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第六章 二話

 先程の戦闘の余韻が消え去る前に、ミラーの毛摸乃耳がこちらに向かってくる新たな足音を感知した。

 ミラーはその音が聞こえた方向に素早く視線を移し、その物の存在を目で確認して叫ぶ。

「キルチェ!新たな獣を補足!零点そのまま、九の方向、四百歩の位置、数三つ、速度早いです!」

 キルチェも即座にその方向を確認して、すぐさま前方の二人に指を差して、頭につけている風響司令で話しかけた。

「ミルト!トーマ!新たな敵だ!零点修正、零点僕!二の方向、距離四百、数三、速度有り!」

 ミルトとトーマが慌てたようにその方角を確認する。

 そこには中型の犬のような体型で痩せ細って見える獣がこちらに向かって走って来ているのが見えた。見た限りは動きも普通で、体格もあばら骨が浮き出たような感じで先程の牙牛と比べると迫力は全くなかった。

 ミルト達の少年組は弱そうな獣で内心ほっと胸を撫で下ろしていた。


 キルチェは先程の牙牛を瞬殺した戦闘を思い返して、こんな奴らなんてすぐに殲滅してやると意気込みながら指示を出した。

「よし。定石通り各個撃破でいきましょう。トーマは右端の奴から順に奴らの群れを分断していって下さい。ミルトはそこで孤立した奴から順に倒していきましょう」

「了解っ!」

  トーマとミルトも余裕たっぷりな声色で答えた。やはり彼らも未だにさっきの牙牛討伐の鮮やかすぎた感覚が抜けきっていないようだった。

 まず始めにトーマが獣の群れに矢を射かけた。

 その矢は予定通りに三匹の内から一匹を引き離す事が出来た。

 そしてミルトが満を持したように、そのはぐれた一匹に風の如く一気に近づいていく。

 今回の戦闘も順調に進み、またもや簡単に上手くいくように思えた。

 しかし犬の野獣が仲間に一声短く吠えると、ミルトの狙っていたその一匹は踵を返して元来た方向に駆け戻り始めた。

 ミルトは慌てて追いかけながらも斬撃を放っていく。

 しかしこれも上手い事躱されてなかなか捉えられない。

 ミルトはそれを追いかけるはめになり、その内に本隊からだんだん遠ざかっていってしまっていた。

 残った二匹の犬の野獣はキルチェ達を値踏みするかのように遠巻きでじっと見つめていたが、やがて歩調を合わせてキルチェ達のほうへと近づいてきた。

 キルチェはこの二匹の獣の息の合った動きを見て何か背筋にぞくりと嫌なものを感じ、トーマに向かって叫んだ。 

「トーマっ!奴らをこちらに近づけないで下さいっ!」

 トーマはおうっと自信満々に答えて石の矢を打ち始める。

 しかしいくら撃っても器用によけられてしまい全くもって当たらない。しかもあまり足止めの役にも立ってなさそうだった。

 トーマは歯ぎしりをして悪態をつきながら懸命に射続けている。

 キルチェは次第に近づいて来る野獣に少しづつ恐怖を覚え始めていた。キルチェは慌てて頼みの綱であるミルトがいまどこにいるのかと必死な形相で探すと、かなりの遠くまで獣を追いかけているのが見えた。

 キルチェはどっと顔から血の気が引いてきたのが分かった。

 まずい……まずいまずいまずい、これはまずい!

 キルチェは自分の愚かさを痛感していた。素早い敵に遠距離攻撃ばかりでは有効打がなかなか取れない事は戦術上考えたらすぐに分かる事だし、ミルト頼りであるこの隊で本隊を無防備に晒したままでミルトを長い間遠くへやってしまう事など決してやってはいけない事なのだ。

 それを悟ったキルチェは、すぐに風響司令を使って涙まじりの声でミルトに呼び掛けた。

「ミルト~!すぐにこっちに戻って来て~!かなりまずい事になってきちゃった……早く僕らの元に戻って来て~!」

 ミルトはキルチェのその声を耳にすると、すぐに獣の追跡をやめてキルチェ達のいる本隊に駆け戻った。だがだいぶ距離が離れてしまっている。

 その頃残った二匹の獣達は、緩急をつけた変幻自在の動きでトーマを翻弄してキルチェ達の元に急接近してきた。

 トーマがついにやけになったように十本の矢を一気に出現させて、それら全てを撃ち出した。しかしそれも獣達にことごとく躱され、ついにキルチェ達本体からの攻撃の空白期間が出来てしまった。

 獣達はその機会を逃さずに一直線に距離を詰めてきた。

 キルチェは震える手で腰の短剣を抜き放って獣達に立ち向かった。しかし短剣を構えてはみたもののまるで勝てる気がしない。多少は時間稼ぎになるかもしれないと思ってとった行動だったが、犬の獣達は構わずキルチェ達のもとへと突っ込んで来た。

 キルチェの眼前に獣の牙がせまる。キルチェは獣の白い牙と流れるよだれがはっきりと間近に見えて、その獣の吐く匂う口臭すら感じられる。

 キルチェはその瞬間もう自分はこれで死ぬのかもと感じていた。

 隣のトーマは矢のない弓を振り回して威嚇をしているが、あまり意味がなさそうに見える。ミルトはもうとても間に合いそうもない。

 後ろに控えて終始無言だったポムが一人ぼそりと呟いたのが聞こえた。

「これまでかの……」

 そしてキルチェの顔に真っ赤な鮮血が飛び散ったのだった。

 その真っ赤な液体がキルチェの眼鏡を覆いその視界を奪う。

 気味の悪い断末魔の叫びがキルチェの間近で聞こえて、そして消えていった。

 何がどうなったのか分からないキルチェはしばらくその場で放心したように突っ立っていた。

 その内にミルトの声が聞こえてきた。やっとこっちに戻って来れて皆に大丈夫かと訊いて回っているようだ。

 そしてミルトがキルチェのそばにやって来て怪訝な顔で訊ねた。

「お、おい!キルチェ。無事か……?」

 ミルトはキルチェが獣のすぐ目の前で顔を付き合わせるようにしてずっとつっ立っているのが心配で声をかけたのだった。

 キルチェはその言葉でやっと動きだし眼鏡を服でぬぐってまたかけ直した。そしてすぐ目に入ったのがミルトではなく獣の顔だったので今度は腰を抜かして座り込んでしまった。

 すぐ目の前に大口を開けて牙を剥いた獣がそのままの状態で宙に浮いていたのだった。

 キルチェはその場に座り込んだので、何故宙に浮いているかを理解した。犬の獣の胴体が地面から生えている太い杭で完全に貫かれていたからだった。

 それを見てキルチェは、もう完全にこの戦闘が終わったのだと理解した。

 そして自分達はポムの介入により助けられたのだと悟った。

 心底安心したのと同時に残念な気持ちがわき上がり、キルチェは安堵と無念の混ざった大きな溜め息をついたのだった。


 ポムは周りを見渡して皆の気持ちが落ち着くのを待ってから口を開いた。

「さて、お前達の隊はここで壊滅じゃな。まず初めに司令塔が一番に食い殺されて、次は索敵役が襲われ、そして連携のとれた獣との二対一の状況では為す術もない弓使いが最後には殺されるじゃろう。やっと遊撃剣士が戻ってくる頃にはこの場は血の海じゃろうて。そしてその剣士も三体の獣に囲まれては手も足も出せず仲間を置き去りにして逃げるしかなかろうな。もしくは死を覚悟して闘いを挑むかじゃが……まあその時にはもうどうしようもないじゃろう」

 子ども達はかなり消沈した様子で耳を傾けている。ポムがやれやれと言った様子で話を続けた。

「ふむ。ではお前達、各自の反省点は分かっておるかの?儂が手を出さずにお主らだけでどこまでやれるかどうかの試みだったが、このような有様じゃ。結果がどうなったかと言うと最悪の結末である隊の全滅じゃからのう。お主らがこの経験を次に生かせないようであればこの旅自体もう無理じゃろうな。この様な意識では向こうで待ち受ける獣の群れに突っ込む事など自殺行為も良いところじゃ。……どうする?怖じ気づいたか?このまま街に引き返すと決めても誰も非難はせんであろうよ」

 少年達は揃って顔を上げてぶんぶんと勢いよく否定の仕草を見せる。

 ミラーも泣き出しそうな厳しい表情でポムのほうをじっと見つめていた。

 ポムは授業を始めるような教師のような口調で静かに皆に話しかけた。

「よろしい。まずはこの襲ってきた犬のような野獣、こやつの名前や性質を知ってる者はおるかの?」ポムは串刺しになって死んでいる獣を指差した。

 子ども達は顔を見合わせ知らないと答えた。

「ふむ、その時点でもうすでに危ういな。事前の知識や情報のあるなしで戦法、戦術は大幅に変わる。そしてそれは生死を分けると言っても過言ではない。まずあの野獣の名は〈群弄の痩猟犬〉と言う。この大陸全土に棲息している野獣で外界を旅すれば何度か出会うことになる野獣の一種じゃ。こやつらは一匹ではそんなに怖ろしくはないが徒党を組むと不思議とかなりの統率をとれた動きをしてくる性質があるのでそこが厄介なのじゃ。奴らはどこが相手の急所なのかを的確に見極めて襲ってくるのじゃよ。では、皆に問おう。お主らの今の戦闘で急所になったのはどこじゃ?それは何故そうなったかも付け加えてな」

 キルチェがすぐに手を挙げて答えた。

「はい。今回の敗戦の全ての責任は僕にあります。そしてこの隊の急所ですが……それはミルトが離れた後の本隊自身です。今回の旅での戦闘基本方針はトーマが遠距離から相手を牽制してミルトが隊の周りを付かず離れずしてトーマの矢に動揺した相手を順次倒していくのがこの隊の基本だと言うのに、僕は謝った戦略を立ててしまいました。まず第一にあの時は敵をただの痩せ犬だと見た目で判断して甘く見てしまったのが敗因の一つです。自分にとって未知の敵なら慎重に慎重を重ねる位にしてもよいくらいなのにです。ですがそれは、最初の牙牛との戦闘が鮮やかにいきすぎてその余韻にひたっていたと言うのがあります」キルチェは悔しそうに握りこぶしを固めながら話していた。

「そうなのです。あの牙牛の時と同様の戦法がそのまま通用すると思ってしまっていたのです。今考えると牙牛と痩猟犬は言うなれば性質は(力)と(速)で、その性質がまるで違っているのに、その時はそれを楽観視してしまいました。もしミルトが倒すのに手こずってもトーマの威嚇射撃でミルトの戻る時間くらいは稼げるだろうと考えていたのです。ですがその目論見もまったく見当違いでした。速度型の相手に遠距離系の攻撃は効きづらいと言うのは闘いの定石の初歩なはずです。案の定、相手に簡単に接近を許してしまい……それに近接時に僕の戦闘力が全くないって言うのもそれもまた問題で……。僕はもう自分が情けないったらありません……」キルチェは大粒の涙をこぼしている。

 ポムは黙って聞きそして大きく頷いてから話し始めた。

「うむ。司令役が全ての責を感じるのは正しい。しかし勿論トーマやミルトにも問題はある。ではトーマよ。お主の反省点はどうじゃ?」

 トーマはばつの悪そうな顔で話し始めた。

「いや~、だってよ、あいつらすごい素早くてさ、こっちの攻撃が全然当たらないんだぜ。終いにゃ俺の全力全開の十矢全部を撃っても当たらないんだから、もうこれはお手上げだぜ」

 ポムはトーマの話の続きを待ったが、もうこれでお終いのようなので呆れたように言い出した。

「……トーマよ。お主は全く反省しとらんではないか。良いか?いくら相性の悪い相手とは言え戦術という物があろう。工夫をせんかい工夫を。しかも全弾打ち尽くすとかそんな馬鹿な事をするでない。そんな事をすればこちらが隙だらけになり相手のやりたいようにやられてしまうのが分からんのか。あの場合では、奴らを直接狙うのは控え目にして進行方向の地面を射って炸裂させる事で目眩ましと出来るだけの足止めをして、たくさんの時間を稼ぐと言うのが正解じゃ。そうしたらミルトが戻って来られてキルチェも戦略の立て直しが出来たはずじゃ。良いかトーマよ、お主はもっと全体の流れを考えて行動するように心がけよ」

 トーマは久し振りにポムに本気で怒られて気をつけの姿勢になっていた。

「それでミルトの思うところはどうじゃ?」

 ミルトはごくんと唾を飲み込んでから口を開いた。

「うん……。色々反省点はあるけど、僕はやっぱり自分自身の自覚が足りなかったのだと思う。僕はこの隊の剣であると同時に盾でもあるのを痛感した。僕の行動次第ですぐに皆に危険が及ぶのも分かった。キルチェは全責任が自分にあると言ってたけどそうじゃない。僕にこそあるはずなんだ。僕が素早く敵を倒して戻ってこられれば何の問題もなかったはずなんだ。僕の剣の腕が未熟なせいで……」ミルトも泣き出しそうな声だ。

 ポムはよしよしとうなだれているミルトの頭に手を乗せて軽く叩いた。

「まあ、この辺にしておくかのう。これで各自がさっきの戦闘でまずかった点がわかったじゃろう。これらの失敗を踏まえて苦い経験としてこれからの旅に活かせば良い。分かったの」

 するとずっと黙っていたミラーが一歩前に出て言い出した。

「あのっ、私も、あの時ほんと何も出来なくてっ、私は、せっかく精霊術が使えると言うのに……あの時は何の役にも立てなくて……ごめんなさい」

 ミルトが無理に明るい声で弁護する。

「いや、ミラーは悪くないよ。なあみんな」

「はい。索敵は完璧でした」とキルチェ。

「うん。ミラーの役割は索敵と回復だからな。あの場合はもうしょうがないって」トーマでさえもミラーをいたわるような口調だった。

「でも……」ミラーの気はおさまらないようだった。自分だけ非がないような扱いなのが何か嫌なのだろう。

 ミラーのそんな複雑な気持ちを察したポムが間に入って結論づけた。

「うむ。ミラーの考えは分かった。確かにあの戦いでミラーにもいけない所があるにはあった。ミラーは本隊の中心で落ち着いて全体を見られる立ち位置にいたのに、戦況判断をキルチェに任せっきりで助言を全くしていなかったからの。お主はキルチェの補佐役としてもっと戦況を把握し助言するべきなのじゃよ。それに贅沢を言えば、お主の精霊術による援護が欲しかったのは確かじゃ。例えば体内の水を活性化して一時的に生体反応速度を上昇させる術や、接近した敵に対しての水の幻惑術などがあれば今回結果はまた大幅に変わってきただろうて。……まあじゃがそれは高望みが過ぎるな。そう言った高度な術は習得するまでにかなりの時間を要するからの。とにかくミラー、お主は戦闘前の索敵と戦闘後の治癒だけではなく、戦闘中の状況の精査と言う役割もある事をよくよく心得ておくのじゃよ」

 ミラーは少年達と同じ様な真剣な表情ではいっと元気良く返事を返していた。


 そしてそれからの道中、ミルト達はあの快勝の初戦と惨敗の次戦の経験を糧として、何度も色々な獣との戦闘をこなしていった。

 何度も危うい場面はあったが、そこはポムの救援で乗り越える事が出来ていた。

 そして実戦に勝る訓練はないと言う言葉の通りに、子ども達はみな自信を持ったり反省をしたりと様々な経験を得ながら、着実な成長をみせていくのであった。

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