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第六章 七話

 囲いの中からトーマがまずミルトに駆け寄ってきて、助けに行けなくてすまねえと頭を下げ謝ってきた。そして次にキルチェがミラーに肩を貸しながらやって来てミルトにねぎらいの言葉をかけ、ミラーはかなり疲れていそうだったがミルトの姿をとても嬉しそうに眺めていた。最後にポムが奥から出てきてミルトと目が合うとポムはうむと感慨深そうな表情で頷いた。

 お互い話したい事は山程あったが、まだ敵陣の真っ只中であると思い至りすぐに次の行動に移ることにした。

 キルチェがまず口を開いた。

「さてどうしましょう?あの一時の絶望的な状況からは脱しましたが、いつまでもこの場に留まるとまた包囲される可能性があります」

 トーマが悔しそうな口調で答えた。

「でもまたあの数で囲まれたらどうしようもないからな。やっぱ近接戦闘が出来るのがミルトだけってのがきついぜ」

「うん。でも調査隊がいる場所までもう少しなのだけど……」ミラーが位置を思い出すようにして言った。

「だけどさ、囲まれないように先手を取られないようにってずっと慎重に動いてきたのに魔呼奴のあの術は酷いよ。形勢が一瞬でひっくり変えるんだもんな」ミルトはまるでお手上げだといった格好で言った。

 子ども達の間でしばらく話し合っていたが明確な結論は出ず次に皆でどうしようと言った目をポムに向けた。

 ポムは黙ってずっと考えを巡らしていたが、その複数の視線に気づいて口を開いた。

「ふむ。ミラーはもう少しだと思うのじゃな……。ではミラーよ、この森の終わり際の近辺に焦点を合わせてみて何か聞こえぬか?」

 ミラーは、はいと返事して毛摸乃耳に手を当て意識を集中し始めた。

 しばらくその姿勢でいたがあっと何かに気づいたように表情を変えた。

「聞こえました!こちらに向かって来る足音です。それも複数の」

「うえっ!それって新手って事か?」トーマが弓を握りしめてわめいた。

 ミルトも急いで戦闘準備を始めようとしたが、ミラーに目で制されて事の成り行きを待った。

「ふむ。やはり来てくれたようじゃな」ポムは予想通りと言った感じだ。

「はい。人の足音です。人数は四人……武具の音が大きくしますから完全武装の人達でしょう」

 キルチェがいち早く気が付いたように言った。

「そうか!レオニスさん達だ。僕らを迎えにきてくれたんだね」

「でもどうやってこの場所が?それに足止めされて動けなかったんじゃねえの?」トーマが素直に疑問を投げかけてきた。

「まずこの場所が分かった理由は、あのポム爺さんの森の頭上を突き抜けている土の杭のおかげですよ。こんなのが突然森の中から生えてきたら誰でも不思議に思いますし、こんな事が出来るのはポム爺さんぐらいだとすぐ察しがつくはずです。あと足止めの件ですが、あの魔呼奴がやったへんてこな招聘術があったじゃないですか。あれは仲間にした獣を転送させるような術だと思うのだけど、たぶんあれでレオニスさん達を取り囲んでいた獣達が、あらかたこちら側に移されたのではないかと思うのです。そして周囲の獣の数さえ減ればレオニスさんならいくらでも戦いようはあるだろうし、このような目立つ杭を立てたままいつまでも現れない事で、僕たちの窮状を察して救援にきてくれると。たぶんポム爺さんはそこまで読んでいたんじゃないかな」

 トーマは感心して声も出なかった。

 ポム達はレオニス達と合流するべく急いで準備して出発した。

 道がぐねぐねと湾曲している為に少し遠回りになるが、もうこの街道沿いに進む事にした。石畳の道は歩きやすいが見通しがあるので、獣に見つかりやすく獣との戦闘は避けられなかった。

 しかし索敵を駆使し出来るだけ囲まれないように立ち回って、何とかその襲撃をしのぐ事が出来ていた。

 しかし、もうすぐレオニスの隊と合流出来そうだという時にミラーが異変を察知して叫んだ。

「あっ!レオニスさん達のほうに獣の群れが向かっているわ。このままだと囲まれてしまいます!」

 ポムはこれはすぐに向こうを救援するべきと判断した。

「ミルトよ。お主はすぐに向こうに急行してくれ。あの者達の体調はもう万全ではないはずじゃ。トーマ、キルチェ、行軍速度をもう少し上げるぞ。ミラーは馬の背に乗り先程の術でミルトの手助けを頼む」

 子ども達は頷きすぐに行動を開始した。


 ミルトは龍精を錬成すると、まずは一人で街道を疾風のように駆け始めた。

 途中獣が待ち構えていたがそれはもう立ち止まらずに無視するか、すれ違いざまの火宿りの撫で切りで対処していった。

 ミルトは街道を凄い速度で走っていたが、未だにレオニス隊が見えてこないので少し不安になってきた。

 そこへ丁度良くミラーの幻影がふわりとミルトの背に舞い降りてきた。

 ミラーの幻影がミルトの耳元でささやく。

「ミルト。遅れてごめんなさい。レオニスさんの位置は四字の方向二百歩の森の中よ」

 ミルトは少し冷や汗をかいた。危ない、少し行き過ぎていたみたいだ。

 ミルトはミラーの的確な指示を受けて森の中を風のように駆け抜ける。

 何本もの木立の間をすり抜けていくと、目の前が開けてそこだけがちょっとした空き地になっていた。そこに何人かの武装した人影が見えてきた。

 一番手前にいたのは長剣を斜に構えたレオニスだ。しかし何か様子がおかしい。何もいない空間を警戒するように慎重に剣を構えている。

 ミルトは速度を落として近づき声をかけた。

「レオニスさん!」

 レオニスは驚いたように目を見開いてミルトを見た。

「ミルトか?お前をこんなところで見るとはな。まあ話は後だ。とりあえず不用意にこちらに近づくなよ。今ここには姿を隠せる魔獣がいる。〈虚世身の朧猿〉ってやつだ。やつは頭が良く他の獣とも連携をとるから少し厄介なんだ」

 ミルトは即座に立ち止まり、目を凝らしてレオニスの周囲を見た。しかしミルトの目には何もおかしな点は見えない。

 ミルトはミラーのほうに首を傾けて訊ねた。

「ミラー。どう分かる?姿が見えない魔獣だって」

 ミラーの毛摸乃耳がぴくぴく動いている。ミラーが答えた。

「うん、分かったわ。朧猿は痩猟犬の動きに合わせて細かく位置を変えてるみたい。今はレオニスさんの左側にいるわ。距離的にはあと五歩」

「不意を突かれたら一撃喰らっちゃう位置だね。よし、僕らでやつを倒そう!行くよミラー!」

「うん!」

 ミルトは前に出てレオニスに向かって叫んだ。

「レオニスさんっ!僕を信じて下さい!僕を零点固定、九字の方向五歩の位置に奴はいますっ!」

 レオニスはミルトの言葉を聞くとすぐにその場に目を向けて、注意深く剣を構えなおした。

 ミルトは自分には姿の見えない相手に真っ直ぐ向かって行った。朧猿の身体が空間の歪みのようにぼんやりと見えているミラーが指示を出す。

「ミルト。相手がこちらを向かい撃とうと構えました。さっき試した戦法で行きましょう。〈避け切り〉の技法ね。それじゃあ私の合図で二字の方向に跳んで九字の方向に剣を振るってね」

 ミルトは頷いて速度を増すと勢いよく突っ込んで行く。

 ミラーが叫んだ。「今よっ!」

 ミルトは急激に走る方向を変え斜めに跳んだ。すると真横に何かが通り過ぎるような音が聞こえ、それが獣の攻撃の気配なのだとはっきりと分かった。

 ミルトは即座に火宿りの剣を振るい姿の見えぬ相手に切りつけた。火宿りの刃は見事に朧猿の脇腹に当たり切り傷を与えていた。

 その傷から炎が吹き出すと朧猿は悲鳴をあげて姿を現し地面を転げ回った。しかし全身に火が回り出すとその場でもだえてやがて動かなくなった。

 朧猿を倒したミルトが警戒しながら周囲を見回していると、今度はレオニスが向こうで痩猟犬二匹を素早い動きで一息になぎ払って倒しているところが見えた。目を奪われるほどの見事な剣術だ。

 ミルトが加勢して一番厄介だった敵を相手した事で、レオニスが自由に動けて戦いにだいぶ余裕が生まれていた。

 そしてレオニスの仲間達も力を合わせて獣達を撃退していた。

 残っていた獣達も正気に戻ったように散り散りになって森の奥へと逃げ出していく。どうやら危機は去ったようだ。


 ミルトは戦闘態勢を解除して一息ついた。

 レオニスも剣を背中の鞘にしまいミルトのほうに歩み寄って来た。レオニスの瞳は驚いたように見開かれていたが顔は笑顔でとても嬉しげだ。

 レオニスが茶目っ気たっぷりにミルトを強く抱擁した。鎧が顔に押しつけられて痛かったがミルトは嬉しかった。レオニスがミルトを胸から離して弾むような声で話しかけた。

「いや、助かったよミルト。あの猿は倒すのにえらい手間取るからなあ。……でもすごいな。いつの間にあんな戦い方を憶えたんだ?男の子は三日会わないだけで見違える程たくましくなるってのは本当なんだな。まあそれよりもこんな危険な場所にお前が助けに来てくれるってのも想像出来なかったよ。それにミラーちゃんもな」

 レオニスはミルトの首元に見えるミラーの幻影にも楽しげに声をかけた。ミラーも笑顔で会釈を返した。

 レオニスはミルトを狩人仲間の元に連れて行き自分の愛弟子の一人のミルトだと紹介した。狩人達はあのミルトの力にとても興味を持っていたが、大賢樹ポムイット・ヴォルハリスの弟子でもあると聞くと皆すぐに納得したようだった。

 レオニス達はその場でポムのいる本隊の到着を待つ事になり、ミルトは一度その本隊の元に駆け戻っていった。

 しばらくしてポム達の本隊がその場に到着して合流すると、近況報告もほどほどにして急いで調査隊の本陣へと向かった。そこから二百歩ほど歩くと森は途切れて見晴らしの良い岩場地帯が広がっていた。そのぽっかりと開いた空間の中心にそびえる切り立つ岩山のふもとに半球状に淡く光る簡易隔護結界が見えた。

 ポム達は狩人達に先導されて無事にその結界内へと足を踏み入れる事が出来た。

 これでポム達による地脈測量隊救助作戦の第一段階は何とか無事に終了したのだった。

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