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第六章 四話

 朝日が昇りきる前にみんな起き出して出発の準備を整えた。

 特に何事もなく朝を迎える事が出来て皆きちんと鋭気を養う事が出来たようだ。特にミルトの顔色と機嫌が良いのは良く休めたからだろうか。

 まだ朝日で温まっていない日陰から吹いてくる冷たい風の中でポム達一行は隊列を組んだ。この時分から進めば今日の昼前には調査隊のいる場所近くまで辿り着けるはずだった。

 ポムは厳しい口調でみなに話しかけた。

「さあ、これより出発するがこの先では出没する獣の数や種類かなり変わってくるはずじゃ。魔獣も多く出てくると推測される。それはもうその地が魔呼奴の支配地域となっているからじゃ。普段は一緒に行動する事のない獣達が奴に操られ連携をとって行動してくる事もあるじゃろう。それは調査隊に随伴している練達の狩人達でも手こずるような獣の群れじゃ。よってこれからの道中は今までと異なり儂も戦闘に参加することにする。……と言ってもお主達の役割はいつもの通りであくまでも儂は補助的な役割で動く。そうじゃな、主戦力にはならずとも本隊の安全は任せてもらってもかまわんぞ。まあ本隊を危険に晒すような戦いをした時点で説教じゃがな」

 子ども達はこれからの戦いの覚悟を決め今まで以上に気を引き締めた。

 しかし皆の顔は真剣な表情をしているがそれほど鬼気迫るような切羽詰まった感じは受けない。こう言った命がかかるような戦いの前では身が縮こまってしまう程の重圧がのし掛かってしまうものだが、昨日までの確かな実戦経験とポムの初めからの戦闘の加入によりこれからは最初から後方を任せられるという安心感、言うならばポムに対する絶大な信頼感が子ども達の心を軽くしているのだった。

 ポム達一行はミラーの索敵で周囲を警戒しつつ慎重に進んでいった。

 岩肌が剥き出しなこの地はやはり生物が少なく、襲ってくる獣もいなかったのでほとんど戦いをせずにすんでいた。

 風雨で朽ちかけた石の街道沿いに緩やかな上り坂を進みやっと上り坂の終わりが近づく。

 次第にビス=マークスの砦がある岩山の麓が見えてきた。

 だがそれは何か違和感が感じられる風景だった。完全な切り立つような岩山なのに中腹から木々が生い茂り青々としているのだ。丘の向こうから流れてくる風も緑の香りを運んでくる。

 ミルトはこの丘の向こう側がどうなっているのか早く知りたくて駆け出そうとした。

 だが寸前にミラーがミルトを止めた。

 ミラーは目を閉じ毛摸乃耳に手を当ててじっと耳を澄ましている。

 そしてミラーの毛摸乃耳がぴくりと動き、何かの音を聞き取ったのだった。

「この先……この坂を登り切って下った先に……いるわ。獣の群れね。距離はまだかなり離れているけど、六百歩くらいかしら。数ははっきりとは掴めないけど多いわ。大小合わせて十匹はいそう。そんなに動いてはいないみたい。獣に対して言う事じゃないけど何か街道を見張っているような感じ。……ごめんなさい。これくらいしかわからないのだけど」

 ミラーは更に何かを読み取ろうと全神経を毛摸乃耳に集中している。


 キルチェはミラーにお礼を言い作戦を考え始めた。

 よし。そんな遠くにいる相手の存在を先に捕捉出来たのは大きい。しかもこちらの本隊はまだ全く気づかれてないというかなり有利な状況だ。相手のことが分からないから細かい作戦は立てられないけどそれはしょうがない。戦いの定石でいくならまずは偵察、もしくは奇襲。戦いを避けるなら迂回路の捜索だけど。でもここは視界が良さそうだから迂回すると時間の損失が多いかもしれない。……ここはやはりミルトの経験をもっと高める為にも戦ったほうが良いかもしれない。

 キルチェは素早く考えて皆に自分の考えを披露した。

「ここは獣の数は多いですが迂回せずに進むべきだと思います。それにさいわい本隊はまだ相手に見つかっていないという好条件があります。よってまずはミルト単独による偵察と奇襲を決行したいと思います」

 キルチェはポムのほうをちらりと窺ったが、ポムは特に意見はないと言った具合に頷き返してくれていた。

 自信を得たキルチェは改めて皆に指示を出した。

「ではミルト。今から君は基本、偵察を主体として単身で敵陣に乗り込んでもらうことになります。いつものトーマの援護がない代わりに守らなければならないものもないから比較的自由に動けると思う。でも良いですか?深追いはしない事、無理はしない事、あともし負傷したらすぐに戻る事、これだけは必ず守って下さい」

 ミルトは頷いて精神を集中させて戦闘状態を作り始めた。

「次にトーマ。君は基本的に待機で。あの大岩の陰で戦いの様子を見守っておいて下さい。ミルトに何かあった時か、ミルトが戻って来た時に追われていたら撃つ感じと思っておいて良いですよ」

 頷いたトーマは弓を構えて大岩のほうに走り出した。

 最後にキルチェはミラーとポムに向かって言った。

「僕たちはここで待ちます。ミラーは索敵の継続をお願いします。あと戦況次第ですが本隊をもう少し下げる事も考えています。一応候補としてはあそこの岩場の峡谷になっている所らへんです。あそこなら大軍に襲われても周囲を囲まれる心配がありませんから」

 ミラーとポムは了承のしるしに頷いた。

 ミラーは心配そうな瞳でミルトを見つめた。準備を整えたミルトはそんなミラーの視線に気が付いて大丈夫だよと言って励ますように笑いかけた。

 そしてミルトは行ってきますと手を振り、ミラーは胸の前で手を組み合わせて祈りの姿勢で見送ったのだった。


 キルチェの作戦開始の合図でミルトは丘の上へと勢いよく駆け出した。

 わざと街道を外れてかなり大回りして登ったが、すぐに丘の頂上へと辿り着いた。

 しかしミルトは獣を見つける前にそこから見える光景に目を奪われる事になった。

 ここから先はずっと緩い下り斜面になっているのだが、坂を下りるにしたがって緑がどんどん増えていっていた。そしてその緑はビス=マークスの砦がある岩山を中心にして円周上に増えて大森林を形成していたのだった。

 その地域の一点だけ青々とした木々が生い茂り、何か神秘的な雰囲気が感じられる様な光景だった。

 ミルトはしばらくその景色を眺めていたが、はっと我に返り改めて獣の群れの姿を探した。

 するとその森に入る手前の草原地帯に何やら複数の動くものを発見した。

 それは獣の群れで十数頭はいそうだった。大きい身体をした牙牛の姿がよく目立つがやはり他の野獣も混じっている。痩猟犬や猪突と言う猪の野獣、見えにくいが大蜥蜴の型の野獣もいる。

 ミルトはまずは全容を把握しようと立木と大岩に隠れながら慎重に進んでいたが、痩猟犬の一匹に見つかってしまった。

 その痩猟犬はミルトのいる方角に威嚇するように何度も吠え、駆け足で向かって来た。もう一匹痩猟犬がそれに遅れて付いてきて、二匹の痩猟犬がミルトの隠れる立木に接近してくる。

 だが群れ全体的にはまだこちらに動いていないようだった。

 ミルトは向かってくる瘦猟犬の一匹を出来るだけ引きつけてから木の陰から飛び出した。

 そして一息に近づいて剣を振るった。

 火宿りの刃はかろうじてよけようとした痩猟犬の背をかすめる。

 斬撃としてはまるで浅いが、そこから一気に炎が燃え広がり痩猟犬の一匹を火だるまにした。

 その痩猟犬は悲鳴を上げて、火を消そうとそこらを駆けずり地面を転がり回ったが、その火はまるで衰える事なく獣の身体を蝕んでいった。

 ミルトは斬撃が成功したと分かった瞬間に飛び退のいて、もう一匹の死角となるほうへ駆けて距離をとった。

 そしてもう一匹に気づかれない内に改めて火宿りの刃に炎を宿らせた。 

 残った痩猟犬は火だるまになって絶命した仲間を見て怖じ気づいたのか後ずさりをして逃げ出した。

 ミルトは背を向けた痩猟犬に一気に駆け寄って刃を背に突き立て、今度は身体の内部から焼き払い一瞬で絶命させた。

 ミルトはまず二匹を確実に片付ける事が出来て一息つけた。

 そして心を落ち着けて獣の群れの方向を見ると、今度は群れ全体がこちらの方角に向かって来ていると分かった。

 先頭を駆ける獣は、あの群れの中で一番体格が立派な牙牛であった。

 その牙牛は脚力を活かしての猛突進をしていて仲間の獣達との距離をだいぶ引き離し始めていた。

 ミルトは改めて火宿りの準備をしてからその状況を見て少し考えると、群れとは逆のほうに走り出した。

 そしてミルトはわざと走る速度を少し抑えておいて、先頭の牙牛に追いつかれそうな感じを醸し出す作戦をとった。

 先頭にいた牙牛は更に興奮した様子で駆け始める。そして獣達の走る速度の個体差により次第に一匹づつの間隔が広がり始めた。

 ミルトは各個撃破が出来そうなほどそれぞれの獣の距離が開いてきたのを確認すると、くるりと向き直り迎え撃った。

 立ち止まったミルトに目標を定めた牙牛がよだれを撒き散らして突進してくる。

 ミルトは陽動を交えた動作でその突進を紙一重でかわし、そしてすれ違いざまに火宿りの刃を牙牛の尾の部分にかろうじて触れさせた。

 その瞬間、火宿りの炎は牙牛の尾に燃え移り、そして瞬く間に燃え広がり始めた。

 牙牛は反転して戻って来たが、その頃にはもう牙牛の全身に炎が回っていた。

 全身が火に包まれた牙牛は生きたまま焼かれる恐怖で半狂乱となり、ミルトに最後の突進をかわされると、今度は目に入った仲間のほうに向かって突っ込んでいった。

 怖ろしい唸り声をあげて突進する炎の牙牛は仲間を数頭吹き飛ばして、更には逃げ回る獣達を追いかけていたがやがて力尽き地面に倒れ込んだ。

 ミルトはその隙に身を隠して遠くから成り行きを見守っていた。

 四頭の獣が巨大な牙牛の突進に巻き込まれて倒れただけで、まだ大半が生き残っていたのだが、その場に残った獣はもうほんの数頭しかいなかった。

 他は統制がなくなったかのようにばらばらの方向に逃げ出していたのだ。

 どうやら魔呼奴の支配が一部解かれたようだ。あの大きな牙牛が統率者の一頭だったらしい。

 ミルトは先程と同じ戦法で残りの野獣達を倒していった。

 全体的に時間はかかったがミルトの完勝と言っても良いだろう。

 ミルトが周囲の安全を確認して仲間達のいるところに帰ろうとすると、すでに皆が丘の上に姿を表してミルトを待っていた。

 ミルトは仲間達と合流してみんなからねぎらいの言葉をもらい、トーマとキルチェから戦いの感想を聞かれ、ポムから褒め言葉と今回の戦闘の考察を授かった。そして安堵した表情のミラーから喉の渇きを潤す水筒と汗を拭く柔らかい布を手渡され、それと一緒に無事に帰ってきてくれてありがとうと言う暖かい言葉を受け取った。


 ポム達一行はミルトの体力の回復のために少し木陰で休み、隊列と装備を整えてから出発した。

 そしてポム達はゆっくり街道に沿って歩を進めて森の入り口にたどり着くと、いったんそこで立ち止まった。

 この平石で敷かれた街道はそのまま深い森の中へと続いている。

 この森の入り口からして大きく立派な木々が所狭しと生い茂り下生えの草木も多い。

 緑がかなり濃くて、その為にとても視界が悪い森であった

 これほどの森なら獣の数も多いに違いないと容易に推測出来た。

 子ども達はこの景色を見て躊躇せずにはいられなかった。

 しかし自分達の目的地は目の前にそびえるあの岩山なので、どこから向かおうとしてもこの目の前の大森林を横切らなければならない。

 それならば先程のような待ち伏せもあるかもしれないが、このままこの道なりに進んだほうが行軍速度も早いのは明らかだった。

 ゆえに街道沿いに行くのが最善だと言う考えが隊の総意となった。

 ポム達一行はミラーの毛摸乃耳での索敵を頼りにして、慎重にこの暗い森の小道を進んで行ったのであった。

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