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第六章 八話

 地脈測量隊の隊員達は夢中でポム達が持ってきた携帯食を貪り食べていた。話によるとほぼ二日ぶりのまともな食事らしい。

 隊員達は腹を満たす事が出来てやっと人心地つけたようだ。負傷している者が数名いたがミラーの治癒術でだいぶ回復する事が出来た。少年達も憔悴しきっていた隊員達を世話して回っていた。

 皆がひとしきり救援物資で身体と心を潤して一段落した後で、ミラーは父親のシトと抱き合いながらお互いの無事な再会を喜び合った。

 シトは腹を満たしポムをこの目で見て更に愛娘と会った事で悲観的な思考を捨て去り前向きに考えるようになっていた。

 シトはレオニスを交えてポムに今までの状況を詳しく説明し、その三者は今後の対応策を話し合い始めた。

 その頃ミルトは一人で結界の境界線に沿って周囲の様子を眺めながら歩いていた。ミルトは何匹かの獣の姿が見えた場所で足を止め、警戒するようなまなざしでその場を見つめている。

 ミラーがミルトに近寄ってきて話しかけた。今はもう頭に毛摸乃耳はつけていない。

「どうかしたの?ミルト」

「うん……初めはほとんど見かけなかった獣達がちらほら見え始めてきたからね。僕らを追って散らばっていたのがまたここに集まってきたのかなと思ってさ」

 ミラーはミルトの視線の先に目を向けた。確かにそこには何匹かの獣の姿が見える。

 ミラーは怯えたようにミルトの腕に手を触れた。ミルトはそれに気が付きそっとその手を握りしめて言った。

「大丈夫。守ってみせるよ。ミラーはもちろんだし、ここにいるみんなもね」

 ミルトは頼もしげに笑いかけミラーの笑顔を引き出す事に成功した。

 そのやり取りの最中にレオニスがやって来た。相変わらず気配が感じ取れない動きをしている。

「やるな、ミルトよ。その自信は俺としても心強いな」

「え?あ、レオニスさん!」ミルトは慌ててミラーの手を離した。ミラーは不満そうにミルトを見つめて、また改めて腕に手を伸ばした。

 それを見たレオニスは微笑みながら話し始めた。

「邪魔してすまない。実はな、ポムさん達との協議でもあまり有効な手が出なくてな。だがその時お前さんがたの力を聞いて一つ思いついたんだ。……まあ、何だ、ミルトやミラーちゃんのような子どもに頼りっきりになるのは俺達としても心苦しいんだがな。しかしこの状況下では他にとれる方法がないんだ。どうか力を貸して欲しい」レオニスは帽子を取って頭を下げていた。

 ミルトは慌てたように答えた。

「待ってよ、レオニスさん。僕に出来る事だったら何でもやるよ!」

「私も同じです」ミラーもミルトに寄り添って答えた。

 レオニスはほっとしたような、しかし少しすまなそうな表情で話し始めた。

「では作戦を説明しよう。まずこの獣に囲まれている状況を打破したいのだが、これを変えるにはとにかく群れの頭を倒さねばならない。そしてその頭と言うのはもちろん魔呼奴だ。奴は獣を遠くからいくらでも呼び寄せるから、奴を倒さない限り状況は変わりようもない。しかし奴は小さく素早くてそしてとても賢い。もし奴を見つけて攻撃を仕掛けても、すぐに護衛の中に逃げ込むのでなかなか奴に刃が届かないんだ」

 レオニスは一度言葉を切りミルトとミラーを交互に見つめて続けた。

「そこで君たちの出番だ。まずミラーちゃんは獣耳の魔封具で遠くの音や気配を探る事が出来る。そしてもう一つ別の魔封具の複合で更にその範囲と感度と精度を高める事が出来る。これを使って奴の居場所を突き止めてもらう。まあこの広い森の中を探すのは大変かと思うが、一応その取っ掛かりのようなものは考えてある。それは奴の体型や気配の特異さだ。それは奴の戦場には似つかわしくない身体の小ささと、ちょこちょこ飛び跳ねるような動き方、あれはこの殺伐とした戦場の雰囲気とはかなり異質なもので、ミラーちゃんの耳にもそれは何らかの違和感として聞こえるはずだ」

 ミラーはそれなら分かりそうだと頷いた。

 次にレオニスはミルトに目を向けた。

「そして奴を発見出来たらミルトの出番だ。奴に近づくのは俺達には容易ではない。奴に近づく前に手下達の中に逃げられて手が出せなくなってしまうからな。しかしミルトの滑走術ならその前に近づけるはずだ。あと奴は的が小さいせいでなかなか攻撃が当てづらいが、ミルトにはかするだげで致命傷を与えられる一撃必殺の火宿りの刃がある。……ミルトを獣の群れの中にただ一人で飛び込ますと言うのはかなり気が引けるが、ミラーちゃんが背に憑いている状態なら大丈夫じゃないかという希望的観測もあるんだよ。実はな」レオニスは申し訳なさそうに頭をかきながら言った。

 ミルトは胸を張って答える。

「うん大丈夫。やってみるよ。あのミラーが後ろにいてくれる状態なら怖いものなんてないからさ」

 レオニスはそんな二人を不思議なものを見るような目で見ていた。

「ふ、お前達のような子どもに頼りきって、しかも頼もしいと感じている俺はどうなんだろうな……」レオニスは自嘲しているような口調で独りごちた。

「レオニスさん?」ミルトは黙り込んだレオニスに訊ねた。レオニスは気を取り直して話を続けた。

「ああ、すまん。しかし〈龍精の創生〉か……。ミルトはえらいものを成し遂げたなあ。伝説級の技術……いやもう奇跡の部類か。確かにそれ位のものがないと今のこの状況の外界には出られないかもしれん。尋常ならざる力を持つ龍精を自らの活力源として使う事で、精霊術の連続的で永続的な使用を可能とさせ、しかもその力を得る為の精霊は体内に宿している故に時間的遅延も最小限に抑えられるとか……もうお前の力は常識では計り知れんな」

 ミルトはレオニスの感嘆するような言葉を聞いて嬉しく感じたが、逆に何か少し哀しくもあった。言葉の裏でもうお前は普通の人間ではなくなっていると言われているような気がしたからだ。

 レオニスはそんな沈みがちなミルトの心情を察してわざとおどけるようにして言った。

「まあそんなミルトだが、俺の大事な愛弟子な事に変わりはない。これからもびしびしと鍛えていくからそのつもりでいろよ。それにそういった強大な力にばかりに目が行くと大事な基礎がおろそかになりがちだ。お前もそうだがトーマやキルチェにも教える事は山程ある。今回の旅を見てお前達にはかなり素質がありそうだと分かったからな。街に戻ったら色々特別訓練をしてやるよ。ああ、あとその力の事だけどな。俺の部隊の連中には内緒にしてある。シトさんは別でもう知っているが、狩人の仲間達にはあのミルトの力は大賢樹であるポムさんの特殊な魔封具のおかげだと言ってあるんだ。そう、丁度向こうであいつらと一緒に話しているトーマの弓やキルチェの装備品みたいな物を付けているから使えていると言ってな」

 ミルトはレオニスの以前と何も変わらない親愛の情を感じて安心する事が出来た。

 レオニスは今度はミラーに気になっていた事を訊ねた。

「そう言えば、あのミラーちゃんの不思議な術だがな。あれってどうやっているんだ?二つの魔封具を同時に使っているとは聞いたがそんな事が可能なのか?まあ魔封具自体が滅多に見られるものじゃないんだがな」

 ミラーは少し困った様に眉を寄せて答えた。

「はい。どう説明すれば良いのか……。まず使っている道具はポムお爺様の魔封具の〈毛摸乃耳〉と〈交心翔晶〉です。それらを使用すると同時に私の精霊探査術を併用しているのです。どれも水の属性を持ち私との相性が良いので何とかなっています。それら三つをとても複雑な術式で繋ぎ合わせてあの術を作り上げているのです。もちろん私が作ったのではありません。ポムお爺様が私の意向を汲んで組み上げて下さいました。ですから詳しい事は私では説明出来ないのです」

「ふ~む。さすがはポムさんと言ったところだな。だがそれを使いこなすミラーちゃんが凄い事は変わらないけどな。でもまあよくあの状態が長時間持つな。魔封具の使用でも疲労は蓄積していくだろうし、それも二つ同時にだろ。さらには精霊術まで使っているのならなおさらだ」

「はい。そうですね。あの術の状態になって精神体を飛ばすと、音以外にも周囲の物質に存在する水の分布までが感知出来るになって、高精度な周囲の状況把握が出来る様になります。ですがその反面、その状態を維持する為の活力はとても大きく、普通ならすぐに術は破綻してしまいます。ですが私はミルトの背に取り憑く事で、その問題を解決出来るのです。ミルトの背に憑きミルトの持つ膨大な活力である龍精を分けてもらう事で、その状態の維持が可能になります」

 レオニスはその理論に驚いたように眉を寄せ首を捻った。

「うむむ……いやしかし、そう簡単に他人の力を借り受ける事など出来ないんじゃないか?」

 ミラーは少し照れたように言いよどみながら答えた。

「はい……普通は出来ません。ですが私とミルトに関して言うと、色々な諸事情もありまして簡単に出来てしまうのです」

「ほう。ん?と言う事はあの感知誘導の術はミルト限定って事だ」

「はい。それにミルトが龍精を作った状態でもないと不可能なのです」

 レオニスは色々納得したように頷いた。

「なるほどなあ。奇跡は起きるのを待つだけじゃ駄目なんだと痛感させられたよ。お前達は色々と奇跡なような事を自ら起こして何とかこの場にやって来てくれたんだよな。本当にありがとう。言葉にし尽くせないほど感謝している。この地に街を救う解決策があると聞かされても、本来は誰もこの地にやっては来られないはずなんだ。狂月期でラビリオン禍中の更には魔呼奴が潜む外界になんかにな。だがお前達は来てくれた。まだ状況は悪いままだが俺は光が見えた気がする。奇跡の体現者が今ここに二人も揃っているんだからな。まだまだお前達に頼ってしまうがよろしく頼む。何はともあれまずは魔呼奴討伐からだ」

 ミルトとミラーは力強く頷いた。レオニスは真剣な目つきで森の様子を見渡しながら言った。

「ちらほらと獣が戻って来ているのに気が付いたろう。魔呼奴はまだ姿を見せてないがたぶんもうこの近くにいると思う。まあ、ただの俺の勘なのだがな」

 ミラーはミルトの腕を名残惜しそうに離しながら言った。

「それでは私は術の準備をしてきます。ミルト……またね」ミラーはミルトの瞳をじっと見つめてから走り去った。

 ミラーはポムとシトが話し込んでいる陣の中央まで行き、先程の作戦を今から始める事を伝えた。

 そして自分の荷物の所まで行くと、毛摸乃耳を装着し胸元から大事にしまっていた交心翔晶を取り出した。そしてその場で横になり両手で握りしめていた交心翔晶に意識を向け意識集中状態に入った。

 そしてミルトのほうも慣れた動作で足を地に踏ん張り、手は円を描くように振り回して胸の奥深くに龍精を創り上げた。

 トーマとキルチェもミラーから作戦内容を聞き、ミルトとレオニスの元にやって来た。しかし狩人の面々も一緒に付いてきてしまっていた。

 それを見たレオニスは、あまりこの状態のミルトに仲間を近づけないほうが良いと判断して自ら仲間のほうに近寄っていき、仲間を連れだって一緒に逆方向に歩いて行った。

 レオニスが仲間の意識をそらすように話しかけているとミルトの背にミラーの幻影が取り憑くところが見えた。

 準備を終えた子ども達がレオニスほうを見てきた。

 レオニスは拳をぐっと握って突き出して言った。

「よし、始めてくれ。頼んだぞ!」

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