快眠の朝と矢の練習
ナツの名前も無事決まり、万全の準備で就寝した京也、さあ平和な朝の始まりのはず
朝、京也は朝焼けのまぶしさに目を覚ます。
どうやら昨夜は奇妙な夢を見ることも無く、熟睡できたようだ。
まだ眠い頭をゆっくりと回転させ、二度寝した衝動を振り切って暖かい布団から抜け出そうとする。
「暖かい布団?」
そこまで考えたところで京也の頭に疑問が浮かぶ。昨晩京也は草原に布を敷いて寝たはずであり、布団など旅中の少ない荷物で持っているわけが無い。
以前も感じたことのある嫌な予感と共に起き上がろうとするが、左右の手に重いものが乗っていて動かせない。
「女の子に重い物って表現はさすがにどうかと思います!」
「相変わらずデリカシーの欠片もありましぇんわね」
勝手に人の意識を読んだ精霊達の言い草にイラッとしつつも、いい加減現実を見ることにする。
「二人ともなんで隣で寝てる?」
呆れ半分、疑問半分で目を開けて寝たまま左右に首をふると、そこには予想道理サクラと角少女、いやナツの姿があった。ご丁寧にサクラ達が敷いていたはずの大きい布は三人にかかっている。
どうやら二人ともまで寝ているらしく、サクラは京也の腕を抱き枕にして、ナツは京也の腕を枕ににしていた。
「さすがキョウヤさんハーレム状態ですね!」
「なんならスマホとやらで写真を撮って姉に見せてあげしゅわ」
「止めろ、俺はこんなことが理由で死にたくない! おい、二人とも起きろ!」
どうやってスマホを操作する気だという事は置いておいて、いい加減二人を起こす為に左右の腕を揺らす。
先に起きたのはナツで、閉じていた目をパッと開けて京也を見る。しかし、そこから置き上がろうとはしない。どうやら京也の行動を待っているようだ。
ナツを説得することは諦めてサクラの方を向いた京也は先ほどよりも強く腕をゆるす。
アッンッ、というキリハに聞かれたら間違えなくアウトなうめき声と共に、ゆっくりとまぶたを開けたサクラは見つめる京也に「オハヨウ、キョウヤ」っと言って再び目を閉じる。
「いやいや、おはようって言ったら起きろ!」
起きたときに緩んだサクラの腕を振りほどいて、フッアッ、という声を聞かなかったことにした京也はやっと自由になった腕で肩を揺らす。
さすがに目を開けたサクラと再び目が合うが、あまり視点が合っていない。山の中でキリハと寝ているときもそうだった気がするが、どうやらサクラはあまり目覚めの良いほうではないらしい。
ゆっくり一分ほどかけて焦点を合わせたサクラは、徐々に顔を赤くして、ガバッと起き上がる。
「オハヨウ、キョ、キョウヤ」
「ああ、おはよう、サクラ。で、どうしてこんなことになっているか説明してくれるか?」
サクラが起き上がるのと同時にナツも起き上がり、やっと自由になった京也は目の前で正座して赤い顔で俯くサクラに事情説明を要求する。因みにナツは上半身だげ起こしたまま、西洋人形のように座って京也を見ている。
「エット、アノ、ネ、アノ、」
テンパっているわりには何とか京也の言葉で説明しようとするサクラをこの次元の言葉に変えさせて説明を聞いた所、ナツと一緒に寝ていたサクラはふと目を覚ますと隣にナツが居ないことに気がついたらしい。慌てたサクラが京也を起こしに荷物の隣へ行くと、大の字で眠る京也の腕を枕にしてナツが寝ていたそうだ。どこかに行ったのではないことに安心したサクラだったが、いざ一人で大きな布の上で眠ろうとすると急な寂しさに襲われたらしく、
「(ナッちゃんが寝ているなら大丈夫かなって・・・)」
っと言う理由で京也の横で眠ることにしたらしい。夜間起きた時には焚火も消えており、気温も下がっていた為、布を引きずって行ってみんなに掛けて眠ったとのことだった。
サクラの予定では京也が起きる前に起きて有耶無耶にしようとしたらしいが、自分の寝起きの悪さを理解していない為、失敗に終わったようだ。
「なるほど、それならしょうがない・・・わけがない」
「(あうっ!)」
話を聞き終えた京也は納得するフリをしつつ、サクラの頭に軽く拳骨を落とす。姉に見られたら射られる可能性大だが、すでに刺されても問題ないような状況の為、気にしないことにする。
今度から同じようなことがあったら京也を起こすようにキツく言い、今回は冤罪とすることにした。一応ナツにも勝手にもぐりこまないように言ったつもりだが、恐らく理解してくれてはいないだろう。
反省したサクラに食事の準備を任せて、布を天日干しをしていた京也に「もったいないです! ばれなければ合法ですよ!」と犯罪めいたことを耳打ちして来た風子は問答無用で星にしてやった。
朝食は干し肉と残りのパンで簡単に済ませた。因みにパンばかり食べているのは、日持ちする食料を後に回しているからだ。パンは恐らく残り一食分。あとの食料は乾燥物と無加工の穀物が中心だ。
食事も終え、片付けも済ませた一行は再び目的地へ歩き出した。
※※※ ※※※
ヒュッツ ポトッ パタパタパタ
ヒュッツ ポトッ パタパタパタ
木陰で目を閉じてウトウトしていた京也の耳に同じようなテンポで妙な音が聞こえる。
現在、京也達は大きな川の辺で休憩中だ。
昼を過ぎて川の近くまで来た一行は休憩ついでに水を補充することにしたのだが、
「残念でしゅが、この川の水もそのまま飲むのは無理でしゅわね」
というヒョウカの注意を受けて、再度煮沸消毒を行うことになった。二日目の移動距離が短くなってしまうが、もともと川に近くを進むことが予定されていた為、荷物になる水はあまり多く持ってきていない。そもそもこの次元の水袋ではそんなに長く水を良い状態で保管することができないので、予備の水袋も持っては来ている為、余裕がある時に補充することにしたのだ。
前回と同じ用に川原の石で釜戸を作り、近くの乾いた流木で焚火して煮沸を繰り返していたのだが、どうやら陽気にさそわれてウトウトしまったらしい。
釜戸の火がまだ消えておらず、水が沸騰していないことを確認していると、
ヒュッツ ポトッ パタパタパタ
と、先ほど聞こえた音がまた聞こえる。
不思議に思いそちらを見てみると、川原でサクラがナツと共に何かしている。だた遊んでいるのかと思ってみていると、サクラは川岸に流れ着いた大きな流木に向かって弓を引いていた。そして飛んで行った矢をナツが拾って来てサクラに渡すをと、また弓を引く。どうやらこれが繰り返される音だったらしい。
近くで矢が放たれる音にまったく危機感を覚えてない自分に呆れつつ、まだ沸騰までに時間がかかりそうな為、サクラに声をかけてみる。
「何やってるんだ」
「ゴメン、ネ、キョウヤ(起こしちゃった?)」
「いや、そもそも寝てたらダメだろ」
「(それもそうだね、ちょっと弓の練習してたの!)」
「そうか、サクラが弓を引くのは初めて見たが、その、何と言うか・・・、がんばれ」
「サクラ、ファイトです!」
「アウウッ・・」
京也と風子の気遣いに肩を落として涙を流していたサクラに、戻ってきたナツが矢を渡す。
渡された矢は周りがボロボロになっているが、先端は綺麗なままだ。ナツが矢を抜いて来ているわけではなく拾って来ていることからも解る通り、サクラの矢はまったく刺さっていないのだ。
「真っ直ぐ飛んでないわけじゃなさそうだがな」
先ほど見た感じではサクラの放った矢は真っ直ぐ飛んでいないわけではないようだが、目標の流木に付く前に落ちてしまっているように見える。
「(どうやったらお姉ちゃんみたいにうまく飛ばせるかな・・・)」
確かにキリハの弓の腕はかなりのもの・・・だろう。と言うのも京也自身は直接キリハが矢を放っているところを見たことが無いのだ。ただ、自身が的になった時や、小動物を捕らえている事から腕が良いのは間違いない。
「そもそも使い方が間違ってるんじゃないか?」
「(どういうこと?)」
首をかしげるサクラ(と何故かナツ)に借りるぞ、と声をかけてからサクラの持っていた小弓を見てみる。しっかり見たことは無かったが、以前キリハが使っていた長弓と違い、木製の小弓はしなりが弱く長距離を狙うには適していないように思う。
「だからこうやって、」
力を入れすぎないようにしながら、京也は目標へ放物線を描くように小弓を構えて矢を放つ。が、矢が飛ぶことは無く、紐にはじかれた矢は回転して近くに落ちる。
ポトッ、パタパタ
それをナツが拾って京也に渡す。
「こ、こんな感じで斜め上に向かって飛ばす感じじゃないか?」
「ソ、ソウダ、ネ!(やってみる!)」
赤っ恥をかいた京也は恥ずかしさを抑えてサクラに弓矢を返し、受け取ったサクラも気を使うように慌てて弓を構える。脳内には「子供に気を使わしぇるなんてダメな大人でしゅわ」と言うヒョウカの声が響き、肩の上で風子がニヤニヤしているが無視することにする。
ヒュッツ トスッ パタパタ ・・・ パタパタ
斜めに構えたサクラが弓を放つと、矢は綺麗な放物線を描き飛んで行くが流木の手前の地面に刺さってしまう。因みにナツが戻って来るまでに先ほどより時間がかかったのは、思ったより深く刺さったらしい矢を一生懸命抜いていたからだ。
「まあそのサイズの弓じゃこれが限界だろうな」
飛距離としては四十メートルくらい飛んでいるから上々だろう。
「ンー(お姉ちゃんはもっと飛ぶんだけどな)」
「それは精霊に力を借りてるからじゃないか?」
自分の飛距離に納得ぜずに唸っているサクラに京也はキリハとの違いを説明する。そもそもサクラはキリハと違い、自分の体の微精霊に力を借りることは出来ていない。子供にしては身体能力は高いようだからもしかしたら多少はそういった要素はあるかもしれないが、恐らく無意識だろう。それに比べ、キリハの身体能力はかなりのものだ。以前京也を射た時に使っていた長弓は恐らく京也ではとても扱えないだろう。
そんな事を説明していると、あることを思いつく。
「そうだ、風子、サクラを手伝ってやってくれないか?」
「どういうことですか?」
肩に座って翻訳をしていた風子が首をかしげる。京也は思いついた方法を説明すしてから、サクラに再度弓を引くように言う。
すると、
ヒューッ、パシャン、パタパタ、ガシッ
「いや、取りにいかなくていいから」
放った矢は流木を大きく越えて跳んで行き、川の中に消えていった。そして当たり前のように矢を拾いに行こうとしたナツを止める。どうやら京也の思いつきはうまくいったようだ。
「(すごい! さすが風子様!)」
「これくらいどうてことないです!」
鼻を天狗にして風子が威張るのも無理は無い。今サクラが飛ばした矢の飛距離は裕に二百メートルは飛んでいる。仕掛けは簡単で、以前京也が走っていたときにやったことを矢にやってもらったのだ。つまり矢に常に追い風を吹かせてもらったわけである。
風子の吹かせる追い風は対象に追い風を吹かせる。つまり通常の追い風と違い一定速度で向かい風に変わるということが無い為、飛距離が伸びたのだ。今は単純に追い風にしてくれと頼んだが、刺さった時の威力を犠牲にして飛距離だけ考えるのであれば、風向を変えてもらえばもっと伸ばすことが出来るだろう。
それからもサクラ、ナツ、風子の三人は矢の練習と言いながら何処まで飛距離が伸びるかというゲームを始め、鍋が沸騰していることを知らせるヒョウカの声に京也は煮沸作業に戻るた。
こうしてマッタリとした時間をすごしながら、京也達の旅の二日目はゆっくりと日暮れを迎えた。
サクラは基本的に知識はありますが、過保護な誰かのせいで技術が伴っていません。竪穴入娘です。