サクの手料理自撮り風味
一日ぶりに屋根のある寝床で夜を明かした京也。やっと三日目、京也はどんな一日になる事やら・・・
朝、京也は鼻に香るおいしそうな臭いに目を覚ました。
目を開けると見慣れない藁ぶき屋根が目に入り、サヤ達の家で寝ていたことを思い出す。
体を起こして周囲を見てみると、サクが寝ていたベッドは空になっており、炉の前に立っていた。
昨日着ていたボロボロの服は着替えられており、傷の無い別の貫頭衣を着ていた。頭に巻いたバンダナも他の柄に代わっている。
「・・・、・・・・・・・・・」
京也が目を覚ました事に気が付いたのか、サクが振り向いて何かを言いうが、何を言っているか解らない。
翻訳をしてくれていた風子を居ないのだ。
「あーっと・・・」
何と言っていいものか解らず、京也は頭を掻く。
「・・・、・・・・・・・・・・。・・・・・・・」
悩んでいる間にもサクは何か言ったかと思うと、深く頭を下げたり必死に何かを伝えようとしている。
「風子とソウはどこに行ったんだ・・・」
昨日まで通訳をお願いしていた二人の精霊の姿は何処にもない。
前のようにただ姿を消しているだけか、本当に居ないのか、京也には確かめるすべもない。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「だから貴方達は毎度毎度何を見つめ合っているのですか」
「おわっ!?」
どうしたものかと考え込む二人の間に突然声がかけられる。
声のする下の方を見ると、ソウが呆れた表情で立っていた。
「ビックリさせるな、居るなら居るって行ってくれ」
「今来たんです。それで、貴方は何をしていたんですか?」
「だから言葉が通じないんだって」
「ああ、そうでしたね。では・・・」
ソウの回りに黄色い靄のようなものが立ち上り、包み込んでいく。
昨日言っていたソウの精霊としての力の色と流れだろう。
『我が使者になにか用ですか?』
ソウが話しかけると、すぐに膝をついて頭を下げたサクが言っていたのは、京也の体調の心配と昨日のお詫びらしい。
「それなら問題ない。心配してくれてありがとう」
京也の言っている事をソウに翻訳してもらって伝えると、サクはほっとした表情をして京也にも頭を下げた。
その後、サクが朝食を作ったと言うので、京也はありがたく頂くことにした。
サクが作ってくれたのは、何かを練って焼いたナンのような薄いものと、火の通った野菜の盛り合わせだった。
食べてみると、どうやらナンのようなものは、ドングリを粉にして磨り潰し、水と練ったものらしい。野菜は若干の苦みはあるものの、火が通っているためかそこまで気にならず、おいしく頂く事が出来た。
因みに食事をしたのは京也だけだ。
サクに食べないのか聞いたところ、すでに済ませたらしい。
また、サヤが見当たらない為どうしたのか聞いてみると、昨日の用事からまだ戻っていないとのことだった。
いったい何をしているのか多少気にはなったが、村の用事だった場合口出ししようが無いと諦めた。
「ごちそうさま」
満腹とまではいかないが、ここ2日の中で最もまともな食事だった為、大満足で京也は食事を終えた。
「ところで、風子の奴は何処行ったんだ?」
いつもであれば呼ばなくても飛んでくる風の精霊の姿を今日は一度も見ていない。
不思議に思った京也は食事風景を見守っていたソウに聞いてみる。
「風子さんには、ちょっと仕事を頼んでまして」
「仕事?」
「例の森の動物の件です」
食べ終わった後の土器をサクが片づけてくれる間にソウに話を聞くと、昨日京也達と別れたあと森との境に迎ったソウは近くの精霊に森の様子について尋ねたらしい。
そこで解ったことは、どうやら本当にこの近くの森の動物が居なくなってるということだった。
何故そんなことに気が付かなかったのかソウに訪ねたところ、
「そんなことを言われても、あの森から先は管轄外ですから」
との答えが返ってきた。
しっかり確認したわけでは無かった為、京也は勘違いしていたのだが、昨日歩いてきた森との境は、そのままソウ地方との境でもあったらしい。
確かに言われてみれば、ソウが森に入った事は無かったし、サクがどうして森の中に居たのかも知らなかった。
前にサクの様子を見に行く際に、京也がソウ自身が行くのは問題なのか?と聞いたことがあったが、あの時のそれ以外の理由というのが管轄外という問題だったのだ。
「だから昨日調べてみる、としか言わなかったのか」
「そういう事です。管轄外では私はどうすることもできませんから。ですから近くの精霊に聞いた話ですが・・・」
なるほど、と納得する京也に、ソウは森の動物の件の続きを話した。
それによると、森の動物達は忽然と姿を消したわけではなく、何故か徐々に北の方へ移動してしまったらしい。
理由については解らなかったそうだが、大型の動物はほとんど移動してしまい、今残っているのは小動物がほとんどとのことだ。
「また北か・・・」
「はい。ですからちょっと風子さんに様子を見に行ってもらったのです」
風子はどんな所でも風が吹いていればその場所を見ることが出来るが、その能力も万能ではないらしい。距離が離れれば離れるほど、情報が荒くなっていくらしく、やはり本人が見に行くのが一番正確らしい。
「ただいまもどりました!」
噂をすれば何とやら、入口から風子が緑色の波をまとわせて家に飛び込んでくる。
「お疲れ、様子はどうだった?」
「それがですね・・・」
今朝、ソウに頼まれて北へ向かった風子はおかしな現象に遭遇したそうだ。
なんと、ある一定の距離まで進むと、自分が見ていたのとは全く違う景色が広がっていたらしい。
「全く違う景色?」
「はい! 私の力で見渡した時には草原しか無かった所に、巨大な町があるんです!」
「見間違いじゃないのか?」
「そんなことありません! 現に今見てもあそこには草原しか無いんです!」
「どういうことだ?」
疑問に思った京也はスマホを取り出して、昨夜の用に風子に地図を見せる。
「どのあたりだ?」
「今までにこんなことはありませんでしたから、ちょっと自信ないですが・・・」
不安げな表情で風子が指差したのは、ちょうど京都の街中だった。
「前の歪みが起こった場所とは少し違うな」
歪みが起きた場所はもう少し東のはずだ。
「遠くから見えない町・・・怪しさ満点だな」
「それで、動物の方はどうだったんですか?」
「それもおかしくて・・・」
北に向かったと思われる動物達は何処にも見当たらなかったとのことだ。
それどころか、付近の近い範囲を回ったが、とにかく動物の数が少ないらしい。
通常であれば、草原には狼が縄張りを作って狩りをしているはずだし、川や池の近くには鹿などが水を飲みに来ているはずだが、姿が見えないとのことだった。
「いったい何が起こっているだ?」
「わかりません!」
「自信満々に言うな」
風子にデコピンをしながら、京也は今起こっていることについて考え込む。
デコピンされた事に抗議する風子を無視していると、背後に気配を感じたので振り向いてみると、すぐ近くにサクの顔があった。
「!?」
「おっと」
突然振り向いた京也に驚いてバランスを崩しかけたサクを、京也は手を引いてささえてやる。
「病み上がりなんだから気を付けろよ」
と言ったは良いのの、通じない事を思い出す。現に何故かサクが全力で頭を下げて謝っている。
「気にしてないって言ってやってくれ」
ソウにお願いして伝えてもらうと、サクは最後に深く頭を下げて俯いてしまった。
「京也さん、いじめはよくないと思います!」
「いじめてたつもりはないんだが・・・」
そのつもりはないが、事実俯いてしまったサクを見て、京也は少し考えてからスマホを操作する。
パシャ
元の次元の人間なら誰でもわかるシャッター音とともにフラッシュがたかれる。
「!!!?????」
だが、そんな存在欠片も知らないサクは飛び上がって家の外まで逃げて行ってしまった。
「あー・・・」
「どう見てもいじめていますね」
「やっぱりいじめてるんですね!」
「違うわ!!」
何か話すきっかけにと、写真を撮ってみた京也だったが、予想以上に驚かれてしまう。
これでは本当にいじめているようだ。
因みに逃げて行ったサクは、家の入口からこちらを覗きこむように様子を伺っていた。
そんなサクを京也はため息をつきながら手招きすると、初めはその状態で動こうとしなかったが、京也とソウの呼び掛けで、恐る恐る近づいて来る。
京也の近くまで戻ってきたサクに、スマホを見えるように前に持って行く。
一瞬ビクッっと止まったサクだったが、興味心に勝てなかったのか、ゆっくりと画面をのぞくこむ。
「(鏡?)」
『それはさっきの貴方ですよ』
「(さっき?)」
画面のディスプレイには、目をキュッとつぶった姿のサクが映っていた。
しかし、写真という物を知らないサクはいまいち理解できていないようで、覗き込んだ顔が写っていると思ったようだ。
「それなら・・・」
京也の前に立っていたサクを手招きして隣に移動させてから、カメラをインカムにして撮影する。
撮影音にまたビクッっとなるサクだったが、今度はフラッシュが無い為、逃げるほどではなかったようだ。
「これならどうだ?」
「(っ!!??)」
再度撮影した画像を開いてサクに向けると、今度は膝をついて頭を下げてしまう。
いったいどうしたのかと京也が写真を覗き込んでみると・・・
「お前・・・」
そこには京也の肩に乗ってピースする風子と、
「なんで風子が写ってるんだ・・・ってかこれは誰?」
見たこともない純白の貫頭衣を着て、黄色の髪を腰まで伸ばした美女が立っていた。
「もちろん私です」
「は?」
「ですから私に決まっています」
自身まんまんに言うソウと、写真の女性を見くらべて、
「いや、ない。これは無い」
京也は断言する。
「失礼な!」
ソウの話では、普通の交信者達は精霊を信仰しているということから、女神のような姿で考えられているらしい。
つまりこの写真に写っている美女の姿を交信者達は見ているそうだ。
「いや、だってな。これはいくらなんでも詐欺だろ」
「・・・京也さ-ん、また気絶したいんですか?」
満面の笑みと額に青筋を浮かべたソウを見て、京也は「とんでもない」っと首を横に振る。
あんな頭痛は二度とごめんだ。
「と、とにかく、膝まづく必要はないとサクに言ってやってくれ」
「・・・」
「悪かったって」
機嫌を損ねたソウを何とか説得して、サクに写真について説明してもらった。
初めは遠慮しながら覗き込んでいたが、やはり気になるのかサクは徐々に身を乗り出して、興味心身にソウからの説明を聞いていた。
しばらくそうしてスマホを覗き込んでいた4人だったが、サクが何かに気が付いたように突然顔を上げる。
「どうした?」
「(ごめんなさい、準備!)」
「ああ、そういうことか」
朝食も済ませたし、あとは予定道理、山の向こうの町に出発するだけだ。確かサヤがサクに案内をさせると言っていたことから、忘れていたことに罪悪感を持ったのだろ。
「いや、別にかまわないぞ、急いでいるわけでもないし」
「(ダメ!)」
気にするなと言ったつもりの京也だったが、何故かサクは必死に出発の準備を促す。
何かあるのか?と聞いてみたが、答えてはくれなかった。
仕方がないので、京也はスマホの電源を切って、出発の準備をする事にした。
と言っても、置いてあったジャケットと荷物を身につけるだけだ。
その間、サクは炉を覗き込んで火の確認をしたり、ベッドの横に置いていた袋に周りの物を詰め込んだりと慌ただしく準備をしていた。
「(おまたせしました)」
「別に慌てなくて・・・、何だその荷物は?」
サクが準備をしている間、手持無沙汰だった京也は入口近くで風子やソウと地面に簡単な地図を描いて経路の確認をしていたのだが、振り向くとそこには肩に矢筒と小弓、腰にナイフと水袋、背中には大きな袋を背負ったサクが立っていた。
「(お姉ちゃんに言われて・・・)」
「いや、森の入口までなんだからそんなに要らないだろ・・・」
「(・・・)」
「・・・、はぁ、わかったわかった、とりあえず病み上がりなんだから無理するな」
本当であれば病み上がりのサクに案内してもらうこと自体遠慮したいのだが、今の状態では意地でもついて来かねない。
それ以上俯いて何も言おうとしないサクにため息をつくと、京也はサクの背負っていた袋を取り上げて肩に担ぐ。
驚いて荷物に手を伸ばすサクを無視して、思ったより軽い荷物を持ったまま京也は狭い入口をくぐって外に出た。
外は今日も雲ひとつ無い青空が広がっており、雨が降る気配は微塵もない。
「ホントに雨降って無いのか?」
「降っていませんね」
「なあ風子、近々このあたりに雨って降りそうか?」
「ん・・・まとまった雨はだいぶ先だと思います!」
「そうか・・・」
元の次元であれば、多少の水不足は何とかなる。
ダムで貯水しているし、近くにあれだけ大きな池があれば、確保も容易だろう。
「こればっかりはどうにもならんな」
何とも言えない感情のまま、京也が村の出口へと足を進めようとすると、サクに袖を引っ張られる。
「荷物か? それなら持っててやるぞ?」
荷物を返してほしいのかと思いソウに通訳してもらうが、サクは首を横に振り「(こっち)」と出口とは別方向へ引っ張る。
どういう事だろうと思いながらも、されるがまま付いていくと、家が密集している先の裏手に出る。
どうやら裏側にも出入り口があるらしく、水田などの方にあった入り口より一回り小さい橋が堀にかかっていた。
こうして京也は現在村で起こっている事を一切知ることなく旅立ったのだった。
サクとの触れ合いを楽しんだ京也は村を後にした。さあここから新しい冒険の始ま・・・