【記憶】 ノゾミ 高校時代2-6
【二宮ハジメ】
6月のある日。
ノゾミの元彼氏、二宮ハジメは戸惑っていた。
何がどうなっているのか、自分自身でもよく分かっていなかった。
学校の廊下で、元彼女のノゾミに話しかけたら、いきなり他の男に怒鳴られたのだ。
(はぁ?何様だよ?誰だよ?)
と思ったが。
男はサッカー部の海比だった。
確か子リスっぽい女の子、香織さんの彼氏だ。
香織さんはノゾミの仲の良い友達で、その関係で海比がノゾミとも仲良くしているのは知っている。
でも、いきなり怒鳴られ良い理由にはならない。
俺は反論しようとしたが・・・・形勢が不利だった。
彼の学校での評判は極めて悪い。
ノゾミとのちょっとした諍いが学校中に広まり、ゲス宮といわれているのだ。
俺とノゾミの関係は多くの人に知られていた。
そのため、どこでもそこでもアウェーだ。
今だって、周りからは「ゲス宮だってよ」「また?」「こりないな」っと声が聞こえる。
俺は逃げざる終えなかった。
でも、ただ逃げるのは忍びなかった。
何かを発散したかったのだ。
だからこそ思いを言葉にした。
「くっ。くそっ・・・・ノゾミ・・・諦めないから」
俺は宣言してから、途中で邪魔した海比を睨む。
すると海比に睨み返された。
(くっ)
そして俺は廊下を後にした。
しかし後にしながらも、どうしてこうなってしまったかを振り返った。
ノゾミとの関係を思い出していたのだ。
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高校1年の春。
俺は初めて彼女ができて、常に心が高揚していた。
一日中よく分からないエネルギーに満ちていた。
彼女の名はノゾミだ。
俺は他の男子生徒と同じように、どうにかしてエッチをしたいと心から願っていたこともあり。
首尾よくノゾミと初エッチも済ませた後は、気分は天にも上る勢いだった。
まさにイケイケで絶好調だった。
だが、そんなある日。
ノゾミとちょっとした事で喧嘩してしまった。
原因はささいなことだった。
俺が今夜電話するといって電話しなかったり、彼女からのメールや電話を面倒臭がって後回しにしていたからだ。
別にノゾミのことを嫌いになったわけじゃない。
部活をしていたり、帰って勉強をしていると、ついつい約束を忘れてしまうのだ。
思い出しても、「まぁ、後でいいか」とついつい後回しにしてしまう。
それに何より。
心のそこでは、毎日学校で会えるのだから、家でのメールや寝る前の電話など大したことじゃない。
あまり重要ではないと考えていたのだ。
わざわざ四六時中連絡など取り合わなくてもいいと思っていた。
付き合うことが出来て、エッチまで出来たノゾミに対しては、大抵の男と同様、興味関心が下がっていたのだ。
手に入れたものに対しての関心が下がるのは仕方がない。
彼女に対する関心など、エッチするまでが最高で後は下がるのみ。
だが、ノゾミは俺と同じ思いを抱いていなかったようだ。
電話やメールでの対応を放置すること数度、ついにノゾミと喧嘩になったのだ。
あれは・・・下校時だった。
公園によってベンチで話している時だった。
「ねぇ、最近、メールと電話忘れること多いよね」
ノゾミが何気なく呟く。
軽い物言いだが、いつもの彼女の声と違い、含みがあった。
俺は彼女の感情の機微には気付いていたが、あえて触らない。
触れてもいいことなどないから。
「うん。悪い。それよりさー、田伏の話聞いた。あいつ面白くてさ・・・」
話を変えようとした俺を、ノゾミが見る。
その顔は笑っていない。
真面目な表情で見ている。
「ねぇ、ちゃんと話し聞いてる?昨日の夜、寝る前に電話するって言ったよね」
「えっ、そうだっけ・・・ごめんな」
雲行きが怪しいので反射的に謝るが、ノゾミの表情は変わらない。
「本当に謝ってるの?私、待ってたんだよ。寝るまでずっと待ってたんだから」
彼女にしては珍しく、強く言葉を発する。
どうみても怒っていた。
俺は彼女の怒り抑えるために、とりあえず謝る。
「ごめんごめん。今度はちゃんとするから」
だが、ノゾミは怒ったままだ。
「今度って、いつ?いったい、いつ直してくれるの?」
「えっと・・・今日とか」
そう。
これだけノゾミが怒ってるから、今日は絶対に電話しようと思った。
「本当に?」
ノゾミが疑わしげな表情で俺を見る。
その顔を見ていると、なんだか無性に苛立ちを覚えた。
全く俺を信用していないように感じたのだ。
「本当の本当?」
さらにノゾミが聞いてきた。
俺はたまった感情を発散するために。
「なんで今日はそんなにつっかかるんだよ。何かあったの?」
「何もないよ」
ポツリとノゾミは呟くが、怒りは収まっていないようだった。
「なら、そんなに怒るなよ」
俺がいうと。
「怒ってないよ」
明らかに機嫌が悪そうなノゾミ。
言葉と表情があっていない。
「怒ってるだろ。なに、めんどくさっ」
俺の言葉に対して、ノゾミはカチンときたのか、俺を睨む。
「今、めんどくさいっていった?」
失言だったと思ったけど、いってしまったので遅い。
「細かいこと気にするなよ。なんで今日はつっかかってくるんだよ。どうでもいいことに」
早く話を終わらせたかった。
「ちゃんとしてくれないからでしょ。
いつもいつも、適当に謝って、ちゃんと電話するっていったら、ちゃんとしてよっ!」
だが、ノゾミはヒートアップする。
俺に噛み付いてくる。
「分かった、分かった、今度からするから」
ノゾミを抑えようとするが。
「嘘」
「するっていったろ」
「嘘。嘘。嘘っ!」
念仏の用に唱えるノゾミ。
彼女の姿に無性に苛立ちを覚えた。
とてつもなく面倒臭さを感じたのだ。
「ウザイこというなよっ」
ノゾミはギロっと俺を睨んだ後。
「・・・私、帰る」
「はぁ、待てって。話の途中だろ。悪かった、謝るから」
ノゾミに手を伸ばすが。
「触らないでっ」
俺の手を振り解いた彼女は、一人去っていった。
ポツンと公園に残された俺。
その日。
俺はノゾミにメールや電話をしたが、全て無視された。
音信普通だった。
意見の食い違い、ささいなことから始まった喧嘩。
一日経てば彼女の機嫌も直っているだろうと思ったけど、喧嘩は一日で終わらなかった。
ノゾミは俺のことを学校でも無視していた。
その気合のいれようは凄まじく、近づくと離れるし、話しかけても知らん顔する。
「おはよう」という挨拶すら、あからさまに無視するのだ。
彼女の傍にはいつも女友達がおり、中々近づくことすら出来ない。
ここぞという時の、女のネガティブな団結力には驚いた。
俺がノゾミに近づくと、ささっと友達が体を割り込んでくる。
それでも彼女達を追うと、女子トイレに逃げ込む。
おまけに「今、彼女話したくないんだって」「反省した方がいいよ」等々、どうでもいいアドバイスをしてくる。
彼女がどう友達に話したのか知らないけど、完全に俺が悪者になっているのを感じた。
俺とノゾミの問題に割り込んでくる、自称彼女の親友達には心底苛立ちを覚えたが。
相手が女の子ということもあり、中々強くは出れなかった。
そんな日々が続く。
それまで毎日一緒に楽しく過ごしていた彼女なのに、いきなり拒絶され続ける。
一言も会話が成り立たない。
だが、別れ話は出ない。
微妙な関係が続いていた。
ノゾミにしてみれば、俺に対する反省期間のようなものだったのかもしれない。
あくる日。
俺はいつも通り、なんとか仲直りしようとノゾミに話しかけたが、またしても無視された。
女友達がいつも彼女の傍におり、俺を無視して会話を続ける。
俺はイラっとした。
俺の方が仲直りする努力をしているのに、ノゾミの方はまったく何もしないのだ。
確かに俺の方が悪かったと思ったけど、勝手に怒り出した彼女の方も悪い。
それに、もう一週間だ。
さすがに少しは話を聞いてくれてもいいと思ったのだ。
まったく。
別れたいなら、別れたいっていってほしいのものだ。
宙ぶらりんな関係を続けたがるノゾミに対して、俺は憤りを覚えていた。
でも彼女のことは好きだったので、俺の方からも別れを切り出せずにいた。
というよりも、別れることは選択肢になかった。
そこでつい。
俺はノゾミの気を引こうとして、口に出してしまったのだ。
俺は大きな声で、彼女と彼女の友達に告げた。
「知ってるかーこいつ。胸は離れてるし、乳輪は五百円玉サイズ。
下の毛は縮れてるし、やるとき赤ちゃん語になるんだよ。ざまーねーな、ノゾミ」
シーンと辺りが静まり返る。
それまで仲良く話していたのに、ノゾミも、彼女の友達も黙る。
皆、時が止まったように表情が固まっていた。
不穏な雰囲気。
俺は気付いた。
瞬時にしまったと思った。
言ってからまずいと思ったのだ。
言ってはいけないことを言ってしまったと思った。
今俺が言ったことは紛れもない事実だ。
口には出さないが、ノゾミが気にしていることは知っていた。
だからか、俺は彼女が嫌がるだろう言葉を選んで、瞬時に口に出して言っていたのだ。
どうするべきか。
謝るべきか。
何を言うべきか。
俺のあまりことにパニックになっていた。
頭の中は真っ白。
俺がオロオロとしていると・・・
ふいに涙が見えた。
電灯の光に反射した涙が見えたのだ。
気付くと、彼女はポロリと涙を流していたのだ。
無言で泣いていた。
初めて見たノゾミの泣き顔だった。
初めて見た女の子の泣き顔だった。
いや、運動会や卒業式などで、女の子の泣き顔はこれまで見たことあったけど・・・
これまでとは全く意味合いが違う涙だった。
ノゾミは泣きながら走り去っていった。
彼女を心配そうに呼び止める女友達。
何人かはすぐに彼女を追い、残った彼女の友達は、俺に向かってワンワンと犬のように吼えていた。
『信じられない』『何言ってるの』『最低』『頭おかしいんじゃないの』等々、色々言っていたような気がする。
だが、俺の記憶には残らない。
ただの音だ。
どうでもいい女の言葉など、耳に入っても素通りしていく。
いや、それよりも、泣いた彼女の姿に衝撃を受けており、他の言葉に注意などむけれなかった。
俺がノゾミにかけた言葉。
別に、泣かすつもりなんてなかった。
ただ・・・ちょっと注意を引きたかっただけなのに・・・
怒りの言葉でもいいから、彼女に何か言って欲しかっただけなのに・・・
なんでこんなことに。
なんでこんなことになってしまったのか。
彼女のことは好きなのに。
傷つけるつもりなんてなかったのに。
一人残された俺は、呆然としながらもその場を後にした。
その後の学校の授業は、はっきりいって覚えていない。
記憶にない。
ノゾミの友達が苦々しい顔で俺を睨んでいた気がするけど、おぼろげな記憶だ。
でも、泣いた彼女の顔は印象に残っていた。
深く瞳に焼き付いていた。
家に帰ってベッドで寝ていると、何度も彼女の泣き顔が浮かんできた。
何度も何度も浮かんできては消える、彼女の泣き顔。
頭の中で繰り返される内に、その顔は綺麗だとも思った。
時が止まった学校の廊下で見た、彼女の泣き顔。
ポツリと流れる涙。
頭からその映像が離れなかった。
次の日。
学校に行くと、俺がノゾミにしたこと、噂話は広まっていた。
大抵の男友達は「笑い話」として受け入れてくれたが・・・
彼女の友達、ごく一部の女子達からは目の敵にされた。
まるで親の敵の様に睨まれた。
ノゾミは学校を休んでいた。
理由を彼女と一緒のクラスの友達に聞くと、風邪とのことらしい。
俺は「風邪」だとは信じていなかったが、彼女にメールを送っておいた。
昨夜も謝罪のメールは送っていたが、今回は風邪を心配するメールだ。
何かしら彼女に伝えたかったのだ。
『風邪だってきいたけど、大丈夫?。早く元気になるといいね』と無難に送っておいた。
返信はこなかった。
悲しかった。
学校を数日休んだノゾミは、土日を挟んで復活した。
だが、俺のメールや電話に対する返信は皆無。
ノゾミに謝るために近づくだけで、彼女の友達達にギロリと睨まれる。
「こないで」「あっちいって」と罵倒される。
遠くにいる時は、何か陰口を叩いているのが分かる。
逆に、ノゾミ自身は深く落ち込んでいるようだった。
そんな彼女を励ますように周りを囲む女友達達。
俺はますますノゾミに近寄りがたくなった。
そんな逆境。
一部の女子に目の敵にされている中。
男友達は「大変だな」「あんな奴ら気にするなよ」と慰めてくれた。
確かに、ノゾミの友達のことはわりとどうでもよかった。
そんなことより、俺の頭の中には、彼女の泣き顔が常に浮かんでいた。
俺は彼女の泣き顔に囚われていたのだ。
授業中も。
部活中も。
家に帰ってからも。
いつも頭の片隅にはノゾミの泣き顔があった。
俺は中毒になっていた。
彼女に対してより魅力を感じるようになっていたのだ。
そして数日後。
思ったのだ。
もう一度ノゾミの泣き顔が見たいと。
彼女の泣き顔は綺麗だった。
頭から片時も離れない。
これまで見たどんな表情よりも、綺麗だと思ったからこそ、俺はもう一度見たいと思ったのだ。
俺が感じた感情。
綺麗だと思ったものを、もう一度見たかったのだ。
確かめたかったのだ。
俺が見たのは本当に綺麗なものだったのかどうか、もう一度確認したかったのだ。
そうするためには・・・もう一度ノゾミと付き合わなければならないと思ったのだ。
~~~~~~~~~~~~
6月の学校の廊下。
雨が窓に当たる中。
ノゾミとその友達に追い払われても、二宮は諦めていなかったのだ。
まだチャンスはあると思っていたの。
きっと彼女の想いが戻ってくると信じていた。
なぜなら、一度付き合うことが出来たんだから。
一度あることは二度ある。もう一度彼女も気持ちが戻るはず。
そう強く信じていた。
(絶対にノゾミをもう一度手に入れる)
二宮は強く誓ったのだった。