始まりの物語①
—— 少年は映像を観ていた。
テレビという機械から画面と呼ばれていた部品が消えて黒く小さな立方体となり、空中に映像を映し出すのが当たり前となってから、どれだけ年月が経ったのだろうか。
—— 少年は食い入るように映像を観ていた。
テレビに映っている者達は、いずれも剣や銃などの武器を手にしている。そして華麗な剣技や的のど真ん中に当てる銃撃を次々に披露していく。
—— 少年はそれ以外に何もいらないと言わんばかりに集中して映像を観ていた。
「—— シュ君。アッシュ君! アッシュ君!!」
少年 —— アッシュはようやく自分の名前が呼ばれていることに気付いたようだ。
「は、はい! なんでしょうか!?」
アッシュが返事をすると同時に部屋に女性が入ってくる。女性は、椅子の上からはみ出した頭を見つけて近寄る。
「もうお夕飯の時間ですよ。みんな待ってます」
「ごめんなさい……」
アッシュは女性に謝り俯く。元々細く小さな身体が更に萎んだようだ。
女性はチラリとテレビの画面を見る。そして困ったような表情を一瞬浮かべるが、すぐにアッシュへと向き直り微笑む。
「いいのですよ。お夕飯が終わったらまた観ましょう」
その言葉にアッシュは顔を上げて笑顔を見せた。
***
”レンジャー”という職業は、一度も憧れたことが無い者の方が少ないとまで言われるほどに人気が高い。D0に住むアッシュも、そんなレンジャーに憧れる少年の1人であった。
だがアッシュには、どうしてもレンジャーにはなれない理由があった。アッシュは生まれてから今に至るまで、あらゆる面で”普通の少年”ではいられなかったのだ。
まず彼には両親がいない。幼い頃に事故で他界しており、アッシュは両親の顔すらも覚えていない。このためアッシュはアースにある児童養護施設で育てられたのだ。
ただこれはレンジャーになれない理由ではない。むしろこの養護施設という環境は、レンジャーになるという夢を叶えるという点で言えば、最適ですらあった。
アッシュが入った養護施設では入ってきた子どもを里親に渡すことはほとんど無く、丁寧な教育を行い独立するまで面倒を見る。その独立の1つの道として、全寮制を敷いているレンジャー養成所がある。
そしてこの養護施設では全体の約4分の3という一般的には考えられない割合が、早期に施設を出ていずれかの養成所へと入り、卒業後はギルドなりに所属して住環境を得るのだ。
理由は身体にあった。アッシュは事故の影響で心臓を含めた循環器に重い障害を持っており、まともに運動することすら出来ない体質だったのだ。
心臓だけであれば代替する技術も確立されていたが、循環に関わる様々な部分に影響があったため手術による治療もできず、20まで生きていられれば良い方とまで言われているのだ。
アッシュ自身も幼いながらにそれを理解していたようで、施設では常に大人しくしていた。だが”夢に憧れること”だけは絶対に辞めなかった。
同い年の子ども達がレンジャー養成所進学に向けた訓練をしているのを、部屋の中からジッと見ていた。レンジャーの活動を記録した映像を熱心に観続けた。
—— まるで、この病気が治ることを知っていたかのように。
そして、これこそがいずれ彼の根幹を形成するに至ると理解していたかのように。