第五章 九話
ポムは頷くと説明を始めた。
「うむ。儂は上手くいくと思っておるよ。まずミルトのあの火の技は威力があり過ぎる故に、生身では肉体が耐えられず用いる事は出来ない。だがその封龍石の短剣の真価は、精霊力の吸収と放出が出来るところにある。ならばこの二つを組み合わせればどうかと言う事になる。ミルトが火の力を集めてその短剣に一時的に宿らせて、そして敵を切りつける時にその力を解放して敵を焼き尽くすのじゃ。どうじゃな?ミルト、お主の中でその様な技の想像は出来そうか?」
ミルトは頭の中でその技の光景を想像してみた。ポムの言う理論には無理がなくすんなりとミルトは納得出来ていた。
ミルトはポムに向かって明るい声で答える。
「うん。出来そうだよ。何かね、その技を発動する姿勢から発する言葉までが、すぐにぱっと頭に浮かんだんだ!」
「ふむ、よろしい。ではこれから各自が訓練に入るとしよう。皆先程手渡された道具にきちんと心を傾けて仲良くなるように」
ポムは解散しようとしたがトーマが待ったをかけてきた。
「あっ!待った、ポム爺さん。そう言えば思い出したんだけど、僕たちに渡された道具達には名前があるでしょ?でもミルトの短剣にだけ名前がないんだよ。そんなの可哀想だよ。前にポム爺さんも言ってたじゃんか。自分の持つ道具には名前を付けるか自分の名前を書きなさいって。そうする事でその道具は自分の手元からなくなりにくくなって、さらには壊れにくくなるって。そうして長持ちして持ち主の手に馴染む事で、その道具は所有者の気持ちに応えてくれるんだって」
ポムは優しい目でトーマを見て頷いた。
「ふむ。そうじゃったな。その短剣の事は少し特別扱いをしてしまってその事を忘れておったよ。申し訳なかったな。よし。ミルト、お主が名付けてやりなさい。その短剣はこれからお主が命を預ける大事な相棒になるのじゃからな」
ミルトはとても嬉しそうに頷くと真剣に考え始めた。トーマとキルチェ、ミラーも加わって皆で意見を出し合っていく。
いくつも候補が出たが長い名や難しい名、言いづらい名はなるべく避けようと言う事になった。戦いの最中にその名を叫ぶ事があるかも知れないという配慮からである。
そして最終的にその名でその剣の本質が明確になったほうが良いという流れになってきた。名は体を表すの言葉の通り、名を思い浮かべるだけで、ミルトが迅速に力を振るう事が出来る剣にしようと皆で真剣に考えた。
少し時間がかかったがついに皆が納得出来る名前を考える事が出来た。
ミルトが代表してポムに報告する事になった。
「ポム爺さん。この短剣の呼び名が決まったよ。これから僕はこの剣に火の力を宿して戦う事になるから、この短剣の名は〈封龍剣・火宿り〉と名付けようと思う」
ポムはしばらくその名を吟味するように考えてから話し出した。
「火宿りか。うむ、良い名じゃな。単純ながら言葉に力がある。……なるほどのう。それにその名ならば、差し詰め奥義として、火の矢を鳥に見立てて打ち出す遠距離攻撃もその内出来そうじゃのう。〈奥義・火矢鳥〉という名のな」ポムは面白そうに笑った。
ミルト達は自分達ではまるで思いつかなかった事を指摘されて興奮したように騒ぎ出した。
そしていてもたってもいられなくなったミルトはすぐにポムに聞き返した。
「ねえねえ、僕がそんな事出来るかな?」
「うむ?さて、どうじゃろうのう。それはお主の想像力次第としか言えんの。まあとにかくそれは頭の片隅に追いやって、まずは基本からやってみなさい。初めは火の力をその〈火宿り〉に溜める事からじゃな」
ポムのその言葉で、各自が自分の修練に集中し易い場所を探しながら広場に散っていった。
ポムは双子岩に背をもたらせて皆を見守っていた。
魔封具の調整はかなり上手くいっているようだ。
キルチェの〈風響司令〉もトーマの〈石筍呼弓〉もミラーの〈毛摸乃耳〉も全部が初めから子供達だけで機能させる事が出来たのだ。毎日暇を見つけては、各子ども達に合わせて調整をした甲斐があったと言うものだ。
魔封具はいくら道具の形を取っているとは言え、そうすぐに容易く扱えるものではない。ましてや普通の子どもにも使わせようとしているのだから、その下準備は並大抵の苦労ではなかった。
ポムは早い時期に、この面子で調査隊の救助に向かう構想を立てて色々と前もって準備をしていたのだった。
ポムはミルトが訓練している様子を眺めた。ミルトは普通にあの短剣を操っている。
ポムはほっと胸を撫で下ろしていた。
あの短剣は特殊すぎるので、事前の準備はほとんど何も出来なかったのだ。もうほとんど、ミルトの才能に賭けていたと言って良いだろう。しかしかなり分はあるとは思っていた。そして結果は成功したと言える。しかしこれからなのは確かだ。
ポムはミルト頼りになってしまっているこの救出計画を少し苦い思いで噛みしめながら、また初めから計画を考察し始めていた。
ミルトは短剣を構えて精神集中を何度も繰り返していた。
ミルトは自分の右手に宿るの火の力を意識して、同じくその右手に握る〈火宿り〉に火の力を移そうと何度も頑張っていた。
しかし何度やっても上手くいかない。
右手からその先の刀身に全く力が伝わらないのだ。
そしてついにミルトは諦めた様子で座り込んでしまった。
心配そうに遠くからその様子をずっと見ていたミラーが近寄ってきた。
ミラーのその頭には可愛い獣耳が乗っている。
「……大丈夫?」ミラーはミルトを覗き込んだ。
ミルトは首を持ち上げてミラーの顔を見上げる。
ミラーの頭の獣耳が目に入ると、ミルトは自然と自分の口元が緩むのを感じた。
「うん、まあ大丈夫だよ。まだこれからさ。でも何かしっくり来ないんだよ。こうやって剣を構えて、火の精霊に願えば何とかなるってあの時は直感したと思ったのに、何故か上手くいかないんだよね」
ミラーはミルトの横に腰掛けて話し始めた。
「あのね、私がミルトのほうを気にしていて、少し感じた事なのだけど。この魔封具の耳からは色んな小さくてほんと微かな音さえも聞こえてくるのね。それは耳を澄ませば、精霊が活性化しているような不思議な音ですら聞こえるのよ。それでミルトの周りを少し聞いていて感じたの。あなたの右手の火の活性がその剣の鍔の辺りで滞っているような感じが。その火宿りの刀身もミルトの意志を感じて、共振を起こして火の訪れを待っているような気配があるのだけど、お互いはまだ一度も出会ってはいないの。それで考えたのだけど刀身を直接右手で触れてみたらどうかしら?そうしたら両者は確実に出会えるもの」
ミルトはミラーの話ですぐに閃いた。
そうだ、あの頭の中で描いた姿勢は左右が逆だったのだ。火宿りを右手で持ち、左手を添えているのではなく、左手で火宿りを持ち、右手で火の力を送りこんでいるのだ。
ミルトはミラーに感謝の言葉を贈ると、すぐさま実行することにした。
ミルトは立ち上がり右手で柄を握り火宿りを抜き放つ。
そしてそれを左手の持ち替えて横向きに目の前で掲げて、右手の人差し指と中指を刀身の根元に添えて目を閉じて集中状態に入った。
ミルトは強い意志を込めて火の精霊に語りかける。
ー火の精霊よ!どうか僕に力を貸してくれ。敵を燃え散らす程の絶大なる炎の力を。その大いなる力をどうかこの剣に宿し賜えっ!ー
ミルトはかっと目を見開き刀身を見つめ、その剣の根元から切っ先へと力を込めた指先で一気に撫で上げた。
淡い紫がかったその刀身はミルトの指先が触れたところから深紅色に染まっていき、重低音のうなりと共に激しくまばゆい炎を纏い始めた。
少し離れてそれを見ていたミラーは、その炎の熱波にたじろいで数歩後ずさったが、その炎を纏った剣を持っているミルトは平然と驚きのまなこでその炎を眺めている。
ミルトの様子を見に来たポムが、ミラーのその疑問について解説してくれた。
それによると火宿りが自身に宿らせた火の力を完全に制御している為に、その所有者には何の影響もないとの事だった。
ポムはその場からミルトに話しかける。
「よし、ミルトよ。なかなか上手い事できたのう。ではその炎の力をもって敵を倒す段階じゃな。試しにトーマが破壊したあの立木を敵だと思って切りつけてみなさい」
「はいっ!」
ミルトは元気良く返事をすると、剣を斜に構えて立木に向かって走り出した。
そして斬撃の間合いに入ると気合いの声と共に横薙ぎに切りつけた。
火宿りの刃はその木に触れると、抵抗も少なく深く食い込んでいき、その幹をあっさりと切り裂いていった。
ミルトが、この切れ味の鋭さがこの炎を纏った短剣の真髄なのか思った時、その切り口から業炎が一気に吹き出してきて、一瞬にしてその立木全体が炎に包まれて燃え上がったのだった。
急いで後ずさったミルトは、この自分の作り出した壮絶な結果を前に唖然として眺めていた。
たぶん切ったら少しは火は点くだろうと漠然と思っていたが、まさかここまで大きな炎が出るとは思いもしなかったのだ。
離れて見ていたミラーはミルトと同様にこの光景を呆然と見つめていたが、ポムは腕を組んで嬉しそうに頷いていた。
「ふむふむ。なかなか良い感じじゃ。これをもっと修練していけば立派な武芸として昇華する事ができるじゃろう。さて次はミルトのあの未完成のままの滑走術を錬成し直して、その後にこの剣技を組み合わせれば……」ポムはぶつぶつ呟いている。
立木はすぐに燃え尽きて崩れ始めた。周囲には焼け焦げた匂いが漂っている。
ミルトはその前で手に持っている剣を眺めていた。
その刀身が纏っていた火は消えて、今は静かに日の光を反射して光っている。
刀身が纏っていた炎は木を切りつけたと同時に消えていたのだった。全ての火の力が一瞬でその切り口に移ったのだろうと推測出来る。
ミルトはこの自分の力が怖ろしくもあったが、この力があれば外界に出ても何とかなるのではと、勇気が心の奥底から湧いてきたのを感じていた。
今日の訓練での考察をまとめ終わったポムが皆を呼び寄せて話を始めた。
「さてこれでこの場での訓練はお開きとする。もうそろそろ日が陰ってくるはずじゃ。だがミルトとトーマは儂と共に儂の家の裏山でもう少し修行をしてもらう。物理戦闘の訓練は初めが肝要となるからのう。そして後の二人は帰ってからも暇を見つけて修練はしてもらいたい。じゃが申し訳ないがお主達二人には他に大事な役目がある。それはミラーは母親のミレーヌさんに、そしてキルチェはマレスにそれぞれ詳しい事情を説明して、二日後の遠征の準備をしてもらいたいのじゃよ。それぞれの家庭で用意して欲しい物資はこの紙に記してある。なかなか骨が折れるものもあるからそれは手伝ってあげて欲しい。ではまずこの森を出るとしよう」
ポム達は来た時と同じ様に隊列を組んで森の中を歩いて行った。
今回の帰りは行きと異なりかなり進軍速度が速い。
キルチェが早速風響司令を頭に装備して皆に指示を出して、仲間内で飛び交う情報量が今までと格段に違うので、いつもは難儀する視界が良くない濃い茂みの中の行軍でも、前よりかなり円滑に歩を進める事が出来ていたのだった。