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第五章 十一話

 次の日の昼近くに、ミラーがポムの家に昼食を携えてやって来た。

 ミラーは家の中に声をかけて誰もいないのが分かると、そのまま家の裏側へと回った。

 しばらくなだらかな山道を登って行くと、裏山の奥から少年達の元気な声が響いて聞こえてくる。

 裏山の頂上付近に広い空き地があるので、少年達はそこで特訓をしているのだ。

 ミラーが空き地の入り口付近にまで来ると、そこにキルチェが立っていた。彼は狩人の装備のような服と外套を身につけて、頭に昨日手渡された魔封具を装着していてなかなか様になっている。

 キルチェはミルトとトーマに指示出しの練習の最中であるようだった。

 ミラーはキルチェに挨拶をした。

「こんにちは、キルチェ。だいぶ慣れてきたみたいね」

「やあ!ミラー来ましたね。そうそう、ミラーとも戦術の打ち合わせを、しておきたかったんですよ……」キルチェは振り返りながら返事をしたが、ミラーの着ている服を見て声が尻つぼみになっていた。

 ミラーはそんなキルチェを不思議そうな顔で見返してた。

 キルチェはやけに真面目な口調でミラーに話しかけた。

「あー、こほん。えー、ミラーのほうは道具には慣れましたか?そう言えばミラーの道具と僕の道具とは何か共通点がありそうな気がしていたのですよ。今試しにそれを少しだけ付けてみて貰えますか。あー、あとですね、ミルトとトーマもここに呼びますね」キルチェは風響司令で何かを早口で呟いている。

 ミラーは魔封具の毛摸乃耳を頭に付けてキルチェを見た。

 だがキルチェは付けて欲しいと頼んだくせに、ミラーのほうをちらちら眺めるだけで特に何かをしようともしない。

 ミラーはキルチェのその挙動不審さが少し気にはなったが、取りあえず魔封具で周囲の状況を探ってみる事にした。

 遠くから何かが二つこちらに向かって来ているのが分かる。

 一つは普通に駆け足をしている少年だと分かった。

 だがもう一つは何だろう。

 それは不思議な音を立てかなりの速さで向かってくる。そうまるで宙を飛んでいるみたいとミラーは思った。

 その音が次第に近づいて来て、木々の隙間からその物の正体が見えてくる。

 ミラーはやっとそれが何なのかが分かった。

 その音の正体はミルトなのだった。

 ミルトは地面を滑るようにして交互に足を蹴り出している。その仕草で本当にミルトの足が地面から浮いているのだと分かり、ミラーは感嘆するような瞳でそれを見ていた。

 ミルトもミラー達を認めて近づいて来たが、何故か惚けたような顔でミラーを見つめて、そのままの勢いでミラーの目の前を通り過ぎて行ってしまった。

 そしてミルトは足元の岩に蹴躓いたらしく豪快にすっ転んでいた。ミルトはそのまま大きな砂埃をたてながら、向こうの方へ飛び込みの姿勢で地面を勢いよく滑っていく。

 ミラーはかなり遠くにまで滑っていったミルトを小走りで追いかけていき、そして地面に突っ伏しているミルトに心配そうに声をかけた。

「大丈夫?」

 ミルトは平然と立ち上がり照れたような笑顔を見せて答えた。

「へいきへいき。いやあでもこれが油断大敵って奴だね。つい見とれちゃったよ」

「えっ、何に?見とれちゃってって……もしかしてそれって、私にって事……?」ミラーは目を丸くしている。

「あー、うん、まあ、そういう事だね。その服とても似合っているよ。可愛いと思う……」

 ミラーはその言葉を聞いて弾けるような笑顔を見せた。

「ありがとう!鏡の前で長い間悩んでいた甲斐があったわ。私、外界を冒険するような動きやすい服ってあまり持っていないものだから」ミラーは服を自ら検分するように広げて見せた。

 ミラーの服装はいつもの丈の長いひと連なりの街着ではなく、少し裾の丈が短い身軽そうな青い服を着ていた。しかし激しく動いても大丈夫なようにその下に肌に密着する素材の黒い肌着を上下に着込んでいる。ミラーのこの青と黒を基調とした服と羽織っている腰までの純白の外套の装いは異国の踊り子風冒険者と言ったところだろうか。

 ミラーもミルトの着ている物をじっと見た。

「あなたもマレスさんお手製の革の鎧服ね。キルチェのも見てて思ったけど、もうかなり改良に改良を重ねているから本物以上になっていそうね。マレスさんもほんとに凝り性だから……」

 ミラーはミルトの姿を見ていて、何か感じていた違和感に気がついた。

 あれだけ豪快に地面を滑って行ったのだから、どこか怪我をしていてもおかしくないし、着ているその服だって土で汚れたり最悪破れていたりしそうなものだと思ったのだ。

 ミラーは首を傾げて訊ねた。

「ねえ、ミルト。何でなんともないの?」

 ミルトは一瞬何を訊ねられているか分からないみたいにきょとんとしていたが、ミラーの視線を見て察しが付いた様だ。

「ああ、これ?これは風の精のおかげで何ともないんだ。今僕が特訓している術はね、風の精霊を使った風の滑走術でさ。自分と地面の間に風の境界を作り上げて、地面に触れずに滑るようにそして風のように駆けるんだ。でもそれが理想なんだけど、なかなか難しくてさ。今はやっと少しずつ形にはなってきたけど、まだ転んだ時の対処のほうが上手いくらいなんだよ」

 ミルトとミラーは話しをしながら元の場所まで戻っていった。

 そこにはキルチェの他にトーマも駆けつけて来ていて二人を出迎えていた。キルチェはどうですと言わんばかりの顔で仲間の顔とミラーの姿を交互に見ていたし、トーマはほほうと言った顔で色んな角度からミラーを眺め、ミルトはミルトでミラー全体をよく見るようにか、ミラーから少し離れてその姿をうっとりと眺めていた。

 ミラーは何故こんなに皆から注目されるのか分からなかったが、皆の視線が自分の頭の上のほうに向いているのでやっと気が付いた。

 そうだ今自分の頭にはあの可愛らしい耳が……!

 ミラーは何か恥ずかしくなり、一度外してしまおうかとも思ったが、考えた末にもうこのままにしておくことにした。どちらにしろこの道具を使って旅をする事になるのだから。

 ミラーは諦めの境地でこの視線に耐えて逆に彼らを睨み返してやった。キルチェとミルトはすぐに目を逸らしたがトーマは無遠慮な視線を外さない。

 少しいらっとしたミラーは文句を言うように口を開いた。

「なに?」

「いやいや。不思議なもんだな~と思ってさ。普通に考えると人の体に動物の耳ってどうなんだろうって思うけどさ。なんかしっくりきてるんだよな。愛嬌があるっていうのか?」トーマは珍しく分析するように言った。

「はい。とても良く似合ってます。それにその動きやすそうな服装が獣耳と合っていて、何かしなやかな動物である猫を連想させますね」キルチェは眼鏡を光らしている。

「うん。そうだね……」ミルトはにやけ顔で呟いた。

 ミラーは褒められていそうなので嬉しいには嬉しいが、何か恥ずかしいので顔を赤らめて見物人の三人に向かって言った。

「もうっ!いい加減この姿を見慣れてよね。今回の旅で私はこの耳をずっと付けて索敵の係をしなくちゃならないんだから。分かった?」

 ミラーは少年達を叱りつけるような口調で言ったのだがあまり効果はなさそうだ。特にミルトが見るからに締まりのない顔つきになっている。ミラーは小さく溜め息をついた。

 その時キルチェがここぞとばかりに口を開いた。

「さてミラー。これで僕らの鑑賞会は終わりにしたいと思いますが、この骨抜きにされたような顔のミルトをまた過酷な訓練の場に連れ戻して、あのきつくてつらい修行を再開させなくてはなりません。ですがこの状態のミルトをこのまま殺伐とした訓練の場に連れ戻すのは何か少し可哀想だとは思いませんか?」

 ミラーは良く分からないが、何となくその雰囲気は伝わったので一応頷いておいた。

「ええ。まあそうね」

 承諾を得たキルチェは眼鏡を直しながら言う。その口元が笑っているように見えた。

「そう、今のミルトに必要なのは切り替えなのですよ。この場からまたつらい修行に向かうにはどうしても大きな発奮材料がいります。例えばいきなりこの場にポム爺さんが乱入してきて〈何さぼっとんじゃ~〉と雷を落としてくれたら僕らは一目散にその修行に向かえるでしょう。ですがそれ以外でそれ程の活力を得るにはどうすればよいでしょうか?」

 キルチェはミラーに向かって歩き奇妙に迫力のある目で見つめて続ける。

「例えば……、そう例えばですよ?可愛い女の子の激励でこの場を締めるというのはどうでしょうか?しかしただの言葉だけではそこまでの活力は得られないでしょう。そう僕らがこの場にじっと立ち止まっていられない程の衝撃をこの場から与えるには……、何かの一工夫がいります」

 キルチェはわざとらしく身ぶり手振りを交えて論じていく。

「おや?今ミラーは丁度良く可愛らしい耳をつけていますね。まるで猫のような。その姿で激励をしてくれるのもなかなか良い線までいきそうですが、まだ足りない!それならば猫の仕草も真似てみたらどうでしょうか?猫手というのはご存じですか。両手を軽く握り手の甲を前に向けて胸の前に引き寄せるような格好のことですが。その姿で激励の言葉をかけてくれたらもう僕らはいてもたってもいられなくなるでしょう。……いや、もしもと言う事もありますね。大事をとってもう一押ししておきましょうか。ミラーは猫語というのはご存じですか。知らない?そうですか。簡単な事です。ただ語尾に〈~にゃ〉とつけるだけです。ここまですれば完璧で完成です。さあまずはやってみましょう!」

 キルチェは問答無用とばかりにミラーに言い放ったのだった。

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