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第六章 十二話

 胸の奥からいくらでも湧いてくる様々な言葉を、お互いが口に出そうとしたその時、ミルトだけが何かに呼び掛けられたかのように後ろを振り返った。ポム達一行には特に何も聞こえてなかったのだが。

「えっ?もう行ってしまうの?」

 幻狼達は静かにミルトを見つめているだけのように見える。

 だがミルトには幻狼達の思念が普通に感じ取れていたのだった。

「……ああそうか、なるほど。そうだね。あまり良くないかも。あの時は僕もつらかったし」

 雌の幻狼が目をつむる。

「あはは。あの時はナーサだけだったけどね。今はフェイルも一緒だから余計きついかも。今の僕はぜんぜん何ともないんだけどさ」

 幻狼王の耳がぴくぴく動く。

「そうか。この力のおかげなんだね。龍精の力はやっぱすごいや」

 幻狼王の尻尾が大きく振られた。

「うん。そうだね。また会いたいよ」

 幻狼王の瞳がきらりと光る。

「天空の島に来ればって……それってあのラビリオンのことでしょ?そんな簡単には行けないよ!」

 今度は雌の幻狼の尾が楽しげに揺れた。

「待っているって?えっ?いつまでも?はあ、ナーサはもう」

 ミルトは困ったように天を仰いで目を閉じていたが、やがて諦めたように答えた。

「分かったよ。何とか行く努力はするよ。何年かかるか分からないけど気長に待っててよ」

 雌の幻狼の視線がミルトからポム達のほうに移った。

「年月は問わないって?うんまあ頑張るよ。……えっ?何?子連れでも構わないって……?それってどういう……!」

 雌の幻狼の瞳がミラーをじっと見ているのに気づき、ミルトは真っ赤になった。ミルトは後ろを見たり前をみたり何かとても忙しそうだった。

 ミルトと幻狼達のやり取りがあまり分からないミラーは、ミルトに突然見つめられて不思議そうな顔で首を傾げていた。

 そして話が終わりミルトは手を振って言った。

「うん、分かった。じゃあまたね。ありがとう。元気でね!ナーサ!あとフェイルも!」

 雌の幻狼ナーサは全身に銀色の光を纏うと、身体を光の細かい粒に変えてその場から音もなく陽炎のように消え去っていった。

 そして幻狼王フェイルは静かに立ち上がり、体を黄金色に光らせるとぐっと力を溜めて地面を力強く蹴り宙に飛び上がった。

 そしてそのまま宙を駆けて光の帯を残し一瞬で見えなくなっていた。


 ポム達はしばらく幻狼王が消え去った空を眺めていたが、いつの間にか周囲の空気がいつもの感じに戻って来ているのに気づいた。あの張り詰めたような気配がまるでなくなっている。

 ミラーはこの時を誰よりも待ち望んでいたかのように、いち早くポムの背から抜け出てミルトの元へと向かった。

 ミラーは駆け寄った勢いのままでミルトの背に思いっきり抱き付いた。

「改めてお帰りなさい、ミルト。無事で本当に良かった。怪我とかしてないの?痛いところとか調子悪いところとかはない?」

 ミルトはミラーの体の重みをしっかりと受けて、その背のミラーに笑いかけた。

「うん。今はもう大丈夫だよ。でも、僕はあの時の爆発の後の記憶が全くないんだ。爆風に吹き飛ばされて、かなりやばいと感じたとこまでは憶えているんだけどね。次に目が覚めた時はもうフェイルの背の上だったからさ。後から話を聞くと、どうやらナーサが治してくれたみたい」

 ミラーはそれを聞いてしばらく無言でいたあと、ミルトの背を降りてミルトと向かい合った。

 そしてミラーは自分でも半ば信じられないような事を言っているような口調でミルトに質問した。

「何ともないのなら良いのだけど。ねえミルトちょっと聞いていい?……その、まさかなんだけど、さっき言ってたフェイルとかナーサってもしかしてあの狼の幻獣達の名前……なの?」

 ミルトはあっさり頷いた。

「うん。そうだよ。あのおっきかったのがフェイルで、小さかったほうがナーサだよ」

 ミラーは目を丸くした。

 伝説や伝承にすら載っていない幻獣学史上の大事実を、こうもあっけらかんと教えられたのだ。疑う訳ではないが事が事だけにすぐには飲み込めないだろう。

 ミルトの話はまだ続いている。

「ナーサは恥ずかしがり屋でめったに外に出ないんだってさ。いつもはラビリオンにいるんだけど、今回はたまたま地上に降りてきたんだって。何かちょっとした用事が出来たとかでさ。でもたまに降りる地上もなかなか興味深いって言ってたよ」

「ふむ。なるほどのう。それであの雌の幻狼の伝承は少ないと言う訳じゃな」ポムが感心したように言う。

 いつの間にかポムと少年達が二人のそばにやって来ていた。次に話を脇で興味津々の目で聞いていたキルチェが、身を乗り出すように訊ねた。

「ずばり!ミルトはあの幻獣達と会話が出来ると?」

 これは皆がずっときちんとミルトに確認したかった疑問だった。

 ミルトは一瞬ぽかんとしたがすぐに頷いた。

「うん。そうだけど」

 キルチェは助けを求めるようにポムを見た。

「ポム爺さん……どう思います?」

 ポムも髭をもてあそびずっと考え込んでいたようだ。

「うむ。まあ幻獣との会話など常識的にはあり得る事ではない。はっきり言うとこれは奇跡の部類に属する現象じゃろう。儂の知る限りでは過去に幻獣から一方的に言葉を掛けられる者はいても、今回のミルトのように幻獣と世間話のような会話をした者などいやしない……いや、一人だけおるにはおったか」

「えっ!そんな人が?」とキルチェ。

「それはどなたなのですか?」とミラー。

「どんなやつなの?」とトーマ。

 子ども達は興味津々の目でトーマの答えを待っていた。

 ポムはそんな子ども達を楽しそうな目で見て言った。

「うむ、それはのう古代の英雄、この王国の建国者である精霊王じゃよ。あの者はあらゆる幻獣と心を通わせられたと言われておる」

 ミラーが驚いたように言った。

「ええっ!でもそれは何千年も前の伝説上の人物ですよね?」

「うむ。だが実在したとされる英雄じゃ。そしてその名前をマルトと言う」ポムは意味ありげに言った。

「似てるな響きが」とトーマ。

「似てますね字面も」とキルチェ。

 二人はミルトをちらりと横目で見て言った。当の本人のミルトはポムの話を聞いて無邪気に言い出した。

「あ~!それ、その名前!フェイルも言っていたよ。僕が自分の名前はミルトですって名乗ったらさ、大昔に自分とこうやって会話が出来た者と名前が似ているなって」

 ポム達はミルトが普通に話す会話の内容が凄すぎて、今の話が学術的にどれだけ貴重なものなのか、実感がまるで湧いてこなかった。

 勉強的な事には全く興味がないトーマが話を変えてきた。

「そういやミルトさ、なんか約束してなかったか?また会おうとか」

「うん!」

「んでその再会の地がラビリオンって?」

「……う……ん」ミルトの二回目の返事は力なかった。

 トーマは呆れたように首をすくめた。

「まったく安請け合いしやがって。あの天空を飛び回る島にどうやって行くってんだ?」

 ミルトは見るからにしょんぼりしてしまっている。

 トーマはそんなミルトの様子を見てにんまり笑って言った。

「まあミルトなら何とかしちまうか。それに俺達も色々手伝ってやるさ。どうせなら夢はでっかくだ!なあキルチェ?」

 キルチェも目を輝かせて答えた。

「もちろんです!あんな未知の場所を目指すのならミルトだけでは危険すぎます。色々と知識が必要になるはずです。それに僕だっていつまでも足手まといのままではいませんよ。この旅でもすでに色々な事を学びましたし」

 トーマもその言葉に大きく頷いた。

「そうだぜ!俺達は今回の旅で大きく成長した。それにつらく苦しい経験もたくさん積んだ。そしてこれからその経験を踏まえてたくさんの修行と訓練をしていけばどんな夢だってきっとかなうさ!」

 トーマは北の空に浮かぶ暗雲を指差した。

「そうだろ?ミルト!」

 その雲の奥にはラビリオンが浮かんでいるはずだ。

 ミルトは自然と顔がほころんでいき笑顔になった。仲間に励まされ心の奥からふつふつと自信が湧き上がってくるのが感じられた。

「うん!行こうみんなで!」

 少年達が楽しそうに話し合っているのをミラーは少し離れて眺めていた。

 ミラーはその場で寂しげに俯きミルトのほうをちらりと盗み見た。するとミラーを見ていたミルトと目が合いミルトが笑いかけてきた。

「もちろんミラーもその時は一緒に来てくれるんでしょ?」

 キルチェもミラーを見つめ眼鏡を直しながら言った。

「と言うよりミラーが来てくれなかったら、この計画はかなり危ういと言わざるを得ませんね」

 トーマが腕を組みながら言い出した。

「俺はもう、ミラーはミルトと一緒に行くという前提で話してたんだけどな」

 ミラーはみんなのその言葉に輝くような笑顔を見せた。

「私も一緒についてっていいの?」

 ミルトはすぐに答えた。

「もちろんだよ!まあそれがいつになるか分からないけどね」

「うん!」

 ミラーは嬉しそうに弾む声で答えて少年達の輪に加わった。

 そして四人でしばらく話をしたあとでミラーが少年達を見回して言い出した。

「ラビリオン上陸時もちゃんとこの四人なのかな?」

 キルチェはミラーのその言葉を聞くと、少し考えて慎重に眼鏡を外して拭き始めた。何か目の奥が笑っている感じがする。そしてキルチェは眼鏡を掛け直しながら答えた。

「そうですね。でもその時にはもう少し人数が増えている可能性もありますね」

 トーマがその時を思い描くように言う。

「そうか?でもまあ確かに冒険者仲間が増えるって言うのはありそうだな」

 キルチェはにやりと口元を上げて言い出した。

「ああ、なるほど。確かにうちら以外の仲間が増える事もあると思いますが、僕が言いたかったのはまた違う事です」

 キルチェの眼鏡がきらりと光る。

「僕が言っているのはここにいる仲間だけで人数が増える可能性です。とにかくラビリオンに行けるくらいの経験を積み、それ相応の実力をつけるにはまだ何年もかかります。そしてその頃には僕らはもう立派な大人になっているはずです」

「はあ。ま、そうだな」トーマはキルチェの話の行き先が読めず間抜けな返事をしただけだ。

 キルチェの話は続き、そしてキルチェはミルトを指差して言った。

「ふふふ。僕は聞き逃しませんでしたよ。君が呟いた言葉を。君はあの時子連れでもって言いましたよね。それもかなり動揺しながら!」

「うぐっ!」ミルトは後ずさった。

「それにあの時幻狼達はこっちのほうを見てました。それもミラーのほうをでしたね」

 キルチェはずばりと言い当てていた。

「おう!なるほど!」

 トーマもやっと得心したようにミラーを見た。

 ミラーはすぐに話の流れが分かり、顔を赤らめながら知らない振りをしている。

 キルチェは得意満面な顔で、思いついた理論を展開していた。

「さあ、どうなんです?ミルト。もしあの狼の幻獣にそう言われたならもうそれは幻獣様のお告げとも言えるのですよ。そしてそれは予知であると言えなくも……あっ!逃げるのですか?」 

 ミルトはもうすでに背中を向けて逃げ出していた。

「追いますよトーマ!」キルチェは駆け出した。

「合点承知!」トーマも笑いながら同じく走り出す。

 ミルトは普通の走りで駆けて後ろを振り向きながら叫んでいた。

「ちょっともう勘弁してよ~!」

 ミラーは少し呆れたようにだが、顔に笑みを浮かべてその様子を眺めていた。


 その頃ポムは、意識を取り戻したレオニスと共に倒れた隊員達の介抱をしていた。

 ポムは遠くから聞こえる子ども達の楽しげな騒ぎ声を耳にして、無事に平穏な世界がやって来たんだなと心から喜びをかみしめていた。

 レオニスがポムのそばに来て声をかけてきた。さすがは特級の称号を持つ狩人だけあってもう特に何ともないようだ。

 レオニスは子ども達を楽しげに眺めている。

「ふふ。あいつらの目標を聞いてしまったからには、お互いこれから忙しくなりますね。とにかくあのラビリオンに行こうってんですから。あいつらはあそこに行くというのなら、これから毎日嫌になるほどの勉強と逃げ出したくなるほどの修行をしないと話にならないってのが分かって言ってるのですかね?」

 レオニスは呆れたようにそうは言ったが、その口調はその夢の実現に向けて力を貸そうと決心しているようだった。

 ポムもそれは同様で、少年達のこれからの日常の事を考えて楽しげにほっほと笑ったのだった。

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