さっき小川さんに会いました
大学生の高屋はつい最近本屋でのアルバイトを始めた。
彼は少し物覚えが悪くミスをすることはあったが、働き者であったため店長からは気に入られていた。
そんな高屋はある日、店の裏手の従業員出入り口に佇む一人の青年『小川』に出会った。
小川は半年前に実家のパン屋を継ぐため長年勤めた本屋でのバイトを辞めた男だった。
***
高屋「あのぉ、もしかしてバイト希望の方ですか?」
青年「あっ、違うんだ。俺は最近までこの本屋で働いていた『小川』という者なんだが」
高屋「ああ! 半年前まで働いてた方ですよね? どうぞ中にお入りください」
小川「いや、ここで大丈夫だ。……君は新人かい?」
高屋「あっはい」
――小川は高屋に紙袋を手渡した。
小川「これをみんなで食べてくれ」
高屋「これは?」
小川「クロワッサンだよ。出来立てだから美味しいはずだ」
高屋「え、これ貰っちゃっていいんですか?」
小川「ああ。『お駄賃』だとでも思ってくれ」
高屋「うわぁ美味しそう! ありがとうございます! このまま食べて大丈夫ですか?」
小川「『レンジでチン』したらもっと美味しいよ。あと何も保存料を使ってなくて『賞味期限ギリギリ』だから早めに食べてね」
高屋「分かりました、この後みんなで食べます! 小川さん、今はパン屋で働いてらっしゃるって店長から聞いたんですけど、仕事は順調ですか?」
小川「ああ。最初は早起きするのが大変だったけどね」
高屋「パン屋さんの朝って早いらしいですね」
小川「うん、でも『スズメがチュンチュン』鳴いてる中で仕事をするのも悪くないなって最近思い始めたよ。寝覚めもいい。……バイトの『馬場さん』は元気?」
高屋「元気ですよ」
小川「そうか良かった。はぁ、また『ビビデバビデブー』って言い合いたいな」
高屋「ビっ、なんですか?」
小川「ビビデバビデブーって、俺たちが挨拶代りに言ってたんだ」
高屋「うぅん……」
小川「ああ、みんなと会いたい」
高屋「ウンバホ会いたい?」
小川「『みんなと』だよ。どっからウンバホ出てきたんだ」
高屋「すみません、ビビデバビデブーに頭の容量を持ってかれちゃって」
小川「えぇ」
高屋「っていうかそんなに会いたいんだったら入っていってくださいよ!」
小川「いや、いいんだ。『入るのをためらった』のにはそれなりの理由があるから」
高屋「入るのをパゲラッタ?」
小川「ためらった! 大丈夫かさっきから?」
高屋「すいません、全部ビビデバビデブーのせいです」
小川「……、そ、それじゃ俺は帰るから。みんなによろしくな!」
***バックヤードにて***
高屋「店長、さっき小川さんっていう人に会いましたよ」
店長「おおっ! 懐かしいな。元気そうだったか?」
高屋「はい元気そうでした」
店長「ところでお前、その紙袋はなんだ?」
高屋「ああ、これオガワッサンです」
店長「オガワッサン!?」
高屋「はい、さっき小川っさんからもらいました」
店長「それ完全に小川とクロワッサンが混じってるだろ」
高屋「そうなんですかねぇ」
店長「で、あいつ何か言ってたか?」
高屋「ああ、このクロワッサンはお駄賃代りだそうです」
店長「他には?」
高屋「レンジでチンチンしたら美味しいって」
店長「チンが多い!」
高屋「それで賞味期限はゲリゲリ大丈夫だそうです」
店長「完全アウトじゃねぇか! いやそうじゃなくて、パン屋での仕事については言ってなかったか?」
高屋「やっぱり朝に慣れるのは大変だったそうですよ」
店長「やっぱりか。アイツ本屋ではいつも昼からのシフトだったしな」
高屋「スズメがチンチン鳴いてるそうです」
店長「チュンチュンだろ!? なんだその卑猥なスズメ!」
高屋「あとば、ば……」
店長「ば?」
高屋「ヴァルハラさんは元気か? って聞いてました」
店長「誰だよ!」
高屋「それからビ、ビビ、ビビッ」
店長「なんか爆発しそうなんだが」
高屋「『死んで詫びてブー!』だそうです」
店長「何が!?」
高屋「あと『ウンバホY染色体』って言ってました」
店長「なんだその奇妙な物体は!!?」
高屋「だからそんなに言うんだったら中に入ったらどうですか? て勧めたんですけどね」
店長「いや何が起きてるんだ!?」
高屋「そしたら『ワキゲボー・パゲラッタ!』って小川さんが遠慮して」
店長「何があったんだ小川!?」
高屋「なんか話してたら気分悪くなったんで早退してもいいですか?」
店長「こっちのセリフだよ!!!」
――その後、店長が直接小川さんに電話をかけた事により、彼の無事が確認されました。
おわり
お読みいただきありがとうございました!
良いお年を!