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婚約者の心が離れそうだけどそれより従者が怖い

作者: 6月



「む、か、つ、く〜〜っ!」

「お嬢様、どうか落ち着いてください。お体に触ります」

「これが落ち着いていられるかっつーの! 何なのよあの女! アルベルト様にベタベタしちゃって!」


 シャーロットは力任せにバカスカと枕を殴る。ここはシャーロットの私室であり、従者のギルト以外の目がない為やりたい放題だ。枕の縫い目が破れ、羽毛が舞う。


「私がどれだけの思いでアルベルト様の婚約者の座を手に入れたと思ってんのよ! 数多のブス共を蹴落とし! 陥れ! 社交界から追い出してやっっっっとアルベルト様の婚約者になれたのに!」

「心中お察しします」

「お前に分かるわけないでしょこのバカっ!」


 枕を顔に投げつけられても、ギルトは無表情を崩さない。そっと枕を手に取り、ベッドへ戻した。


「そもそもお前がいけないのよ! アルベルト様に変な虫が付かないよう見張っとけって、私命令したじゃない!」

「はい、そのように仰せつかりました」

「じゃあ何なの!? 今夜のあれは! せっかくアルベルト様との夜会なのに、一度踊ったらもう私のことはほったらかし、あの売女とイチャイチャイチャイチャ……どういうことなのよっ!」

「申し訳ございません」

「あの女は誰! 何なの! アルベルト様とはどういう関係なの!」

「はい、丁度先ほど報告書が出来上がりましたので、提出いたします」

「遅いっつーの!」


 シャーロットはギルトを責めるが、むしろ彼はよくやっている。

 日々シャーロットの我儘を叶える為に奔走する傍らで、シャーロットの婚約者であるこの国の第一王子アルベルトの調査も進めていたのだ。雇用主がまともな感覚を持つ人間なら、その優秀さを絶賛する所である。

 しかし彼の主はシャーロット・バードナー。社交界随一の問題児として名を馳せる我儘令嬢であった。

 ギルトがまとめた報告書を奪い取り、シャーロットがまじまじと眺める。


「……文字多い、読んで」

「はい。アルベルト様は基本的に王宮で執務をこなすか剣術の稽古をしていることが殆どです。しかし、最近よくお姿を見失うことが多々ありました」

「お前が無能なだけじゃないの?」

「仰る通りです。殿下がお忍びで市井へお出かけになっていることもつい最近まで掴めませんでした」

「市井って……まさか庶民の巣へ? ど、どうして?」

「動機まではまだ。しかし、そこである女性とよく密会していることが分かりました。そのお相手は男爵令嬢ニノン・カート様です」

「カート男爵家? 聞いたことないわ」

「バードナー公爵家とは一切関わりのない家ですので。こちらがカート男爵令嬢の顔写真です」


 ギルトが一枚の写真を手渡す。屈託無く微笑む、無邪気な少女が写っている。


「この女、今日の夜会で殿下に色目を使ってた女狐じゃない!」

「はい、周囲への聞き込みによりますと、殿下は最近では3日と空けずにカート男爵令嬢の元を訪れているそうです。レオンという偽名を名乗った殿下が、やや強引にカート男爵令嬢に迫る姿が度々目撃されているとか」

「は……?」

「カート男爵令嬢は、最近変な人に付きまとわれてると女性の友人に零していたそうです」

「そ、それって、あの女狐じゃなくて、殿下が、本気になっちゃったってこと……?」

「……その可能性が高いかと」

「う、嘘よ。だってアルベルト様がう、浮気なんて……」

「お嬢様……」


 シャーロットはルビー色の大きな目に涙をにじませる。ギルトはそれを無表情で見つめるが、声には悲痛さが漂っていた。


「………………ギルト、命令よ」

「はい」

「ニノン・カートを暗殺なさい」

「かしこまりました」

「どうしたの? 私の言うことが……って、え? かしこまるの?」

「はい、お嬢様がそう望まれるなら」

「で、でもでも、暗殺よ? 殺人よ?」

「はい、問題ありません。こんな日のために隠密や暗殺技術は一通り身につけております」

「初耳なんだけどっ!?」


 シャーロットが飛び退いてギルトから距離を取る。

 自分の従者がそんな技術を習得しているなんて知らなかった。そんなことを身につけろと命令した覚えもない。シャーロットは震えた。

 シャーロットは自分が手のつけられない我儘であることは流石に自覚している。ギルトには散々無茶を言い、困らせてきたことも分かっている。

 ギルトが自分に復讐するのでは、と一瞬恐ろしくなったのだ。


「……ですが恐れながら、1つだけよろしいでしょうか」

「い、良いわよ、流石に人殺しは嫌よね。嫌だったら良いのよ。言ってみなさい」

「カート男爵令嬢を暗殺する際に、一度拉致し、拷問を加えてもよろしいでしょうか」

「何で!?」

「お嬢様を悲しませました。お嬢様も、お嬢様の婚約者を誑かしたご令嬢の顔を潰して吊し上げれば御心が休まるのではないかと愚考します」

「だって、そのニノンって女は別にアルベルト様に気はないんでしょ? ならそこまでしなくても……」

「お嬢様を悲しませただけで万死に値します」

「怖い! そもそも拷問なんてどうやるのよ!」

「拷問技術も一通り……」

「身につけてるの!? 怖い! 私に近寄らないで!」


 シャーロットが更に後ずさると、ギルトがほんの少しだけ表情を動かした。悲しげだ。しかしシャーロットは気づかない。


「あと、殿下も殺しましょう」

「アルベルト様を!? 何で!?」

「お嬢様に想われるという栄誉を受けながら他の女に目移りしました。お嬢様のお心を傷つけました。お嬢様の時間を浪費しました。他にも余罪はいくらでもあります。全てを総合して考えると、生きたまま指先から1センチごとに切り刻んで豚の餌にするのが妥当かと愚考いたします」

「いやっ、具体的な話を出さないで! 夢に出るでしょ!」

「申し訳ございません」

「もうお前怖い! こっちこないで! 拷問技術なんてどこでどうやって手に入れるのよ!」

「良い機会ですので言わせてもらえれば、お嬢様を体良く厄介払いしようと殿下との婚約を後押しした奥様も、お嬢様のお部屋の掃除をサボったメイド達も、スープに虫を入れようとしたメイドも、貴金属を勝手に売り払おうとした小間使いも、お嬢様の陰口を言った行商人も、全て殺してしまいましょう」

「怖い怖い怖い! 私でもそこまでしたことない!」


 ちなみに、シャーロットは家の中でも疎ましがられているが、全て自業自得である。疎ましがられても仕方のないことを散々してきている。

 我儘放題で周囲を困らせ、気まぐれに使用人を虐め、気に入らなければ解雇する。欲しいものは何でも家の金で買い求め、我慢するということを知らない。


「お、お前、いつからそんな怖くなっちゃったのよ! 昔はこう……もう少し可愛い感じだったじゃない」

「孤児だったところをお嬢様に拾っていただいたあの日から、僕はずっとお嬢様だけを想い、全てを捧げて尽くして参りました。今もその想いは変わりません」

「うん、それは分かるんだけど何か違うよね! 違うわよね! 昔はそんな、暗殺とか拷問とか言わなかったじゃない!」

「考えてはおりましたが、実行に移せる実力が無かったので口にしませんでした」

「考えてはいたんだ……10年一緒の従者の意外すぎる一面を知っちゃったんだけど……怖い……」

「お嬢様を悲しませ、困らせる全てのものを抹殺したいとずっと考え、実行できるよう修行してきました」

「そんなのいつしてたの……? ていうか普通に怖い……」


 何故かシャーロットの方が押されている。


「……あっ、分かった演技でしょう! 変な演技で私をビビらせて黙らせようとしてるんだ……ってうわぁ」


 ギルトの両目からどばっと涙が溢れた。無表情で、だばだばと涙を流し続ける少年の図は中々にシュールだ。


「……お嬢様が僕を信用できないこともあるでしょう。僕も身元は不確かで、家族も友人もいませんから。でも……お嬢様への想いを否定されることは我慢なりません……」

「分かった、分かったから泣き止みなさい! もう16にもなる男が人前で泣くんじゃないわよ!」

「申し訳ございません……」

「もう……なんか嫌なことばっかだし、お前は訳わかんないし、もうやだ。私寝るから!  起きるまで絶対起こさないで!」

「はい、かしこまりました。お嬢様がお目覚めになるまでに、全ての憂いを片付けておきます」

「私が寝たら殿下とニノンさんが死んじゃう!」


 ベッドに潜ろうとしていたシャーロットが跳ね起きる。


「やめなさいギルト、勝手な行動はしないで! というかさっきの命令もなし! 人殺しなし! 拷問も駄目!」

「では、2度とお嬢様の目に入らない場所へ置き去りに……」

「だめーっ! なんにもしないで! もうお前のせいで余計にストレス感じてるの! お願いだからなんもしないで! 大人しくしてて!」

「…………」


 ギルトはもともと白い顔を更に真っ白にして、ふらふらと2、3歩後ずさった。そして懐からナイフを取り出す。


「……僕がお嬢様に心労をおかけしているなら、この手で命を断ちます……」

「もっとめんどくさい事になった! ナイフ下ろしなさいこの馬鹿!」


 シャーロットの命令には素直に従うギルトだった。言われるがままにナイフを床に捨てる。


「一瞬で死ぬことは許さないという意味ですか? 苦しんで死ねという……」

「違う違う違う! もうっ、こっちに来て!」


 ギルトが命令通りベッドに座るシャーロットへ近づくと、シャーロットはギルトを抱き込んでベッドに潜った。


「靴脱ぎなさい。私を朝まで温めることがお前の役目よ。だから私が明日目覚めるまでこのベッドの中で大人しくしてて! 絶対勝手に出ちゃ駄目だからね!」

「…………!」

「分かった!? 良い? 暗殺と拷問は今後絶対禁止!」

「はい」

「あと自分で死ぬのも駄目! 分かった? 本当に分かったの!?」

「はい」

「……なんか急に静かになったわね」


 シャーロットの腕の中で彼女の温もりを感じて、ギルトは密かに微笑む。抱きしめられているというか、拘束されているだけなのだがそこは彼にとってどうでも良い事だ。


「お嬢様が僕を拾ってくださった日も、同じベッドに入れてくださいましたよね」

「そうだったかしら? 覚えてないけど」


 シャーロットが枕元のランプを消すと、部屋は一気に暗くなる。月明かりだけが部屋を照らす。


「寒さに震えて、お腹が空いて死にそうだった僕を、お嬢様は助けてくださいました。美味しいシチューをくださって、お風呂にもいれてくれて、洋服も贈ってくださいましたよね」

「……全然覚えてないわ」


 シャーロットは忘れているが、丁度その頃令嬢たちの間でペットを飼うのが流行っていた。しかし父親が動物アレルギーであり、シャーロットだけ流行に乗ることが出来なかったのだ。

 ふてくされたシャーロットは使用人を脅して馬車で街に繰り出し、道路で倒れていたギルトを見つけた。そして使用人たちの反対を押し切って、瀕死の子供を連れ帰りギルトと名付けたのだった。

 早く元気にして芸を覚えさせたくて、取り敢えず夕飯に出たシャーロットの嫌いなものであるシチューを与え、汚かったので使用人に命じて風呂へ入れさせ、いらなくなった服を与えた。

 シャーロットの我儘が偶然良い方に働き、1人の少年の命を救ったのだった。


「お嬢様にはあんな軽薄男は似合いません。もっと良い婚約者を探すべきです」

「でも……第一王子より良い婚約者っているのかしら? そりゃあ、何でも私の言うこと聞いてくれて、私を大事にしてくれて、私を好きになってくれるような人が良いけど、貴族の男にそんな都合のいい奴居るわけないもの。貴族の男なんてみんな女を見下すような不愉快な奴ばっかり。でもアルベルト様だけは違うって、そう思ったのに……」


 自分で言っていて、アルベルトに話が戻ってしまって、自分で落ち込むシャーロット。


「僕が、お嬢様のお望みを叶えます」

「お前が?」

「はい、何でもおっしゃってください」

「ギルト……」


 シャーロットは少し感動していた。無表情で堅物で、冗談の一つも言わず、いつもシャーロットに従うだけのギルトが、まさかこんなに自分を慕っていたなんて、と。


「この命に代えても、お嬢様のお望みを叶えます。どんなご命令をなさっても、ご満足させる結果を出してみせます。お嬢様を悲しませる全てをミンチにして犬に食わせて排除します。お嬢様が日々幸せに過ごしてくださることだけが僕の幸福です。お嬢様の幸せが僕の幸せです。お嬢様の不幸が僕の不幸です。どうぞ、どんな些細なことでも構いません、いつものようにご命令ください。僕はお嬢様のご自分に素直で、自由で、誰にも遠慮なさらない所が好きです。他の誰がお嬢様を貶めても気になさる必要はありません。お嬢様はどんな人間よりもお美しい、完璧な僕の主人です」

「…………………………………………やっぱりお前、怖いっ!」





キャラ設定です。

読まなくても全く問題ありません。




シャーロット・バードナー

16歳♀

ありがちな我儘お嬢様。

押しに弱い。実は泣き虫。

ギルトの事は拾った犬くらいに思っている。


ギルト

16歳♂

シャーロットが気まぐれに拾った孤児。

シャーロット過激派。


アルベルト

18歳♂

シャーロット達が住む国の第一王子。

虫除けのためにぐいぐいくるシャーロットを婚約者にしたが、最近アピールに辟易していた。

素朴な魅力のニノンちゃんに一目惚れしてつきまとっていた。

似た者婚約者。


ニノン・カート

17歳♀

貧乏男爵家で毎日強く生きる女の子。

健康的で素朴な可愛さがある。

なんかキラキラした人が最近よく来るので、実はちょっと困っている。




お読みいただき、ありがとうございました。

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