未知の町へ
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
長い道のりを経て目的地へ到着した京也達。そこには時代にそぐわない建築技術で作られた町があった。
町へ向けて足を進める京也は徐々に近づくにつれて解ってくる建物の詳細な形を見て更に困惑することになった。
まず目に付くにはやはり中央にそびえ立つ塔だ。遠くからではただ真っ直ぐにフシ無く立っているようにみてたが、よく見ると階層があるようで、各階層ごとに屋根の縁のようなものがついており、色こそついていないが京都の五重の塔のような形になっていた。それだけではなく、かなりの大きさがあるようで、入り口と思われる城門風の設備と比較してもかなりの大きさがありそうだ。
更に近づくと、遠くから見えていた壁についても解ってきた。横に長く続く壁は二メートルほどの高さがあり、塔と同じく色こそ塗られていない土色だが高さはそろえられており、所々に開閉できると思われる木製の窓が取り付けられており高い技術で建設されたことがわかる。
町が目と鼻の先になり、身を隠して様子を伺った方が良いかとも考えたが、辺りに林や森は無く、点々と生えている木々も身を隠すほどの太さが無いことから、隠れることを諦めて正面から向かうことにした。
「これだけ立派な門があるんだから警備の一つでもしているかと思ったが誰も居ないな・・・」
壁に囲まれた町の入り口と思われる立派な木製の門の前までたどりついた京也達は入り口前で立ち止まりあたりを見回す。門の前は警備などはおらず、門も開けたままになっていた。門から見える範囲の町の中には雨のためか誰もおらず薄暗いこともあり何処か不気味に映る。大通りと思われる正面の道の左右には露天でも出来そうな見た目の藁葺き屋根の木製建築物が並んでいるが人も物も無く、その不気味な雰囲気に拍車をかけている。
「ハイル、の?」
その不気味な雰囲気を感じ取ったのか、サクラは苦笑いしながら不安そうに京也を見上げる。
「精霊が消えるって話だったから警戒していたが、この様子じゃ問題があるかどうかわからないから、入って様子をみるしかないな。風子、一応卑弥呼に到着した事と今から調査することを伝えてもらえるか?」
「大丈夫です! 到着したことはすでに分体に言って伝達済みです!」
「そうか、なら問題ないな。できればどこか休めそうな場所があればいいんだが・・・」
京也の背中にはいまだに力なくナツが寄りかかっている。とりあえず何処かで回復させた方がいいだろう。
意を決して門を潜った京也は、またもや違和感を覚える。だが今更気にすることなく足を進めると、今度は京也の服が後ろから引っ張られる。
「どうしたんだ? サクラ?」
服をひっぱっていたのは京也と同じ用に門の中に一歩踏み入れた状態で止まったサクラだ。どうやらいつの間にか京也の服の裾を掴んでいたらしく、そのまま止まった為に引っ張られたように感じたようだ。
「(似てる・・・)」
足を止めたまま俯いてつぶやくサクラの声をヒョウカが翻訳する。最近は京也の言葉を大分覚えてきていたから翻訳されたのはひさしぶりだ。
「似てるって何に似てるんだ?」
「(私の住んでた所)」
「住んでた所ってあの村か?」
「(違う、みんなで住んでた所。小さかったからあんまり覚えてないけど、確かこんな感じだった・・・)」
サクラの言うみんなで、というのが誰を指してるかは解らないが、確かサクラとキリハは二人でとある事情とやらであの村に居たはずだ。
「じゃあここがサクラ達が元住んでいた町か?」
確か卑弥呼の町の門番に話す際にキリハは京羽の都の交信者だと言っていたはずだ。しかし、京羽の都は滅びたとか言われていたはずだが、人の気配がしないとは言えとても滅びている風には見えない。
「(たぶん違う。似てるのは雰囲気だけ)」
この町に似ているという雰囲気の都とはどんなところだろうか?
それだけ言うと、サクラは俯いたまま何も言わなくなってしまった。
困り果てた京也が入らないで待っているかと聞いても首を横に振るため、とりあえずナツを休ませるためにも中へと足を進めた。サクラも服の裾を掴んだまま重い足取りで後を付いて来た。
不調の二人をつれてゆっくりと大通りを進む京也が左右の露天風の建物の中をうかがうが、やはり人の気配がまるでない。適当に前まで行って声もかけてみたが中から返事は無かった。
また、近づいてみてわかった事だが、建物の中にまるで生活臭が無かった。露天風の藁葺き屋根の中には奥に続くであろう入り口がみえるのだが、中が空っぽで家具などが一切ないのだ。
「どうなってるんだ?」
首を捻りながらまるで外観だけ作ったような町を進み、何件か回ってみたが何処も変わりはなかった。
大通りから十字路に着き、左右を見渡すがそちらも人の気配はしない。
「とりあえず何処かでちょっと休憩させてもらおう」
不気味には思う京也だが、背中でぐったりとするナツを早めに何とかしたかったこともあり、悪いとは思いつつ近くにあった藁葺き屋根の家に入って一旦休むことにした。
目に付いた通り沿いの家の中に入ってみると、中は八畳ほどの空間があるだけでやはり家具などは無く、床も地面のままだ。釜戸なども無かったが、幸い天井には通気用なのか横穴が開いていた為、布の上にナツを寝かせてから手早く焚火を行った。因みにこれが最後の薪だ。
「しかしどうなってるんだ?」
黙りこんだままのサクラも焚火の前に座らせてから濡れた服を着替えながら京也は再度つぶやく。
普通であればこの規模の町であれば最低でも数百は人が住んでいてもおかしくないと思われる。また、人が住んでいないにしてもこの生活感の無さはどういうことだろうか。前は人が居たが、なんらかの理由で居なくなったというのも考えられるが、それであれば痕跡の一つくらい残っていそうなものだ。しかし、そんな痕跡どころ家の中にはすんでいた痕跡すらもない。
「そんなことよりここは異常でしゅわ」
何も無いときは水筒に引きこもっているヒョウカがひょっこり顔を出したかと思うと首を捻る京也に声をかけてくる。
「言われなくてもどう見ても異常だと思うが?」
「人間の感覚なんて知りましぇんわ。異常と言うのは精霊から見てででしゅわ」
「精霊から見てってどういうことだ?」
「どうせ気づいていないと思いましゅが、この町に入ってから一切精霊が居ましぇんわ」
「精霊が居ない?」
「そうでしゅわ、建物も土地も一切居ましぇんの。おそらくこの町に居る精霊は私、ご主人様達自身、ご主人様の行動で生み出された精霊だけでしゅわ」
眉をひそめながら説明するヒョウカに詳しく聞いてみると、京也達が町に入るまでこの町には一切精霊の気配がしなかったらしい。
そもそも精霊は物、現象などあらゆるところに存在する。普段京也が見えているのは力の強い精霊だけの為あまり意識できないが、そこらかしこに精霊は存在するのだ。
それがこの町にはまったく居なかったらしい。今は京也達自身の精霊や京也が先ほど付けた焚火の精霊なども居るらしいのだが、それ以外は見当たらないとのことだ。
「精霊が居ないとどうなるんだ?」
「わかりましぇんわ。そもそも私たちは居るのが当たり前で、居なくなるということは無いはずでしゅの」
山の精霊のようにもし仮に居なくなれば新しい精霊が自然と生まれる。力の強弱こそあれ、そこには常に精霊が存在しているのが当たり前で、完全に消えるという事はありえないらしい。ここのように精霊が居ない場所というのは精霊の考えではありえないことの為、ヒョウカには居ないとどうなるか? ということがまったく想像できないそうだ。
「精霊が遠くから見ても見えない上、人も精霊も居ない町。いったい何なんだここは? というかそもそも俺は時の精霊とやらを探しにこんなところまで来たはずなんだが、今の話を聞く限りここには居ないってことになるのか?」
「そうなりましゅわ。ただ・・・」
「ただ?」
「一箇所だけ気になる場所がありましゅの、それは・・・」
「塔が怪しいと思います!!」
まじめな雰囲気で話しをする京也とヒョウカの間に風が通り、空気をぶち壊すかのように風子の声が響きわたる。
「ただいま戻りました!」
「戻りましたではありましぇんわ! 私がご主人様に伝えようとしたことを勝手に言うんじゃありましぇんわ!!」
「ふふーん、早い勝ちです!」
「どっちでもかまわないんだが、あの塔が怪しいってなんかあるのか?」
突然帰ってきた風子と、セリフを取られて憤慨するヒョウカが再び喧嘩しそうな雰囲気を感じ取り、ポルターガイストのように開けられようとしていた水筒の蓋を押さえつけて京也は二人に問いかける。
「つまりですね、外からこの町の中のことがよく解らなかった時と同じで、ここからは塔の中の様子がわからないです!」
そもそも、中に入る前に精霊ズが町の中の精霊が居ないことを言わなかったのは、解らなかったかららしい。この町は外から見るとパッと見普通の町に見えて、よく見ようとしてもモザイクがかかったようによく見えないそうだ。そして町の中に入ってもなおかつ良く見通すことが出来ないのが、あの塔の中というわけだ。
「そんな水筒の精霊ならいざ知らず、私にも見えないんですか間違いなくあそこが怪しいと思います!!」
「そんなとはなんでしゅの!?」
ヒョウカは憤慨しているが、実際のところ水筒の精霊兼池の精霊の分体であるヒョウカの見る力より、風の精霊である風子の見る力の方がかなり強い。ヒョウカは普通の精霊として近くに居る精霊を感じ取っているだけだが、風子は実際に風が吹いているところを見て言っているのだから当然である。
「でも大変だったんですよ! この町全然風が流れてないから京也さんが歩いた後の風が徐々に広かるまで全然移動できなかったんですから!」
言われて見れば確かにこの町に入ってから風に吹かれた覚えが無い。どうやら風子は京也が進むときに発生する少ない空気の移動で起きた風を頼りに町全域を確認したらしい。
「俺が歩いたときの風なんて微々たるものだろ? すぐ消えるんじゃないか?」
「今はこの焚火があるから大丈夫です!」
「なるほど上昇気流か・・・」
暖かい空気が軽くなり上に向かうのが上昇気流の為そこには多少の風が流れることになる。おそらく風子はソレのことを言っているのだろう。
「というかそもそも、精霊が居なくて空気とか大丈夫なのか?」
「? 大丈夫なんじゃないですか? 空気の精霊も物の精霊ですし、家の精霊が居なくても家があるのと同じように空気もなくなるわけじゃ無いと思います!」
「そもそもホントに空気が無くなってるなら今頃ご主人様は死んでましゅわ」
「まあ確かに・・・」
空気とは酸素や二酸化炭素などの複合した気体のことだ。そして酸素などは元素となる為、精霊の感覚では物となるのだろ。そしてその空気が移動することにより生まれるのが風である為、風子が存在出来ているという事は空気があるということになる。そう言った意味では、ヒョウカは池の精霊の為、物の精霊とも言える。
「じゃあ俺の探してる時の精霊なんかはどうなるんだ?」
時の精霊とはつまり時間という概念の精霊だ。概念というのはそもそも表現することが難しく、共通点を抜き出して持った特徴とうものだ。つまり京也が精霊の力を認識する為に精霊の力の概念を「色がついた、特徴ある動きが空間に発生する現象が起きると精霊が力を使った」と認識して初めて精霊の力という概念をもったように複数の事柄を組み合わせて考えて初めて成立する。
そう考えた場合、ヒョウカは『池』や『水筒』といった概念の精霊とも取れる。そうなると純粋な物の精霊というのはほぼ存在しないことになってしまう。
「わかりません!!」
「でも時間が止まっているわけでは無いのでしゅから、なくなっているというわけでは無いと思いますわ」
「ま、そうなんだろうな」
そんな事を考える京也に出された解答は精霊達もよくわかっていないというものだった。確かに自分がどういう存在なのか京也自身説明しろと言われたところで、説明は難しい。
自身満々に解答する風子に呆れを見せながら京也は考えるのを途中で諦めた。
そもそも精霊というよくわからない存在の事を掘り下げるというのは研究者ではない京也には荷が重い。
「精霊についてはそもそも答えなんてわからないんだから、諦めよう。とりあえずあの塔が怪しいってことなら調べに行くしかなさそうだな」
それた話を無理やり戻した京也は入り口から顔を出して大通りの中央にそびえる塔に目を向ける。
色こそ土色だが、あのサイズの建築物はどう見てもこの次元の日本にはオーバーテクノロジーだ。そう言った意味でもあの塔は一度調べる必要があるだろう。
そんな事を考えながら夜を迎えようとする薄暗い空にそびえる塔から目をはなして中に戻ろうとしていると、遠くからドスンという小さな音が聞こえた。
幼女二人が体調不良です。
さて町に入った京也達、遠くから聞こえてくる音の正体は?