97.【C-掃討】旧・狼王の森②
目を開けると、アッシュ達は狭く土の香りが漂う部屋にいた。
正面にある唯一の窓から茂る樹木の先端と空が見え、ここが建物の上階であるとわかる。
「……あれ?」
アッシュはふと違和感を覚えて辺りを見回し、すぐにその正体に気付く。ベースに必ずあるはずの通信機が見当たらないのだ。
「どしたの?」
「通信機が無いんだ」
「あれ? ……ほんとだ」
エーテル体の転送の制御も兼ねているという話だったので、転送が出来たということは間違いなくどこかにあるはずなのだ。
「ん。あった」
全員で辺りを探し回っていると、レイが見つけたようで声を掛けてくる。レイが見つけたのは小型の金庫で、その上に『この中に通信機。鍵は壊してあります』と書かれている。
つまり盗難防止用では無い —— 金庫の扉を開けることが出来ない野生動物から通信機を守るために、中に入れているようだ。
アッシュは金庫の扉を開けて通信機を動かす。動作も問題は無いようだ。
「みんな依頼の終了方法は大丈夫だよね? 特に……このメンバーだとキアラになるかな」
「なんで私なのよ」
キアラは若干不満そうに返す。
「グレートウォーウルフがなかなか引いてくれないってなったら、誰かに先行してもらうつもりなんだ。その場合、戦闘を回避しながら最速でここに戻ってこれるのがキアラだと思うんだよね」
「……そういうこと。わかったわ」
作戦を理解してくれたようで、キアラも了承する。
速度だけで言えばレイの方が速いが、武器や動きからして戦闘そのものを回避することは難しい。そのロスを考慮すれば、キアラの方が速く戻ってこれると考えられるのだ。
加えて特にA難易度相当の相手ということであれば、出来るだけレイには戦闘に参加しておいてもらった方が良いというのもある。
「基本的にはいつも通り、離れ過ぎないようにしながら好きにやってくれて構わない。ただ森のどこかにグレートウォーウルフがいるってことは忘れないようにね」
「わかったぞ」
「というわけで、外の様子を……」
そう言って端末を開きながら窓へと近づいたアッシュは、突然吹き付けた風に思わず顔を覆った。
「うわ! ……これ窓枠だけか……」
不審に思いながら外を見て、アッシュは納得する。外には幾つか建物があったが、そのいずれも住民がいるような気配が無い廃屋なのだ。
ニーナの話からすると、おそらく以前はオロバスの配下達が住んでいた廃村ということなのだろう。
「こういう感じかー。ギルド支部かと思ったけど、この様子じゃ誰もいなそうだね……」
アイリが残念そうに言う。支部では無いとなると、支給品はそこまで期待は出来ないためだ。
アッシュはマップを確認する。
森は北に2つの山を抱えた平地との間を埋めるように存在しており、この廃村は森の中でも西側の山の麓にあるようだ。そしてここから東の山の麓まで伸びる一本道を進み、また同じ道を帰ってくれば終わりということらしい。
「道は簡単だね。一本道を行って帰ってくればいいみたい。じゃあ出発……の前に支給品か」
アッシュは思い出して金庫の横にあるクローゼットを開ける。これも以前は誰かの服が入っていたのだろうかと考えると、アッシュは少しばかりゾクリとする。
中にはいつもと変わらずロープや簡易な短剣などが入っている他、保存食も幾つか入っている。そしてその奥には、見慣れない球状の何かが袋に入って置かれている。
「なんだろうこれ……」
「これ匂玉じゃん」
「匂玉だ」
聞いたことの無い単語に、アッシュはアイリとダンの方を振り向く。
「……なにそれ?」
「名前の通り、キツい匂いを出す玉だよ。ウルフベア避けのスプレーみたいに、一部の野生動物が特に嫌がる匂いを選んで濃縮してあるんだ。たぶんこれはウォーウルフ用になってるんじゃないかな」
たしかにウォーウルフばかりの場所で同じ内容の依頼が定期的に出されているのであれば、そのような物が準備してあってもおかしくはないだろうとアッシュは考える。
「じゃあこれがあれば戦闘は避けられるね」
「たぶんだよ。確実じゃないから、一応さっき言ってた作戦も忘れないようにね。後それかなり匂うから、使う時は覚悟してね。エーテル体だから残らないけど、依頼中はその匂いだらけになると思うから」
「わかったよ。数も少ないし、普通のウォーウルフ相手には使わない方がいいね。この中だと……僕とアイリで持っていた方がいいかな」
武器の性質上、いざという時には端末から出しやすいのがアッシュとアイリという判断だ。
その点で言えばキアラも端末の操作はしやすいのだが、そもそも2つしか無いのと目を向けた際に嫌な顔をされてしまったのとで、敢えて押し付ける必要も無いとアッシュは考えた。
「じゃあ準備はいいかな。そろそろ出ようか」
そう言ってアッシュは部屋の奥の木柵に囲われた箇所に向かう。
「ここも縄梯子になってるんだね」
「じゃあ私先に行くから」
アイリはすかさず近付いて手を掛ける。見れば今日も丈の短いスカートを履いており、それを気にして最初に降りたかったようである。
素早く降りていったアイリは、その途中で跳躍して下階に着地した。アッシュも後に続いて降りる。
古びていたものの整頓はされていた上階と違い、下階はかなり荒れていた。破れたカーテンが窓際にぶら下がり、何かの破片が床に散乱している。
「やっぱり誰も住んではいなそうだね。でもそれならそれで壊したりはしないのかな」
「権利とか色々あるんじゃないかしら。それに今だけで言えばレンジャーのベースとして役立ってるみたいだし、周りがウォーウルフだらけじゃ治安の悪くなりようもないし」
「そんなものなのかなぁ」
壊す理由が無ければ壊さないというのは、そうかもしれない。そして現にベースとしての機能を果たしているのも事実である。
「さ、そんなこと言ってないで出ましょ。埃っぽい所は嫌なの」
そう言ってキアラは出口の方へと歩いて行った。そしてドアノブに手を掛けて捻ったところ、バキッと音を立ててドアノブが取れてしまった。
「あっ……」
「……わ、私は悪くないわよ! この程度で壊れる方が……。あ、でもこれ押せば開く……」
珍しく慌てたようなキアラだったが、扉が押せば開くことに気付くと取れたドアノブを床に置いて、そそくさと出ていってしまった。
「ま、仕方がないんじゃない? それに壊れても誰か困るってわけじゃなさそうだし」
アイリもその後を追うように出ていく。
「……それもそうか」
壊してしまった事の対処を考えていたアッシュだったが、開くならば問題は無いのは間違いない。覚えていたらニーナに言っておけばいいかと考え直しつつ、とりあえずは先にやるべきことを片付けようとレイとダンに続いて外へと出た。




