95.ランクアップ試験【1】⑤
数分後、ウェルドが戻ってくる。エーテル体の仕組み上そういうものだと知ってはいるが、ウェルドの尻尾が元に戻っていることに、アッシュは少しばかり安心を覚える。
「んじゃ、次はアイリ。これがBランク試験の最後だ」
「よろしくー」
アイリはかなり軽いノリでウェルドの前へと進み出る。
「言っておくが、当然ながらCランク試験よりは求めるレベルは高いからな。言った以上は後悔すんなよ」
「へーきへーき。ランクなんて特に気にしてないし。それに……私はアッシュよりも強いと思うよ?」
アイリはニヤリと笑いながら、挑発気味にウェルドに返す。
実際アイリのレンジャー経験6年という積み重ねは、何も知識だけに限った事では無いのだ。
ましてアイリはエーテル体が無い傭兵団という環境での経験である。肝の据わり方などは、ギルドで同じ6年間を過ごしたレンジャーよりも上であろう。
「いいじゃねえか。……来な」
ウェルドも不敵な笑みを浮かべる。アイリは剣を指先でくるくると回しながらウェルドをジッと見つめる。
「よっと」
突然、アイリはノーモーションでウェルドに襲い掛かる。
ウェルドは盾で受けようと左手を突き出す。だがアイリの剣はその手前で空を切るように振られ、アイリは右脚でウェルドの盾を蹴り上げる。
「!」
ウェルドは驚きつつも、空振りから戻ってくる剣の振りに合わせるようにメイスを突き出す。
それに対してアイリは敢えて剣を振らずに、着地したばかりの右脚を軸にしながらウェルドの腹に蹴りを入れる。
「ふん!」
とは言え本業では無い上に履いているのはただの靴ということもあって、力んだウェルドにはほとんど効果が無かった。
アイリ自身それにダメージは期待していないようで、その勢いを利用するようにクルリと回転してから、盾を持った左手を突き出す。ウェルドはメイスを振って盾に叩き付けた。
「もらい!」
アイリはそう言いながら、元々の勢いにメイスの衝撃を上乗せするように回転してウェルドの右腕へと剣を振る。
だがウェルドも試験官をやるだけはある。予想外の動きに対してもなんとか盾を間に合わせ、後ろに数歩避けながらも攻撃を防ぐ。
「ありゃ。ダメだったか」
「けど良かったぜ」
「じゃあもういっちょ!」
再びアイリが飛び掛かる。そしてまたもやウェルドの盾の前で空振って蹴り上げる —— ように見せかけ、今度は即座に剣の柄の底で盾を横から叩く。
予想とは別方向からの衝撃に左手を弾かれたウェルドだったが、今度はそれを矯正せずに右手のメイスを振りかぶる。
アイリが盾を構えながらウェルドを見る。弾かれた左手も既にしっかり引いており、次は思い通りにはさせないという強い意志を感じさせる。
「ならば!」
メイスが盾にぶつかる直前でアイリは急激に盾を傾け、メイスの上を盾でなぞりながら跳躍する。
「!?!」
一般的に試合形式の戦闘においては、身体を浮かせるというのは悪手と言える。
余程の上手くやらなければ地面に脚を付けている方が武器を強く振れる上に、空中では行動も制限されるためだ。
だが今この瞬間は、ウェルドは盾を叩くつもりで強くメイスを振っている最中であり、まして相手が浮き上がることなど予想もしていないタイミングである。
相手を混乱させるという点でも効果は十分あった。
事実ウェルドは反射的に顔を覆うように左手の盾を構えてしまい、結果としてアイリから目を離すことになってしまったのである。
アイリはその盾を持ったウェルドの腕に脚の甲を引っ掛けて急旋回し、ウェルドの脛を剣の腹で思い切り叩いた。
「〜〜!!」
ウェルドが声にならない声を上げる。アイリは手を地面に着いてバク転をしながらウェルドから距離を取る。
「あ、ごめん。ちょっと強く叩きすぎたかも」
「か、かまわ……ねえ……よ」
ウェルドは蹲って脛を押さえながらも、なんとか言葉を発する。思ってた以上に効いてしまったことにアイリは若干ながら困惑の表情を浮かべている。
「えーと……じゃあ合格ってことでいいのかな」
「ああ……そうだな。今のタイミングなら腱を斬るくらいのことは出来ただろうしな」
「やったー!」
アイリは嬉しそうにガッツポーズをする。
「それにしても、何か妙だなと感じたんだが……お前、俺の反応見てから動き選んでるだろ」
「そうだよ?」
あっけらかんと応えるアイリに対して、ウェルドは少しばかり飽きれた表情になる。
「いやお前な。それ出来るやつは滅多にいないぞ。どんな動体視力と反射神経してんだ。魔族でもライカンスロープくらいだぞ」
「そうだったんだ。たしかにみんな反応が遅いなーとは思ってたんだけど……」
「お前が良すぎるだけだ」
ウェルドはそう言ってから立ち上がると、アッシュや他のレンジャー達の方へと目を向ける。
「これでBランク試験は終わりだ。次のCランク試験も俺が担当するから、準備しておけよ」
そこでアッシュはアイリが部屋の方を指差していることに気付く。どうやら帰ろうと言っているようだ。
「おめえらも帰んのか。んじゃ、俺もそろそろ退散しますかね。ベレのことも気になるしな」
それだけ言うと、バッカスの分体は影も形も無く消えてしまう。
バッカスがそうであるように、アッシュもレイのことは気に掛かる。
要求されているレベルが高すぎて、適切なアドバイスをすることは難しいが、チームのリーダーとして出来ることをしたいというのがアッシュの思う所であった。
受けるべき試験は終わった。
結果は全員合格とはいかなかったが、A難易度の依頼を受注できるようにはなった。アイリの言う通り、これがレイが直面した課題の解決策になる可能性もある。それにあまり気に掛け過ぎては、レイも良い気分はしないだろう。
まずは手に入れたものを喜ぶことにして、アッシュ達は拠点へと戻っていった。