いつまでも安全だと思っいたわけじゃあるまい
京也にまさかの刺客が!?みたいなノリの話
歩き始めて1時間ほど経ち、京也達は一旦休憩を取ることにした。
やはり子供とはいえ、人一人背負って歩くのはかなりの重労働だ。
風子が「がんばって下さい!」と言いながら追い風を吹かせてくれているからまだいいが、向かい風が吹いていた場合もっと早くへばっていただろう。
「はぁー」
ため息をつきながら草原に腰かけ、少女にかけたままにしていたジャケットを下に引いて少女を下ろす。
水筒から残り少なくなった水を少し飲み、少女にも朝と同様に飲ませた。
風子にゆるやかに風を送ってもらうように言って、タバコに火をつけて一息つく。すると、
ヒュッ、トスッ
「ん?」
タバコを吸いながら体を伸ばしていた京也の耳に、聞きなれない風切り音と物音がする。
音の方を見てみると、そこには一本の木が地面に刺さっていた。
「なんだ?」
京也がその木に手を伸ばそうとしていると、その近くに再度音と共に木が刺さった。
「これって・・・」
「矢、ですね!」
「矢!?」
驚いた拍子に加えていたタバコが落ちるが、驚きのあまり京也は気が付かない。
近づいて来て首をかしげる風子と、木を引き抜き確認すると、確かに矢じりがついている。
羽が付いていなかった為、それが矢だということに京也まるで気が付かなかった。
「まあ問題ありませんね!」
「何処が問題ないんだ! 刺さったら死ぬぞ!?」
矢が刺さった経験は京也にはないが、無事ですまないことくらいは解る。
緊張間の無い風子に怒鳴るが、当の本人は「だって・・・」と矢が飛んできているであろう、森の方を指差す。
「あそこからじゃ私がいる限り、当たるわけがありません!」
「はぁ?」
自信満々な風子の言葉を聞きながら、間の抜けた声を上げる京也の足元の再度矢が刺さる。
それはつまり、また京也には矢が当たらなかったということだ。
状況を理解出来ない京也は、「どうなってんだ?」と首をかしげた。
※※※ ※※※
時間は少し遡り、京也が目を覚ます少し前の明け方の事。
一人の女が南に立ち上る煙を発見した。
彼女は近くの村に住んでおり、今は精神と体を休ませる為、近くの池に身を清めに訪れていた。
とある事情があり、彼女は精神的にも肉体的にも疲れ果てていた。
そんな時に遠くに煙を見つけた。
もしやと思い、居ても立っても居られなくなった女は、急ぎ村に戻り、家に駆け込むと、なにがあっても大丈夫なように装備を整えて、家を飛び出した。
煙が立っていた方向から、森との境目付近と目星をつけて、草原を走る。
なれた様子で草を掻き分けて走った女は、二時間ほどで煙が立っていた近くまで到着した。
そして一人の人影を発見する。
このままでは相手に発見される。そう思った彼女は即座に森へと入り、身を潜めて様子を伺った。
相手に悟られぬように身を潜めた為、彼女と相手との距離はかなり離れており、とても普通の人間が見聞きできる距離ではない。
しかし女には相手の様子をはっきり見ることができた。
村で交信者の教育を受ける彼女は、微精霊という意識のほとんど無い精霊を通じて、辺りの様子を普通の人間よりも詳しく観察することが出来たからだ。
その人物は男のようで、見たことも無い奇妙な服を身に付け、何か一人でぶつぶつと言っているようだった。
さらによく観察してみると、背中にもう一人小さな人影がある。
子供の様で、力なく男に背負われながら浅い息を吐いており、体調が良いようには見えない。
それを見た女は息を飲み、すぐさま飛び出そうとするが、寸でのところで思い留まる。
どういった状況かはわからないが、今飛び出して行って子供に危害を加えられるのは女にとって避けなければならない。
逸る気持ちを抑えて、ひとまず深呼吸して心を落ち着かせ、もう少し様子を見ることにした。
見慣れない服の男はその後もぶつぶつ独り言を言うと、焚火あとを足で踏み、火が消えたことを確認するような仕草をして、子供を背負ったまま森との境を北に歩き出した。
北へ向かって歩く男を観察していると、おかしなことに気づく。
歩きながらもぶつぶつと何かを言っているのだ。
最初は、背負った子供に話しかけているのかと思ったが、そうではないらしい。
肩に背負われた人物は答えることはないし、男も子供からの返事を待つことなく、有らぬ方向に向かって離し続ける。
まるで見えない何かに話しかけているようだ。
彼女はこの時点で、男がかなり危ない人物であると断定する。
その後も独り言を言いながら歩き続けた男は、一時間ほどして立ち止まると子供を降ろした。
どうやら休憩するようだ。
男と子供の距離が離れた為、駆け寄るかどうか悩む女の目に、男への対応を決定的にする出来事が起きた。
男は奇妙な袋から何か取り出し、水のような物を寝かせた子供に飲ませた。
その後、さらに袋から白い棒状の物を取り出したかと思うと、何も無いところから炎を出し、口にくわえた棒状の物に火を点け、煙を吐き出したのだ。
形は異なっているが、女はそれに近いものを知っていた。
それは呪術などに使われる催眠術を施すための道具であり、とても危険なものだ。
それを見た女は地面に寝かされた人物に催眠術を施すと判断し、急いで行動を取る。
荷物を置き、持っていた弓に矢を番えて引く。
狩で培った弓矢の技術に、女はかなり自信を持っていた。
後に事情を聞くため、頭や胸は狙わず、逃げることが出来ないように足を狙って放つ。
しかし女の放った矢は男の足に刺さることなく地面に突き刺さる。
そのことに女は激しく驚愕するが、そんなこととは露ほども知らない男はあせる様子も無く、足元の刺さった矢を不思議そうに眺めている。
何かの間違いで矢が外れたに違いないと思った女は再度矢を放つが、またしても矢は地面に突き刺さり、男を傷つけることはなかった。
しかし2本目の矢に驚いた男は、呪術の道具を口から落とす。
催眠術の危険が去ったことにひとまず安堵した女は、狙いを変えて胸の中心を狙う。
もう事情を聞くなどと悠長なことを言っている時間は女には無い。
体の中心を狙えば、自分の腕であれば少なくともどこかに当てることが出来ると思い、放った女の矢はまたしても男の脇を通り過ぎて地面へと刺さる。
その間、男は地面の方に刺さった矢から視線を外すと、見えていないはずの自分の方を向き、呆けた表情のまま立ち尽くす。
弓矢の腕に自信があったにもかかわらず、当たらない所か逃げようともしない男に腹が立った女は、持っていた矢すべてを男に向けて放った。
しかし避けてもいないはずの男にやはり矢が刺さることはなかった。
業を煮やした女は、弓を放って腰に刺していた短剣を抜き放つと素早く男の方へと駆け出した。
普段道理に冷静な彼女であったなら、男が一度も寝かされている人物に危害を加えていないどころか、男が口に含んだ水と同じものを飲ませていること、その人物の為に布を引いているなど、気を使っていることに気づいたのだろうが、動転した彼女がそれに気が付くことはなかった。
※※※ ※※※
風子の言葉道理、京也に矢が当たることはなかった。
風子が起こした風により、すべて射線をそらされた為だ。
「逆に狙いが正確すぎますね!」
風の影響を鑑みず、自分の腕で京也を狙う射手に風子はそう言いながらふんぞり返った。
「逆に言えばお前が何もしなければ俺は蜂の巣ってことか?」
「そうとも言いますね!」
軽く答える風子を、呆れたとも感心したとも見える顔で眺める京也が「ありがとうございます」と言うとと「どういたしまして!」と風子は無い胸をはて返してきた。
そんなやり取りの間にも矢は飛んで来ており、その数は既に十を超えている。
「いつまで続くんだ・・・」
「さあ?」
もはや絶対に当たることは無いだろうと考えた京也は、落ち着いた様子で風子に問いかけるが、森の中のことがぼんやりとしか見えていない風子には、射手がいる方向はわかっても、正確な場所や矢の本数を確認することはできない。
何か行動を起こした方が良いかと考え始めた京也だったが、十六を数えた所で突如射撃がやむ。
「終わったか?」
「どうでしょう?」
突如止んだ射撃に疑問を持ちながら京也は森を凝視するが、暗い森の奥を見渡すことはできない。
そんな時、森の奥からガサガサと物音が聞こえだす。
「京也さん? なんか向かって来ますよ?」
「なに!?」
相変わらず緊張間の無い風子の指摘に、驚きの声を上げ京也は再度森を凝視する。
それと同時に、森から一人の栗色の長い髪の女がものすごいスピードで京也の方へ突っ込んでくる。
白無垢のような着物を着た女は、持っていたナイフのような刃物を逆手に持ったまま、京也に近づき横一線に切りつける。
来ることが解っていた京也は、どんな攻撃かはわからなかったがとりあえず後ろに向かって飛んだ。
その甲斐あり、横なぎの一線を回避した京也だったが、戦闘経験など無い京也はそのまま尻餅をついてしまう。
切りつけてきた女がそんな隙を逃すはずも無く、素早く京也に近づき馬乗りになりると、両手に持ち変えた刃物を顔に向かって振り下ろす。
振り下ろされた刃物を、身動き取れない京也はすんでのところで女の腕を掴んで止める。
これだけでも普通の人間である京也にしてはたいした反射神経ではあったが、女はあきらめることなく腕に力を加え続けた。
思った以上に強い力の女に、力負けした京也の顔に徐々にナイフが近づいていく。
「やめ、ろ・・・」
京也が静止するための声を漏らすが、女の手から力が抜かれることはない。
『やめなさい、人間よ』
そんな二人が攻防を続けていると、突如脳内に声が響く。
その声に驚いたのか女の力が一瞬抜け、それを逃さなかった京也は顔を横にして、ナイフの方向をそらす。
思い出したように力を入れなおした女だったが、ナイフはそらされたまま下ろされ、地面に突き刺さった。
耳元に刃物が刺さる音にヒヤッとしながら女の方を向くと、女は苦い表情をしながら地面に刺さった刃物を抜こうとしていた。
しかし、たいして深く刺さってるわけでもない刃物は何故か抜ける気配が無い。
『やめなさいと言っています』
二人の間に再度声が響く。
女は再び驚いたようで、あたりをキョロキョロ見回していたが、京也には初め同様驚いた様子はない。
京也にとってこの声を聞いたことがある声だったからだ。
「ソウか?」
昨日話た土地精霊の姿を思い出しながら辺りを見回すと、二人の近くに昨日と同様民族衣装を着たソウが立っていた。横にはちゃっかり風子も要る。
「助けてもらったのはありがたいが、なんだそのしゃべり方は?」
見た目も声も一緒なのだが、昨日会ったソウとはまるでしゃべり方が違っていた。
『何を言っているのですか、人間よ。私はなにも変わっていません』
「いやいや、昨日は普通に『何々ですねー』って普通に話してただろ?」
『そんなことはありません』
「またまたー。な、風子? いつもと違うよな?」
「うへっ!? 私ですか!? いや京也さんあの・・・」
「ソウはこんな偉そうな喋り方じゃなかったよな、もっと小生意気な感じで・・・」
さっきまで襲われていた緊迫した状況はどこへやら、京也は昨日と様子の変わったソウの口調に眉をひそめる。
一方その頃。
馬のりになった状態だった女は、京也の目線の先に居る神々しい存在に、固まってしまっていた。
しかも京也に対して頭に響いてくる声の主は回答しているように見えるだ。
交信者として学んできた彼女には、それらが全く理解出来なかった。
そんな女の気などしらないまま、京也とソウは会話を続ける。
『何を言っているのかわかりません。人違いではありませんか?』
「いや、こんな風貌の精霊他にいないだろ。昨日の今日でもう俺のことを忘れたのか? 精霊っていうのも案外忘れっぽいんだなー」
「きょ、京也さん!」
青筋を浮かべてひきつった笑顔を浮かべたソウが反論するが、京也は先ほどまでの緊張が一気に解けて気が抜けており、突然現れたソウの話し方にしか意識が向いていない。
それにくらべて傍から見ていただけの風子は冷静に自体を判断することが出来た。
今のソウしゃべり方は信仰対象としての精霊の立ち居振る舞いであり、人間がいる手前、普段道理京也に接することが出来ないのだということに。
「いや、ソウのおかげで助かったんだけど、忘れられるってのも残念だな」
『ですから・・・』
「ていうか、依頼が終わったら時の精霊の件聞く予定だったんだから忘れてもらっても困るんだが」
『・・・』
「おい、ソウ?聞いてるかー?」
ブチッ
「ヒィ!?」
だまり込むソウを不審に思い、問いかけ続ける京也の耳に、何かが切れる音と風子の悲鳴が響く。
風子は即座に上空に飛び上がり、女は直感からか、何かしらの恐怖を覚えたのか焦った様子で京也から飛びのき距離をとる。
そんな人々様子を見て、やっと京也は冷静に事態を見ることが出来るようになる。
「あ、あのソウ?」
そしてソウを見て肩震えていることに気が付く。
『・・・』
「あ、あのー悪かっ・・・」
『なんで空気読めないんですか! あなたは!!!』
京也が謝罪を口にし終わる前に、ソウの怒号が頭に響き渡る。
『あの風子さんだって空気を読んでいるというのに!! あなたときたら!!』
ちなみにこの声は意識の伝達によって伝えられる為、距離や言語に関係なく本人の頭に直接響き渡り認識させられている。
しかも今のソウは怒りのあまり対象を絞っておらず、全域へまき散らすように意識を飛ばしていた。
つまり、近くに居た女はもちろん、上空に逃れた風子にまで響きわたり、感情のままに叫ぶソウの声はそれこそ飛ぶ鳥(風子)を落とすほどの音量で響き渡っていた。
『人がせっかくぎりぎりのタイミングでカッコよく登場したのに台無しじゃないですか!?』
すでに存在の近い風子は地面に落ちて白目を向いているし、女と京也は頭が割れるような頭痛を感じて気絶寸前だが、ソウの怒りはこんなものでは収まらない。
『だいたいあなたには精霊を敬うという考えはないんですか!? しかも・・・』
その後もソウは怒りのままに京也に対する文句を全域に向けて放ち続ける。
しかし、最後まで彼女の声を聞き続けることができるものは精霊を含めて誰も存在せず、辺りにはソウの怒号だけが轟続けるのだった。
ソウは性悪系お姉さんみたいな立ち位置だったはずなのに・・・