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第六章 十話

「うん!」ミラーは頼もしげに頷いた。

 ミルトは早速その技の出し方を色々と想像してみた。

 一応その火矢鳥の技は以前にも少しばかり夢想していた事もあるので、大まかな点ではすぐに想像出来た。

 だが実際に炎が剣から離れて宙を舞うといった部分が、どうしても自分の中であまり納得いかなかった。

 自分でそう感じてしまうのなら精霊術として上手くいかないのは明白で、ミルトはすぐにミラーに相談する事にした。

「どうしよう、ミラー。炎が鳥のように宙を舞う光景がうまく想像出来ないんだ。炎が実際に生きていて羽ばたく訳じゃないし、普段炎が空を飛ぶのを目にする事もないしさ」

 ミラーはそれを聞いて少し考えて自分なりの解釈を答えた。

「それならその炎は自分の力で飛ぶのではなくて、風の力で運ばれていくのだと考えたらどうかしら?風で運ばれているのなら炎が自在に宙を舞ってもおかしくはないでしょう?」

 ミルトはその明快な答えに心の靄が一気に晴れたような感じがした。

「そうか!なるほど。それなら僕の中でも納得できる。よし……ようし!何とかなりそうだぞ!」

 ミルトは技の大まかな所は考え終わって次に細かいところを考え始める。

 その時ちょうど足元に障害物が何もない一直線となった道が見えてきた。

 相手との距離をさらに詰めていく。その距離は目測で言うと約二十歩くらいの距離だろうか。

 ミルトはミラーに相談した。

「さあ、どうしようか?だいたいは頭の中でまとまったけど、ここで仕掛けてみる?」

 ミラーは迷いながら答えた。

「う~ん、どうかしら?どっちみち二発目は考えない方が良いのかも。走りながら仕掛けるのは難しいような感じがするし、それならばいっその事、崖の上に出てもらって視界に邪魔な物がないほうが命中が高まるような気がするわね」

 ミルトはなるほどと思い、相手を追いかけながら心の中で何度もその場の検証をしながら、実際のその時まで集中を高める事にした。

 ふと風の香りと温もりが変わった気がした。

 そして向かう先が少し明るくなってきたのが見える。森の終わりの崖が近づいて来たのだろう。

 刈ら烏は一足早く森を抜けて真っ青な大空に飛び出した。

 ミルトもそれを追って森を抜けて崖の手前で立ち止まり、その絶景に目をみはった。

 森を突如終わらした切り立つ崖は断崖絶壁で周囲の景色が一望出来る程の高台となっていた。

 どうやら方角的に北側に向いているらしく、遠くには高くそびえる灰色の山脈があり、その奥の空には分厚い真っ黒な雲が天を覆っている。

 奇妙な事にその雲の上に更にまた山のような物があるようにも見える。

 実はあれが嵐の結界を纏って移動するラビリオンの姿だった。

 崖の真下を見下ろすと不毛な茶色の大地が広がっていて、左手方向を見ると遠くにちょうど隔護結界を張っている特徴的な岩山が見える。

 ミルトは前方を飛ぶ刈ら烏の姿を目で捉えて大きく深呼吸をした。そして自分に加護をもたらすものに祈りをささげ覚悟を決めた。

 ミルトは言霊を口にする。

「刃に宿る炎の力よ。刃から飛び立ち、宙を舞い賜え」

 そしてミルトは居合い切りをする時のように剣を腰のほうに持っていき構えた。

「風の働きよ。炎を導き、敵を捉え賜え」

 ミルトは目の前を飛ぶ刈ら烏を見据えて最後の言葉を発した。

「火と風よ!今こそ力を解き放ち、力を合わせて敵を燃やし尽くせ!封龍剣・火宿りの奥義〈火矢鳥〉!」

 ミルトは鞘から抜剣するように腰元から真横に剣を走らせ、目の前の宙を一気に切り裂いた。

 刀身に纏われていた燃え盛る炎が刃から離れて宙に舞う。

 その炎は初めはただの火の球のような不明瞭な形をしていたが、宙を飛ぶにつれて次第にその形状を変化させ、やがて翼を広げた鷹のような鳥の姿に変わり刈ら烏に向かって速度を増しながら飛んで行った。

 火矢鳥の炎は轟音と共に刈ら烏の背後にみるみるうちに迫っていく。

 しかし見事捉えたと思われたが、背後を見ていた魔呼奴の一声で刈ら烏は急激に旋回し、ほんのわずか紙一重で最後の希望である火矢鳥の技がかわされてしまった。

 ミラーはもうこれで万事休すかと息を呑んだ。しかしミルトはまだ諦めていなかった。

 ミルトは剣を振り上げて叫んだ。

「風よ!風の精霊よ!炎を操り敵の元へ導き給えっ!」

 火矢鳥の炎はそのまま通り過ぎると思いきや急激に上空に舞い上がり、捻りを加えて一回転をすると真下に急降下していく。

 そして刈ら烏と魔呼奴に上空から強襲してくる炎の鳥を避ける術はなく、見事に火矢鳥は命中した。

 火矢鳥の炎の力は風の力と混ざり合いその場で強烈な熱を生み出していく。

 さらに火と風はお互いを高めあいながら猛烈な反発力を形成していった。

 そしてそれらの相乗効果は、常識では考えられないような熱量を持った熱球をその場に生み出していた。

 ミラーは火の球が当たった瞬間に生じた膨大な熱量を素早く察知すると、急いでミルトに警告をした。

「いけないっ!ミルトっ!逃げて!」

 魔呼奴達を一瞬で蒸発させた火の球は膨張し続けて最後に大爆発を起こし、周囲一帯に物凄い衝撃波を撒き散らした。

 その衝撃波は森をなぎ払い石や岩を吹き飛ばして岩山までも崩していく。

 ビス=マークスの丘にある全ての物を揺るがした爆発音は一瞬で終わりすぐに元の静寂が訪れた。


 隔護結界の内部にいてさえもその大音響と地響きは凄まじく、調査隊の面々はみんな肝を冷やしていた。

 やがて大人達は身を寄せ合って話し合いを始めた。

 少し遠くにいたトーマとキルチェは、あれはミルトが向かった方角からだと分かって心配そうにお互いを見つめ合ったが、取りあえず大人達のほうへ向かう事にした。

 そこに向かう途中、トーマはふと上のほうを見上げた。

 何かが遠くできらりと光ったような気がしたのだ。

 何だろうとそこに目を凝らすと、目の前にそびえる円錐状の巨大な岩山の頂上付近の一箇所だけが大きく崩れているのが見えた。

 そしてそのひび割れて崩れている岩肌の内部が淡く光り、幻想的な光景を見せていた。

 しかも奇妙な事に、その部分から溢れ出た黄金色に輝く光の粒が崩れている部分をどんどん修復して元通りになっていくようにも見える。

 トーマは目を奪われるように眺めていたが、これは一刻も早くポムに知らせるべきだと思いついた。

「お~い、ポム爺さ~ん!あれ見てあれ。あの岩山のてっぺんのとこ!何かすごい変だぜ~!」


 ポムをはじめその場にいた者達がトーマが示す先を振り返って見た。

 そして皆ぼう然と見上げる事になった。

 皆見た事の無い光景で言葉が出ない。

 しかし一人だけ言葉を発した者がいた。と言うより突如として猛烈に喋りだした。ナマスだ。

「おお!あれですあれ!私が死の間際に見たと言う光。あの金色に光る神秘的な光の粒はまさにあれです。ああ、だんだん思い出してきましたよ。そうです、あの光の噴水はまさにこんな感じの大きさで……おや?でもそう言えばこんな所にこんなに大きな岩山ありましたっけ?風景としてはまさにここなのですが……?」

 ポムはナマスの話を聞いていてむうと唸った。

 そして全てを理解した。

 そうか……そうじゃったのか。まさか龍精湧出の地がまさに儂らがいるこの場所だとはな。

 あまりに湧出の規模が大きすぎて更にはそこに近づきすぎた為に調査隊にも分からなくなっていたのか。

 どうりで簡易な結界がこうにも強固に出来る訳じゃ。湧き出る龍精が強く影響しておるのじゃろう。

 うむ……確かにそれを言ったらこの地は他にも色々思い当たる事は多い。

 例えばこの地は他の場所と比べてかなり暖かい。〈火の活性〉の影響じゃろう。

 そしてこの回りだけやけに緑が多い〈水の活性〉の影響か。

 そしてこの場所だけ風のおさまる時がまるでない。これが〈風の活性〉の影響で、いつの間にか見覚えのない巨大な岩山が出来ている〈土の活性〉と言う訳じゃな。

 全てが腑に落ちたポムは地脈読みであるシトと協議を始めた。  

 ポムとシトの二人の知識人はこの地の真下に巨大な断層があると言う認識で一致した。

 過去の地震か何かで地脈がねじれてその影響で龍脈に綻びが出来たのだろう。しかしこれほどの規模の龍精湧出だとシトだけでは手が出せない可能性もあったが今回は幸運に恵まれている。協力者として土の属性を得意とする術者でしかも大賢樹とまで呼ばれるポムがいるのだ。しかも湧出する場所も今なら正確に分かっている。

 シトはすぐに地下に意識を潜らして大きく歪んでいる地脈を見つけた。そしてポムの助けも借りてその歪みを短時間の内に直していった。

 シト達が地脈の歪みをきちんと直してしばらくすると、次第にこの地の雰囲気が変化してきた。

 まず結界の強度が目に見えて弱まってきた。

 そして風がやみ気温もうっすら下がったような感じがする。

 ポムとシトは無言で頷き合った。その二人の表情は達成感に満ち溢れていた。この感じならこの地の龍脈の綻びはなくなり正常な状態に戻ったのだと推測できる。

 それはすなわち街の隔護結界も元に戻る事につながる。

 シトは大きな安堵の溜め息をついた。そしてずっと事の成り行きを見守っていた調査隊の仲間達に報告をすると調査隊の面々から大歓声が上がった。

 皆はこれで街は救われると喜びお互いの事を称え合っていた。


 しかしその騒ぎの脇で少年達はまだ心配そうに森の奥を見つめていた。こんなに待ってもミルトが帰ってこないからだ。それにまだミラーの意識が戻らないというのも心配だった。何度起こそうとしても気絶をしているような感じで反応が全くないのだ。

 とにかくあのミルトが向かった先での大爆発は尋常のものではなかったので少年達はもしかしたらしたらと思うと気が気でなかった。

 そしてついに我慢の限界がきたトーマはキルチェに耳打ちして自分達で探しに行こうと告げた。

 キルチェもかなり無謀な事なのだと分かっていたが、反対せずにすぐに同意した。

「まあ待てお前達」ポムが動き出そうとした二人に声をかけてきた。

 トーマは言葉を荒げて言い返した。

「何でさ!ちょっと遅すぎるぜ!それにミラーもまだ起きないし、もしかしたら何か困っている事になっているかもしれないじゃんか。怪我をして森の奥で倒れているとしたら……」

「そうです!もう待ってなんていられません!」キルチェも珍しく反抗するような口振りだ。

 ポムはその二人を諭すような落ち着いた声で話し始めた。

「うむ。お主達の気持ちは良く分かる。じゃがお主らだけでは行かせられん。周囲の獣達の殺気がなくなり散っていったのを見ると魔呼奴退治は上手くいったのだと思う。じゃがまだ獣が森の中をうろついている事実に変わりはない。ゆえにもちろん儂も同行する。実はのう……儂ももう待つのは限界なのじゃよ。ミラーが目を覚ませば何らかの状況が分かると思っておったのじゃが、殊の外衝撃が大きかったようじゃ。感知系の術の最中にあの爆発じゃからのう。目が覚めないのも無理はない」

 ポムは落ち着いているような素振りを見せていたが、内心相当やきもきしてようだ。

 ポムはミルトを探しに行く旨を調査隊の皆に告げた。

 それを聞いたレオニスはすぐさま自分自身を含めたミルトの捜索隊を編成し始めた。気持ちはみな同じなのがよく分かる。

 レオニス隊とポム隊が結界を抜けて森に入ろうとした時に、ミラーがやっと目を覚ました。


 居残り組でミラーの様子を見ていたシトが心配そうにミラーを覗き込んだ。

「あ……ここは……?ああ、お父様……うっ、何だか頭が痛いわ」起き上がろうとしたミラーが手で頭をおさえた。

 シトは慌てて居残り組の狩人の一人に向かって、出発しようとしているミルト捜索隊を呼び戻すように言った。

 ミラーはゆっくりと身を起こしても、しばらくぼうっとしていたが次第に状況が分かってきて、慌てた様子で周囲を見回していた。

 そしてミルトの姿がどこにも見あたらないのが分かると、顔を青ざめて泣き出しそうな顔になった。

 ミラーが目を覚ましたという連絡を受けたミルト捜索隊の面々が戻ってきた。

 一番せっかちなトーマがミラーの元に駆けつけると早速ミラーに訊ねた。

「ミラー起きたか!ミラーも心配だったが、今はとにかくミルトの事が心配だ。あいつは無事か分かるか?今どこにいる?怪我なんかしてないよな?大丈夫だよな……!」

 トーマはミラーの青ざめたような顔で見つめ返すその視線に不安を覚え、詰問口調になってしまっている。

 ポムが黙ってトーマの肩に手を置きその場所を変わった。

 ポムは膝をつきミラーと視線を合わせると、落ち着いた口調で話しかけた。

「体調のほうは大丈夫かの?無理しない程度で話して欲しい。さて訊きたい事はたくさんあるが、まずは一つだけ。ミルトが最後にいた位置じゃ。今から皆で探しに行こうと思っておる」

 ミラーは胸に手を当てて心を落ち着かせるように何度も深呼吸をしてから話し始めた。

「……私も話したい事がたくさんあるのですが、質問のほうから答えます。ミルトのいた位置は、ここから微かに見えるあの崖のもう少し奥に行った所です。距離としては一千歩くらいはあるのではないかと」

 ミラーは一度言葉を切り思い詰めたような表情で話を続けた。

「魔呼奴を追跡していたミルトは、そこで火宿りの奥義の火矢鳥を使って魔呼奴を退治しました。ですがその技が予想以上の破壊力を生み出し、その場で大爆発を巻き起こしてしまいました。私はその膨大な熱量に気が付きミルトに警告を発したのですが……もう私にその後の記憶はありません。私はその爆発の余波で意識を完全に吹き飛ばされてしまったのですね。私が……もっと早くにその爆発に気が付いていれば……。私は、ミルトがあの凄まじい衝撃波を至近距離で受けたのかと思うと……もう、怖ろしくて……どうなったか考えるのも怖くて……」

 ミラーは顔を伏せて泣き始めた。

 周りで話を聞いていた狩人達が、ひそひそとあの爆発のそばにいたんじゃもしかしてもう駄目かもしれないと、悲観した様子で話しあっていた。

 レオニスも厳しい顔で宙を見据えている。少年達はそんな事はないと自分に言い聞かせるような顔で森の奥を見つめていた。

 ポムも眉を寄せて難しい顔をしていたが、心の中ではミルトは大丈夫なはずだと信じていた。 

 ポムは冷静にこう考察していた。

 確かにあの爆発は尋常ではなかった。だがミルトには封龍石で出来た剣を持たせている。あの剣ほど衝撃の波動に対して身を守る効力を持つ武具はあるまい。それにミルトほど精霊に愛されている者ならば、精霊の加護がきっとあるはずじゃ。だがしかし、先程のミラーと同様に森の中で気絶しているという可能性はある。とにかく一刻も早くその場に向かう事が肝要……。

 ポムが皆に声をかけようとした瞬間に、自分達の周囲が何かとても異質な空間に変質していくのに気が付いた。

 世界からこの場所だけが隔離されて孤立してしまったような異常な閉塞感、周囲の音が消えて何か息苦しい感じがする。

 鼓動が自然と早くなりポムでさえ気を抜くと身体が震えてくる。

 ポムはかなり大昔に自身が一度だけ遭遇したこのような状況を思い出した。

 これはあの時と同じ〈幻なる気配〉か……!

 幻獣が出現する際に起こると言われる不可思議な現象の一つじゃな。

 ……と言う事は幻獣がこの近くに現れるというのか?

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