第五章 七話
土壁の外のトーマとキルチェは不審げに顔を見合わせた。
壁の中から突如、ミルトとミラーの歓喜の声が上がったかと思えば、いきなり静かになってその内に中からぱちーんという甲高い音が鳴り響いたのだ。
好奇心旺盛なトーマが土壁に張り付いて、土壁に耳を当てて内側の状況を探ろうと懸命な努力をしている。
キルチェはそれを苦笑しながら眺めていた。
ポムが少し時間をおいてから、中の二人にもう良いかと声をかける。
しかし、ミラーのもう少し待って下さいと言う少し焦ったような声で、またしばらく待たされることになった。そして今度はミルトのもう良いよと言う声で術が解かれて、土壁が元の通りに戻されたのだった。
その土壁の中から並んで姿を現した二人の間には、何か微妙に居心地の悪そうな雰囲気が感じられた。ミルトは何かばつが悪そうだし、ミラーは何故か少し不機嫌そうである。
ミルトは何やら左頬を触りながら皆の元に向かった。
しかしそのミルトには特に何も変わった様子は見られない。実はミルトの左頬には、あの華麗なミラーの平手打ちでくっきりとした赤い手形があったのだが、今はもうその跡はきれいさっぱりなくなっていた。それは暗がりでもかなり目立つ手形だったので、他の少年達の怪しい想像をかき立てかねないという配慮で、ミラーが慌てて治したからであった。
ミラーも遅れて皆の元に向かうと、気を取り直してポム達に探査術の成功と調査隊の発見の事を詳しく説明した。
皆も調査隊の発見と無事を大いに喜び、ミラーとミルトをねぎらった。
そしてすぐに実際問題これからどう対処するのかという話になった。
キルチェがまずポムに訊ねた。
「それでこれからどうするのですか?城の役人さん達やもしくは護人さん達に現在位置を報告して救出しに行ってもらうのでしょうか?」
ポムは首を横に振りあっさりと否定する。
「それはまず無理じゃな。まず第一に城の連中に報告をしてもある程度の協議の時間はかかるじゃろうし、時期が時期じゃから否定的な意見も多く出て、協議がかなり長引く可能性もある。たぶんそれによってもう救出は手遅れになるじゃろう。調査隊の詳しい状況次第というのも勿論あるが、狂月期の全盛期の期間に差しかかるのは特にまずい。しかも今は北からラビリオンが来ておる様な状況じゃ。たぶん、どの組織や組合に救援を要請しても即座に断ってくるじゃろうよ」
「じゃあ、どうするの?見殺しになっちゃうじゃん!せっかく見つけたのに……」トーマが憤然とした口調で言う。
他の子ども達の表情を見ても、皆同じ様な考えを持っているのがすぐに分かった。
ポムは子ども達を静かに見回してから言った。
「そこでじゃ、調査隊の救出はもう儂らだけでやる。これは前もって考えてあった事じゃ。探索だけではなくその救出まで全てを請け負ったほうが効率が良かろう。それに儂らだけのほうが迅速性や確実性も高いしのう」
子ども達の間に衝撃が走った。
まるで予想だにしてない事を言われて、皆驚いた表情で顔を見合わせている。
まさか自分達がポムの引率で外界に出る事になろうとは。
危険は確かにあるだろうが、ポムが一緒だという事実が外界の恐怖心を薄くして子ども達の胸は次第に高まり始めた。
しかしポムの言う儂らとは誰と誰を差すのだろう。
あの奇跡の力の龍精を発現させたミルトは確実として、ミラーは?トーマも?キルチェでさえも?
皆その答えが知りたくてうずうずしてきた。
黙って考えを巡らしているポムにミルトが質問をする。
皆から視線で催促をされたのだ。
「ねえポム爺さん!その救助に向かうのって誰と誰なの?」
ミルトに目を向けたポムは無論という顔で答えてきた。
「うむ?それは今ここにいる全員でじゃよ」
トーマは雄叫びをあげて立ち上がった。キルチェはぶるっと身震いが来たのを感じた。ミラーは出来れば付いて行きたいと願っていたので、ほっと息をついていた。
ミルトは皆で行くと聞いて一瞬興奮したが、前回の外界での冒険のつらさや怖さが頭によぎり素直には喜べなかった。
ミルトは不安そうに仲間を見つめて、ポムに心配そうな声で続けて質問をした。
「……でもポム爺さん、僕たちが外界に出ても大丈夫かな?外界は普通の時期の大人でも危ないって言うのに。今は特に危険なんでしょ?」
ポムは落ち着いた声で答える。
「ふむ。危険は確かに多分にある。だが初めに言っておくが、もはや儂一人だけの力では些か無理な所まできておる。狂月期の中のラビリオン禍と言うこの特殊な時期ではな。お主達の助けがなければ殆ど不可能と言っても良いだろう。北の山地まで行くとなると、かなり距離があり、普通はある程度の人数で隊列を組まないとそこまでの旅路は出来ん。それに救出となると救援物資が必要になり、今度はそれを馬に乗せてその馬を御する必要がある。それに何と言っても外界の獣達との遭遇は避けられん。出会う獣達全てを受け身で対処していてはこちらの消耗が激しすぎてしまう。儂だけでこの全てを捌ききるのは、この魔法の使えない時期ではほぼ不可能なのじゃ。あとはあの強大な力を得たミルトだけ連れて行ったとしても、それでもミルトに負荷がかかりすぎてしまう。それならばこの場にいる全員を連れて行き、役割を細分化する事でこの集まりを戦闘集団として組織化してしまうのが最も良いという判断じゃ」
ポムは言葉を切って皆の緊張を和らげるように表情をほころばせてから続けた。
「それに儂が何も考えずに、そして何の準備もせずにお主らを外に連れ出す訳がなかろう。ちゃんと色々な策は考えてある。……とは言え準備期間がどれ程取れるかじゃな」
ミルトはすでにかなり熟慮されているポムのその話で、やっと安心する事が出来たのだった。
ポムは持ってきていた荷物をまさぐると、絹製の布に包まれた小さな巾着を取り出した。
「ではミラー。こちらに来なさい」ポムはミラーに呼び掛けた。
ミラーは慌てて返事をして急いでやって来る。
そしてポムからその白い巾着を手渡され、ポムに促されたミラーがそっとその包みを傾けると、その中から滑らかな光沢を放つ半透明の石が出てきた。しかしその手の平に収まる小さな丸みを帯びた石は、外見からは考えられない程の圧倒的な力の内包を感じさせてきて、ミラーは慌てて両手でそれを持ち直したのだった。
「ポムお爺様……これは?」ミラーは絶対に落とさないように、両手で包み込むようにしている。
「うむ。それは〈交心翔晶〉と言うものでな。お主の良く知る伝心鳥珠とよく似たようなものじゃよ。それを使えば遠くにいる者と言葉を交わす事が出来る」
ミラーの手元を食い入るように見つめていたキルチェがふと思いつきポムのほうを見て疑問を口にした。
「あれ?でもポム爺さん。今のこの時期、いわゆるラビリオン大禍時には魔法具は使用出来ないのではありませんでしたっけ?」
ポムはあっさり頷いた。
「うむ、その通り。じゃがその交心翔晶は魔法具ではない。それらよりも高度な技術で作られた宝具でその名は〈魔封具〉と言う」
「魔封具」子ども達は声を揃えて口に出した。
「そうじゃな……簡単に説明すると、魔法具と言う物は周囲の精霊達から力を借りて何らかの事象を起こすのに対して、魔封具はその物自体に封じ込められた精霊力を行使して事象を起こすのじゃよ。それ故いくらラビリオン禍とは言え魔封具は力を失う事はないのじゃ」
少年達は憧れのまなざしでそれを見つめていたが、そんな伝説級の宝具を持たされたミラーは恐ろしげに自分の手元を見つめていた。
ポムが話を続けた。
「ではその宝具自体の説明をしようかの。先程言ったようにこの宝具は遠くの者と話が出来る。伝心鳥珠はただ言葉を伝えるだけじゃが、これはその場で遠くの者と会話をする事が出来るのじゃ。そのように奇跡のような事が出来る宝具じゃが、いくつかの制約もある。それは相手の居場所の特定をしないといけないと言うものじゃ。伝心鳥珠は大まかな場所を指定して、伝えたい相手の持つ容姿を教えれば、後は自動で相手を見つけてくれるのだが、この交心翔晶はそうはいかん。自分の意識体を思い描いた場所に飛ばすと言う過程がある。それによりこの宝具は自分が見た事もない知らない場所にいる相手には使えないのじゃよ。今回はミラー達の探査術で場所は判明しているから特に問題はなかろう」
ミラーはポムにしばらくの間手ほどきを受けて、その交心翔晶の使い方を学んだ。やはり道具の形態をとっているので、そんな高度な術でさえもかなり簡単に出来るようになっている。
ミラーは教えられた手順で交心翔晶を起動させた。
ミラーの胸元に抱かれた石は激しく輝いてミラーの後ろに白い影を生み出し、その影はやがてミラーの形をとって宙に浮いた。ミラーはいつの間にか自分の意識がその幻影に移っているのが分かった。
そしてミラーはあの時見た景色を思い返して、北の空に向かって飛び上がった。ミラーの幻影は物凄い勢いで空を飛び、ほぼ一瞬で目的地のあの北の山地へと辿り着いたのだった。
地表近くまで舞い降りたミラーの視界に、半球状の結界の内部が見えてきた。そしてそこにいる人達がこちらに気が付いたのが分かった。
ミラーは話がしやすいようにとそこにふわりと飛んで近づいていく。
だがミラーを出迎えた声は怯えを含んだ男達の怒声であった。
「ちっ!何だってんだ!この野郎。いきなり現れたかと思ったら、今度はすんなり結界内に入り込んで来やがったぞ!」
槍と斧が合わさったような武器を構えた重装備の狩人が後ろ者を守るように立ち塞がった。
「お、おい……こんな奴見た事ないぞ!」
弓を構えた狩人が震える声を出す。
五人の狩人達がすぐさま五角形の陣形を作ってミラーの幻影に対峙した。全員がかなり訓練された動きをしている。
その陣形の後方にいる長身の狩人が、仲間に向かって落ち着いた声で指示を出した。
「よし、そのままで一度相手の対応を見る。素霊型の化獣かあるいは上位の精霊かもしれん。……どうです?シトさん。破霊術は使えませんか」
隊長格の狩人が背後に庇うようにしている学者のような服装の男性に声をかけた。
「……いや、やはり駄目ですな。力が集まりません」シトと呼ばれた男性は首を横に振った。
「そうですか。しかし一体奴は何者でしょう。この強固な結界を何の衝撃もなく乗り越えてくるとは……」
帽子を目深にかぶったその隊長格の男性は、この危機感漂う雰囲気の中でもただ一人興味深そうな瞳で白い幻影を見つめている。
ミラーはこの狩人達の恐ろしい剣幕にたじろぎながらも、自分の姿を見下ろしてみて、何故自分がここまで警戒されているかを悟った。こんな姿をした物と外界でいきなり出会ったら恐怖心しか湧いてこないだろう。
ミラーは急いで弁明を始めた。
「落ち着いて下さい。皆さん。私は敵ではありません!」
前線の狩人達は目の前に浮かぶ女性の形をした白い幻がいきなり語りかけてきたので驚いたようだった。そして彼らは目の前の幻に武器で牽制するのをやめて、一応話を聞く体勢になった。しかし構えはまだ誰も解いてはいなかったが。
今度は長剣を構えた髭面の狩人が吠えるように言う。
「んじゃ、お前は何者だ?」
ミラーは落ち着いた声で答える。
「私の名はミラーマ=アクウォートと言います。今私は魔封具の力を借りてファルメルトから貴方達に話しかけています。貴方達はファルメルトから出立した地脈調査隊でよろしいでしょうか?」
前線の狩人達はこの不思議な出来事の前で動揺しているだけだったが、後方で聞いていた隊長格の狩人が顔を明るくして独り呟いた。
「……ミラーちゃんか!なるほど。ならばこの奇跡のような状況を作り出してくれたのはポムさんと言う訳だ。これで少しは望みが出てきたかもしれん。この圧倒的に絶望視された状況と言えどもな」
隊長格の狩人は後ろに振り返って言う。
「シトさん、あなたのお嬢さんの声ですよ」
シトはおっかなびっくり前に出てきた。
「……ミラー、お前なのか?」
ミラーの前に父親のシトが出て来た事で、ミラーはもう落ち着いてはいられなかった。
「お父様!ご無事でしたか?お怪我はありませんか?ああ、良かった……必ず助けに参ります!」
ミラーの声は嬉しさで弾んでいる。シトも初めは嬉しそうな表情を見せていたが、次第にその表情を歪ませて逆に暗い声で返事をした。
「ああ……、最後にミラーの声聞かせてくれるとは……!運命の神は優しい所もあるようだ」
「ええっ?何故その様な事を言うのですか」ミラーは泣きそうな声で訊ねる。
「……ミラー、ありがとう。その気持ちだけで充分だよ。もう全てが遅いのだ。どう考えても今の状況を打破する方法が思いつかない……。もう時期的に狂月期に差しかかるし、足止めをされているこの地域はすでにラビリオン禍に入った。今の私達の元に救助を送る事は誰であろうと決して出来はしまい。更には只でさえ危険極まりないこのような時期なのに、今私達の周りには獣がうようよしているのだ。しかも災厄の使者と呼ばれるあの〈魔呼奴〉までもが……!まあ、この獣の群れはその魔呼奴のせいなのだがな。それと結界不順の原因も判明しつつあるのだが私の力不足のせいでまるで手の施しようがない!……全くもって情けない……」
シトは頭を抱え膝を地に着け嘆き続けている。
「私のほうはもう死ぬ覚悟は出来ているが、街に残してきたお前達の事が心配で仕方がなかった。この危機を乗り越えられるのか……。私の予想ではお前達のいる街は大獣災に見舞われるだろう。門から野獣の大群がなだれ込み、そして結界の隙間から魔獣すらも街の内部に入り込むやもしれん。赤い月により力を得て殺気を纏った獣達は街の全てを蹂躙していくはずだ。ラビリオン禍で闘う力を失った人々は、逃げ隠れをしながらその時を過ごすしかない。計算ではその過酷な状況が七日間続くはずだ。それが終わる頃には、もう街の機能は失われて治安は壊滅状態であろう。そうなってしまってはもう街を脱出するしかないのだが、そこには狂月期を経て更に力を蓄えた魔呼奴もまだその地域にいる訳で……」
シトの嘆きは終わりがなく、頭を振り胸を抑えたりととても苦しそうであった。この場に実体のないミラーは、触れて慰める事も出来ずに、ただ黙ってそれを見守るしかなかった。
隊長格の狩人が仲間を呼び寄せてシトを奥に連れて行かせた。
隊長格の狩人はそれを見送るとミラーの幻影の前に立った。
「……まあ、シトさんの言っていた事はあながち間違いではないがな。あの人はなまじ頭が良いものだから、これから先の状況が鮮明に見通せてしまうんだ。それも考えたくもない様な悲惨な面を強調させてな。確かに俺たちを取り巻く今の状況は最悪とも言える。……だがそれは今までの事だ。これからはもうあのシトさんの予測通りにはならないだろう。それは何故か?それは今こうして天から舞い降りた希望の光とこうして話をしているのだからな」
「はい!私達は貴方達を何とか助けに行きたいと思っています。あの、それで貴方はこの隊の隊長なのでしょうか?それならばいくつか質問があります」
「おっと、そうか。分かっているのかと思っていたが、どうやらそうではないようだな。私の名はレオニスル=ストラフィードでありますよ。お嬢さん」レオニスは目深にかぶった帽子を取り優雅にお辞儀をした。
ミラーははっと気が付いた。
緊張していたので分からなかったが、隊長格のあの落ち着いた話し方は何か聞き覚えがあると思っていたのだ。
ミラーは嬉しそうに話しかける。
「ああ!レオニスさん!貴方でしたの。お父様の護衛をして下さってありがとうございます。貴方がお父様のそばにいてくれるのでしたら安心出来ますわ。……え?でも、貴方がそこにいらっしゃるのに身動きが取れなくなっているのですか……?」
レオニスは苦笑して頭をかきながら答えた。
「はは、面目ない。ミラーちゃんの信頼に応える事が出来なかったよ。まあいくつかの不運と少しばかりの幸運によってこの状況に陥ってしまったんだ。不運としてはラビリオン禍が予想よりだいぶ早かった事だな。しかしそれはある種の幸運な出来事があったからでもある。それはこの地に向かうにつれて少しの地脈の変化をシトさんが見つけたからだ。この発見で結界不順の原因が掴める可能性が出てきた。それにより我々はどうしても早々には引き返せなくなってしまったんだよ。結界不順さえ直れば街は持ちこたえられると思えるからね。そしてもう一つ、これは幸不幸がはっきりしないが、なんと私達はこの地で魔呼奴と出会ってしまったのだよ」
「まこぬ……ですか?」ミラーは聞き慣れない言葉を聞き返した。
「ああ、そうか。ミラーちゃんは知らないか。魔呼奴と言うのは魔獣の一種なんだが、俺達狩人の遭遇時の討伐優先度が最も高い獣なんだ。見た目や体格は可愛らしげで闘う力もほとんどないような獣なのだが、ある厄介な特殊能力を持っているんだ。それが獣の召喚という能力だ。大人しい野獣から獰猛な野獣、更には魔獣や化獣まで何でも喚んでしまう。一説には幻獣までも喚べるとかも言われている。そしてその獣達を手下として操ってしまうんだ。あまり格上なのは無理らしいがな。とにかく普段群れる事のない、その多種多様な獣の大群を相手にするのは骨が折れてな、逃げながら戦う内にこの地に追い込まれた訳だ。仲間も次第に負傷していき疲労も蓄積してきて、最後の手段として簡易結界を張ったら何故かやけに強固に出来てな。そしてそこで休養をとっていたら、ここでラビリオン禍に入ってしまい、それでもう完全に足止め状態と言う訳だ」
レオニスは肩をすくめる。この深刻すぎる状況でも平然とした態度を崩さない事で逆に凄みを感じさせた。
「シトさんいわく、この辺りは龍気がかなり濃いらしい。濃すぎるせいで地脈を探れないほどと言っていたが。だがそのおかげで結界が強固に出来てラビリオン禍でも大丈夫なのだと。となると俺達の探している結界不順の答えがこの辺にあるのかもしれんがな……」
レオニスはミラーの幻影を真っ直ぐ見つめ真剣さを増した声で訴えた。
「どうかこの隊を助けて欲しい。しかし敢えて言うが、今この地には危険な獣がうようよしている。ラビリオン禍の状況下ではポムさんと言えども危険が大きすぎるだろう。だが、それでもだ、今この近くに街を救う手段があるのかもしれないと思うと頼まざるを得ない!我が隊独自での調査や撤退はもう不可能だ。しかし援軍が来るならばまだ幾らかの手はある。恥を忍んで無理を言わせてもらう。どうかこの地に救援に来て欲しい!」
レオニスは姿勢を正して深々と頭を下げていた。ミラーは気圧されて何度も頷いてから答えた。
「は、はい!もちろんそのつもりです。えと、少しお待ち下さい。ポムお爺様に今の状況を伝えます」
ミラーは意識体を呼び戻して肉体に戻り、ポムに向こうの様子と状況を詳しく説明した。
ポムは眉を寄せ静かにミラーの言葉を聞いていたが魔呼奴の話で表情を少し曇らせた。しかしミラーの話を全て聞き終えると重々しい口調で言い放った。
「どちらにしろ助けに行く事には変わりはない。レオニス殿に万障繰り合わせてそちらに行くと伝えてくれ。それとレオニス殿にあとどれ位の間、その地で持ちこたえられるかを訊ねて欲しい。双方が最適な出発の時期を決めねばならぬからの」
ミラーは頷き、再度交心翔晶を起動させてレオニスと話をして戻ってきた。ミラーの顔色は少し青ざめているようだった。
「ポムお爺様のお言葉は伝えました。心から感謝しますと伝えて欲しいと頼まれました。……そしてレオニスさんが言うには結界自体は何日でも問題はなさそうだが食料と水が足りないので何とかもって四日、どう頑張っても六日と言ってました。……そしてその頑張って生き残こった四日以降は、ただ生き延びる為に生きるのだろうなと笑ってました」
少年達はミラーの話でぶるっと震えが来た。前にレオニスから生きる為の最後の手段、狩人の自食生存の奥義を聞いていたからだ。それは自分の血肉を喰らい生き抜く技であった。
ポムは話を聞き終えてしばらく考えると、皆を見渡してから言った。
「よし。では出発は二日後の早朝とする。そして皆にはこれからこの場で外界での戦闘訓練を始めてもらい、今日の半日と明日の一日で外界で生き抜く術を学んでもらう。それとこれは今日帰ってからになるがマレスとミレーヌにもお願いをして、外界を旅する準備と救援物資ともなる携帯食を作ってもらう。数は取りあえず百食あれば良かろう。だが今はとにかくお主らの訓練からじゃの」
ポムは子ども達を見据えて言う。
子ども達は皆覚悟を固めたような強いまなざしで、ポムを見つめ返したのだった。