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第五章 三話

「ポム爺さん!」少年達が揃って声を出した。

 子ども達はポムのいつも通りの思慮深い落ち着いた表情を見てほっと胸を撫で下ろした。

 ポムは幾つかの案を考え出してはいたが子ども達の話を黙って聞いていて、子ども達が思いついていた事をまずは試してみようと思ったのだった。

 ポムは一つ咳払いをすると声高に宣言した。

「よし、まずは試してみるとしよう。作戦名としては〈ミルトの龍精の生成と、ミラーの合力による龍脈からの探査術での探索〉じゃな」

 皆それを聞いてしんとなった。戸惑いを隠せないように子ども達はお互いの顔を見合わせていた。自分達の話し合いではそれは無理だとすでに結論付けた案件だったからだ。

 あの時否定する発言をしたミラーが再び話す感じになってしまった。

 ミラーがおずおずと言い出した。

「あのう、ポムお爺様……。私の精霊術は水の精霊の協力がないと出来ないものなのですが。それに龍脈と言われても私には未知なものなので不可能ではないかと……」

 ミラーはポムなら分かりきっているような事を改めて言っている感じがしたので、何かとても恥ずかしかった。

「え……僕も探査術はあまり得意じゃないし……て言うか出来ないし……」ミルトもしょげたような口調で言った。語尾の言葉は聞き取れない程小さかった。  

 ポムはそんな二人を元気づけるかのように笑顔を見せ快活に言い出した。

「まあそんなに難しく考えるでない。簡単なことじゃよ。まずはミルトが自身の体内に宿る四つの精霊を合成して龍精を生成する。そしてそれを触媒として龍脈との回路を繋ぐ。そしてミラーがそのミルトの龍精の力を利用して龍脈上の地表をいつもの通りに精霊探査術で探索するだけじゃ。どうじゃ役割分担がきちんと出来ていて何とかなりそうじゃろう?」

 子ども達はぽかんと口を開けて聞いていた。

 少年達はあまりぴんと来なかっただけだが、ミラーだけはなまじ頭が良いのでかなり混乱してしまっていた。

 四精の合成……?龍精?龍脈との回路の接続……?他人の力を利用しての術の構築!?

 ミラーには全てが不可能に思えて、何をどうすれば良いのかどれ一つ取ってみても分からず、完全に思考が停止してしまった。

 しかし素直すぎるミルトはポムの言葉を信じて、それらが出来る事だと思って質問をしていた。

「う~んと、ポム爺さん。まずは四つの精霊の合成だっけ?地水火風の四つでしょ。それって、どうすれば良いのかな」

「うむ、合成の点においてまず難しいのは、その四つの精霊の所在を明確に掴む事なのじゃが、お主の場合はもうすでに出来ておろう。お主の身体の各部位にはすでにその精霊達が宿っておるのじゃからな。手順としてはそれらを少しずつ集めて一つになるように頼み込めば良い。その集める場所は胸の真ん中の少し下、丹田と呼ばれる場所が良いじゃろう」

 ポムは簡単そうな口調で指示を出している。

「ははあ……。うん、なるほど。じゃあまずやってみるよ」

 ミルトはそう言って立ち上がると部屋の片隅に行き、その場で精神集中を始めた。

 キルチェはミルトの姿を黙って目で追っていたが、ポムに視線を戻して声をひそめて訊ねた。 

「四精を合成して龍精にするって……、そんなに言葉で言う程簡単なものなのですか?」

 ポムはあっさり首を横に振り、同じく声を抑えて話し始めた。

「いいや、龍精の生成は理論上は全く定かではない。儂もほとんど分かってはおらん。一応古来からの概念上、地から湧き出た龍精から四つの精霊が生まれ出ていると考えられておってな。ならばその逆も真なのではという考えは学問上はある」

「ええっ!それって、今ミルトがやろうとしている事は、実はほとんど分かってないって事ですか?」キルチェはおののきながら言った。

「ふむ。そうじゃ。まあでも、どうじゃろうな。理論的には可能な事でも出来ない事は山程あるし、その逆もまた然りじゃ。ただ儂はミルトは一種の天才じゃと思っておる。天才と言うものは理論を超越して真理を直観してしまうものなのじゃよ。それにミルトは四精を身体に宿しても何事もないという奇跡を既に体現しておる。その段階をすでに越しているならば龍精の生成という奇跡をなし得てもおかしくはなかろう」

 そう言ってポムは向こうに行ったミルトを眺めた。

 ミルトは壁に向かい両手を胸の前に持ってきて何やらその箇所に力を溜めるかのような動きをしている。

 ポムはふむと頷きミルトはしばらく放っておくことにして今度はミラーに目を移した。ミラーはと言うとさっきから目は開いているがどこも見ずに何か放心状態になっているようだった。

 ポムはミラーの前で手を振った。

「これ、ミラー。しっかりしなさい」

 ミラーは、はっと我に返りポムを見つめると目に涙を溜めて訴えた。

「……ポムお爺様、申し訳ありません。……私にはどれも不可能に思えてならないのです」

 ポムは励ますように言った。

「ふむ、そうじゃな。ミラーは聡いからのう。すぐに物事の結果が予測出来てしまうのじゃな。だがまあ、確かに先程儂が言った事は普通に考えるのならば、そう思っても間違いではなかろうな」

 ミラーは目を伏せてしゅんとしている。

 だがポムはミルトのほうを指で示して笑顔で言った。

「ではミラーよ。向こうにいるミルトの事を良く見てみると良い。儂の言う事を信じてああして身体に宿した四精を集めて一つにしようと頑張っているミルトを見て、それが本当に不可能な事なのかどうか、もしくは本当にやり遂げる事が出来るかどうか、それらについてはどう思うかの?」

 ミラーは無心に体を動かしているミルトの後ろ姿をじっと見ていると、ミルトならその内に本当に出来てしまうのではないかと思えてきたのだった。

「……はい、何故でしょう。ミルトの事を見ていると、あんなに自分が不可能だと思えた事が、もしかしたら出来るのではとそう思えるようになってきました」ミラーは何か頼もしげな目でミルトを見つめている。

「ふむ、ならば宜しい。想いの力とは殊の外大事なものでな、自分を信じる心と相手を信じる心、その二つの心が相重なる所にこそ奇跡は起こり得るのじゃよ」

 ポムは話を続けた。

「では、この作戦の要となる龍精が出来たと仮定しよう。次にその力をミラー、お主が操って術を作り出さねばならぬのだが、それについてはどうじゃ?」

 ミラーは激しく首を横に振った。

「……そんな!それこそ想像もつきません。龍精がと言うよりも、他人の力を借りて術を使うだなんて……!」

 ポムは落ち着いた様子で、しかも少し含み笑いを秘めた声で言った。

「待て待て、他人ではないぞ。良いか?ミルトじゃ。お主の良く知るミルトの身体に宿る力を借りてじゃ。落ち着いて良く考えてみなさい。ミルトの宿す力で自分が術を使えないかとな」

 ミラーはポムにそう言われて、ゆっくりとその事について考えてみた。ミルトの力と聞かされて何だか心が切り替わったような気がして、少し心が軽くなった感じがしたのだ。

 ……そっか。そうよね、ミルトの身体に宿る力……それならば治癒の時にいくらでもやってきた事だもの。そう、それならば今度も何とか出来るはず。それに龍精とは言え、元を辿れば私の命の欠片を持った水の精霊もいるはず。あの子達がいて協力してくれるのならば術を作る事は可能……ううん!出来る。必ず出来る……!

 ミラーが希望を見いだした顔で目を上げると、ポムの優しい顔が出迎えてくれていた。

「よしよし、自分の道筋が見えたようじゃな。ではまずはその術の構築についてじゃが多少の修正は必要になろう。例えば基本となる呼び掛けじゃが基本人称は〈私〉と言うより〈彼〉または〈ミルト〉と言うほうがしっくりくるかもしれんし、他には……」

 ポムはミラーに難しい専門用語を交えて術の為の講義を始めていた。ミラーも真剣な顔で肯きながら聞いている。

 トーマとキルチェは二人の話は聞いていてもあまり分からないので、とりあえずミルトの様子を見守る事にした。


 その日はもう皆でポムの家での泊まりがけの特訓をすることにして、トーマとキルチェが食料の買い出しを兼ねて各家に行って泊まりの連絡をすることになった。

 日暮れまで綿密にポムの講義を受けたミラーは、頭の中での仮想訓練はなかなかうまくいってそうだったが、肝心のミルトのほうは休まず頑張っていたのだが、あまり進展はなさそうだった。

 皆での夕食の時に食べながらミルトがぼやきだした。

「う~ん……何かうまくいかないんだよなあ。精霊達を胸の下に呼ぶ事はもう簡単に出来るんだけど、それから一つにするのが全然だめなんだ。三つ上手くいく事があってもすぐに解けちゃうんだ。ほんとに出来るのかな……?」

 キルチェはそれが実はかなり無謀な試みだと知っているから内心どきりとしながら答えた。

「だ、大丈夫だよ。きっと出来るって。ねえトーマ」

 トーマは食べ終わった骨付き肉の骨を名残惜しそうにしゃぶりながら言い出した。

「そうだよ。誰もやった事がないってだけさ。出来れば簡単だよ」

 トーマはあまり深く考えずに言うので、キルチェとミラーはひやひやしていた。

「それって簡単なのかなあ……?」ミルトは首を傾げている。

「そうさ、こつさえ掴めば楽勝楽勝」トーマはポムに楽観視をしてれば良いと言われたと思っているので気楽なものだった。

「たぶん何かあんじゃね?順番とか法則とかが」

 ミルトはトーマと何気ない会話をしていて、少し心の中で微妙に引っかかった所があった気がした。

 ミルトは何だろうと思いポムのほうをちらりと見ても、ポムは静かに食事をしているだけだし、ミラーを見てもすぐに目を逸らされてしまった。

 ミルトは唸りながら考え出した。

 ……むむう?何だろ。今までは取りあえずやみくもにやって駄目だったからな。……トーマは何て言ってたっけ?確か順番とか法則とか……。順番……、順番か。それじゃあ、まず僕の中の精霊で一番強いのはどれだろう?純粋な力と言うより僕の身体に宿った精霊だけが放つ独特の感覚でとにかく考えてみようか。

 ミルトは色々想像しながら考えていた。

 ……そうだなあ、まあ一番は水の精霊かな。とにかく今まで一番面倒を見てもらってるしな。それにミラーの想いがかなり込められている感じがするし、あとは何よりも、あの精霊達はミラーの命の欠片持ちだからな。次はもちろん地だな。ポム爺さんと同じようにどっしりと落ち着いてにらみがきいている感じがするんだよな。それに同様にポム爺さんの命の欠片も持っているし。改めてそう考えると何かすごいな。あとの風と火はどうだろ?同じくらいかなあ……。やんちゃな感じも同程度だし。

 ミルトの表情が次第に明るくなってきた。

 うん。ようし、まずは風と火から混ぜてみよう。呼び集めた四つの精霊を二組に分けて、暴れん坊の火をミラーの水で大人しくさせて次に騒がしい風をポム爺さんの土で静かにさせる。そうしてから水と土の監視の下でまず風と火を合体させてしまおう。でもたぶん反発しあうからすぐにお目付役の土を混ぜ込む。そして最後に水で全体を溶かし込むように混ぜ合わせるんだ。うん。どうかな?なかなか理にかなっているんじゃないか。ようし、やってみよう!

 ミルトは指に付いていた肉汁を舐めとると、椅子から立ち上がり部屋の片隅に走って行った。

 皆驚いたような目で黙ってそのミルトの姿を見つめていた。

 ミルトは目を閉じて精神集中状態を作り出した。

 身体の各部位に宿る精霊を強く意識しながらゆっくりと身体を動かしていく。大きく呼吸をしながら足を肩幅に開いて踏ん張り、手を片一方づつ円を描くように回して四つの精霊が次第にゆっくりと胸の中心に集まる様を想像する。

 するとミルトの胸の中が段々と熱く騒がしくなってきた。身体に宿る精霊達が一箇所に集まってきたのだ。ここまでは何度も出来ていた事だったのでミルトは急いで次の段階に進む事にした。ここでもたつくと以前のように失敗してしまう。

 ミルトはとにかく先ほど思いついた順番の通りにやってみる事にした。

 まずは風と火を混ぜる。

 ミルトは風と火の精霊に語りかけた。

 ―風と火の精霊達よ。今だけは競い合うのをやめて仲良く一つのところにとどまりお互い混ざり合っておくれ―

 ミルトの精神世界の内なる視覚に緑の光球と赤の光球が現れた。それらはお互いに近づいてはいったが混ざり合わずに、各自がお互いの周りを牽制するかのように飛び回り始めた。それらの動きは次第に球を描くようになり、その姿は激しくぶれながら動き回る橙色の光球になっていった。しかしそれは見るからに不安定でいつ壊れてもおかしくない感じがする。

 ミルトは前もって考えていた通りに次に土の精霊を混ぜる事にした。ミルトは土の精霊に語りかける。

 ―土の精霊達よ。どうかお前もこの球の中に入り、彼らに睨みをきかせて落ち着かせ、秩序と安定をもたらしておくれ―

 茶の光球が激しく動き飛び回っている橙の光球のそばに現れると、暴れ回るその光球の中にいとも簡単にするりと入り込んでいった。すると球の動きが次第に鈍り、やがて灰色の光球の姿になってその場に静止した。

 だが動きがなくなったと言っても、それで全てが止まったのかと言うとそうではなく、土の精霊がちょうどその球の真ん中に入った事で、球の中心と言う新たな秩序が出来て、常に中心から一定の距離を風と火の精霊達が飛ぶ事になり、とても安定した形と力場を形成する事が出来たのであった。

 ミルトはこの予想以上の成り行きに驚きながらも最終段階に入った。ミルトは水の精霊に語りかける。 

 ―水の精霊達よ。あの球の中に入り全てを溶かし込み混ぜ合わせておくれ―

 青の光球が現れてその中に入り込んでいった。すると球の内部で様々な色の光の帯が渦を巻いて輝いているのが見えてきた。

 ミルトはこれから一体どうなるか固唾を呑んで見守っていたが、やがてその光は次第に薄くなっていき、最後にはその光の球はただの石くれのような姿に成り果ててしまった。

 それだけを見ると完全に失敗のように思われる光景だが、ミルトはまだ諦めていなかった。

 ミルトはその丸い石のような物に向かって叫んだ。 

 ―僕の胸に集まりし風と火と土と水の精霊達よ!僕に宿りし、僕に従う、僕のかけがえのない精霊達よ!僕は願う。四つ仲良く手を取り合い新たなる力への転換を。僕は欲する。その力こそが僕の大切な人達を守る為の力になるの事を。だからどうかお願いだ、精霊達よ!四つの精霊の力を合わせた時に出来る、奇跡と言われる龍精の力をどうか僕に与えて欲しい!―

 ミルトのその祈りの言葉は力を持ち、四つの精霊が作り出したその石くれに小さなひびを与えた。

 するとそのひびの隙間から黄金色の気流がうっすらと立ちのぼるのが見えてきた。そしてその小さなひびは次第に大きくなっていく。

 最後にはその石くれのような球体は、内部からほとばしる黄金色の光の奔流と共に一気に砕け散ったのであった。

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