残った蛇達が一斉にウォーウルフへと群がり逆に牙を突き立てた。
「キャゥーン……ゥーン……」
堪らずトンファーを離したウォーウルフは、地面に倒れ伏して苦しげに呻いていたが、やがてピクリとも動かなくなった。
「相手の力量も見分けられないなんて、下等生物もいいところね」
キアラはそう呟きながらウォーウルフを見下ろした後、目線をダンへと向けつつ髪の蛇で掴んでいたトンファーを右手で持ち直す。
今ダンが戦っている以外の6匹は既にキアラが処理済みである。
「……私はもう十分だから、1匹くらいはなんとかしなさいな」
「わかってるっ!」
ダンは勢いよく棒を振ってウォーウルフを離し、大振りでその頭の横を叩き付ける。ウォーウルフも消耗していたのか避けることが出来ず、骨を大きく拉げながら道の脇へと飛んでいった。
「はぁ……みんな終わってるのか……?」
溜息混じりにダンが辺りを見回すと、アッシュはフレイルの鎖を巻き取っており、レイは太刀を鞘に収めながら道へと戻って来ていた。少し遅れてアイリも森から出てくる。
「そうみたいね。そしたら作戦通り、素早く離脱するわよ」
「そうだった」
ダンは急いで棒を端末にしまってキアラと共に駆け出した。
初戦は一先ず、全員怪我も無く終わった。それを確認しあいながら、5人は更に東へと進んで行った。




