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第六章 三話

 その日の夕方近くになりミルト達は岩石地帯へと足を踏み入れた。この地点はビス=マークスの砦がある岩山まであと半日といったところだろうか。

 この辺りになると木はもうまばらにしか立っておらず、下生えの草が殺風景な景色に微かな色彩を添えているだけだった。そしてこの岩石地帯には、所々見上げる程の巨石がそびえ立ち、それらは長い年月をかけて風雨によって侵食されたような奇妙な形の物が多かった。

 そしてこの一帯は地形的に、地面が目の前に見える目的地の大きな岩山に向かってずっと緩やかな上り坂になっているので、見渡す限り灰色と茶色混じった殺風景な景色になって見えた。

 ミルト達はこの岩場の多い地域に入ってからは比較的楽に歩を進める事が出来ていた。

 それは、やはり植物が少ないと虫や動物の数も少なくなり、そうなるとそれらを餌となる動植物も減るので、相対的にここいらには人を襲うような大型の動物もあまりやって来なくなるからだった。

 次第に日が傾き始め、巨石の影が大きく地面を覆い、辺り一帯を薄暗くし始めた。夕風も強く吹き始め、乾いた地面から砂埃を巻き上げ、その岩肌を吹き抜ける風が奇妙な音を奏でている。 

 ポムは子ども達の疲労具合を考慮して、今日は早めに夜を迎える準備をする事にした。

 ポム達一行は進行速度を落として周囲の地形を探りながら進んでいった。そして街道から少し外れた岩山の下部に比較的広くて深めな空洞を見つけ出すと、今夜はもうそこで夜を明かす事にした。

 今夜はここで野営をすると聞かされた子ども達は、各々が仕事を見つけて夜に備える事にしていた。

 トーマは荷駄から荷物を下ろして、その馬達を餌になる植物が生えている所まで連れて行き、飼い葉と水を与えたり蹄鉄の具合を確かめたりと馬の面倒を見ていた。

 キルチェは今夜寝る為の寝床を作り始めた。地面の石を几帳面にどけて綺麗に凹凸をなくすと、寝心地が良いように三つの大人用の寝袋を床に敷いた。明らかに数が足りてないのだが、これは五人全員分の寝袋はかさばり過ぎるので、持ってこれなかった為だ。ちなみに、この三つの寝袋に大人一人と子ども四人がどう割り振られるのかは、暗黙の了解でもうすでに決まっていた。

 ミラーは荷物の中から、この日の夕食として用意してきた分の食べ物と飲み物を取りだして、人数分に分け始めた。食べ物は紙で包まれた麺麭と果物が一つずつで、飲み物のほうは器の節約のため、水筒に入った果汁飲料の回し飲みになっていた。

 ミルトはところどころにある立ち木を疾走術で巡って、乾いた枯れ木を短時間でたくさん集めてきた。そしてミルトは洞窟内の真ん中で、その枯れ木を組んで精霊術で火をつけて、立派な焚き火をこしらえていた。

 ポムは万全を期して洞窟の出入り口に目眩ましの術をかけ、あとはその洞窟の内部に簡易な隔護結界を張り巡らせていた。

 しばらくして各々が自分の仕事を終えて焚き火の前に集まってきた。

 普段ならそこで談笑が始まるところだが、今日のところは昼間に経験した戦いの考察が話の主な内容になっていた。

 ポムはキルチェと熱く戦術論議を交わしていて、ミルトはトーマ相手に剣での斬り方の練習をしていた。

 ミラーが焚き火にくべて温め終わった食事を各々に配り始めた。

 少し早いが夕食の時間となった。

 今夜の献立は香辛料の効いた薄切り肉の麺麭の包み揚げと真っ赤に熟れた林檎の実だ。

 この麺麭料理は携帯食としてミラーが苦心して作ってきたのだが、とても美味しく皆ぺろりと平らげていて、お代わりがないのをとても残念がっていた。

 そして少年達は、更にはポムでさえも、街に戻ったらまた同じ物を作って欲しいと言ってミラーを大いに喜ばせたのだった。


 食事が終わりお腹がふくれるとやはり疲れているのだろう、みな眠気を催してきて早々に寝床に入る事になった。

 ポムが始めに右端の寝袋に潜り込み、次にトーマとキルチェが仲良く真ん中の寝袋に収まっていった。残るは左端の寝袋一つだけだ。

 一つの寝袋を眺めて気恥ずかしい沈黙がミルトとミラーの間に訪れた。

 焚き火がぱちりと小さく音を立てた。その焚き火に照らされる二人の顔が赤く見えるのは光の加減だけではないだろう。 

 ミルトが咳払いをしてから言い出した。

「んんっ、ミラー疲れているでしょ?もう寝たほうがいいんじゃないかな。明日もまた大変だと思うからさ」

 ミラーは大きな瞳でじっとミルトの真意を推し量るようにして見つめてから口を開いた。

「うん……。でも疲れているのはミルトも一緒よ。ううん、貴方は私よりもっと疲れているはず。ねえ、もしかしたらと思ったんだけど、少し訊いても良いかしら?」

「えっ、うん。いいよ、何?」ミルトは何かおどおどしている。

「ミルト。貴方まさか、私と一緒の寝袋で寝るのを恥ずかしがって、寝るのを遅らそうとしてはいないわよね?」何だかミラーの声が怖い。

 ミルトはたじろぎながら答えた。「……い、いやいや、そんな事全く考えてないよっ!ほ、ほら僕は火の番があるからさ。はは……」

「なら良いけど。もし貴方がそんな事を考えていて、私に気を使っているのだとしたら、私は意地をはってもう今夜は絶対に寝袋に入るのをやめていたわ」

「ま、まさかぁ!こんな状況で、そんな事しないよ!第一……」 

 ミルトは捲し立てるように弁解を始めた。

 ミラーはそれらしい理由をつけながら笑ってごまかしているミルトからやっと目をそらした。そして呆れたように小さく溜め息をつく。

 ミルトはというと、まさしくそんな事を考えて言ったものだから、ずっと内心冷や汗をかいていた。

 ミラーは立ち上がると焚き火を回り込み、無言でミルトの横に腰掛けた。それはもう肩が触れ合う程の距離だ。

 ミルトは胸の高まりを隠して、ミラーのほうを横目でちらちら盗み見をしながら焚き火の具合をいじっている。焚き火の炎が大きく揺らいで明るく輝き始めた。まるで炎が踊っているようにも見える。

 ミラーはその炎の揺らぎを見つめながらミルトに話しかけた。

「ねえ、ミルト。貴方にどうしても伝えておきたい事があったの。それは私からの感謝の気持ちと謝罪の言葉……。ありがとう。私の父を救って欲しいという言葉だけであんなにも努力してくれて。それに外界では私達を守る為に一人縦横無尽に駆け回ってくれて。そして、ごめんなさい。ほとんど全てを貴方に頼ってしまっていて。街の中でもそうだし外界では特にそう。そして明日になればもっと貴方に頼ってしまうでしょう。明日は調査隊のそばまで行く事になるはず。そこには熟練の狩人達でも手こずった獣の群れが待っている。貴方は一人でその中に飛び込んで行かなければならない。私は遠くで守られていて、私に出来る事は貴方が無事に帰ってくる事を遠くで祈ることだけ……。私にももっと力があれば……!」

 ミラーの肩が小刻みに震えているのがミルトにも伝わってきた。ミルトは自分を思ってこんなに思い詰めているミラーがいとおしくなり、肩に手を回して引き寄せ抱き締めた。

 ミラーは一瞬驚いたようだったが、されるがままにミルトに身を委ねていた。

 ミルトは胸に抱いたミラーにささやくように話しかけた。

「ありがとう。ミラー。その気持ちはとても嬉しい。でもミラー、君は僕に対してそんな事を思う必要がない程頑張っているんだよ。友達のお父さんを助けたいと思うのは当然の事だと思うし、それに街の中での事はミラーの力の助けがなければ、僕だけじゃ何も出来なかったよ。あとは、今までの外界での旅だってそうさ。これまで僕らが無事だったのは、ミラーのおかげでもあるんだよ。今までの戦闘でこちらが奇襲を受けて後手に回った事なんて一度もない。戦いにおいてこちらが先行して行動をとって、それが有利になる事の重要さは今更言うまでもないでしょ。それは全てミラーが索敵をして、事前に相手の位置や数を教えてくれるからなんだ。そしてそのおかげで僕らは時間的余裕が出来てキルチェは前もって戦術を組めるし、僕とトーマはあらかじめ戦いの心構えが出来るんだよ。そして僕にとって大事な事がもう一つある。それは僕がいくら怪我をしても、何とかミラーの所まで辿り着けば治してもらえるという絶対的な安心感があることだ。それのおかげで僕は恐怖に打ち勝って、相手に向かっていつでも飛び出す事が出来るんだよ」

 ミラーは潤んだ瞳でミルトを見上げた。

 ミルトは太陽のような輝く笑顔でミラーを見つめ返した。

 二人は見つめ合うと顔と顔が自然と近づいていき、どちらともなく口づけを交わした。

 顔を離してからもしばらく二人は身を寄せ合って、闇に輝く焚き火を眺めていた。

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