序章1.
ここ最近はよく雨が降る。先日、例年よりも遅い梅雨入りをニュースでやっていたことをふと思い出す。ベッドから起きようとする自分の体が重く感じられるのは、きっとこの湿気の強い重たい空気のせいだろう。篠原幸也はそんなことを考えながら自分の部屋を出た。
豪雨とはいかないまでにしろ、かなり強めの雨が横殴りに振っていて、裾はびちゃびちゃ傘なんてお役御免なのではと思うほどだ。いや、それはちょっといいすぎか。
こんなに雨が強いなら休校にでもしてくれればいいのに、さすが自称進学校なだけはある。
学校からの連絡は「気を付けて登校してください。」だった。むしろ気を付けなければならない登校とはどういう状況だよ。こんな田舎のさびれた町で。
自分の教室に入りとりあえず席に着き周りを見回す。小説の主人公ならきっと窓際の後ろの席とか通路に近い後ろの席に座るのが定石というものだが、どう考えたって俺はこのクラスで主人公的キャラじゃない。真ん中の列の三列目、ちょうど教室のど真ん中だ。あまりいい席とは言えないが、まあ俺らしい安牌な席ではないかと思う。
教室で前髪をしきりにいじりながら不自然な笑みを浮かべ談笑しているごくごく普通の、それこそどんな学生生活にでも登場するような平凡な女子生徒が目に入る。が気にはしない。
「コウ!おはよう。いやー、すごい雨だね、朝起きてみたらびっくり!家前の田んぼが冠水しちゃってさっ。あれは相当な被害が出たと見たね。」
そんな風に朝から明るくはしゃいでいるのは、上島新。不謹慎な奴だと思いながらも憎めないのはきっと、こいつのこの垢抜けとした笑顔だろう。俺には到底できない顔だ。
「おい新、不謹慎だぞ。農家さんの気持ちにもなってみろ。」
「ごめんって。でもこんなに雨が降るなんてここらじゃあ珍しくないかい?そりゃあテンションも上がるってもんだよ。」
確かにこの辺の地域では珍しいのも確かだが、ジメジメとした空気でシャツが肌へと張り付く感覚が非常に不愉快に感じられる。きっとさっきの女子生徒俺と同じ感情を抱いているのだろう。なるほど俺も一平凡な学生の一人である。
「じゃあ今日の放課後サッカー部の練習はないのか?こんな雨じゃあ練習どころじゃないだろ。」
「さすがコウちゃん、ずいぶん消極的な考えだね。うちのサッカー部はこの県立柏鳥高等学校に数多ある部 活の中で、唯一いい成績を出している部活だよ?学校の第一棟を走る内周がある。それに僕ら はもう三年 生だ、次が最後の試合になるかもしれない。後輩にももっと先輩としていいところ見せ てやりたいしね。」
ここ県立柏鳥高等学校の部活は非常に多い、が決して強いわけではない。これは自称進学校ならよくあることなのではないだろうか。それにしても消極的とは言われたものだ。普段は廊下を走るなと注意ばかりしているくせして、いざ部活となると廊下を走らせる。まったく理不尽にも程がある。そして言わせてほしい、お前がポジティブすぎるのだと。
新はサッカー部のエースでその明るさと運動神経の良さ、それに加えて誰にでも優しいときた、人気がないわけがない。まったく俺とは正反対の人間なのにこいつとは残念ながら中学からの腐れ縁であり、正反対だったからこそ今のような関係なのだろう。もしあいつまで俺みたいな性格だったらこちらからごめんこうむりたい。
「そうか、じゃあ今日は文芸部には顔を出さないんだな。あいつまた不機嫌になるぞ?」
「うーん、そうなんだよねぇ。きっとこの雨だからサッカー部は休みだと思ってる可能性が高い。あの子は 荒れると怖いからね。この間もうちのマネージャーと話をしていたら後からすごい質問攻めに あったよ。」
「そんな考える人みたいなポーズとってるくらいならさっさとメールでもしてやれよ。当たられるのはいつも俺なんだから。」
「ごめんごめん。もちろんメールで伝えとくよ。」
そう言うと教室の後ろ、体育会系が集まっているところに新は吸い込まれていった。きっと俺はあそこに吸い込まれることはない。断言できる。
何事もなく時間は過ぎる。退屈な授業、寝ないほうが難しいきっとこれは時と精神の間。などと考えながら五時間目の国語を受けていた。雨の中帰るのはなんとも気が乗らない。ここは信じてもいない神頼みをしてみよう。この退屈な時間の暇つぶしに、全身全霊をもってテルテル坊主を作ることを、板書する先生の背中に軽い啓礼とともに誓った。
高校生になって三度目の梅雨も何も変わらない、しいて言うなら梅雨入りが遅く降雨量が多いだけでやはり、梅雨に対する俺の感情は変わらない。
「最悪。」
「いやー、さすがに笑いを抑えられなかったよね。まさか目立つことが嫌いなコウちゃんが怒られるなんて。しかも教室の真ん中でテルテル坊主を作ってたなんて。しかも没収!!いや実に珍しいものが 見られたよ。なんならこの雨の量よりも実に珍しい!」
「笑いすぎだろ。さすがに没収されるとは思わなかった。」
新はそれはもう破顔の限りを尽くし笑い転げていた。失礼にも程がある。こっちは全力で作っていた愛しきテルテル坊主を魔王のような先生に奪われたのだ。きっとあのシューベルトも名曲「魔王」をこんな気持ちで作ったに違いない。まさか授業中に没収されクラスの笑いものにされるとは思ってもみなかった。雨はやんでいない。テルテル坊主なんて二度と作ってやるもんか。
「ま、とりあえず僕は部活に行くよ。なんてったってうちのサッカー部はブラックだからね。どうやらいつもと同じ時間まで練習らしい。さすがに僕も引いたよね。」
新でもそんな感情持つんだなと、珍しいと思いながら
「おう、俺も文芸部にいくか。んじゃブラック部活頑張れよ。」
そういうと新は昇降口に向かい俺は第二棟一番奥の文芸部部室へと向かった。
今日は何の本を読もうか、ミステリー、悪くないが昨日読んでしまった。恋愛、これは今読みたい気分ではない。SF、SFにしよう。最近読んでいなかったしこんな雨の中、それにさっき恥をかいたばかりだ。できれば現実逃避がしたい!むしろ今俺に必要なのは現実から離れ、この傷ついた心を癒すことだ。そんなことを考えながら渡り廊下を抜け、文芸部部室へと足を歩ませた。雨は止みそうになかった。
読んでいただきありがとうございます。文章は苦手で自分が想像している情景や感情をあまりうまく表現できません。この作品に出てくる篠原幸也は少し捻くれた考え方をしていて、何事にも消極的な姿は自分が高校生だったころを思い出させてくれて、書いている自分も楽しくなってきます。
あの頃は決して人に言えなかった思いも今考えてみると、すごく子供だったなーと笑い話にできます。でもきっと同じように感じていた人や、今感じている学生さんなんかもたくさんいると思います。
この作品はそんな人たちに楽しんでもらえたら私もうれしいです。