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手記、7つ目の世界にて(セブンス・メモリーズ) 作者:記憶の苗博物館
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第1話

初投稿です。ご感想など頂ければ幸いです。
「ハァッ……! ハッ、ハッ、……ッ!」

  まだ日も姿を表し切らず、されど東からの日差しで、朝露に濡れる草花が照り輝くような時間帯の中を、そんなのどかな情景とは真逆に、余裕がなく、息急き切った様子の少女が疾走していた。
(……なんで、こんな町の近くの森に、こんな強い魔物がいるのよ……!)
  少女は自身の絹のような金髪を靡かせて走りながら、そう独りごちる。
「ゴアアアアアッ!」

  そんな少女を、ゆうに10メートルを越す巨躯に緑色の四肢、そして太い尻尾を器用にくねらせ、木々で入り組んだ坂道を猛然と駆け下りて追随する魔獣は、サラマンダーと呼ばれるものだった。
(まずい、このままだと……!)
  少女を焦らせているのは、自分が追われているという事実だけではなかった。今自分が進んでいるルートを直進すると、住んでいる町に着いてしまう。しかし、どこかで曲がろうにも後ろから迫る怪物が速すぎてすぐに攻撃の範囲内になってしまうだろう、という現実が少女の呼吸、そして思考を乱していた。
「ハッ、……ハッ、でも、迷ってたら結局町に着く……、だったらっ!」

  少女は、意を決して、前に出していた左足を地面に突き立てて軸にし、速度を保ったまま、後ろに向き直り、こう、叫んだ。
「ーーー事象化(リアライズ)、『防御(ディフェンス)』!」

  叫ぶと同時に、少女の右腕が淡い燐光に包まれる。傍目の変化はそれのみであったが、その実、光る腕の硬度は何十倍にも変容していた。そして、自身の持つスピードのまま、回りきった右足を大地に埋めて身体を固定し、反動を使って、硬化した右手をーーー
 ーーーーー迫り来るサラマンダーの顎目がけて、全力で振り抜いた。
「せ、りゃあああああっ!」

  少女の腕が、魔獣の顎に深々と突き刺さる。目の前の金色をした小さいものから、予想だにしなかった反撃を食らったそれは、声に出せない悲鳴を上げながら、痛みを払うようにかぶりを振る。
「………!……!フッ、フッ、フゥー」

  苦しそうに呻く緑の巨体から視線を外すことなく、少女は木を避けつつ、しかし魔獣の視界に常に入るようにしながら、後ろに回り込み、太い尾を踏みつけながら挑発する。
「ほらほらほら! こっちに来なさい! 私が相手よ!」

(このままこいつをあたしに惹きつけて、町から離す。んで、登った先のもう少し向こうの鉱山に向かうと見せかけてから撒けばいい……!)
  だが、少女の目論見が実をつけることはなかった。
「……、フッ、……ガアアアアアアアアアッ!」
「えっ、嘘……!」

  入り組んだ木々の中にいることなど、まるで意に介していないかのように、無造作に、サラマンダーは自分の身体を回転させた。当然、進路上のものは尻尾によって区別なく、文字通り根こそぎ薙ぎ払われた。
  そして、少女もまた例外ではなく。
「……が、()ぅ……っ」

  咄嗟の判断で少女は尻尾から足を離し、後退していたものの、回転した魔獣の尻尾に速度で勝ることが出来ず、樹木と一緒くたにされながら吹き飛ばされ、それらの下敷きにされていた。
  (こんなもの、直ぐに退かして……、駄目ね。動かない。どうしたら……)
  少女にとって、ぶつかって来た木々の衝撃自体は軽微だった。先程硬化させた右腕を挟み込んで防御したからである。問題は上にのしかかる重量だった。少女の膂力では動かすことが出来ず、加えて。
  (声が出せないから、『概念の事象化(リアライズ)』が出来ない……!するにしても、時間がかかりすぎ……ッ!)
  少女の表情が、怒りで赤く、次いで恐怖で青く染められ、思考はそこで止まった。上からさらなる重量物……サラマンダーがのしかかってきたからであった。少女の顔が苦悶に歪む。
  「…………………………」

  圧倒的優位に立った魔物は、哀れな被捕食者に成り下がった少女を見下ろした。そして少女も、自分の死を覚悟する。
  (ああ、こんなところであたしは、何を成すでもなく、死んでいくの……ね……)
  少女の意識が遠のく。四肢から力が抜けていく。思考が、闇に沈んでいく。朦朧とした頭の中で、少女は状況に見合わない結構お花畑な思考をしていた。
  (……あ、そういえば、あの子と会ったのもこんな日だっけ……?魔物に襲われて、アタシじゃ勝てなくて……それで、どうだったっけ……そう、そうよ。こんな風に、助けを呼んだんだったわね……)
  少女は圧迫されている小さい胸に鞭打って、すぅ、と薄く空気を吸う。
(まぁ、来るはず無いんだろうけど……死ぬ間際だし、思い出に浸るのも悪く無いかもね……って、こんな考えしてるだけもう駄目か……じゃあーーーーー)
  長い顎を横に開いて、魔獣は少女の頭を噛み潰さんと動く。そして、少女は目を閉じ、掠れた声で、思い出の日と同じ言葉を口にした。
「ーーーー助け、て……!」

  音を発した瞬間、少女の顔に、影が差した。ただ、それは絶望によるものでは無く、少女の上から覗き込む男によって出来たものだった。男はこの緊迫した空気など歯牙にもかけずに、挨拶でもするように先程のヘルプコールに返事をする。
「おう、呼んだか?」
「…………え?」

 少女が、自分でも予想外だった救援の登場に困惑する中、 魔獣は一瞬で視線を上げ、臨戦態勢を取る。しかし、男はそれすらも全く気にしていないかのように、少女の顔をしげしげと見つめる。
「大丈夫か、つってもまあ見ればわかるか。ちょっと待ってろ、直ぐ片付ける」
「ガアアアアアアアアアッ!」

  食事の邪魔をされたことが余程癇に障ったのか、先刻からの度重なる戦闘に気が立っているのか、サラマンダーは息つく間もなく、男に飛びかかる。それに対し男は、腰に下げていた二本の刀の柄に手を添えただけだった。少なくとも、少女にはそうとしか見えなかった。だが、飛びかかり、男の後ろへと動いた魔獣は、一瞬前の勢いが嘘のように動きを止めていた。
「ソーマ流、(かぜ)ーーーま、聞こえてねえか。さて、と」

  魔獣は、動きを止めた後、まるで四肢に力が入らなくなったかの様に崩れ落ちていた。そして、その体は、鋭利な刃物で切断された様に、真一文字に二分され、上半分がずれ落ちていた。
  硬い鱗に覆われたサラマンダーの体を両断するという、少女にとっては離れ業をやってのけてなお、男はリラックスした態度を崩さず、呑気な語調で声をかける。
「嬢ちゃん、今度こそ大丈夫か? 1人で上の丸太退かせるか? 退かせないなら手伝うが」
「……事象化(リアライズ)、『切断(カット)』」

  魔獣がいなくなり、重量が多少減って呼吸が整った少女は、そう呟いてのしかかる木々に手を添えた。すると、それらはまるで切り取り線が入っていたかの様に触れたところから別れていく。男も少し手伝いながら丸太を避けていき、ついには少女は重みから解放された。
  こうして、金髪の少女と緑の魔獣の追跡劇は、1人の男によって終結した。





  騒動を終え、人心地ついた所で、少女がパンパンとスカートについた土埃を払い、ぼさついた髪を真っ直ぐに撫で付けてから、改めて2人は向かい合った。
「……ふぅ、助かったわ。ありがと」
「そりゃどういたしまして」
「それと、嬢ちゃんはやめてよね。あたしには、リファル・アイルメストっていう、ちゃんとした名前があるんだから」
「アイルメスト?……おっと、こりゃ失礼。じゃあ今度からアイルメストさん、とでも呼ぶことにするさ」
「いいえ、リファでいいわ」
「いいのか? んじゃまあ、宜しく、リファ」

  男が手を差し出す。少女もそれに合わせて手を出そうとするが、少し躊躇いを見せ、先程からの疑問を口にした。
「え……っと、そちらの、前髪で目が隠れてる方は?」

  少女はそちら、といって自分から見て男の後方にいた女に視線を移した。
「ああ、こいつは連れの……」
「私、アイリス・ローズ、と申します。以後お見知り置きを」

  アイリス、と自分の名を告げた女は恭しく、ロングスカートの裾をついと持ち上げて一礼した。
「で、俺はグランツ・ソーマ。改めて宜しく」
  グランは躊躇いがちなリファの手を迎えに行くようにして握手をした。が、それはアイリスの手によって穏やかに引き離された。
「ちょっと、あんた何すんのよ!」
「行きましょう、グラン。このペースだと泊まる所を見つけるまでに日が暮れるわ」

  興奮するリファを尻目に、アイリスはグランの腕を引いて、少女が住んでいる村の方へスタスタと歩き出す。
「お、おう。んじゃ、嬢ちゃ……もとい、リファも早く帰んなよ。ここら辺の魔物、あんなのばっかりだからさ」

  まだ朝じゃねーかよ、と不満気に漏らす男と、そういう何でも後回しにする所が駄目なのよ、とたしなめる女。連れ立って仲睦まじく歩いて行く2人を、リファは少しの間呆然と眺めていたが、進行方向を見て、目的地、というか目の前の連中が求めている逗留地に自分の住む家が適していることに気づき、2人を呼び止めた。
「ちょっと待ちなさい、あんたたち、もしかして今日の宿も決まってないの?」
「ん?ああ、旅の身なもんでな。最悪俺は野宿でもいいんだが、取り敢えずこいつの宿ぐらいはな」
「余計なことは言わなくていいんです。それにもしそうなっても私も宿無しで構いません」
「あたし、いい宿知ってるんだけど。 三食、お風呂付き、しかも無料(タダ)の」

 アイリスの目がーーーー長い黒髪に隠され、はっきりとは見えなかったがーーーー、一瞬輝いた。そうでなくとも、興奮は隠せてはいなかった。その様子を見たリファはお風呂に惹かれない女子はいないわよね、と内心ほくそ笑む。
「へえ、いい宿じゃん。そこにしようぜ。リファ、それ何処にあるんだ?」
「ああ、お風呂、湯船が恋しい……んん、いけませんグラン。世の中で無料(タダ)より怖いものはない、とお師匠様が言っていたでしょう」

お風呂というワードに心惹かれていたアイリスだったが、咳払いをして平常心を取り戻したのか、グランをたしなめる態度は崩さなかった。そこに、リファが二の句を次ぐ。

「あら、あたしの言い方が悪かったかしら。お代ならもう貰ってる、って意味だったんだけど」

  頭の上に疑問詞を二つ三つ出しながら、腕を組んでいる男女は仲良く首を傾げた。少女は話を続ける。

「お代はさっきので十分。命を助けて貰ったんだから、宿くらい世話させて頂戴……と、言いたいとこだけど」
 
 そんなにお代を払いたいなら、しょうがないわね-、と、何処か空々しいセリフを言った少女は、するりと男の組まれていない方の腕に、自分の腕を絡みつけた。

「じゃあ、このままあたしの案内についてくること。これでチャラね」
「……こんなんでいいのか?ま、そっちがいいならいいんだが。それで、何処に行くんだ?」

  アイリスが若干不機嫌そうな顔をしているのから目を逸らしつつ、グランは尋ねる。待ってましたと言わんばかりに、リファは目的地を2人に告げた。

  「この先の町にある、アタシの家よ。 さ、行きましょ!」

  少女が腕を引っ張っていく。後の2人は、それに大人しくついていった。





  これは、この3人の、希望と、絶望と、愛の物語。それが今、始まろうとしていた。


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