野宿はそれぞれの思いと共に
ソウのお願いで子供を見つけた京也だったが、宿などあるわけも無く野宿することが決定していしまう。さてこれから少女と・・・
森に入っては見たが、森の中はダメだった。
そこら中に背の高いシダのようなものが生えており、数メートル先も見ることができず、獣の襲われた場合に逃げ場がなかった。
逃げ場という点では草原も対して変わらないが、先が見通せない所よりはましだろう。
薪になりそうな枝を拾ってショルダーバックいっぱいに詰めると、京也は早々に森を後にする。
一度少女の様子を見に戻り、眠っているのを確認した京也は、今度は草原に出て探索することにした。
探索を始めて数十分すると、運よく焚火ができそうな場所を見つけることが出来た。
草原の中で、そこだけ5メートルほど不自然に草があまり生えておらず、中心には黒いススのようなものが少量残っていた。
おそらく随分前にキャンプした跡ではないかと予想した京也は、そこで一晩明かすことにした。
あとで思いついたことだが、近くにに野宿出来そうな場所が無いか風子に探してもらえばよかったのでは? とも思ったが、風子が野宿できそうな場所というのを理解できるか疑問に思い、どの道探す羽目になったのならいいかと開きなおる事にした。
「初日から野宿とは、幸先不安だ・・・」
見つけた場所まで少女を抱えていき、その辺の草を刈って作った寝床に横たえてジャケットをかけると京也はため息をついた。
「私が居るから大丈夫です!」
ショルダーバックに詰めていた薪などをすべて取り出し、元焚火したと思われる場所に薪を並べていると、自身満々の風子が京也の前で腰に手を当ててふんぞり返っていた。
「何が大丈夫なんだ?」
「私が一晩周囲を監視しておきます!」
準備の手を止めることなく行いながら、半目で風子に問いかけるとそんな答えが返ってきた。
基本的に精霊に睡眠は必要なく、風子であれば風が吹くこの場所から辺り一帯を監視できる為、見張りをすると言うのだ。
正直なところ、この提案には不安を覚えた京也だったが、なれない事や数時間歩き続けたことで疲れていた為、風子の提案を受け入れることにした。
キャンプ場などでバイトをしたこともある京也は、手早く薪や小枝を格子状に摘み上げ、辺りの枯れ草で回りを覆い、中心にちぎったパンフレットをライターで火をつけて入れ、瞬く間に焚火を完成させる。
「ふぅ~」
あらかた準備をすませた京也は焚火の前に腰をおろし、焚火でタバコに火を着ける。
わざわざ焚火で火をつけたのはライターの残量を気にしてのことだ。
京也はヘビースモーカーと言ったほどではないが、仕事の終わりなどの節目にタバコを吸うのが習慣になっていた。大学在学中、バイトばかりをしていた京也に、気分の切り替えに良いと先輩に言われて始めたのが今も続いている。
いろいろしている間に日は暮れて、辺りは月明かりだけが降り注ぐようになっていた。
「お疲れ様です!」
一息ついていた京也の肩に風子が腰かける。
「ホント疲れた、バイトなんかよりよっぽど疲れる」
「あははっ」
タバコを吸うたびに煙が舞うが、煙は不思議と風子が乗った方とは逆の方に流れて行く。
おそらく風子がやっているのだろうが、器用な事をするものだ。
「それにしても本当に大丈夫か?」
「はい?」
「見張りのことだよ」
「まっかせて下さい! なんなら焚火を絶やさない為に追加で薪まで入れちゃいます!」
追加きるように薪はだいぶ多めに拾ってい来ている。効果があるのかはわからないが、野生動物は火を怖がるのではないかということと、夜間の寒さ対策だ。
おそらくそんな京也の感情を読み取って、風子は提案したのだろう。
「それはありがたいが、そんなこと出来るのか?」
「もちろんです! こうやってー、えい!!」
燃え移らない位に放して置いていた小枝の近くまで飛んでいった風子は、小枝を風で転がして焚火の中に放り込む。
「へー、すごいな」
「風の力を使えばどうてっことないです! って言っても私じゃあまり強い風は担当できませんからあれぐらいの大きさが限界ですけどね!」
そう言って苦笑いしながら先ほどより大きな枝をくべようとしたようだったが、薪は少し動いて動きを止めてしまった。
風の精霊である風子はやはり台風など強風を操ることはできないようだ。
「そういうことなら任せた」
「任されました!」
元気に答える風子を横目に京也は短くなったタバコを携帯灰皿に捨てると、一緒に取りだしたチョコレートを一つ口に含んだ。
今後どれくらい食事ができるかわからない為、一度に沢山消費するわけにはいかない。
「晩飯はこれだけか・・・」
「人間は大変ですね!」
全然足りないなー、と思っていると横から風子が覗き込んでくる。
精霊はお腹が減らないのか聞いてみると「お腹が減ったというのがよくわかりません」と答えられた。
今の状況では羨ましい限りだが、普段の事を考えると便利な半面おいしい物を食べる楽しみもないわけだから一長一短だと京也は思う。
「楽しみが少ないから俺なんかに付いて回ってるのかねー」
「どうしました?」
「いや、なんでもない。風子にいつまで付きまとわれるのかなーと」
「付きまとってるわけじゃないですよ!!」
相変わらず複雑な人間の感情は理解できないらしい風子に、解りやすく言ってみたつもりだったが怒らせてしまったようだ。
「頼まれて案内したのに、酷い言いがかりです!?」
「そうだったな、悪かった悪かった」
「まったく相変わらず京也さんは私への対応が酷いです!」
頬を膨らませた風子は乗っている京也の肩をバンバン叩くいて不満を表す。
半日前に同じことをされていたら、首根っこつかんで放り投げる所だっただろうが、今はそれほど不快感を感じることはなかった。
半日で変わるもんだなと感心する京也だったが、なんだかんだ言って風子が居なければ今日一日途方に暮れていたかもしれない。そう思うと、面倒事を引き受けてしまったかもしれないが、結果的に悪くなかった気がする。
「ありがとうな」
「?、なにがです?」
肩の上でコロコロと表情を変える風子に「なんでもない」と伝えると京也も寝る準備をすることにした。
少女にジャケットを掛けてしまっているので、今京也はTシャツにジーパンである。
日があるうちは、動いていたこともあり気にならなかったが、日が暮れて座っていると焚火の前でも肌寒いが無いものは仕方無い。
少女の寝床と同じ用に、刈った草を少し焚火から離した場所に敷き詰めて横になる。
乾燥しいている草ではなから早々燃え移ることはないだろう。
「じゃあ悪いが見張り頼むな」
「了解しました!!」
風子の元気な返事を聞いてから目を閉じると、やはり疲れていたからか京也の意識はすぐに夢の中に落ちて行った。
※※※ ※※※
「しかし京也さんは変わってます!」
京也が寝静まると、風子は焚火の前でふわふわ浮かびながら辺りの様子を探り、時折焚火に薪を投げ入れる。
『どうしたんです?』
そんな風子の頭の中に声がかけられる。
『ソウですか?』
『はい、暇だったので様子を見に来ました』
精霊は通常音で会話することはない。
精霊同士では念話のように意識交換ができる為、声を発する必要が無いのだ。
その為、精霊の中には音で会話することができない精霊も多く存在する。
『それなら初めから自分で案内ればよかったんじゃないですか?』
『いえいえ、風の精霊さんがずいぶんと興味心身だったので』
『別にそんなことはありません!それに今は風子です!』
『あら、名前まで付けてもらって、すっかり仲良しですね』
『仲良しではありません! 唯の暇つぶしです!』
あらあらと笑うソウに風子は不満げに頬を膨らませ、明後日の方を向く。
精霊に照れるという表現があるかどうか解らないが、京也が見れば間違いなくそう表現したであろう。
『どうでしたか? 念願の人間との会話は?』
『そうですねー、想像の通り変わった生き物です!』
風子から見て、京也とのやりとりは新鮮だった。
出会った当初は、気絶させられたり、拘束されたり散々だったが、話しているうちにそんな対応も少なくなった。
それは風子の京也に対しての対応が普通になってきたのに合わされたものだったが、風子が知る由もない。
『変わっているですか? どんな所がですか?』
『例えば・・・』
京也の行動で、もっとも風子が不思議に思ったのは倒れた少女への対応だ。
多くの動物は同じ種族でも、自分のグループの仲間でなければ助けようとはしない。
稀に、同種なら助ける、という種族も存在するが、風子は人間がそれに該当するとは思っていなかった。
各地を廻る風子は、さまざまな人間を見てきたが、多くはグループを作り、縄張りを巡って争いを起こしていた。
その他の少数の人間に関しても、行動とは別の打算で動いている場合がほとんどだった。
それに比べ、今日少女に向かって走り出した京也が考えていたのは『少女を助ないといけない』とう考えだけだった。
これは風子にとって大変不思議だった。
『なんで京也さんが助けないといけないと思ったのでしょう?』
確かにあの時少女の側に人影はなく、京也が助けなければ危険な状態だったであろうことは想像できるが、『助けないといけない』わけではない。
あの時風子も言ったように、ソウのお願いを聞くだけであれば放置しても問題ないし、もし助からなかったとしての京也の責任ではない。
『そういう人間も居るんですよ』
『ソウが前に放した人間もあんな感じなんですか?』
『んー、大分違いますね』
以前、ソウが会話しかことがある人間はもっと人間に対して冷たい印象だった。むしろ憎んでいたと言って良いだろう。
それには彼なりの理由があったのだが、ソウはあえて風子に話すことはしなかった。
『そうなんですか? やっぱり京也さんが変わってるんですかね?』
寝ている京也に目を向けて風子は首をかしげる。
二人の精霊の人間に対する印象の違いは、人間を種族としてしか見ていない風子と、人間を個人としてこの地域の村を見てきたソウとの違いなのだが、風子がまだそれに気づくことはない。
風子はこの次元でも古くから存在する精霊だが、それゆえに生き物への認識もソウとは大きく違いがあるのだ。
ソウはそれに気が付いていたが、おそらく今の風子にそれを説明しても理解できないだろうと思い、話すことはなかった。もっと多くの個人を見て行けばおのずと理解するだとソウは思う。
『ふふふっ』
『どうしたんですか?』
『いえ、なんでもありません』
『?』
これから風子の認識がどう変わって行くのかを想像してソウはクスクス笑うのだが、風子にはなぜ笑っているのか理解することは今はない。
二人はそれからも人間についての話をし、風子は首を傾げ、ソウは笑うということが続いた。
そんなことをしている間に、すっかり会話に夢中になっていた風子が焚火の維持を忘れており、火が消えかけるといったハプニングもあったが、それ以外は獣が現れることもなく穏やかな夜が過ぎていった。
※※※ ※※※
明け方、太陽が昇りきらないうちに少女は目を覚ます。
未だ体はだるく、とても起き上がれそうにないが、どうにか顔を動かし周りを見てみる。
どうやら草の上に寝かされているらしい。
妙に暖かさを感じて見ると、焚火が焚かれており燃えた木がパチパチと音を鳴らしていた。
暖かさの理由はそれだけではなく、首を持ち上げて体をみると、見たこともない布がかけられており、少女を風から守っていた。
すぐに持ち上げる力を失い再度草の上に頭を預けると、焚火の先に誰かが居るのが見て取れた。
焚火の煙と白い靄が掛かっており良く見えないが、変わった格好をした男が横になっているようだった。
さらに目線動かして周囲を見てみるが、その人物意外に人影はなく、おそらくその人物が自分を介抱のだろう。
しかし喜びの感情は湧いてこず、どうして助けたのだろうという疑問だけが残る。
もう帰る場所も無い私をどして・・・。
少女の瞳からは枯れたはずの涙が再び流れ落ちる。
嗚咽を漏らす力もない少女の意識は、再び暗闇へと落ちて行った。
いろいろな思いが交錯する異次元での最初の夜でした。