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第五章 八話、

 ポムが皆を見回して言う。

「まずは司令塔じゃな。司令塔は戦況を冷静に判断し、仲間に逐次今の状況を伝え、そして臨機応変に戦法を決める役割を担う。これはこの隊の生死を決めるとも言える様な重要な役職じゃ」


 キルチェが司令塔の単語を聞いてびくっと体を震わせる。

 キルチェはいつもの狩人ごっこではミルト達への司令役を自負していたが、外界での実戦ともなるとさすがにそこまでの自信はない。

 もうすでに実戦の覚悟は決めていて、司令役ならば自分の名が呼ばれると分かってはいるのだが、自然と体が震えて来るのは止められなかった。

キルチェはこれが武者震いだと無理やりに思い込もうとした。

「キルチェ、お主が司令塔じゃ」ポムが厳かに言い渡してくる。

 キルチェは一瞬言葉に詰まったが、無理につばを飲み込むと、勇気を振り絞って大きな声で返事をした。

「は、はいっ!」

 キルチェの意気込みを感じる良い返事を聞いて、ポムは深く頷いた。

「よし。儂もそばにいて色々助言はしよう。それに周りには皆もおるしな。責任は重いと思うがあまり気負いすぎないようにな。ではキルチェにはこれを渡そう」

 ポムが不思議な形の道具をキルチェに見せる。

 それは深く湾曲した弧の字形をしている細長い精巧な木細工であった。弧の字の片方の先端は平たく丸まっていて、そしてその片方からは更にそこから細長く蔓のような物が伸びている。見た目的には全体的に軽くしなやかな感じがする品物である。

「……ポム爺さん、これは何ですか?」

 キルチェにはこれが何なのかまるで見当もつかなかった。他の子ども達も同様でポムのほうをじっと窺っている。

「うむ。それは〈風響司令〉と言うものでな、こちらから見える範囲の全ての者に声を届け、また聞く事が出来る道具じゃ。交心翔晶の簡易版とも言えるかのう。範囲が限られている分、迅速性が高いので戦場ではかなり役に立つはずじゃて」

 キルチェはポムにそれを頭に取り付けてもらった。

 キルチェはすぐになるほどと納得がいった。弧の字の丸まっているほうは耳元に来て耳たぶにかかり、蔓のように伸びている部分はちょうど口元に来たからだ。

 珍しい物好きのトーマがその道具の実験の為にすぐさま走ってこの場から離れていった。そして遠くでキルチェに声をかけてくる。

「おお~い!キルチェ~。こっちに何か喋ってみ~!」トーマは百歩は離れている所で手をぶんぶん振り回して叫んでいる。

 キルチェはポムから使い方を教えてもらい風響司令を起動させた。

 そしてトーマを指差してその方向に向かってそっと話しかける。

「……えと、トーマ聞こえます?」

 するとキルチェの耳元でトーマの驚いた声が聞こえてきた。

「おおっ!すっげえ!こんな離れているのに、声がはっきり聞こえたぜ」

 キルチェも驚いた様子で、トーマが実際にいるほうを見た。

「……すごい。耳元からトーマの声が聞こえますよ。まるで隣にいるみたいに」

 キルチェが指を差すのをやめるとトーマの声も聞こえなくなった。キルチェはそこでも感心していた。


 ポムはもう一度皆を呼び寄せてまた話しの続きを始めた。

「とまあ分かったかの?こういう具合にこの様な道具を使いこなして外界で戦っていくのじゃよ。そして皆ももう分かっている通り、この道具は魔法具ではなく魔封具じゃ。ゆえにラビリオン禍でも問題はない」

 ポムは次に弓を取り出した。だがそれは弓の形をした岩の塊とも言えそうだ。

「では次は遠距離で敵を倒す狙撃手じゃ。遠くで敵を倒す事が出来れば危険は格段に減るからのう。そしてこれを扱うのはトーマじゃな」

 トーマは食い気味に元気良くはいっと返事をする。

 そして即座にポムの元に駆けつけて、それを受け取るべく両手を差し出した。

 ポムは少し呆気に取られていたが苦笑しながら手渡した。

「それの名は〈石筍呼弓〉と言う。言わば石の矢を呼び出し射る事の出来る弓じゃ。呼び出す石の矢は使用者の意志で大きさや本数が自由に変えられるという特徴がある。敵の体格によって使い分けられるから便利が良いじゃろう」


 トーマは弓を受け取ると早速弓を射る構えをしてみた。見かけのごつさの割にはかなり軽くて扱いやすい感じがする不思議な弓である。

 トーマが色々その弓を構えてたりしていると、その様子を眺めていたポムが説明を続けてきた。

「では実際にやってみるかのう。石の矢を呼び出す言霊はこうじゃ。〈~の石からなる矢を呼び出し賜え〉。この言葉を射る姿勢を保ってから唱えれば良い。その言霊の前の所に言葉を色々組み合わせて付け足すのじゃ。矢の大きさや、その本数とかの言葉をな」

 トーマは頷いた後にしばらく考えると、瞳を輝かせて目の前にある立木に向かって弓を構えた。

「よしっ、じゃあいくぜ!〈巨大な1本の石からなる矢を呼び賜えっ!〉」

 石筍呼弓はトーマの言葉に応え、一本の矢を引きしぼった弦の前に出現させた。しかしその矢はトーマの言葉の通りにかなり巨大な物になっている。それはもう矢と言うより大きな槍に近い。

 トーマは立木に狙いを定めて矢を放った。

 その矢は轟音を立てて宙を切り裂きながら飛び、立木に見事に命中すると、そのままの勢いで立木を一気に貫通して引き裂いていた。

 子ども達は皆唖然とした表情でその光景を眺めている。もちろんそれは矢を射たトーマも同様であった。


 ポムはふむと溜め息をついてから言った。

「……まあ良かろう。そういう使い方もあるということじゃ。あれでは隙が大きくなるし、力を消費し過ぎるのであまり薦められんがのう。まあ、おいおいその弓の戦術的な説明はしよう」

 ポムはまた違った道具を手に取った。

 今度は先ほどのトーマの物とはまた打って変わって、ふさふさした毛皮の三角形が弧の字をした髪留めに二つ付いているような、とても可愛らしく不思議な物であった。

「さて、次はミラーの為の道具じゃな。ミラーは隊の中心で治癒と索敵に専念してもらう。まあ治癒のほうは、もう儂が特に言う事はないのう。もう一つの役割である索敵は、この魔封具を使ってやってもらう。これは〈毛摸乃耳〉と呼ばれる物じゃ。動物の耳に似せられて作られているが、動物の毛皮は一切使われておらん。まあ、その辺の説明は長くなるので省こう。これの効果を簡単に説明すると、とても耳が良くなると言うことじゃな。これを使いこなすと、音の反響定位で立体的に周囲の状況を細かく把握出来ると言うが、今回の訓練期間でこれをミラーがそこまで使いこなせるようになるかは分からぬな。だがミラーは探知系の術は得意じゃから、これともそんなに相性は悪くなかろう。ではミラーよ、まずはこれを頭に付けてみなさい」


 ミラーは大事そうに受け取り、そっとその毛摸乃耳を頭に付けてみた。

 その瞬間ミラーは驚いた様に辺りを見回した。

 それを頭に付けた途端に、今まで聞こえなかった色々な音が頭の中に聞こえてきたのだ。

 風が起こす木の葉の擦れる音や風が砂を這わせる音、人の身じろぐ音やその呼吸音、また草木の陰で動く小動物や虫の鳴き声などが遠くからでも鮮明に聞こえてくる。

 本当に様々な音が一度に聞こえてきて混乱しそうになったが、すぐに聞きたい音に自在に焦点が合わせられるのが分かってきて、そこまで苦ではないと思えてきた。

 入ってくる情報量は膨大なのだが、簡単に取捨選択が出来るので自分が欲しい情報だけ得る事も出来るのだ。

 ミラーはこれがこの魔封具の真髄なのだとすぐに気づき、深い感銘を受けていた。


 しかし実はその道具に感銘を受けていたのはミラーだけではなかった。それはミラーの様子をずっと見ていた少年達もである。

 彼らは毛摸乃耳を頭に付けているミラーの姿に完全に目を奪われてしまっていたのだった。

 少年達は口を半開きしてミラーを眺めていた。

 猫のような耳を頭に付けたミラーが耳を澄ませて、聞こえてくる音にその愛くるしい表情をころころと変えている。

何て可愛いらしいと思っていたのだった。

 しばらくしてミラーはどうやら少年達に熱く見つめられていると気づき、顔を赤らめて慌ててその毛摸乃耳をはずしていた。

 そしてミラーは自分の番はもう終わったと言わんばかりにそそくさと後ろにしりぞいていく。

 少年達は名残惜しそうにミラーを見送ったのだった。


 最後にミルトの番になった。

 ポムが手にしているのは古そうな短剣であった。ポムが革製の鞘から剣を抜いてその刀身を見せる。

 淡く紫がかったその刀身は、金属とも鉱石ともどちらにもとれる奇妙な輝きを放っている。しかし鍔や握り手の部分は質素な感じで全体的に無骨な造形の短剣であった。

 ミルトはその短剣を見て他の皆が手渡された道具とは何か違うような気がしていた。

 何というかとても静かな感じがするのだ。普通の武具ではないのは雰囲気で分かるが、中に何か力が込められている訳でもなさそうだと思った。

 ポムが無言でその短剣を差し出してくる。

 ミルトはつばをごくりと飲み込みそれを受け取った。

 だがやはりそれを手にしても特に何も感じない。

 そして今度は柄を握ってすらりとその剣を鞘から引き抜いてみた。

 掲げた刀身が陽光を反射して輝いて見える。とても綺麗な刃で目が引き寄せられるようだった。

 ミルトは触れた瞬間に、この剣から何か強い反応があるのではと内心少し怖れていたが、剣は静かにミルトの手に握られたままだった。

 ポムが傍らで安堵の息を吐いていた。

「ふむ。どうやら問題ないようじゃな。まあミルトもすでに察しておるように、その剣は普通の剣ではない。と言っても魔法具や魔封具のような物でもないのじゃ。だがかなりの力を秘めておる。力を持つ武具は持ち手を選ぶと言われていてな、今までこの短剣を使おうとした者は儂以外では、その場で昏倒してしまっていたのじゃよ。儂はミルトならばと思っておったが、やはり大丈夫じゃったのう。では少しこの剣について説明をしよう。これは別の大陸から流れ着いたものと言われている。名は特にない。じゃがこれは封龍石と言う石で出来ていると謳われ、龍ほどの力を封じる事が出来る剣じゃと言われている」

 ポムはじっとミルトを見つめて話し出した。

「儂はな、ミルトには今回、近距離戦闘を任したいのじゃよ。儂の構想ではミルトには滑走術を完全に習得してもらい、その機動力をもって戦場を駆け回ってもらいたいのじゃ。だがしかし、それだけでは駄目なのじゃ。火力がないのじゃよ。普通の武器では今回の旅での戦闘は無理じゃ。言わば、敵に一瞬で近づいて瞬殺してからの一撃離脱が出来る程の超火力が必要になるのじゃ。……さて、どうじゃ?ミルト。この言葉を聞いて何か思いつかんか?」

 ミルトは頭に思いついていたある事を少し嫌そうに話し出した。

「一撃必殺の凄まじい火の力……って事でしょ?それってあの時、僕が右手に火の力を溜めて魔獣を殴りつけた技って事?あれはあまり使いたくないな。だってすごい痛いんだもん」

 ミラーが慌てて口を挟んでくる。「えっ!駄目よ駄目!あれを使っては絶対に駄目!あの怪我を治すのに一体どれほどの時間がかかると思うのっ?」

 ミラーはミルトに詰め寄ってきている。

 ポムは急いで言い直してきた。

「いやすまんすまん。その技を使おうというのではない。儂の言い方が悪かったのう。つまりその技とその剣を組み合わせて新たな技を生み出そうと言うわけじゃよ」

 ミルトは不思議な輝きを放つ剣を見下ろしながら呟いた。

「あの時の技とこの剣で……?」

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