新たな妖怪
ようやく目的地にたどり着き、人気のない町で雨宿りする京也達、そんな時外から聞こえてくる音の正体は?
「ん? 何の音だ」
家の中へ入ろうとした京也の耳に遠くからドスンと小さな音が聞こえる。
その音は一定のリズムで刻まれ、次第に音が大きくなると同時に地面にかすかな揺れを感じさせた。
「何かが近づいてくる? 風子、様子を見てこれるか?」
「んー、ちょっと難しいですね! さっき京也さん達が起した風も消えてますし、立ち上る煙だけだと勢いが弱すぎます!」
「しかたない、このまま身を隠して様子を見るか」
風子が見に行ければ正体がわかったかも知れないが、風が無いのではどうしようも無い。
諦めた京也は家の入り口に身を隠して外様子を伺う。
どうやら音は大通りの奥、塔の方から近づいてくるようで、京也達が居る十字路の方へ真っ直ぐ近づいて来る。
「おかしいでしゅわ・・・」
「どうしたんだ? ヒョウカ?」
京也の体に隠れるようにして浮かぶ水筒に座ったヒョウカが眉をひそめる。
「この音でしゅわ、この音には精霊が宿っていましぇんの?」
「音に?」
「ご主人様が声を発せば声に精霊が宿り、歩いたり、服を着替えたりすればしょれに伴った精霊が生まれましゅわ」
「すべてに精霊が宿るならそうだろうな」
「でもこの音もこの揺れにもなんの精霊も宿っていましぇんわ」
つまり今聞こえてきている音は精霊達にしてみればかなり奇妙な音に聞こえるらしい。
「そんな事がありえるのか?」
「ありえないからおかしいと言っているのでしゅわ」
「それもそうか・・・」
この音の正体が何にしろ、次第に音が近づいて来ている以上、直に正体がわかるだろう。
精霊と話しながらも息を殺して十字路を見つめる京也達の視界に徐々に音の正体が見えてくる。
「あれは・・・」
薄暗くなった小雨が降る大通りから薄っすらと見えてきたのは、京也の予想するあらゆるものとはかけはなれていた。
まず目につくのはその大きさだ。京也達が潜む家を含めてこの大通りみ面した家はすべて一階建てで、多少の違いはあるものの、二メートル半を越えるような建物は無い。ところが、十字路から姿を現した影はその高さより頭一つ分ほど大きいのだ。
次に色だ。徐々にはっきりする輪郭はどうやら人型らしく、二足歩行しているようなのだが、その全身はこの土色の町並みにそぐわず真っ赤なのだ。周りが目立たない色の為、その赤色は浮き出るように見えてとても目立つ。
「ドウシタの?」
次第に大きくなる音と振動に気が付いたのか、焚火の前で小さくなっていたサクラが京也の影がから顔を出す。
「奥に戻ってろ、何か解らないが得体もしれんものが近づいて来ている」
覗き込んだサクラの頭を押さえて無理やり中に戻して小声で説明すると、サクラは神妙な面持ちで頷くと中へと戻っていった。
そんな事をしている間にも巨大な赤い影はさらに輪郭をはっきりとさせて来る。
近づいて来て初めてわかった事だが、どうやら巨人の肩には何か乗っているようで、その部分のみが異様に白い。
「って、あれは人か?」
そこに乗っていたのは真っ白な着物(いやあれは神社の神主なんかが着ている狩衣に近いか?
)を着て傘を差した人間が座っていた。
十字路近くまで迫った赤い巨人はそこで一旦足を止めると、肩に乗っていた人物を下ろすためか膝をついて跪き、そのまま停止する。その顔は体同様に真っ赤で口からは鋭い牙、額には白い角が一本大きく立っている。
『額に角?』
『ナツと一緒ですね!』
声を殺す為に頭で意識した言葉に風子の意識伝達が返ってくる。風子も気が付いたその共通点を確認する為、今も横たわったまま浅い息を吐くナツに少し視線を向ける。
ナツにも生えるあの角と赤い体、あれはおそらく・・・
『おや、鬼をご存知かえ?』
『!?』
赤の巨人について考察している最中、いきなり頭の中に飛び込んできた知らぬ意識に京也は驚き、すぐさま外へ視線を戻す。
赤い巨人に乗っていたはずの人間はいつの間にか降りており、現在進行形でゆっくりと京也達の居る家の方へ足を進めていた。
『あんた何もんだ?』
「・・、・進・・・来・・・・・・・・。・・・変・・・・・。」
意識伝達で出した問いに狩衣を着た人間が声を返して来るが、京也には何を言っているかわかない。いや、一部理解できそうな言葉もあるが、つなげてわからない為、結局何を伝えたいのかが解らなかった。
首をかしげる京也にもようやく声の主の輪郭がはっきり見えてくる。声からしてそうかとは思っていたが、どうやら男のようで、整った顔だちに特徴的な細い目、年齢は二十後半に見えるが化粧したかのような白い顔の為よくわからない。長い髪は前髪を含めてすべて後ろに流されており、首筋辺りでまとめられた髪が腰まで伸びて尻尾のようにフラフラ揺れている。
『ふむ。やはり言葉は通じんか、これなら解るかえ?』
『あ、ああ』
男の声はやはり意識伝達出来るようで、精霊達と会話するとき同様頭の中に直接イメージが浮かび、言葉として理解できる。
『なら良い、誰もおらぬはずの町に煙が見えたゆえ、参ったが道にでも迷うたのかえ?』
『え、えっと、そうなんだ。旅の途中でな、悪いとは思ったがここで雨宿りさせてもらった』
『ふぁふぁ、誰も居らぬ町ゆえ好きにしてよい。なれどがそのずぶ濡れの様子ではろくな持ち物も無かろう。よければチンの屋敷で休んで行くかえ? 一人とは言え、ワラシを連れての旅は堪えたのでないかえ?』
ワラシ一人?
男の思惑はわからないが、どうやら今のところ危害をくわえて来る気は無いらしい。推測だが、この男の言う屋敷とはおそらくあの塔のことだろう。あそこ以外にあんな大きな生き物が居たら風子が気が付いたはずだ。
『ふむ、あれが恐ろしいかえ? ふぁふぁふぁ、見知らぬ者には恐ろしかろう。なれど心配せんでよい、あれで純朴ゆえ』
京也が赤い巨人を気にしていることに気が付いたらしい男が後ろを振り返り奇妙な笑い方で説明する。
『あれは何なんだ?』
『あれは『鬼』と名の付いた呪じゃ』
『呪?』
『ふむ、お主それだけ呪と交わっておって呪を知らんのかえ?』
『俺が呪と交わる?』
『ほぉ、なるほどのう・・・。 ふむ、チンの勘違いのようじゃ、気にせんで良い』
呪というのが何を指すのかイマイチわからないが、あの角の生えた鬼が呪であると言うなら、もしかしたら男の言う呪とはナツのことを言っているのかもしれない。
『して、如何する? チンはどちらでもかまわんが?』
再び京也に向き直り解答を求めてくる男の問いに京也は考えをめぐらせる。
正直言って危険ではある。あの鬼とやらが本当に安全かどうか判断はつかない上、鬼と言えば正しく妖怪だ。これまでの妖怪のように京也達を襲ってこないとは限らない。それどころか、目の前の男が指示していた可能性すらある。
それに、わざわざ塔に招き入れようとする男の意図がまるでわからない。しかし、ここで断ったところで、どの道あの塔は調べるなければならない為、結局中に入ることになる。そうなれば次にどんな対応をされるかは男次第だ。無理やり入るという手もあるが、あの鬼を見た後ではそれも遠慮したい。いくら純朴といえど、あの太い腕で襲われれば京也などひとたまりもないだろう。
そこまで考えた末、京也の結論出した答えは、
『じゃあ、お言葉にあまえさせてもらうよ』
とりあえず男の誘いに乗ってみるというのもだ。
一度出直すというのも手だったが、迷い人だと言ってしまった以上、断って再度訪ねるというのは不自然だと考えたのだ。
『では決まりじゃのう。 屋敷には呪を廻らせてあるゆえチン抜きでは入れん。表で待つゆえ、準備してくるとよい』
『わかった。すぐ準備して来る』
男が背を向けて鬼の方に向かうのを確認した京也は、自分も家の中へ引き返す。そしてこれからどうするべきか再び考えをめぐらせる。
まずは同行者だ。あの男はワラシ一人と言っていた。つまりサクラかナツ。どちらかを認識出来ていないということだ。
そもそも京也と対峙していた角度からでは部屋の奥に居る二人は見えなかったはずなのだが、どうゆうわけか一人は同行者がいることを知られてしまった。
まあ、ここに来るまでに痕跡を消して着たわけでは無いため、濡れた地面の足跡等で判断された可能性はある。
同行者のみ置いていくというのも不自然な為、どちらか、もしくは両方を連れて行く必要がある。
「ドウ、ダッタ、の?」
思考を回転させるて考え込む京也にサクラが心配そうな顔で問いかける。おそらく何か良くない事が起きていると京也の表情から感じ取ったのだろう。
心配するサクラの頭に手を置いて安心させるように撫でながら京也は焚火の横で横たわるナツを見る。
おそらくナツと呪とやらは何か関係があるだろう。道中にも考えていたことだが、角の生えた力持ちといえば鬼という考えが自然に浮かんでくる。男が呪というものをどういう扱いにしているかわからない以上ナツを連れて行くのは危険性が高い。
しかし、男の言う呪と交わるという単語が示すのがナツであった場合、ナツを連れて行かなかった場合、もう一人連れがいることがばれてしまう。
考え込んだすえ、京也が出した結論は、
「サクラ、悪いが少し危険かもしれないが付いてきてくれるか?」
サクラを同伴させることにした。
理由としては、ナツを連れ行った場合、そのまま身動き取れなくなる可能性が高いからだ。体調が悪い上、意識の通じずらいナツではとっさの行動が取れない。しかし、サクラであれば、危険な場合に京也を囮にして一人で逃げてもらうことが出来る。
ナツが認識されていた場合は運が悪かったと諦めて一緒に連れて行くしかない。
「ワカタ! ダイジョブ!」
気合の入った声で答えたサクラの頭を撫でながら、京也は悪いな、とだけ言って次の指示を出す。
「風子、お前は一応俺と一緒に来てくれ。あいつが精霊を認識できるかどうかまだわからないが、最低サクラと一緒に逃げてくれ。サクラが動けば多少風が起きて逃げられるだろう。ヒョウカは悪いがナツを見ててくれるか? 一応起きたときに説明できないと、置いていかれたと勘違いするかもしれないからな」
精霊に関しては完全に未知数だ。餓鬼などの妖怪が精霊を狙っていたと考えると、同じ妖怪に分類される可能性がある鬼を従えているという事は、放った犯人の可能性がある。また、妖怪と精霊が近い生き物であった場合、風子やヒョウカの存在はあの男に認識出来るということになる。
その為、京也は風さえあればかなり自由な行動が出来る風子を連れ、ヒョウカにはナツと一緒に残ってもらうことにした。ただし、保険として風子には分体を作ってもらい、ヒョウカに預けて連絡が出来る可能性を残してもらった。立ち上る煙の風だけでは大した分体は作れないが無いよりはマシだろう。
また、ヒョウカが居ればナツが一人になってしまった場合でも水の確保は容易だ。そう言った意味でもヒョウカにはナツに付いていて貰いたかった。
あの男が精霊を認識出来る場合、ナツと同様になせ連れて行かないのかといわれる心配はあるが、最低物の精霊であるヒョウカはここに置いて行くと言う言い訳も出来る。
「了解です! 私が居れば百人力です!」
「風の無い空間で存在すら出来ないくせによく言いましゅの。ご主人様の命令なら聞きましゅけど、この娘が起きた時に説明して聞くかどうかは保障しましぇんわよ?」
「そこまでは期待してないさ、一応一緒に居てくれればいい」
「わかりましたわ」
精霊達に指示を出した京也は空になっていた湿った荷物入れに半分の食べ物と水を入れてナツの側に置いた。もし帰ってくることが出来なくてもこれで数日は食べて行けるだろう。
自分の荷物を背負った京也は残りの食材などを入れた荷物をサクラに預け、横たわるナツにジャケットをかけてから出口へ向かった。
「気をつけるんでしゅわよ」と声をかけるヒョウカに別れをつげてサクラと共に外に出た京也は気合を入れなおして鬼の側で待つ男の下へと向かった。
謎の男の正体は次回