村に着けば事態が改善すると思った?
やっと人里に到着し、安心する京也。
しかし、そんなに世の中都合よくは出来てはいないもの···
食事の途中、風子にどんな味なのかと散々聞かれてうるさかった為、小さめな器についでお供えしてやったが、微妙な顔をしていた為、きちんとダシ等を取って作れば、もう少しマシになると説明しておいた。
まだ残りがあるが、サクが起きたときの為に残して置くことにする。
「ふー、さてこれからどうするか」
食事を終えた京也はこれからどうするかについて考える。当面の目標は食料確保であったが、集落に着いてそれはひとまず解決した。
この集落に京也に渡すほどの食料があるかどうかは分からないが、そこは交渉するしかないだろう。
そうなると次の目標は、
「時の精霊の居場所だな。そこでソウ。お前が知っているかも知れないって言っていた情報を教えてくれ」
もともとサクの様子を見に行く代わりに、時の精霊の情報を聞かせてもらうはずだったが、サヤの乱入などがありすっかり後回しになってしまっていた。
「そうですね、一応依頼達成ということでお伝えしましょう。私が知っているのは・・・」
ソウが語ったのは、以前風子が言っていた十数年前の大きな次元の歪みについての詳しい情報だった。
次元の歪みが起きたのは14年前、ソウ地方よりさらに北の地方で起こったらしい。
ソウ地方の精霊であるソウには何が起きて歪みが起こったかまではわからないそうだが、歪みの方向で精霊の大きな力が働いたことは確からしい。
「それが時の精霊だったってことか?」
「おそらくは。精霊の力にはそれぞれの色というか流れみたいなものがありますので、あれだけ大きな力であればここでも感じることができます」
「色? そんなのがあるのか?」
「はい。例えば・・・、風子さんちょっと風を吹かせてみてください」
「わかりました!」
風子が返事をするのと同時に、入り口から京也の方に隙間風が流れ込むような弱い風が当たりだす。
「うぅー!! 家の中じゃこれが限界です!」
「かまいません。京也さん、風を良く見て下さい」
「風を見る? そんなもんできるわけ・・・」
無い、と言おうとして京也が訝しげな顔をするが、入り口の方に微かに薄緑色の帯のような物が見えた。
「なんか見える気がする・・・」
「それが精霊の力を使ったときの色です。風子さんは風の精霊で力も強いですから、より分かりやすいかも知れません」
「なるほど、しかしなんでいきなり見えるようになったんだ?」
ここに来るまで風子に風を吹かせてもらうことは多々あったがそんな物を見た覚えは無い。
そんなことがあれば京也も気がついたはずだ。
「意識したからです」
「どういうことだ?」
「精霊と同じく精霊の力も意識しなければ、そこにあって当たり前のものに過ぎません。精霊を意識して初めて京也さんが風子さんを認識できたように、今、風子さんが吹かせている風も風子さんが吹かせている色の付いた風、と認識したからこそ見えたんです」
精霊というのは数え切れないほど存在するらしい。
それは普通の人間には認識できないものだが、京也は埴輪の小細工によってそれを認識することがでる。
しかし京也にとって見えないからと言って、他の聖霊は居ないわけでは無いわけではない。
精霊の力もそれと同じように、そういう物と意識しなければ認識できない。ということらしい。
「なるほど。じゃあソウが力を使っても色が見えるってことか?」
「試してみますか?」
京也の肩に乗っていたソウが手を掲げると、その先の寝床に横になっていたサクの周りに黄色い霧みたいなものが湧き出す。
「あれは?」
「この地方の力を彼女に分け与えています。草原でやったのと同じですね」
確かにあの時には黄色い霧は見えなかった。
つまりこれがソウの力の色と流れということだろう。
ソウが手を下ろすと黄色い霧も見えなくなった。
「つまり北の方から時の精霊の力が見えたってことか」
「断定は出来ませんがおそらく時の精霊さんだったのではなかと」
「風子は見えなかったのか?」
確か風子も大きな力を感じて、現場に向かったと言っていたはずだ。
しかし風子は首を横に振る。
「私は見ていませんね、ていうかそんなものが見えてたら以前聞かれた時に言っています!」
「それもそうか」
ソウには見えて風子には見えなかったという時の精霊の力。現状ではその理由は不明だが二人を疑っても今はしょうがない。
「とりあえず北に向ってみるか」
「ん・・・・」
次の目的地を北に決め、ルート等を考えているとベッドで眠っていたサクから声が聞こえた。
「起きたみたいだな」
「さっきソウが力を使ったからでしょう」
「なるほど」
目を覚ましたサクは横になったまま辺りを見回した後、驚いたように目を見開き起き上がろうとするが、まだ力がうまく入らないようで再度ベッドへ倒れてしまう。
「おい、大丈夫か!?」
「(お姉ちゃんは!!)」
咄嗟にかけよった京也の支えで起き上がったサクは、京也のシャツを掴みながら何かを訴えかける。
もちろん京也にはわからなかったが横から風子が翻訳してくれる。
「えぇーと、説明するからソウほんや・・・」
「(戻るのが遅くなり申し訳ありません)」
ソウにサヤのことを伝えてほしいと言いかけると、入り口から声がかかる。報告に行っていたサヤだ。
「(お姉ちゃん!)」
「(心配せずとも私は無事です。あなたは休んでいなさい)」
「(お姉ちゃん! 私は・・・)」
「(聖霊様、使者様、シソウク様がお話を伺いたいと申しております。神殿へお越しいただけますでしょうか)」
サクの話を遮るように京也に向かって一度膝を着いて頭をさげると、すぐに家の入り口から出て行ってしまう。
「あぁー、ええーと・・・」
事態についていけない京也は、入り口とサクを交互に見て、どうしたものかと困惑するが、シャツを握っていたサクが手を離して「(シソウク様の下へお願いします)」と言うのでサクを横たえてサヤについて行くことにした。
「(こちらへ)」
入り口前で待っていたサヤに続いて歩みを進めるが、サクのことが気になり、一度振り返って見たものの、促されて先を急ぐ。
ちらりと見えたサクの悲しそうな表情が気にはなるが、どうすることも出来ず京也はサヤの後を追った。
サヤに案内されて向かった先は、先ほどシソウクが出てきた建物の中だった。
案内されている途中にサクを一人にして大丈夫か?などと声をかけてみたが、サヤは何も答えずここまで京也を案内し、中に通すと外の出て行ってしまった。
風子かソウに二人の様子を見ていてもらうように頼もうかとも思ったが、二人の事情にこれ以上口出ししても良いものか悩んだ末、何も言わなかった。
神殿の中はかなり広い空間で、テニスコート一面くらいの大きさがあり、入り口側には何も置かれておらず、奥の真ん中に大きな四角い祭壇と思われるものがあった。
ただ、京也の思っていた神殿等とは違い、壁は藁葺きのまま装飾などはされておらず、祭壇もしめ縄や紙垂といったもので装飾されておらず、一段高くなった舞台に茶色い布がかけられただけの場所だった。
祭壇の前にはシソウクが座って頭を下げた状態で待っていた。
『顔をあげなさい』
京也の肩に乗っていたソウがそう言うとシソウクが顔を上げる。
突然話した出したソウに京也が驚くが、それを気にした様子もなくソウは話を続ける。
『私達に何用ですか?』
「(精霊様にお願いがあり、起こし頂きました)」
『私に?』
「(はい、私達の集落は今危機に瀕しております)」
シソウクは今の集落の状態について語りだした。
現在この地方では雨があまり降っておらず大変な水不足らしい。本来であれば田植えの準備を始めるはずが、それも出来ず、畑も乾ききってしまっているとの事だ。
また、集落に二つある井戸の内ひとつは枯れてしまい、もうひとつも集落全員の量を確保するには足りないとのことだ。
幸い近くに池がある為、まったく水の確保が出来ないわけではないが、近くと言っても歩いて三十分以上かかる距離の為、田植えや畑に必要な水をすべて汲んでくるわけにもいかないとの事だった。
さらにそれだけではなく、最近森から動物の気配が消え、獲物も取れておらず集落全体が食料不足らしい。
「(ここは人里離れているため、他に頼るすべがございません。どうか精霊様にお助け頂きたい)」
話を締めくくったシソウクは再度頭を深く下げる。
何も言えずただ風子の翻訳を聞きながら集落の状況について理解した京也はソウがどう対応するか見守る。
『雨については私にはどうすることも出来ません。獣のことは調べてみましょう』
「(そこをどうか、今のままではこの集落は滅びる他ありません!)」
『精霊とて万能ではありません。私はこの地方を管理する精霊。それ以上でもそれ以下でもありません。話は終わりですね』
話を打ち切ったソウは京也にだけ聞こえるように「京也さん出ましょう」と声をかける。
困惑しながらも、ソウの言葉に従い外へと向かう京也の背中から「(お待ち下さい!!)」と声ががかかるが、せかされて神殿を後にする。
「あれでよかったのか?」
向かう宛も無いため、サヤ達の家へ向かう京也はソウに問いかける。
「あれとは?」
「いや、ばっさり断ってたけどよかったのかなと。なんとかならないのか?」
「はぁ、無茶言わないで下さい。私は地方の精霊であって、天気の精霊でも雨の精霊でもないんですから」
「それはそうだろうが・・・」
「前も言いましたが、すべての事をひとつひとつ精霊が解決していたらきりがありません」
「それにですね、京也さん。もしソウが他の精霊と仲介して事態を解決できたとしても彼らにはソウに支払うものがありません!」
「うすうす感じてたがやっぱり精霊にお願いするって対価が必要なのか?」
「んー、時と場合にもよりますが、何か無いと際限がなくなるんです!」
風子の話ではお願い自体は能力上可能であれば叶えることは出来るという。しかし、際限なくすべて問題を精霊に願って、精霊が叶えてしまうようになると問題があり、かといって精霊の私的感情で選別も出来ない為、対価を要求することになっているらしい。
「って事になると、俺はどんだけ対価を要求されなきゃならないんだ?」
京也の支払ったものといえばガムくらいなもので、風を吹かしてもらったり通訳してもらったりと風子達に頼りっぱなしだ。
「京也さんは特別っていうか例外ですね!」
「そもそも精霊の頼みでここにいる訳ですから、彼女らとは順序が逆です」
「確かに」
もともと埴輪の、つまり精霊のせいでこうして異次元に来て、風子達をかかわっている京也は精霊の頼みを聞いている側であって、頼んでいる側では無いので例外ということだろう。
「じゃあソウに要求されたガムは何なんだ?」
「あれは・・・ほら、彼女達との会話は時の精霊探しとは関係ないからですよ」
「ほう、つまり俺の食料探しは精霊のお願いとやらとは無関係だと?」
「それは・・・」
両肩に座る精霊達を京也が睨むと、二人は揃って京也から目をそらす。
「あ!! ほら京也さん家に着きましたよ!!」
話をしている間にサヤ達の家に辿り着いた。
話をごまかされたような気がするが、今はあえて何も言わないことにする。
「あー、えーっと」
戻ってきたはいいものの、通じないのに何と声をかけていいものかと悩んでいると、背の低い入口からサヤが顔を出す。
「(どうぞお入りください)」
「ど、どうも」
なぜ京也達が戻ったことが分かったのかは分からないが、都合が良かった為、中にお邪魔することにする。
サクは奥のベッドでまた眠っているようで、安らかな寝息を立てていた。
ちらりと炉のほうを見ると残しておいたスープはなくなっており、片付けられている。
「(おかけください)」
家の中央にある布の上に案内されて、言われるがまま京也は腰を下ろした。それに続いてサヤも対面に腰を下ろす。
「(シソウク様とのお話は・・・)」
顔色を崩さず切り出したサヤに、シソウクとの話の内容をソウを通じて説明してらう。
説明が進むにつれ、表情を険しくしたサヤはソウが話を終えると、一度お辞儀して京也に向き直る。
「(話を聞いて頂きありがとうございました)」
『私はなにもしておりませんので礼を言う必要はありません』
「(いえ、精霊様にこの村の状況を聞いていただいただけでも大変ありがたいです。感謝と言うには少ないかもしれませんが、こちらをどうぞ)」
サヤは自分の持ち物を入れていたような袋と同じ袋を京也の方へ差し出した。
とりあえず受け取った京也は閉めていた紐を解いて中を覗き込む。中には干し肉の塊とサヤが持っていた果実、木の実などの食べ物が詰められていた。
「これは・・・いいのか?」
『よいのですか? ここではあまり食べ物が取れていないとの話では?』
「(たいした物が無く申し訳ありません)」
「いや、そうじゃなくて・・・」
先ほど食材があった棚の方を見ると残っているのは少量の山菜だけ。おそらくそれ以外はすべて袋の中に入っているのだろう。
「(この村の食料不足も近々解決する見込みです。それに・・・・)」
何にかを言いかけたサヤはちらりとサクの方を見た後、「(なんでもありません)」と首を横に振った。
サヤの言動に思うところはあったが、京也は何も言わず食材を受け取ることにした。
「(それで、これからどちらへ向かわれるのですか?)」
『ここから北の地へ向かう予定です』
「(北といいますと京羽«きょうは»の町ですか?)」
『私はこの土地の精霊ゆえ他の土地のことはわかりません。しかし使徒には使命がありますから』
「(じきに日も暮れます。出発されるのは明日の朝がよろしいかと。森入口まではサクに道案内させますので)」
「いやさすがにまだ無理だろ」
先ほどまでの様子からは、とても案内が出来る体調とは思えない。
方角は分かるので案内はいらないという意図をこめて京也は首を横に振る。
「(体調のことでしたら問題ありません。明日には回復していることでしょう)」
「いや、しかし・・・」
「(なんの償いも出来ませんので、どうかお願いします)」
困った表情をする京也にサヤは深々と頭を下げる。
「わかった、もし体調が良いようならお願いするよ」
『わかりました。体調に問題が無ければ使徒の案内を頼みます』
「(ありがとうございます。それでは本日はここでお休みください)」
そう言うとサヤは一礼して立ち上がり出入り口へ向かう。
「何処に行くんだ?」
ソウの頼んで行き先を聞いてみると、サヤは水を汲みに行くと言う。
枯れていない方の井戸の水は田畑に使用する為、飲み水などは近くの池まで汲みに行くらしい。
「んじゃやることも無いから俺が行くよ」
どの道ここに座っていてもやることが無いので、京也は水汲みを買って出ることにした。
サヤはそんなことはさせれないと言っていたが、持っていた大き目の水袋を半ば強引に奪って外に出た。
「さすが京也さん! お優しいですね!」
とりあえず村を出ようと、歩き出した京也の肩に乗った風子がニヤニヤしながら声をかける。
「やかましい、投げ飛ばすぞ」
「相変わらずひどい!?」
「うるさい、本当にやることが無かっただけだ」
「そうですよ風子さん、京也さんのような男性が若い女性と一夜を共にすると言われたら緊張してそれどころでは無いんですから」
「ソウ・・・お前もか」
アホな精霊の話に呆れながら、あたりを見回す。
家が並んでいる場所を抜けると、かなりの広さの田畑が見えるが、確かに地面は乾燥していた。
本来であれば道の脇には水が流れているはずなのだろうが、今はまるでそんな様子がない。
「やっぱ結構深刻そうだな」
「もうじき雨季になりますから大地も潤うでしょう」
「それまでは耐えるしかないってことか・・・」
畑で水をまく村人などを横目に、京也は風子の案内で池へと向かった。
この時代に食糧難は死活問題です。
妖精の力には色と見え方に違いがあります。因みに次元の妖精は···