姉妹と村の真実 回答編
意気揚々村を旅立った京也だったが話はまだ何も解決していなかった・・・
長かった一章もとうとうクライマックス?
裏口から村を出た京也達は村の外周を西にぐるりと回って、村の正面入り口の側に回ってから昨日通った道に出た。
入り口が側に回るなら村を突っ切っても良かった様な気がするが、また村人の視線にさらされるのも嫌だった為、京也はあまり深く考えないことにした。
「はぁー、これから山道を何日も歩くのか・・・」
「そんなに掛からない無いんじゃないですか?」
「お前と違って飛べるるわけじゃないんだから、山越えは時間が掛かるんだよ」
暢気に肩に乗って足をぶらぶらさせて聞いてくる風子に、京也呆れながら返した。
昨日の夜に見た地図では山の標高はそんなに高くないが、元の次元の地図上でも結構な森の中だった。
サクが案内してくれるという道がどの程度のものかは分からないが、アスファルトで舗装されているわけはないから、良くて踏み固められた獣道といったところだろう。
「はぁ・・・」
何回目か分からないため息をつきながら京也は少し前を歩くサクの様子を見る。
昨日まであれだけ弱っていたというのに、今はそれを感じさせないほど普通に歩いている。ソウの回復のおかげかもしれないが、たいしたものだ。
「疲れたら休憩するから言うように言ってやってくれ」
ソウに頼んでサクに伝えてもらうと、サクは一度振り返って頷いた後またすぐに歩き出してしまう。
「・・・、俺何かしたか?」
「京也さんを嫌っている意識はないと思います!」
「そうですね、ただ、不安、焦り、といった感じが大きいように感じます」
「不安と焦り・・・」
昨日や朝話していたときはそんなに違和感がなかったが、どうもあの姉妹にはあまりより良い感情を向けられていない気がする。しかし、京也には何かしたという自覚はまるで無かった。
「やっぱり京也さんになにかされると思っているんじゃないですか!?」
「やっぱりってなんだ」
にやにやしながら言ってくる風子を、横目で睨みつけながら考えてみるが、やはり京也に思い当たる節は無い。
だが、確かに見知らぬ男に一人で道案内をするというのも、サクとしては不安を覚えるかもしれない。
それなら早く終わらせたいと思い、焦りが募るのも納得がいく。
そんな事を考えならがサクの後をついて一時間ほど歩き続けると、森の境まで辿り着いた。
昨日はサヤの後をついて歩いていた為、まるで気がつかなかったが、良く見ると草原の踏み固められた道が森に続いており、それが森の中まで続いていた。
「なるほどあれが入り口か」
「そのようですね。それでは、私はここまでですね」
肩にの乗っていたソウがフワリと飛び降りて草原に着地し、全員が立ち止まる。
「そうか、ソウはこの先へは・・・」
「はい、私はこの地方の精霊ですので、この地方を離れることは基本的に出来ません」
ソウ地方との境はこの森だ。つまりこの森から先は他の地方となる為、ソウは進むことは出来ない。
「残念だが、しょうがないな」
「それは通訳がいなくなるからですか?」
「いや、そう言う意味じゃ・・・ってそれもあったな」
京也としては、この次元で会った精霊の中でもまともなソウが居なくなるのが純粋に残念だったのだが、言われてからサクの通訳のこともあったと気がつく。
「あら、純粋に寂しく思ってもらえていたんですね」
意識を読んだのか、ソウはくすくす笑いながら京也を面白そうに眺める。
面と向かって言われた京也は、顔を掻きながら明後日の方を向いて「悪いか」と照れ隠しに一言つぶやいた。
「ふふふっ、いえいえ、光栄です。それでは風子さん後はお願いしますね」
「了解です!」
元気に敬礼しながら引き受けた風子の返事を確認した後、ソウはサクの方を向き直る。
それに気がついたサクは膝をついて頭を下げた。かと思うと勢いよく頭をあげてソウの方をじっと見つめる。
その不自然な行動に京也は疑問をもったが、少し考えてから意識で会話しているのだと悟って少し距離をとった。
わざわざ聞こえないようにしているということは、何か重要な話だろうと思ってのことだ。
しかし、会話はすぐ終わったようで、サクは立ち上がって京也の方に近づいてくる。
「んじゃ行くか・・・ん?」
山に向かって歩き出そうとした京也は、後ろにひっぱられる違和感を感じ、後ろを振り向いて確認すると、そこには服の裾を掴んで俯くサクの姿があった。
「どうかし・・・」
「キョウヤサン、オネガイ!!!!」
どうかしたのか、と訪ねようとした京也の声はサクのイントネーションのずれた日本語にかき消されたのだった。
※※※ ※※※
時間は昨日へと巻き戻る。
それは京也達が村に着いてすぐの事。
報告の為呼ばれたサヤは神殿でシソウクの前に跪いていた。
「以上が報告となります」
立ち上る煙を見てからこの村に京也を案内するまでの事柄をすべて話し終えたサヤは一息つくと、シソウクの反応を待った。
話している間、シソウクは無表情のまま目をつぶり、黙って報告を聞いていた。
数分の静寂の後、シソウクはため息と共に目を開いた。
「貴方は大変なことをしてくれましたね」
「それはいったい・・・」
シソウクから帰ってきた言葉はサヤにとって予想外のものだった。それだけではなく、その後語られたシソウクの話はとても信じがたいものだった。
「貴方の妹は山の精霊にのもとへ捧げたはずなのです」
「な!? いったどういう!?」
それはサクが行方不明になった真相であった。
もともと、この村の人間ではないサヤ達姉妹は村では浮いた存在であった。
しかし、交信者の才能があることも確かな為、村人達はその扱いに以前より手を焼いていたのだ。
そんな時、この一帯を大規模な干ばつが襲った。水路からは水が無くなり、村の井戸も一つは枯れ、一つも水量が激減した。
その上、豊富だった森の動物達までもが姿を消し、村が飢餓状態になるのは時間の問題だった。
その前にと村で考えられた対策が、『精霊にお願い』することだった。
そしてそれにはそれなりの対価が必要となる。つまりサクは『人身御供』とされたのだ。
通常は村の中からランダムに選ばれるものなのだが、村の人間ではないという理由からサヤ達に白羽の矢が立った。
「私はそんな話は一言も!?」
「貴方には伝えておりません」
「何故!?」
「それが精霊の元へと向かう上でのサクからの条件だからです」
「条件・・・」
厄介者とはいえ村としても貴重な交信者を二人同時に失うのは大きな痛手であった為、交信者としての才が少ない方ということでサクへと話が持ちかけられた。
村の現状を思い、サクは同意したが、一つだけ条件を出した。それが、姉であるサヤには知られないようにするというものだった。
「ですから行方不明という形にして、貴方が修行に行っている間に精霊のもとへと送ったのです」
「そんな・・・」
事の真相を聞いたサヤは、力なく両手を床につけて俯いたまま見開いた瞳に涙を貯める。
「しかし、サクはこの村に舞い戻ってしまった」
サヤの絶望はこれでは終わらなかった。
「しかも精霊の意志により、この村へ返されたということは、山の精霊は願いを聞く気は無いという事」
「それではサクは!!」
「しかしこのままでは村が滅びます」
「それは・・・」
「ですので、他の精霊に願うことにしました」
「他の?」
「池の精霊です」
「池の・・・、まさかまたサクを!?」
その言葉に驚き、俯いていた顔を勢いよく上げてサクはシソウクに詰め寄る。
「それ以外に方法はありません」
「それであれば私が!!私が精霊様の下へ!!」
そう切り出したサヤを見て、シソウクは密かに口元に笑みを浮かべた。
※※※ ※※※
時はそれから少し進む。
京也達がシソウクのもとへ向かった後、気が気でないサクは落ち着かないまま一人でベッドに横になっていた。
「ただいま」
「お姉ちゃん!!」
そこへ京也の案内を終えたサヤが帰宅した。
サクは体を勢いよく起こしてサヤに駆け寄ろうとするが、立ち上がった瞬間めまいがして膝を付きそうになる。しかし倒れる前にすばやく駆け寄ったサヤに支えられて転倒を逃れた。
「ありがとう、おねちゃ・・・」
「シソウク様にすべて聞きましたよ」
「!?」
サクが感謝の言葉を言い終わる前にサヤが問い詰める。
「何故勝手にあんなことをしたの?」
「・・・」
問いかけられるサクは、サヤに抱かれたまま視線をそらして押し黙る。
そんな様子にわずかに眉を歪めたサヤは、寝床にサクを座らせてから自分も横に座る。
「私は池の精霊様の元へ行くことになります」
「!? そんな、どうして!?」
それはサヤが池の精霊の人身御供となるということだ。
驚いた表情で俯いていた顔を上げてたサクは、サヤの襟を掴んで瞳に涙を浮かべる。
「すでに決まったことよ」
それに答えたサヤは表情を変えずに続けた。
「あなたはあの使者様の案内をし、そのまま同行しなさい」
「どうして・・・」
「おそらく私が精霊様のもとへ行ったとしても、この村が救われることは無いわ」
「そんな・・・」
「お母様が言っていたではありませんか、『精霊は隣人であり友でり全知全能にあらず』と」
それは今は無き二人の母が言っていた言葉だった。
大きな町の強力な交信者であった二人の母は、精霊との関係を友人だと言っていた。それは交信者の中では異端であったが、それでも交信者として町の祭事を取り仕切り、厄災の解決を行っていた。
つまりそれは母の考えが間違いで無いことに他ならない。
「じゃあお姉ちゃんも行く必要は無い!」
「いいえ、行く宛ての無い私達に手を差し伸べてくれたこの村の人々を裏切るわけにはいの」
しかし考えが異端であることに変わりはなく、いまだ多くの村や町では精霊を神として崇めている。
それは変えられない事実だ。
「その後、この村がどうなるかは分からない。だからあなたはあの使者と共に行き、正しい精霊の姿を見てきなさい」
「お姉ちゃん・・・」
サヤはやさしげな表情でサクを抱きしめると、ゆっくりと頭を撫でる。
サヤの胸に抱かれながら、サクは声を押し殺して涙を流し続けた。
※※※ ※※※
「つまり、サヤは無駄と知りながら、池の精霊のもとへ人身御供になりに行った。と?」
「そういうことです」
突然日本語で呼び止められた京也が驚いていると、裾を掴んだサクは自分がどうして山に居たのかや、いまサヤに何が起こっているのかを早口に説明した。
もちろん日本語ではなく、この次元の言葉でだ。
サクの早口の説明を風子が訳して、ソウが補足説明してくれた。
「ソウ、お前はこのことを知ってたのか?」
「この子のことは知りません。他の地域のことですから。ですが、今姉に起きていることであれば分かりますので知っています」
「何故言わなかった?」
平然と答えるソウに京也は特に怒るでもなく、一応とうい意味合いで問いかける。それは、
「京也さんに関係ないですから」
こう返って来るのが解っていたからだ。
基本的に精霊は人間の事柄に無関心だ。
例えばソウであれば、この地方の精霊としてすべての生き物や精霊の管理をしている。その為、人間だけに肩入れすることは無い。
京也の場合は精霊からの頼みの最中だから例外的に協力関係にあるが、それは京也に関係する事項だけであり、京也に関わったすべてが該当するわけではない。
つまり、京也が村を去った時点で、ソウの認識は『京也の関係する村』から『管理地域の村』へと戻っている。
その為、村で生贄を出そうと、ソウは何も言わなかったのだ。
そして京也も今までの精霊との対応からそれを察していた。だから以前風子に強く言ったように言うことが出来なかったのだ。
「じゃあ別に今サヤがどういう状況か教えてもらってもいいよな?」
「関係ないのにですか?」
「関係なかったら友人に質問しちゃいけないのか?」
そう言いながら京也は口元を吊り上げて笑顔を作る。
京也は先ほどのサクとの話であった二人の母親の話から、あえて友人という言葉を使った。
自分のことを友人と言われたソウは一瞬目を見開いた後、諦めたようにため息をつく。
「いいえ、友人からの質問ですから答えましょう。彼女は今まさに人身御供となる為、村を出発したところです」
「・・・わかった。教えてくれてありがとう。ソウ」
礼を言われたソウは肩をすくめて京也に答えた。
「ついでに質問なんだが、本当に人身御供になっても村は救われないのか?」
「全く質問の多い友人です。おそらくその通りです。彼女は池の精霊ですから、雨を降らすことはできませんし、本人も言っていたように、貯めることが本分ですから何かを与えることは出来ないでしょう」
つまりサヤが人身御供になることは本当に無駄に終わるということだ。
「人身御供になったサヤはどうなる?」
「どうにもなりません、ただ死を迎えるだけです」
これで精霊の眷属にでも転生するとか言う神聖な話ならどれだけよかっただろう。
ソウと話しながら京也は昨日、池の辺で見た夢の事を思い出す。
あれは人身御供になった者の記憶ではないだろうか。何故そんな夢を見たのか、何故そう思ったは解らないが、京也はそんな風に考える。
そして今も京也の服の裾を力いっぱい握り締めて、京也の目をじっと見つめるサクに目を向ける。
「少しはわがまま言えって言ったのは俺だしな」
「?」
何を言っているかわからないからか、あの時と同じようにサクは首をかしげる。
その様子が可笑しくて、京也はやさしく微笑みながらサクの頭を撫でた。
「ソウ悪いが、サクについてやっててくれ。俺が戻って来るまでの間でいい」
「どうするつもりですか?」
「わからない。だから本人に直接聞いて来る」
「報酬は?」
「ガム一個、時間が無いから後払いでな」
「しかたありません、引き受けましょう」
取引を成立させた二人は不適に笑いあう。
「風子!」
「はい!」
「池までの最短コースを案内してくれ、追い風もセットで」
「その前に!」
「なんだ?」
「私にも言うことがあるんじゃないですか!」
肩から飛び降り、京也の目の前に浮かんだ風子が期待に満ちた表情で京也を見つめる。
それを見て何を期待しているか読み取った京也は、
「何だ、風の妖精さん?」
あえて言ってやらなかった。
「ひどい!? 京也さんのバァーーーーーカァーーーーー!!!」
期待を裏切られた風子は、断末魔を残しながら着た道と別の方へ飛んでいく。そしてその方向には緩やかな薄緑の風が吹き始める。
「素直じゃないですね」
「うるさい、友人ってのは要求されて言う物じゃないんだよ」
「そういうことにしておきます」
照れる京也とクスクス笑うソウを交互に見て、サクは首をかしげる。
『早くしないとホントに置いて行きますよ!!!』
飛び去ったはずの風子の声が脳内に響く。どうやら少し行った先で待っているらしい。
「んじゃ、頼む」
「いってらっしゃい」
ソウに一声かけて、サクの頭をポンポンと叩いてから、京也は風子が飛び去った方角へ走り出す。
去り際に「本当に二人とも素直じゃありませんね」と声が聞こえた気がしたが、聞こえなかったことにして、京也はヒョウカの居る池へと向かったのだった。
姉妹の事情がやっと判明しました。
さあこれからどうなる!?
っ的な話が始まります。
多分・・・